試作品・練習作品置き場   作:緑茶わいん

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推しのライブを見損ねた結果、未来でアイドルやることになった(3/4)

「す、すみませんっ!」

 

 慌てて声を上げ、ドアを閉める。

 やってしまった。悠は入り口脇で膝を抱えてため息をついた。

 

(……どうしてこんなことに)

 

 入学初日に女子の着替えを覗いてしまうなんて。しかも、あの夜空花蓮の。

 

(綺麗だった、な)

 

 目が合ってから数秒間はフリーズしていた。そのため、少女の下着姿は自然と目に焼き付いてしまった。

 色は清楚な白。レースがふんだんに使われた上品なもので、ショーツはただ穿くのではなくサイドで紐を結ぶタイプ。ブラに覆われた胸は意外と大きく、あれはきっとCカップくらいは──。

 そこまで考えたところで思考を追いやる。

 あれは不可抗力だ。きちんとノックをして、良いと言われて入ったのだから、咎められるいわれはない。むしろ、入っていいと言った花蓮の方に比があるはずだ。

 自分に言い聞かせていると、ドアが内側から開いた。

 

「ごめんなさい、もう大丈夫だから」

 

 きちんと部屋着に着替えた花蓮は、困ったような表情で悠を見下ろしていた。

 

「お邪魔します」

「どうぞ。むしろ、同じ部屋なんだから遠慮しないで」

 

 寮の部屋はかなり広々としていた。しっかりとした二段ベッドに、鏡台付きのクローゼットと勉強机が二つ。エアコンと冷蔵庫も当然のように付いている。フローリングの床には柔らかなそうな絨毯が敷かれており、その上には可愛らしい楕円形のローテーブルがある。

 部屋の半分が一人分のスペースと考えると、かつての悠の自室より広いくらいだ。長い眠りから目覚めた時にはもう、その部屋は家ごとなくなっていたわけだが。

 広く感じるのには別の理由もある。ここにはテレビも本棚もないからだ。この時代、読書は電子書籍でするのが普通。テレビもデバイスで見られるため、悠の元いた時代に比べて「スペースを取る家具、家電」が少なく、その分だけ空間を活用できるのである。

 

 なお、悠があらかじめ配送しておいた荷物は部屋の隅に積まれていた。二段ベッドを挟んで反対側の勉強机には幾つか物が置かれているので、花蓮はそちらを使っているのだろう。

 

叶野(かのう)さん、何か飲む?」

「あ、おかまいなく……って、お、私の名前?」

「同じクラスなんだから、名前くらいはわかるわ」

 

 花蓮は微笑んでお茶を用意してくれた。

 

「インスタントで申し訳ないけど」

 

 テーブルに湯気の立つ紅茶が二人分置かれる。各部屋ごとに洗面所、トイレ、シャワールームはもちろん、簡単なキッチンまで付いているそうで、据え付けの設備を使えば湯くらい簡単に沸かせるらしい。

 なお、寮内のドアは全てスライド式の自動ドアである。

 ドアごとにデバイスのIDと紐づけが可能なので、両手が塞がっていても通行が可能。登録の無い者はドアを開けられないような設定もできる。

 

(着替え中だけロックすることもできた、ってことだよな)

 

 やはり自分は悪くないのではないか、と思いつつティーカップに口を付ける。即席のものとは思えない芳醇な香りが口の中に広がって、思わず「美味しい」と呟いてしまった。

 すると、穏やかな声が返ってくる。

 

「口に合って良かった」

「あの、ありがとうございます。それと、さっきは本当にすみませんでした」

「本当に気にしないで。同室なんだから、いちいち気にしていたら大変でしょう?」

 

 花蓮の言うことはもっともだった。着替えの度に別室へ行くとか、相手が終わるまで外に出ているとかしていたら時間がいくらあっても足りない。

 心奏には男子更衣室もないと聞いているので、授業のために他の生徒と着替えることもあるだろう。

 ただ、

 

(それは俺が女子だと思ってるから、だよな)

 

 名簿などでも性別は伏せられている。カミングアウトするか、それとも黙っているかは生徒の自主性に任せる、というスタイルだ。

 生徒手帳の性別欄を他者に公開でもすれば話は別だが。

 

「あの、夜空さんは男って、どう思いますか?」

 

 思い切って尋ねてみる。独特のルールのことを思えば不自然な質問とも言い切れないだろう。

 果たして、花蓮の反応は悠の想像と異なるものだった。

 

