仔馬の放牧地での様子が見られる庭先取り引きでは不利だったが馬体を重視されるセリでは有利だった。
ディアーナガールの02は牧場が目論んだ通り馬体の良さから買い手がついた。
買ったのは最近馬主を始めたばかりの人間らしい。
相馬眼がないのか、それとも甘言に乗せられたのかこれまでセレクトセールで超がつく程の良血馬を何頭も競り落としたが未だOP戦に出走できる馬はおらず二、三勝クラスの底辺を彷徨っているのが精一杯だという。
始めたばかりとはいえ相当なペースで馬に金を使っているのでいつかは必ず破滅すると囁かれる男にディアーナガールの02は買われた。
しかし、相手がどんな人間であれディアーナガールの02は売れたのだ。
もう他の仔馬が馬房を抜け出したあの仔馬に絡まれて暴れることに気を尖らせることもスタッフや見学に来た馬主にあの仔馬が気味悪いと嫌味のように言われることはない。
自分があの馬と関わることはもうほとんどないだろう。
もうあの仔馬の奇行に悩まされることはない。
ディアーナガールの02の曳き手を持っていた男の顔はこれまでとは打って変わって晴れやかなものに変わっていた。
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セリで買われて早一年、乗馬にすることすら検討されていたディアーナガールの02は競走馬となっていた。
馬名は母ディアーナガールが月の女神の名前を冠していることからドイツ語で満月を意味するフォルモーントとなった。
馬主はこの世にも珍しい月毛のサラブレッドのことを大層気に入ったようでこれまで買った馬とこの馬は違うとあちこちで言いふらす程入れ込んでいるようだがフォルモーントの調教は順調には進んでいなかった。
競走馬になっても牧場で見せた奇行が治っていなかったのだ。
人や馬に攻撃することはなかったが併せ馬が終わっても相手の馬と走ろうと調教師を振り落としたり指示に従わず暴走したりと問題行動を連発した。
挙げ句の果てに馬房から脱走しようとしたが思うように出来なかったのか暴れた拍子に脚を痛めてしまい調教がストップしてしまった。
幸いにも競争能力に影響は出ないようだが大事をとって放牧に出すことになり予定していた6月の新馬戦には出走できなくなってしまった。
予定が狂ってしまうが無理をさせてフォルモーントを壊してしまうことよりはマシだろう。
「放牧地で暴れて怪我するのだけは勘弁してくれよ」
厩務員がフォルモーントを乗せて遠ざかる馬運車を見送りながら誰に言うともなくそう呟いた。