グラスレー寮では祝勝会が開かれていた。
だが、シャディクとしては、満足の出来る勝利ではない。グエルとの勝負に水を差された。勝敗以前に、許しがたい意図せぬ横槍に、怒りの矛先をどう向ければ良いのかが分からない。
「どのような形であれ一度の勝利。それを成したことは決して小さなことではない」
そういうサリウスに対し、苦笑を浮かべる。
確かにその通りだ。最初は絶望的なまでの差があったのだ。永遠に追い続けることさえ覚悟していた。
それなのに、形としては勝利しても満足出来ない。
「どうにも欲深いみたいですね。俺は」
「それでこそ、お前であろう」
だが、ラウダが聞けば、だから拗らせるんだと刺されるだろう。
満足しない向上心は、一歩間違えれば暴走に繋がる。向上心が無ければ問題だが、暴走していないか、そばで指摘してくれる人が現状では養父しかいないのは問題だ。
サビーナでは、一緒に暴走しかねないし、エナオなら大丈夫だろうが、何時まで側にいてくれるか分からない。
そう考えていると、そのサビーナとエナオが戻って来た。
明らかにサイズが合わない服を着たエナオが開口一番、サリウスに謝罪する。
「心配をかけて申し訳ありませんでした。それに、新型を預けられながらの失態。弁解の言葉もありません」
「いや。無事でよかった。それに失態どころか、見事な戦いだったよ。
あれは相手を褒めるしかない。一種の化け物だな。あのデリングが参考にならんと溜息を吐いておった」
デリングはシャディクの発言にも苦笑程度の反応しか見せなかったらしい。
無駄に敵視されるよりはマシだが、興味を持たれないのも、それはそれで腹立たしい。
だが、最近ではデリングに対し、反感と同時に妙な親しみを感じる。サリウスに言わせれば、似た者同士の同族嫌悪。いや、デリングの方が質が悪い。彼は既に平和への狂信者とも言える存在になっているとサリウスは目している。狂信者になりかけ、グエルに潰されたシャディクとの違いはそこだと指摘している。何らかの方向を見出せば、そこに向かって暴走するだろう。
そんなデリングが、戦争シェアリングの後を想定している可変MSに興味を示さないはずがない。
その注目の相手が、妖怪だったので困惑していたらしい。
サリウスの言葉に恐縮するエナオに代わり、サビーナが前に出る。
「その件で、ラウダから耐Gスーツの開発を打診されました」
「ラウダが? もしかして、エナオの服はラウダのか? 着替えを持って行ってたよな?」
「ああ、忘れていた」
その台詞にエナオが驚いた表情を見せる。本当に忘れていたという事は無いだろうが、エナオに着替えのことは一言も言わなかったようだ。
サビーナが言うには、サビーナが地球寮に行った時には、既にラウダが来ていたようで、外でマルタンと話をしていたらしい。
要は気を利かせた。治療室からエナオが出てきた時も、ラウダの服を着ていると気付いたので、持ってきた服を渡さなかったのだろう。
その際に、耐Gスーツの開発を打診されたようだが、サビーナの視線が不自然だ。何かを探るようにしている。
それに、シャディクも気付いたが、サリウスと見学に来ている入学予定の子たちの反応が妙だ。
「うむ。耐Gスーツか。シャディクに任せる」
「わ、分かりました」
耐Gスーツの開発ともなれば、直接ではなく、ノーマルスーツを作っている企業との合同と言う形になる。どう進めるかグエルとラウダに相談してからになるだろう。
でも、そんな事より今はサリウスの反応がおかしい。困っている? どうしたのだ?
