地球寮に新入生が入ってきた。
経営戦略科に1人とパイロット科に1人で、去年と同様2人だが、去年はメカニック科が2人だから、バランスが良いのか、偏りが酷いのか悩むところだ。
「これは……何と言えば良いのか」
だが、それ以上に問題は、パイロット科の子が持ち込んできたMSだ。
見るからに古いデミトレーナーに、全員が絶句している。
全員の頭の中に、何で? の文字が躍っているだろう。いや、ニカだけは興味深そうに見ているが、あれは骨董品を見ているノリだ。
「な、何だよ? 何かおかしいってのか? そりゃあ、多少は古いだろうけど、みんなが頑張って買ってくれたんだ」
苛立ったような不機嫌な声と表情で、そのMSを持ち込んだチュアチュリーが問う、と言うより、文句を言ってる。
どうやら、気付いていないのでなく、知らない可能性がある。
「そう言えば、言い忘れていたが、地球寮の女子は私だけだ」
そう言うと、リリッケは探るような視線を向けるのに対し、チュアチュリーは、残りの女子、つまりフェルシーとニカを見る。
「なるほど、私とラウダの噂も知らないと見える。MSも昔の持ち込みという方法を取ったんだな」
「確認方法エグッ」
「身体張ってんな」
ヌーノとオジェロのツッコミはスルー。
不思議そうな表情のチュアチュリーに、フェルシーとニカは、ジェターク寮の所属だと伝えると、更に首を傾げる。
「ジェターク社のことは聞いているか?」
「えっと、地球に良くしてくれる会社だから、間違ってもケンカは売るなって。あとグラスレーとか増えてるから、揉め事は我慢しろって」
ベネリットグループの大まかな情報くらいは聞いているようだ。
ついでに、スペーシアンに舐められるなと意気こんでいるようだが、最近ではケンカを売ってはならない相手が増えて行って、周囲共々困惑しているらしい。
「フェルシーとニカは、ジェターク寮の子だ。去年はパイロット科がいなかったから、あのギャプランを弄っていた。
それと、せっかく用意したみたいだが、実は地球寮でもMSの持ち込みはしなくても良くなっている。
あの、ディランザを使っていたんだが……」
その説明をしていると、チュアチュリーの表情が複雑になってくる。
怒りや落胆、困惑、色々なものが混ざっている。
「だったら、このMSは……」
不要。その言葉を言えなかった。
この程度のことも知らされていなかったベネリットグループの中でも底辺の企業だ。中古のMSを買うのも苦労しただろう。
「ジェターク寮に行ってみるか?」
「そうだね。早めに挨拶をしておいた方が良いし……でも、向こうも新入生の迎えがあるんじゃ?」
寮長に就任したマルタンに話を振ると、彼も同じように考えていたようだ。
このデミトレーナーをメインに弄るにしても、今までディランザを貸し出していたジェタークには筋を通す必要がある。
それにラウダなら、何か良い提案をしてくれるかもしれない。
「大丈夫だ。向こうは専用の舟で夕方に到着だからな。準備をしている生徒はいるだろうが、あの2人は手が空いているはず……いや、ラウダはエナオのところか。連絡してみる」
ミオリネとグラスレー寮に行って、ミオリネ主導で次回の長期休みの計画を作っているはずだ。
ついでに、来年の計画書作成をミオリネにやらせるか、来年以降はジェタークやグラスレーが社として、アスティカシア学園の生徒に依頼する形にするかを判断しているはずだ。
忙しいかもと思いながら電話してみると、思いの外、早く出てくれた。
『アリヤか、どうした?』
「すまない。地球寮に新入生が来てな。そのことで相談したかったんだが、まだ時間がかかりそうか?」
