生まれて初めての学校。だが、スレッタの浮かれた気分は直ぐに消えた。
理由は明白。自分の極度な人見知りの所為だ。
声をかけてくれる人はいるが、緊張して喋れない。
そして今は、初日の授業をやり過ごしたが、何処に行けば良いか分からないのだ。
こんな時は母の言葉を思い出す。
そうだ。困ったときはジェターク社のラウダ・ニールという人を頼れと言っていた。
しかし、どんな人だ? 青いMSに乗っているのは知っているが中身は知らない。せめて、写真くらい欲しかった。
ラウダを探して学園内を彷徨う。
見つからないまま、正確には誰にも声をかけられないまま辺りが暗くなってきた。おまけに人気もない。
戻ろとしたところで、反対から人が来た。長い金髪で背の高い男性。何か良い事でもあったのか、顔はにやけてスキップしそうなほど浮かれた足取りだった。
あんなに浮かれているんだ。声をかけるのは悪いから見ないふりをした。
戻るタイミングを逸したので、もう少しだけ進む。
あの浮かれた人が来た道だから何かあるのかもしれない。
そうして進んでいると、ポツンと小さな建物があった。そこに銀髪の女生徒が立っている。
思わず息を呑むほど美しい顔立ちをした少女だ。この時点で委縮した。
その少女と目が合う。何かを言いかけたが、思わず逃げ出した。
ただでさえ人と話すのは緊張するのに、あんな美人だと尚更だ。
そして、結局エアリアルがあるハンガーまで戻って来た。
今日は遅いから、エアリアルのコクピットで寝る。
エアリアルが呆れている。でも、明日から頑張る。
そして、目が覚めると早朝から行動を開始した。
今日中にラウダを探す。
どんな人だ? 青い人は3年生のはずだが、制服で学年は分からない。
それでも、今日のスレッタには、寝る前に考えた作戦があった。
昨日の失敗は原因は、自分の人見知りだ。声をかけるのが怖い。
だが、昨日の事を振り返れば、話しかけてくれる人はいた。
話しかけるのと、話しかけてきた相手に答える。明らかに後者のほうがハードルが低い。
よって、先ずは話しかけてもらう。その人にラウダの事を聞く。
話しかけてもらう方法も考えた。昨夜の奇麗な人も話しかけようとした。
つまり、相手の目をを見れば良いのだ。完璧な作戦だ。
「なに見てんだ!」
「ヒィッ!」
完璧と思われた作戦は早くも失敗した。
予定では、優しくどうしたと聞いてくれるはずだったが、怖い目で睨まれている。
おまけに、一緒にいた人たちに包囲された。逃げたくても逃げられない。
「ジロジロ見ときながら、なに目ぇ逸らしてんだよ」
「ち、ち、ち、ちがっ……」
「ハッキリ言えよ!」
「ひ、人を探してて」
「あん? 誰だよ」
「ラ、ラ、ラ、ラウダ…」
「あん? アイツの知り合いか?」
首を全力で横に振って否定の意を表明する。
「お前、見かけない顔だな? アーシアンか?」
「す、す、す、水…星です」
「水星? 随分と辺境だな。あの野郎、また辺境の女に手を出したか」
再び首を横に振る。手なんか出されていない。
「コイツですよ。パイロット科に編入した水星から来た奴って」
「こんなのがパイロット科なのか?」
そんなに睨まないで欲しい。
パイロット科だったら何か悪いのだろうか? いや、理由は聞かなくて良いから開放して欲しい。
「そう言えば、アイツ、昨日はいなかったな」
「2年の地球寮に入り浸ってるコンビを連れて出て行きました」
「確か、今日は兄貴の方もいねえよな」
「何かの会合って聞きました」
「だったら、決闘するか」
「え?」
どうしてそうなる? ラウダと言う人がいないと決闘? ラウダの兄と言えばグエル・ジェタークだが、その人もか? この人の考えが理解できない。
「何人も女を侍らす奴がいると、学園の風紀が乱れるからな。
おい、この決闘に負けたら学園を出ていけ」
まさか、ラウダと言う人は存在自体が風紀に関わるのだろうか?
いや、そんなことより、それで自分が学園から出ていく事になるのが理解できない。
「良いな!」
嫌と言いたいが声が出ない。
だが、考えようによっては決闘すれば、この場から解放される。
今は早くエアリアルの元へ帰りたい。
だったら、返事はYESだ。首を縦に振る。
「へえ、良い度胸だ。だったら、今日の放課後、決闘委員会へ来い」
決闘委員会? それは何処だ?