そんな状況の中、サビーナが嘆息しながら話を続ける。
「やはり、グラスレーでも噂になっているのですね」
「そうか。知ってしまったか」
「はい。ジェタークからの入学希望者が地球寮の見学に来ていました。
ちなみに、治療室から出てきた時は、上着を着ていないラウダが先頭で、明らかに大きい上着を着たエナオ。更にアリヤを従えるように出てきたので、それを見るや入学希望者たちが激しく動揺しました」
「それは無理もない」
何が無理もないのかシャディクには理解できない。アスティカシア学園の在校生にもだ。
だが、グラスレーの入学希望者は違う。驚きや興味、中には軽蔑の視線。
「ラウダが不審に思って、いや、アーシアン蔑視者の危険性を疑っていたようなので、地球寮生のティルが、案内中に聞いた話を、その場で話しました」
「そうか。ならば、このまま黙っているより、話してしまった方が良いだろう」
そう言うと、シャディクに視線を移す。
どうやら、その噂。自分も知った方が良い事のようだ。
「事の起こりは、先のインキュベーション・パーティでのこと。
いや、それまでのジェターク兄弟の評判からになるか。流石にグエルのパイロットとしての技量に疑いを持つ者はいないが、奴の人柄は直に接するまでは、その凄味は分からん。言葉では上手く説明が出来ん」
兄のグエルは、アスティカシア学園のホルダーであり、地球再生計画の看板とも言える存在だ。
だが、前者はともかく、後者の看板は親に与えられた役割と捉える向きもあった。
「それに比べ、ラウダはパイロットとしては兄に劣るものの、地球再生計画を立案し、その要となるディランザの基本コンセプトを設計。
更には、ジェターク設計らしい重MSで飛行可能な可変MSを開発し、ジュネーズまで実用手前まで設計を終えていた。ジュネーズはグラスレーとの共同開発となっているが、我が社の技術者も、あれがラウダの手で、ほぼ完成していた事を隠していないからな」
改めて並べると、本当に異常とも言える能力だ。
ラウダの能力で、ジェタークはベネリットグループでも業績で断トツのトップに躍り出て、その恩恵をグラスレーも受けている。
結果として、企業としての繁栄は御三家ではなく、ペイルは脱落して双璧とも言える状態だ。
「外から見れば、あの兄弟は兄より弟が優れていると思われても仕方があるまい。
グエルはヴィムの贔屓で、地球で看板と言う楽で目立つ仕事をしていると評価する向きもある」
「地球での看板が楽な仕事ですか……」
「現在では、やっているシャディクには分かるだろうが、言葉で説明は難しいだろ?」
「はい。ある種の魔境です。戦争が終わらない理由の一端が実感できる。多くのエゴが渦巻いている。
その場の判断、決断を誤れば、一気に足場を壊されてしまう。でも、それを説明は出来ない」
「そうだ。ましてやアーシアンを見下すものには、最初から理解する気も無いしな。
だから、あの兄弟は隙に見えた。ラウダは不満を燻ぶらせていると思われていた」
「ええ。それはグエルとラウダも自覚しています。だからベネリットグループが集まる場には、グエル共々、行くのを避けていました」
グエルが行けば、弟の方が上だから身を引くよう、あるいはラウダが蹴落とされる機会をうかがっていると毒を吹き込む。
ラウダが行けば、当然のようにそそのかそうとするだろう。
それが面倒だから、これまでベネリットグループの集まりは避けていた。
「だが、その評価は、先のインキュベーション・パーティで一気に覆る。
理由の一つは、グエルがデリングと正面から対峙し、あのデリングに引かなかった事。いや、誰が見ても、あの勝敗はグエルの勝利よ。
デリングが考えたミオリネの婚約の件を形骸化して見せた。発案が誰であろうと、デリングとの会話では、紛れもなくグエルの言葉。
聞いたものは、正にジェタークの後継者に相応しいと認めざるを得ない立ち振る舞いだ」
普通にプレゼンをし、その後に会話をしたところで、グエルの事を理解するには程遠い。
だが、あの日はミオリネの件があったので、妙な言い方になるが、グエルが全力でグエルをしていた。
短い時間とは言え、嫌でもグエルの事を知らされてしまった。
「そして、もう一つの理由がラウダの……そうだな。あの日のラウダの行動を、お前はどう思った?」
「え? また、妙な事をしてるなと」
「あれを、それで済ますか……他の者は聞いているか?」
そう言って、視線を周囲に向ける。
その視線に答えたのは、最初はメイジーからだった。
「えっと、恋人の振りをしようと、腕組んで耳にキスしてたって聞いてます」
「途中から変な勝負モードに入ったって。相変わらずバカやってんなぁと」
「2人とも、頭おかしい」
続いて、レネ、イリーシャの順で答えると、他の生徒も同感だという表情で頷いている。
