試作品・練習作品置き場   作:緑茶わいん

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少年魔女の楽園追及(1/11)

「俺と付き合ってください!」

 

 さっきまで騒がしかった教室が一気に静かになる。

 生徒たちの注目は一組の少年少女へ。特に見られているのは少女の方。漆黒の制服を纏い銀色の髪を肩ほどまで伸ばした彼女は、突然の告白に目を瞬き、少年の瞳を真っすぐに見返した。

 桜色の唇がゆっくりと開き、天使のような美しい声が紡がれる。

 

「条件を出させていただいても、いいですか?」

 

 少年──告白した張本人こと桜木(さくらぎ)龍姫(りき)はまさかの「ノー」以外の返答に驚きながら、言葉の続きを聞いた。

 

「私にあなたの子供をください。約束してくださるのであれば、喜んでお受けします」

 

 言葉の意味はわかるのに、どうしてそうなったのか全くわからない。

 人生初の重いフリーズ状態を味わいながら、龍姫は少女との出会いについて振り返った。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「俺と付き合ってください!」

「ごめんなさい」

 

 徐々に人の増え始めてきた朝の教室で、人生九十九回目の失恋をした。

 がっくりと肩を落としながら「理由を聞いてもいいか?」と尋ねると、相手はこんな風に返してきた。

 

「だって、桜木くんって可愛いけど、彼氏にするにはちょっと……」

 

 割とよく聞く断り文句だった。

 地味に落ち込みつつ「ありがとう」と言って腰かける。相手の女子も「大丈夫かな?」と心配そうに視線を送ってきつつも友人たちと会話を始めた。

 龍姫のところには悪友たちがやってきて、

 

「またフラれたな、姫ちゃん」

「だから姫ちゃんって呼ぶなって言ってんだろ」

「でも、女子からも可愛いって言われてんじゃん」

 

 ドスを聞かせつつ睨んでやってもまるで効き目がない。

 ぽんぽん、と頭を叩いてくる手を乱暴に振り払う。高校一年の男子として平均的な友人の腕は、龍姫自身のものより一回り太い。

 龍姫は顔も背も小さめだし、男子にしては肌が白い。母親に似たのか童顔なうえに『龍姫』なんていう名前なのもあって女子に間違われたりからかわれたりは日常茶飯事だ。

 百歩譲って漢字はそのままでいいとしても「リキ」じゃなくて「タツキ」だろうと常々思っている。

 が、まあ、モテないのは名前や容姿のせいばかりではないようで、

 

「どっかに俺に惚れてくれる美少女落ちてないかなあ……」

「お前、そういうところが駄目なんじゃね?」

 

 友人の何気ない一言が核心を突いた。

 桜木龍姫。彼女いない歴十五年。通算九十九人の女子に告白するも、最も良かった戦果は「返事は保留にして一回遊びに行こうか」という返事。そういう時は実際遊びには行ってくれるものの「やっぱりこれからもお友達で」で終わるのがお約束。

 なお、九十九のカウントのうち高校入学からの二か月で増やしたのは三十一である。

 既に同学年どころか上級生の間でも「そういう奴」として知られ始めている。言うまでもなくこのレッテルはマイナスなのだが、

 

「だってさ、ハーレム作るならまず一人目の彼女が必要だろ」

 

 実のところ全くもって間違った評価ではなかったりする。

 

「まあ、そのうち彼女できるって」

「そうそう。物好きな奴が世界に一人くらいはいるだろ」

「むしろ逆に『私のハーレムに加えてあげる』っていう年上のお姉様とかなら割と簡単に見つかるんじゃね」

「……お前ら」

 

 全くフォローになっていない友人たちの言葉に龍姫は涙ぐみながら口を開き、彼らと遠慮のない言いあいを始めた。

 周りの女子が「あれだもんね……」と見ている事に気づかないまま、言いあいは担任教師の来訪まで続き、

 

「今日は国立魔女学院から一名、生徒が見学に来る。くれぐれも失礼のないように」

 

 通り一遍で終わるかと思われた連絡事項に非日常的な文言が含まれていた。

 

 国立魔女学院。

 今から数十年前に設立された国立の()()()であり、その名の通り『魔女』の養成を専門としている。

 魔女とは魔術や錬金術、陰陽術や風水等々、科学とは異なるオカルティックな力をその身に宿し操る者であり、彼女たちはこれまでに起きたさまざまな戦争においてもその力を大いに発揮した。

 科学の発達と共に衰退するかと思われたが、実際は逆に科学を取り込んで飛躍的に発展、魔法理論の体系化によって人数と平均性能を増し続けている。一般人にとっては畏怖と崇拝の的であり、様々な分野で恩恵を与えてくれている有難い存在でもある。

 学院が女子校なのは魔法の力が女にしか宿らないから。

 学院の生徒は魔女ではない女子にとっては憧れの的だし、龍姫のような男子にとっては滅多にお目にかかることすらできない高嶺の花。

 