「嫌い。この世からいなくなればいいと思ってる」

「ひ、一人残らず?」

「そう、一人残らず」

 

 真顔で頷く彼女の様子から、冗談で言っているのではないことがわかった。まるで虫か何かについて口にするような態度だ。

 まさか、着替えを覗いた件を(本当の意味で)謝る前から消滅を願われてしまうとは。

 これでは将来、結婚することも難しそうだが。

 

「そういえば、アイドルの能力を使えば同性でも子供が作れるんですよね」

「ええ。だから、この世界にあれはもう必要ないの。実際、同性婚をして子供を作った例はたくさんある」

 

 同性婚の届け出件数は女性同士のものが男性同士のものの十倍以上なのだと、花蓮は教えてくれた。

 

「ど、どうしてそんなに嫌うんですか? やっぱり、汗臭いからとか……?」

「いいえ。ただ、彼らが邪魔だから」

「……邪魔」

 

 おそらく悠の表情はかなり引きつっているだろう。花蓮はティーカップを手のひらで包んだまま、やや熱の籠もった声で「だってそうでしょう」と言う。

 

「男と女は同じ目線に立てない。昔からずっと、女は男によって束縛されてきた。それが変わった──逆転し始めたのは、アイドルが現れてから」

「七十年くらい前、ですよね」

「そう。だから、今はまだ価値観が変わりきっていない。女が男と結婚して子供を産むのは当然だと思っている人はいる」

 

 心奏学院は国内で最も優れたアイドル育成機関だ。

 つまりここは、女性優位の考え方が一番強い場所でもある。男女におけるアイドルの人数比は心奏内の男女比とほぼイコールである。悠がわざわざスカウトされたのにはそういう理由もあるのだが。

 

(言えない)

 

 悠はカミングアウトを断念した。

 この様子では、花蓮はきっと過剰反応するだろう。下手をすればクラスや学年を巻き込むような騒動になってしまうかもしれない。

 そうなっても悠のせいではない。入学はしたのだからお金の件は免除して欲しいところだが──そんな個人的事情以上に、花蓮の鍛錬に影響が出る可能性も心配だった。

 周囲からのやっかみを恐れず、高みを目指すと宣言した彼女。

 男女に関するはっきりとした考え方から見ても、彼女はきっと、言ったことを可能な限り叶えようとするだろう。

 

「夜空さんは、凄いですね」

「そんな」

 

 ほんのり頬を染めて首を振った花蓮は、不思議そうに悠を見つめてきた。

 

「叶野さんは、私のことを嫌わないの?」

「陰口のこと、ですか?」

 

 小さく首肯が返ってくる。やはり彼女にも聞こえていたらしい。

 

「会うなり睨まれるのも覚悟していたから、普通に話ができるなんて思わなかった」

「お、私は格好良かったと思います。……みんなの気持ちを考えたら、言いたくなる気持ちもわからなくはないですけど」

「ありがとう。……叶野さんは優しいのね」

「そんなこと」

 

 今度は悠が首を振る番だった。本当に優しい人間なら秘密を抱えたままにはしないだろう。特に、相手にとって致命的な秘密なら。

 気づくと紅茶は殆ど空になっていた。残った僅かな分もだいぶ冷めてしまっている。

 

「話し込んでしまってごめんなさい。荷ほどきもあるでしょう?」

「いえ、大した量じゃありませんから」

 

 家具は部屋に据え付けのものがあり、本や音楽プレーヤー等はデバイスが代替してくれるとなると、殆ど衣類しか荷物がなかった。(りん)などはお菓子やぬいぐるみを詰め込んだらしいが、あいにく悠には少女趣味もない。

 立場上、メンズの服を着るわけにもいかないし、私服は最低限しか用意していない。

 

「じゃあ、私も自分の分の整理をさせてもらってもいいかしら?」

「もちろんです」

 

 快く答えると、花蓮は微笑んでティーカップを手に取った。

 

「これくらいは任せて」

「ありがとうございます」

 

 あまり遠慮するのも逆に気を遣わせてしまいそうだ。ここは甘えることにして荷ほどきを始める。クローゼットは大きめサイズなので、とても容量いっぱいにはならなさそうだ。

 せっかくなので作業中のBGM代わりに音楽をかける。首のチョーカー型デバイスに触れて思考操作でコマンドを出せば、すぐに目当ての曲が始まった。

 曲のお陰もあって作業はスムーズに進行。

 気づけば小さく歌を口ずさみながらクローゼットへの仕分けを終えて、

 

「どんな曲を聞いているの?」

「わっ」

 