だが、サリウスと入学希望の子たちは微妙な表情をしているし、冷静に考えれば、それが異常なことだと再認識する。
「すいません、感覚が狂っていたようです。慣れって怖いですね」
それもこれも、ラウダが時折見せる狂人的な言動のせいだ。
「全くだ。普通にありえん行動だぞ。人前でイチャイチャしているカップルにしか見えん。しかも、インキュベーション・パーティの真っ最中でだ。
とにかくだ。その行動を見て、ラウダの評価は随分と下がった」
「まあ、エナオとの行為は、グエルのあれの直前でしたから、余計にでしょうね」
「ああ。おまけに、その後に、アーシアンの同学年の少女の実家に、わざわざMSを使用して行って宿泊したとの情報が舞い込んだ」
シャディクは直ぐに思い出す。アリヤの実家にヤギの子供を送ったあれだなと。
それが切っ掛けで、アリヤを推薦した会社との縁が出来て、ジュネーズのパーツ開発に役立っている。
それにグラスレーにも、ラウダは便宜を図っていると思われているし、実際にそうだろう。
「え~と、もしかして、お気に入りの女の子のバックに、便宜を図ると思われているとか?」
「ああ。それだけではない。何せ、奴の父親はヴィム・ジェタークだぞ。奴の息子、グエルとラウダは異母兄弟だ」
なるほど。二股をかけていると思われ、あっちの方は親譲りと思われたか。
「実際は重度のブラコンで、女の子を意識しないから、エナオもアリヤも困っているのが事実なんですがね。
もう、いっそのこと、本当に二股かけてくれた方が、まだスッキリするんじゃないかと思ってます」
エナオは顔を真っ赤にしてうつむいている。
既にレネを始めとした者は笑いを堪えるのに必死だ。笑い出さない自分の自制心を褒めて欲しい。
「だが、事実がどうあれ、あの兄弟の評価は定まった。そして、こう言われている。
グエルは、ヴィム・ジェタークを超えるジェターク社の後継者。
対して、ラウダはヴィム・ジェタークの下半身の後継者と」
そんな台詞を真顔で言うものだから、シャディクの我慢も限界を迎え、大声で笑い出してしまった。
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「ジェタークの後継者問題の解決を祝って、カンパ~イ!」
「「「カンパーイ♪」」」
何故だ? 本来なら、負けた後の祝勝会と言う地獄絵図になるはずなのに、何でこんなに和気あいあいと喜んでいる? うん。僕の所為だ。
カミルの音頭に、全員でニッコニコである。
「ジェターク社の後継者、グエル君にカンパ~イ!」
「「「カンパーイ♪」」」
兄さんも苦笑を浮かべながら、杯を上げる。
兄さんとしても、せっかくの明るい雰囲気に水を差すわけにはいかない。
「ジェタークCEO、下半身の後継者、ラウダ君にカンパ~イ!」
「「「カンパーイ♪」」」
おい、笑い転げて飲み物こぼすな。掃除が大変だろうが。
「どうしたんですラウダ先輩。みんなが祝ってるんです。笑ってください♪」
ねえ、このドSをどうにかして。
もう、完全に何かに目覚めちゃったじゃないか。
謝るからさ。トレーナーさんをクビにしたの謝るから。
「それで、それで、これからどうします?」
「どうしろと? 今からでも潔白を証明できるかな?」
「無理ですね。今から距離を置いたところで、捨てたとしか思われません。2人とも傷物と判断されてます」
ペトラさん直球だなぁ……お陰で責任問題だと意識しちゃったじゃないか。
「ここは先人に相談するしか無いでしょうね」
「先人?……まさか父さんか?」
「二股経験者の知り合いが他にいるんですか?」
流石にいないよ。
でも、父さんだと絶対に碌な返答は返ってこないと信じられるが、聞くだけ聞いてみるか。
「あとは、来年は流石にないとは思いますが、卒業後は言い寄ってくる相手が増えるでしょうから、上手い身の振り方を身に付けるくらいしか……って、何で真面目に相談に乗ってるんです私は?」
「乗れよ。煽って楽しむな」
「嫌です。それより、来年の新入生の中にいるであろう、親に命じられて、泣く泣く誘惑してくる女の子の話をしましょう」
「絶対にいない。ペトラも流石にいないって言ったばかりだろ」
何だよ、その地獄絵図はさ。高校生だよ。中学卒業したばかりだよ。
「考えを改めました。います。きっといます。
さあ、誘惑に失敗したら、どんな目に合うか?」
「知ったことではない。だが、そうだな。そんな事を命じた親は、潰すように全力を尽くす」
「ええ~、面白くありません。もっと、動揺してください」
「無茶を言うな。だが、そうだな。そんな阿呆が出てくれば、後続を断ち切るチャンスだな。
ありがとう。お陰で冷静になれたよ」
「う~ん、話の振り方を失敗しました」
いや、成功したんだからな。
ペトラって、こんな性格だったんだ? 僕に怯えないのは助かるが、正に諸刃の剣だな。扱いには気を付けよう。