「桜木。お前は特に気を付けろよ。間違っても告白とかしないように」

 

 担任の言葉と、それによってクラスがどっと沸いたことにぶすっと口を尖らせつつ龍姫は返答。

 

「さすがに100%無理なのに告白なんてしませんよ」

 

 その時は本気でそう思っていた。

 しかし、四時間目の授業中。クラスメートのざわつきを感じて教室のドアへと目をやった瞬間、自重などどこかに吹き飛んでしまった。

 きらきらと光を反射する銀色の髪。澄んだ海の水のような青色の瞳。しなやかかつ滑らかな肢体。

 美少女と噂されているこの学校の一年生と比べても圧倒的な美少女。有名な黒い制服を着ていたのもあって魔女学院から来た見学者だと一目でわかった。

 魔女は優秀な者の血を取り込むため積極的に国際結婚を行っている。そのため日本人でも黒髪黒目以外の容姿を持つ者が多い。ついでに容姿としても優れている者が多いのだが、こちらについてはっきりとした理由はわかっていない。

 ともあれ。

 偶然か、龍姫は彼女と目が合った。

 吸い込まれるような感覚と共に、胸がときめきを覚える。このまま立ち上がって彼女のところに走っていきたい。そう思った時。

 

「失礼いたします」

 

 少女の方から龍姫のいる教室へと入ってきた。

 

「授業中に申し訳ありません。先生、少々お時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「校長から話は聞いています。どうぞ、用事を済ませてください」

「ありがとうございます」

 

 礼儀正しく一礼し、視線を教室内へと巡らせる。全員をゆっくりと眺めてから、また、目が合った。

 龍姫の方へと歩いてくる。

 一歩、少女が近づくごとに鼓動が早くなる。いったい何の用なのか。実は隣の生徒に用事だった、なんていう落ちじゃないのか。

 居ても立っても居られなくなった龍姫は、気づいたら勢いよく立ち上がっていた。

 ぴたり。

 足を止めた少女の前に立って、頭を下げる。

 

「あなたに一目惚れしました! 俺と付き合ってください!」

 

 そうして話は思わぬ返答へと繋がる。

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

「驚かせてしまってすみません。まさか、あのようなことを仰るとは思わなかったものですから」

「い、いや、こちらこそ変なことを言ってごめん」

 

 龍姫はあの後すぐ少女と共に学校の屋上へと移動した。詳しい話がしたいという彼女に担当教師が許可を出し、席を外すことが許されたのだ。

 普段鍵がかかっているはずの入り口を少女は「大丈夫です」と言ってこともなげに開けた。鍵を差し込む動作がなかったような気もしたが、おそらく気のせいだろう。

 向かい合ってみるとあらためて美人だ。

 並んで廊下を歩いていた時などなんだかいい匂いまで漂ってきて「まさか、詳しい話ってそういう……?」なんていう期待まで抱いてしまった。

 蓋を開けてみれば向こうとしても弾みで言ってしまっただけだったのだが。

 

「そうだよな。あんな、子供を作って欲しいなんて言うわけないもんな」

 

 少し、いやかなり残念ではあるが仕方ない。

 龍姫は誤魔化し笑いと共に気持ちを切り替えようとして、

 

「嘘じゃありません」

「え」

 

 もう一度硬直した。

 二メートルほどの距離を置いて立つ銀髪青目の美少女は、もじもじと、お腹のあたりで両手の指を擦り合わせながらじっと視線を送ってきた。

 可愛い女の子と真っすぐに見つめ合うというのは何度やっても落ち着かない。

 

「私は安城(あんじょう)悠陽(はるひ)。国立魔女学院の一年生です。桜木龍姫さん。私と子供を作ることを前提にお付き合いしてください」

 

 とんでもない殺し文句が来た。

 付き合って欲しいと言ったらその何段階も上を求められた。あまりの衝撃に「何かの詐欺ではないか」という思いが頭をよぎる。

 詳しく問いただそうと慌てて口を開きかけて、先んじた悠陽の言葉で再び自重を投げ捨てた。

 

「私じゃ嫌、ですか?」

「よろしくお願いします」

 

 悠陽はほっと息を吐くと「よかった」と胸に手を置いた。

 

「では、これからよろしくお願いいたします、龍姫さん。……あ。ただ、お付き合いを始める前に一つお願いがあるんですが、聞いていただけますか?」

 

 人生百回目の告白はまさかの成功で、とんでもない美少女の彼女ができた。

 ただ、やっぱりうまい話には裏があるようで、少女は何やら「お願い」とやらを突きつけてきた。

 今さら引きたくない龍姫は頬を掻きつつ曖昧に頷いて、

 

「ああ、うん。俺にできることならできるだけ叶えてあげたいけど……」

「それなら大丈夫です。これは龍姫さんにしかできないことですから」

 

 少女は首に手を置くと何やらペンダントのようなものを引っ張り出してきた。ペンダントトップはロケットになっていて中に何かが入っているらしい。

 