聞きたいが声が出ないし、そんなことよりエアリアルだ。早くエアリアルのコクピットへ!
そして、エアリアルのコクピットに逃げ込むと大きく息を吐く。
「こ、怖かった」
起こったことを説明すると、エアリアルが憤慨した後、慰めてくれる。
嬉しい。ずっと一緒だった家族に抱かれ、心が安らぐ。
ずっとこうしていたいが、エアリアルが授業だと言ってくる。
サボる訳にはいかない。気合を入れ直して教室へと向かう。
「ねえ、アナタ決闘するって本当?」
食堂の使い方も分からないから、屋外のベンチで予備の携帯食料を食べてから次の授業に向かうと、目つきの鋭い女生徒に声をかけられた。
確か、昨日も声をかけてくれた人だ。自己紹介されたが、急に知らない人に声をかけられ頭が真っ白になったので、名前を憶えていない。
こうして見ると、目つきは鋭いが、美人で優しそうだ。それに、茶色のロングヘアーはサラサラのストレートで羨ましい。
「ハ、ハ、ハ、ハイ。な、なんだか分からないまま…」
「う~ん、多分、今日はグエル先輩とシャディク先輩が留守だと思って、好き勝手出来ると思ったのね」
エラン先輩がしっかりしないから、いや、問題はセセリアもか。とかブツブツ言っている。
イケる! この人だったら知りたいことを答えてくれるはず。
ずっと、聞かなくてはならないことがあった……何だっけ?
「参ったわね。人見知りが酷そうだから、フェルシーとニカが帰ってきてから、改めて声をかけようと思ってたけど、こんなことになるなら強引に確保しておくべきだったか。
うん。でも安心しなさい。グエル先輩たちが、そろそろ帰ってくるから」
「あ、あの!」
「ん? なに?」
聞かなくてはいけない事……そうだ!
「け、け、け、決闘委員の場所!……教えて…下さい」
「え? 決闘するの? 本気で?」
首を縦に振る。
「え~と、そう言えば腕は確かなはずか。
分かった。放課後に案内する」
「お、お、お願いします」
良かった。ミッションコンプリートだ。
あれ? 聞きたいことはそれだっけ? 他にもあった気がする。
そして、放課後が来ると決闘委員会のある場所に案内してもらう。
歩きながら、パイロット科が履修する科目ではない授業を受けていると言われたが、どんな授業を受けるのが正解なのか何もわからなかった。
「来たか」
すると、ちょうどドアを開けようとしている絡んできた人がいた。
どうやら、そのドアの向こうが決闘委員会らしい。
「お前、確かジェターク寮の?」
「ペトラ・イッタです。パーカー先輩」
「何でジェターク寮が?」
「友人の知り合いの娘さんじゃないかな? と、思って声をかけたんですけど、凄い人見知りで苦戦中です。
水星出身で、苗字が同じだから可能性は高いと思うのですが、確認も出来ていません」
「な!?」
その言葉に声を上げたのはパーカーという人だったが、スレッタも驚いた。
まさか、母の知り合いの関係者とは思わなかった。
「友人はフェルシーとニカの事ですよ。
ちなみに、グエル先輩とラウダ先輩も知っていますよ。あと、シャディク先輩とサビーナ先輩とエナオ先輩も」
知らない名前の中に、知っている名前が出てきた。
そうだ。ラウダと言う人の事を知りたかったのだ。
「それと、グエル先輩、帰って来てますから。
今頃、中にいますよ。話を聞いて御機嫌斜めかも? さあさあ、入りましょうか」
「ま、待て!」
ペトラがドアを開けて、パーカーの背中を押す。
パーカーと言う人が慌て始めたが、強引にドアを開けると中の部屋は意外なほど広かった。
だが、ドアの付近で仁王立ちしている人が、こちらを睨む。
「おい、パーカー、新入生いびりとは愉快な真似してくれるじゃねえか」
猛獣がいる。絡んできた人たちより遥かに怖い。思わずペトラの背中に隠れる。
他とは違う白い制服を着た背の高い男性だった。圧が凄すぎる。
「な、何でいるんだよ? 今日はいないはずじゃ」
「いちゃあ悪いかよ」
パーカーという人が狼狽していると、奥から女の子の笑い声が聞こえてきた。
「いやぁ~、予想通りの反応ですね。鬼のいぬ間に好き勝手しようと思ってたんでしょうけど」
「それで、セセリアはこの反応を見たくて決闘を受理したと。趣味が悪いね」
