とうとうフォルモーントの新馬戦の日がやってきた。
かかっていたとはいえ調教タイムがよく生まれ持った馬体の良さでフォルモーントは桜花賞勝ち馬であるシスタートウショウを母に持つ良血馬トウショウパワーズに続く2番人気だった。
パドックでは月毛の馬が走るといつも以上に賑わっていたがフォルモーントは普段の様子からは考えられない程落ち着いており内に秘めた闘志を漏らさんとばかりに静かだった。
それとは対照的に暴れると覚悟していた厩務員はどこか拍子抜けたようにフォルモーントを引いていた。
騎乗命令が掛かり騎手である宮原が騎乗するとフォルモーントは少し興奮した素振りを見せたがそこでも暴れはしなかった。
「やっぱり追い込んだ方がいいですか?」
「いや、追い込みは試してみたいが抑えるのが厳しかったら余程出が悪くない限り逃げてもいいぞ」
「了解しました」
宮原が調教師に質問したくらいで返し馬でも特に問題はなかった。
陣営が最も危惧していたゲート入りも順調に終わりゲートが開いて各馬が一斉に飛び出した。
「あれ?宮原抑えてますよ」
僅かに出負けしたとはいえ五分のスタートをしたはずのフォルモーントが下がっていった。
それもそのはず宮原がフォルモーントを最後方に下げ必死に抑えているのだ。
これまで大人しくしていたフォルモーントだがレースになった途端思い出したかのように前の馬を追い抜かそうと並々ならぬ闘争心を燃やし首を振り口を割って抵抗するがそれでも宮原は手綱を緩めなかった。
「どうしたんだ宮原は……」
追い込みを試したかったとはいえまさか初めに自分の出した指示に宮原が従うとは夢にも思っていなかった調教師はただ呆然とするしかなかった。
隣にいる厩務員はかつてフォルモーントに似ていると笑ったブルーイレヴンが大暴走し競馬どころではなかった京成杯が脳裏を掠め血の気が引いた顔で固まっていた。
あまりの衝撃に口を噤む陣営をよそにレースは進む。
ヤマニンコーリングが馬群を引っ張り1番人気のトウショウパワーズが中団につける一方でフォルモーントは馬群から少し離された最後方でガコンガコンという音が聞こえてきそうなほど引っかかっている。
宮原はまだ手綱を緩めずに抑え続けている。
もういい!もう大丈夫だから手綱を緩めろ!そう言わんばかりに調教師と厩務員がフォルモーントと宮原に釘付けになる中遂に最終コーナーを抜け直線に差し掛かった。
「あ!フォルモーントが上がってきてる!」
宮原が手綱を緩めた瞬間にフォルモーントは抑えつけられていた鬱憤を晴らすかのように加速した。
せめてもの救いにと付けられたグレーのシャドーロールが全てを飲み込まんとばかりに揺れ動きトウショウパワーズも前の方で追い上げるがとうとう追い詰められついにゴール寸前で首差差し切られた。
レースが終わり検量室で顔を合わせた宮原と陣営はどちらも青ざめていた。
「この馬追い込んだ方がずっといいですね」
やっとのことで息を整えた宮原の言葉をあまりの衝撃に言葉を失ってしまっていた調教師はただ頷いて返事をしてやることしかできなかった。