「念のために全校生徒と近隣の方々を確認してきましたが、反応したのは龍姫さん一人でした。これを開けられるのは世界にあなただけ。どうかこれを開けて()()()()()、国立魔女学院に転校して欲しいんです」

 

 一瞬、世界から音が消え去るような感覚があった。

 今日は次から次へと爆弾発言がある日らしい。

 龍姫は大きく息を吸い込んで気持ちを整理してから尋ねた。

 

「ちょっと待った。魔女になるって言っても俺、男なんだけど」

「大丈夫です。ここに入っているのは大魔女セラフィーナ・レイヴンズクロフトの遺産。それを受け取っていただければ龍姫さんは魔女になることができます」

「セラフィーナって……さすがに俺でも知ってる超有名人だぞ」

 

 セラフィーナ・レイヴンズクロフトは存命中の魔女の中で一、二を争う超一流の実力者である。齢百を超えていながら魔法の力によって今なお若々しく、永遠に生きるんじゃないかなんて声もある。

 死ぬ前から伝説に名を連ねているような勝ち組が、龍姫のためだけに贈り物を?

 

「っていうか遺産って、まさか」

「ご安心ください。セラフィーナ様は引退を表明されただけで亡くなられたわけではありません。……ただ、彼女が自分の後継者として指名されたのが魔女でないどころか女性ですらない、日本人の男の子だったことで魔女界は混乱しています」

 

 この話がニュースなどになっていないのは魔女の間だけで情報を止めているせいらしい。実際、一般人の耳に入ってくる魔女の情報は普段から制限されていて、誰が何をした、というのが他のニュースと同レベルの情報として入ってくる程度だ。

 あの美人(年齢はこの際置いておく)がこの世を去ったのではないことにほっとしつつ眉をひそめて、

 

「無茶しすぎだろ。俺なんて魔法には全然縁がないんだぞ」

「ですが、龍姫さんの一族には何人も魔法使いがいらっしゃるでしょう?」

「ああ、まあ。母さんが言うには『うちは分家も分家だから』ってことで全然関わりがないけど、本家は結構有名な魔女の家系だとか……って、まさかそれで?」

「ええ。驚くべきことに、龍姫さんの身体には世界でもトップクラスの才能が眠っているそうです。男性に生まれてしまったため、通常であれば用いることができないのですが、セラフィーナ様の遺産があれば不可能を可能にできます」

 

 男でも魔法が使えるようになる上、世界でトップクラスの魔法使いになれる。

 思ってもみない話に龍姫はごくりと息を呑んだ。何しろ魔法である。使ってみたくないなんて言ったら嘘になる。というか物凄く使ってみたい。

 

「魔法が使えたら女にモテるかな?」

「釣った魚に海の状況をお尋ねになるのは快くありませんが……龍姫さんはハーレムを作るのが夢、なのでしたね」

「え、なんで知って」

「セラフィーナ様の後を継がれる方を調べるのは当然のことです」

 

 ということは他にもあれこれ知られているのだろうか。少し怖くなってくる。

 

「それはともかく……もちろん、魔女からの好感度は高くなるでしょう。トップクラスの才能となれば交際の申し込みどころか求婚が殺到するのではないかと」

「彼女どころか結婚相手にすら困らないとか最高じゃね? いや、まだ当分結婚はしたくないけど……って、もしかして悠陽──さんが俺と付き合ってくれるって言ったのも?」

 

 悠陽が気まずそうに目を逸らした。

 

「……ええ、その、はい。ですが、かつては親同士の決めた結婚に粛々と従うのも珍しくはありませんでした。お付き合いを重ねるうちに互いの良いところが見えてくることもあるのではないかと」

「いつの時代の話だよ。……でもまあ、そうだよな。付き合ってもいいって言ってくれたんだもんな」

 

 となれば他に確認することは一つだ。

 龍姫は大きく頷いて、

 

「その遺産とやらを受け取ると魔女になるらしいけど、それってつまり俺が女になるってことか?」

「いいえ。遺産の影響で女性的な特徴が強くなることはあっても完全に女性にはならない──男性機能が失われることはないそうです」

「よし、それなら問題ないな。俺、セラフィーナ様の遺産を受け取って魔女学院に転校するよ」

「え、あの、本当によろしいのですか? 例えば一日考える時間を設けることもできるのですが」

「別にいいよ」

 

 考えたって答えは変わらない。今のままモテない人生を続けるのと魔法の力を得てハーレム生活に爆進するのとどっちがいいかなんて明白だ。

 それに女子校に転校ということは男子は龍姫一人。物語の中にしかないような夢のような環境である。

 というわけで、龍姫は欲望のために平穏な日常を投げ捨てた。

 悠陽も覚悟を決めたのか、やがてこくりと頷いて、

 

「わかりました。では、受け取ってください」

「ああ」

 

 差しだされたペンダントに手を伸ばす。

 指がロケットへと触れたその瞬間、光が溢れた。

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