『いや。ミオリネを鍛えるのは早々に断念した。コイツにやらせると、アスティカシア学園が農業高校に変貌してしまう』
電話口から騒がしい声が聞こえてくる。ミオリネが抗議しているのだろうが、本気で怒っている様子は無い。
『それで、相談と言うのは通話で済む話か? それとも、そちらに行った方が良いのか?』
「いや、挨拶を兼ねて、ジェターク寮に行こうと思ったんだが、お前がグラスレー寮にいるのを思い出した」
『そうか。深刻では無いが、早めに済ませたい用事のようだな』
「ああ。新入生がMSを持ち込んできた。中古のデミトレーナーだ」
『中古の……なるほど、筋を通しておこうと。分かった。今からジェターク寮に向かってくれ。
兄さんには、僕から連絡する』
「助かる。そうだ。エナオにデバイスを当ててくれ」
『アリヤ?』
直ぐにエナオの声が聞こえる。
「すまない。ラウダを借りる」
『大丈夫。今日は見学者だったから』
「そう言ってもらうと助かる」
おそらく、シャディクと一緒にミオリネがラウダに鍛えられる様を見ていたのだろう。
考えてみれば、ミオリネがいるのだ。何時もとは勝手が違うだろう。
そして、会話の内容を説明して、全員でジェターク寮へと向かう。
道中、質問しようか迷っている様子のリリッケの姿に新鮮さを感じる。
アスティカシア学園では、ラウダと一緒のところを見られても、エナオ共々、何の反応も見せてくれない。
でも、こんな姿も長期休みに入る頃には、呆れた表情に変わってしまうだろう。それなら、今の状況を楽しもうと切り替える。
「何してんだ? オメー等」
ジェターク寮に到着し、寮長室に入ると、フェルシーが呆れた声を出す。
ラウダは、まだ戻っていないようで、ソファーに座るグエルと、周囲には、ぐったりとしているレネ達が並んでいた。
「生身で戦っていた……」
「3人がかりでも、この様」
「弄ばれた」
先程まで、徒手格闘の訓練をしていたようだ。
パイロット科の生徒はMSの操縦だけでなく、生身でも戦闘する訓練がある。
そして、実際に優秀なパイロットは生身でも強い。
当たり前だが、反射神経は生身でもMSの操縦でも同等に必須な能力だし、スタミナの消費も同様だ。
更に生身での筋力だが、フェルシーも見た目は華奢だが、MSの激しい挙動に耐えるため、全身の筋肉が発達している。そうでなければ、操縦桿すら持てなくなるからだが、更にフェルシーの場合は変形の機動にも耐える必要があるため、首と背中が逞しくなっている。
見た感じだが、チュアチュリーも悪くは無さそうだ。
「オメー等、ここにいて良いのかよ?
グラスレー寮も新入生の歓迎とかあるんだろ? 準備は?」
「担当外された。教育に悪いってさ。サビーナから」
「流石、サビーナ先輩だな。分かってる」
「テメエが言うな。地球寮の穀潰しが」
何時もの言い合いが始まったので、新入生の紹介も出来ない状態になった。
どうしたものかと思っていると、リリッケが挙動不審になっている。
レネ達だけでなく、自分も見られている。
「どうした?」
「その、二股は聞いていたんですが、今は四股に増えたんですか?」
「ん?………おい、グエル、勘違いされてるぞ」
「みたいだな。おい、距離を取れ。普通に外聞が悪い」
「ひでえ」
「外聞って、ラウダ先輩が可哀そうじゃない?」
「これに関しては自業自得だからな。そのラウダはまだだが、自己紹介した方が良いかな?」
そうグエルが言った瞬間、ドアが開いてラウダが姿を現す。後ろにはミオリネも付いてきている。
「悪い、遅くなった」
「いや、これから自己紹介するかってタイミングだからギリギリだ。
先ずは俺から、グエル・ジェタークだ。ジェターク寮の寮長をしている。
それで、そっちが、二股の方の」