そちらに目をやると、褐色の肌は同じだが、片方は白い髪の女性で、もう片方は金髪の男性。
男性の方は昨日も見た浮かれていた人だ。
「で、ペトラが何でいる?」
「この子が案内しろと言うから連れてきました。
それと、新入生じゃなく、水星から来た編入生で2年です。名前はスレッタ・マーキュリー」
「マーキュリー? それに水星って、プロスペラCEOの?」
「それを昨日から確認したかったんですけど、人見知りが激しくて。
それで、アナタはシン・セー開発公社のプロスペラCEOの娘さんで合ってる?」
ペトラの背中にしがみついたまま、肯定の意を表すため、首を縦に何度も振る。
「正解でした。昨日からフェルシーとニカが留守だったから、上手く会話が出来なくて。
あの2人がいれば、母親の話を起点に会話が出来ると思ってたんですが、そうしたら、こんな状況に」
「なるほどな。だが、随分と懐いているように見えるが?」
「グエル先輩が圧を出すから怯えてるんですよ。グエル先輩がいなければ私にも怯えてました」
「そ、そうか。すまない」
表情が柔らかくなって謝られたが、圧が凄いままなので怖かった。
促されるまま部屋の中央に立つと、パーカーという人と向き合い、レフリーのような位置にグエル・ジェタークが立つ。
怖いが自分以上にパーカーという人が怯えている。
「決闘が受理された以上、原則として、やらないわけにはいかない。
それで問題は……何を賭けるんだ?」
「い、いや……」
「負けたら学園を出ていくって条件でしたけど?」
「あん?」
最初からいた唯一の女生徒が言うと、グエルがパーカーを睨む。
「ち、違っ……セセリア、ブリオンはこっち側だろうが」
「私たち、そんな派閥争いに興味はないんで」
「おい、条件の話の途中だが?」
「そ、それは冗談だ」
「そうか。安心した。何の咎もない新入りに、そんな条件を提示するなんて、当の本人も同じことをされても文句は無いと思ったが、違うようで安心した。
まったく、質の悪い冗談は止めてくれよ。危うくハンマーフィールド社から推薦を受けた全生徒に、同じ条件で決闘を申し込むところだったじゃないか」
グエルの笑顔が怖い。
目を逸らすついでに、他の人を見る。
浮かれていた人とペトラは苦笑。他の男性2人は我関せず。褐色ギャルはニヤニヤしている。
そして、グエルが溜息を吐く。
「まったく、この学園は弱肉強食。勝つことが全てだが、デリングとしては、敗者、弱者の惨めさを味合わせるというのが目的なんだろう。実際に弱者は悲惨だよ。その境遇が嫌なら強くなるしかない。その意味では俺も学園の方針に反対しない。
だが、学園を出ていけは度を越えすぎだ。強者と自覚してるなら自重もしろ」
何か良いことを言ってるので、うんうんと頷いておく。
「それで、賭けの内容はどうする?」
スレッタには当然ない。いや、あった。
ラウダに合わせて欲しい。
「あ、あの……」
「ん? 何かあるか?」
「ラ、ラウダさんに……あの」
でも会ってどうするのだろう?
「ラウダがどうした?」
「そいつ、ラウダに会いたがっていたぜ」
「いや、プロスペラCEOの娘なんだし、ラウダには勝ち負け関係なしに会わせるぞ」
どうやら、目的は達成していたらしい。
だが、今度は妙な沈黙が落ちる。
もう、決闘は無しで良いんじゃないかな? そう思っていたところ、白髪の女性が声を上げる。
「もう、罰ゲームみたいに、何処かの清掃作業で良いんじゃないですか?
両方ともパイロット科なんだし、MSを使ったやつで」
「いや、罰ゲームなら人目がある学園内だな。良いだろ?」
続けて浮かれていた人が、良い笑顔でこちらを見ながらキツイことを言う。
「だそうだが、どうだ?」
「俺はそれで良い」
これは反論は出来ない雰囲気だ。スレッタも頷いて同意を示す。
でも、これなら負けても大丈夫だ。
「では、互いの同意を得たという事で」
決闘のルールや口上を教わると、エアリアルが置いてあるハンガーへと移動する。
だが、このまま部屋を出ると、パーカーと2人になるので、嫌だなと思いながらペトラを見ると、彼女は苦笑しながら同行を申し出てくれた。