 気づけば花蓮がすぐ後ろにいた。ノイズキャンセリング機能は低く設定してあったため、声をかけられれば気づく。ただ、元の時代より格段に音漏れしなくなっているため、耳を近づけても他人の聞いている曲が何かはわからないだろう。

 

「古いアイドルの曲です。『Angel Snow』っていうグループの」

 

 隠すことでもないので素直に答えた。

 悠が以前、追いかけていたグループだ。三人組の女性アイドルユニットで、最初はほぼ知名度がなかったものの、地道な活動が実を結んでドームライブにまでこぎつけた。幸いデータは簡単に入手でき、しかも音質は前よりずっと良かった。

 事故に遭った後にリリースされた曲も数多く存在するため、どうやら彼女たちはあの後も活動を続けたらしい。

 新曲がいっぱんに手に入って嬉しい悲鳴だが、勿体ないという気持ちも強いため、悠は今のところ知っている曲だけをリピートしている。

 まあ、さすがに七十年以上前のアーティストなんて知らないはず──。

 

「素敵な趣味ね」

 

 と、思いきや、花蓮はごく当たり前のように言って、

 

「私は、グループ名を曲名にした『Angel Snow』が好き。ボーカルの心情がとても強く籠もっている気がして」

「通算七曲目ですね。実はまだ六曲目までしか聞かないようにしてるんですけど、そう言われると聞きたくなってきました」

 

 まさか、この時代の人間あのグループについて話せるとは。こうなると相手の方が良く知っていそうなことが悔やまれる。

 それでも気分は上向きになり、知らず声が弾んだ。

 

「個人的にボーカルの子が一押しなんですけど、夜空さんも好きなんですか?」

 

 すると、少女はきょとんとして「……本当に知らないの?」と呟いた。

 悠にはもちろん、何の話かわからない。花蓮の一押しアーティストは意外と有名だったりするのだろうか。きょとんと首を傾げるしかなかったが、話はすぐに引き戻されて、

 

「そうね。アイドルとしての彼女は、とても好き。尊敬していて──超えたいと思っている」

「……そう、なんですね」

 

 悠は深く頷いた。

 自分の好きなアイドルに対して「超えたい」と言い切られた。にもかかわらず、気分は意外と落ち着いていた。むしろ、目標とされていることを嬉しいとさえ思う。

 もちろん悠は「私もです」などと口が裂けても言えない。

 あのグループは彼にとって憧れだ。神のような存在と言っても過言ではない。当時はそれくらいハマっていたし、半年経った今でも「ロス」は継続している。だからこそ超えようなどと簡単には思えない。

 

(けど、夜空さんがそうしたいと思うのは別だ)

 

 簡単にできるとは思わない。それでも、花蓮ならもしかしたら、そんなアイドルになれるかもしれない。

 

「頑張ってください。応援します」

 

 そう言うと、目を丸くした彼女に見つめられた。思えばかなり距離が近い。その気になればキスできてしまいそうだ。

 今更ながら甘い香りにときめくものを感じていると、くすり、少女の顔に笑みが浮かんで、

 

「一緒に頑張りましょう? 叶野さんだってアイドルの卵なんだから」

「そう、ですね」

 

 悠には花蓮のような熱意はない。むしろ、他のクラスメートと比べても劣等生だろう。

 

(でも、挑戦してみるだけならいいかもな)

 

 受動的だった気持ちがほんの少しだけ前向きになった。遠すぎる目標だが、花蓮が前を歩いていてくれれば道に迷うこともないだろう。

 まずは一つずつ、できることから始めてみよう。

 

「あの、夜空さんはどんな科目を取るんですか?」

「そうね。私が取得しようと思っているのは……」

 

 質問をすると、新入生代表の少女は嫌な顔一つせずに教えてくれた。

 花蓮の説明に頷きながら、悠は内心でほっとした。心配していた学校生活は思っていたよりも楽しいものになりそうだ。

 同室の相手が花蓮で良かったのかもしれない。

 どうせならこのまま、男であることは黙っていよう。卒業まで隠し通せればそれに越したことはない。思春期の男子として辛い環境ではあるが、アイドルに手出ししないのは基本的なルール。信頼は行動で勝ち取るしかない。

 

 とりあえず、着替えは上手く時間をズラしたり、決定的な場面だけ見られないよう気をつけることにした。

 恥ずかしいからと言い訳すれば別室で着替えてもそう不審には思われない。

 手探りでの学校生活がこうして幕を開けた。

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