「え? ……そうか。兄さんがレネ達に抱き着かれて誤解されたんだな。
僕がラウダ・ニールだ。ジェターク寮の副寮長で、噂と違い実際は一股も出来ていない男だ。
そっちが、妖怪、夕飯ちょうだいだ。主に地球寮に出没するから連れてきた」
「あのね……ミオリネ・レンブランよ。まあ、寮に入っていないから食事に問題があって、地球寮にはよくお邪魔しているから」
「食事だけじゃねえだろ。生活能力ゼロお嬢様が。人に掃除させんな」
「イリーシャは分かるけど、レネが掃除得意ってのが意外だったわ」
「得意じゃねえ。でも、グラスレーのアカデミー組は全員出来るんだよ。戦災孤児舐めんな」
「そうだったんだ。最初に習うの?」
「自室とか教室とか、食堂もやるな。軍隊形式ってやつ? 整理整頓清掃は、文明的生活の基本中の基本だって」
「も、もしかして、料理も?」
「それは無理。メシ作ってくれる人がいた。やりたい奴は自主的に、手伝いながら習ったりするけど、普通は自主勉強だな。
まあ、座学だけでなく、MSシミュレータとか、徒手訓練とか色々する」
「子供の頃からそんな生活で、辛くなかった?」
「は? ちゃんと美味いメシは食えるし、風呂も入れて、ベッドで寝れるし。
何と言っても、死に怯えることのない毎日だぜ。
逆に罪悪感が湧いて来たっつーの」
「本当に、こんな幸せで良いのかなって気になるんだよね。あのままだったら、死んでただろうなとか。
同時に、このままで良い訳ないって思うようになるし、自主勉強に必死だったのも、後ろめたさから目を逸らしたかったからかな。だから…」
「おい。それだと、自己紹介じゃなく、思い出話だ。
見ろ。戸惑っているだろう」
ダメなことを口走りそうだった。それを察したのだろう。ラウダが呆れた口調で話を切る。
アリヤはエナオに聞いているが、確かに他言は出来ない内容だし、実際にリリッケもチュアチュリーも戸惑っている。
「そだな。アタシはレネ。グラスレー寮の2年生。ちなみに、グラスレーに拾われる前は、アーシアンの戦災孤児」
「同じく、メイジー。よろしく」
「同様にイリーシャ。ちなみに、そこのヌーノとニカも孤児仲間」
「俺は拾ってくれた相手がグラスレーじゃ無かったけどな。勉強以外は訓練じゃなく、畑仕事してた。どっちが大変かは分かんねえけど、食い物を自分で作ってたせいかな? 罪悪感は無かった」
「私は一昨年までは、普通に難民キャンプだったから。それに……う~ん、ラウダの教育の成果? 感謝はあるけど、罪悪感はなしだよ。
あとは、普通に親がいる人だから」
確認はしていないが、ニカは、その出身からレネ達のことは知っているはずだ。
ラウダの教育というのも、それを踏まえて、ニカに罪悪感を持たせないように心を配っていたのだろう。
「チュアチュリー。言い難かったらチュチュで良い。戦災は付かないけど、あーしも孤児。
でも、孤児院とかじゃなく、掘削屋の仲間に育ててもらった」
「リ、リリッケです。両親健在の、ただのアーシアンです」
こうしてみると、戦災孤児が多い。チュチュも孤児のようだが、レネ達が自己紹介で言ったのは、そのことを感じ取ったのか? それとも、単にアーシアンだったと言いたいのか?
お陰でチュチュの警戒が弱まっている。
ただ、むしろ、リリッケが肩身が狭そうにしている。
「それで、立ち話を続けてないで座ったらどうだ?」
ラウダがそう言いながら、グエルの右手のソファーに座ると、ニカが当然のようにラウダの左側に座る。
これは振りだなと思いつつ、ラウダの右に座って身体を密着させると、リリッケの驚いた表情を見て満足する。
さあ、どこまで恋人っぽく見えるか、エナオがやってきたことを思い出しながら、そんな事を考えていた。