試作品・練習作品置き場   作:緑茶わいん

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『お前を愛する気はない』と言われたのでカツ丼を作ることにします 3

 この国で好まれているパンは硬いバゲット系のパンです。

 

 理由はいくつか。

 水分量が少ないので比較的取り扱いが用意なこと。

 しっかりしたパンに具材を乗せて一緒に食べる文化があること。

 貴族社会では食べたい分だけ使用人に都度切り分けさせるのが粋とされていること、などなど。

 

 平民はパン屋から一本まるまる買って切り分けながら使うようです。

 薄く切ったバゲットでハムやチーズなど簡単な具材を挟んだ軽食は屋台の人気メニュー。

 

 ちなみに、今日の朝食に出たパンもやはりバゲットでした。

 

 皿代わりに料理と一緒に食べるのは合いますし、スープに浸して食べるのも美味しいのですけれど……硬くて食べ応えがありすぎるのが軽食には不向きなのですよね。

 そもそも、貴族はあまり「お弁当」を食べません。

 軽く済ませる時は本当に軽く、平民とあまり変わらない──バゲットにスライスしたハムやチーズを乗せる程度。

 きちんとした屋外活動の際にはシェフが同行してしっかりした食事が振舞われます。

 

「いかがされますか、奥様?」

 

 とはいえ、別に白パンが存在しないわけではありません。

 

「この料理にはふわふわの白パンのほうが合うでしょう。できれば薄く平たいものを食べやすい大きさに切って供するのが望ましいわ」

「ああ、それならだいぶ食べやすくなりますね」

「それから、シュニッツェルは通常よりも厚めに、衣も粗いものを使ってみてくれるかしら」

「それですと食べ応えが重くなりそうですね。野菜でも一緒に挟みましょうか」

 

 さすが、料理長は話が早いです。

 

 野菜。

 カツサンドに欠かせない野菜と言えば──そう、キャベツ!

 ですがここでも問題が。

 キャベツはブドウと一緒に植えてはいけないと言われており、ワインの流通量の多いこの国では新鮮なキャベツが手に入りづらいのです。

 しかも、日本のキャベツよりもだいぶ硬く生食には適していません。

 

 カツと言えば千切りキャベツ。

 できれば合わせたいところですが、これは品種改良や量産を経なければ厳しいでしょう。

 それにわたくしの最終目標はカツ丼です。

 トンカツ定食ももちろん美味ではありますけれど、キャベツへのこだわりは「あの野菜」に比べれば低めです。

 

「タマネギはどうかしら。

 薄くスライスしたものを食べやすい大きさでカツ──シュニッツェルと一緒に挟むの」

 

 生のタマネギのしゃきしゃき感と独特の辛みも間違いなくカツに合います。

 

「良いと思います。……すると、残るはソースですが」

「適度にマスタードを利かせてみてくれるかしら。きっと良いアクセントになるわ」

 

 今ある代表的ソースはホワイト、ブラウン、あとはグレイビー系など。

 こちらもいずれはいろいろ開発したいところだけれど、それはまたの機会に譲ることにします。

 

 料理長もだいたいのイメージができたのか深く頷いてくれます。

 

「かしこまりました、さっそく試作に入ります。

 ……ですが、白パンの試作から始めますので、本日坊っちゃんに召しあがっていただくのは困難かと」

「それは仕方ないわ。せっかくなら美味しいものを召し上がっていただきたいもの」

 

 旦那様には完成するまで秘密ということにして、わたくしは試作品を味見させてもらうことにします。

 ……これくらいは役得として構いませんよね?

 

 と、料理長はそこでふと不思議そうに首を傾げて。

 

「奥様は随分と料理にお詳しいのですね? 伯爵家では貴族の方も料理をなさるのですか?」

「いいえ。ただ、わたくしには実現したい料理があるの。だから、そのためにいろいろと勉強していただけ」

「なるほど。それは、今回のこれとは別なのですか?」

「そうよ。今はまだ、とても実現できない料理」

 

 目を細め、未だ手の届かない『カツ丼』に思いを馳せます。

 料理長にもわたくしのイメージが見えたのか、彼はとん、と胸を叩いて、

 

「面白そうだ。その話、私にも協力させてください」

 

 どうやら、これからもいろいろと試作をお願いすることができそうです。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 急には難しいと言いつつも、料理長はティータイムには試作品を仕上げてくれました。

 私室に届けられたそれを紅茶と共にいただきます。

 芳醇な香りをカップでいただくよりはペットボトルのアイスティーをぐびっといきたいところですが、ここは我慢。

 

「では……」

 

 ふわふわの白パンに挟まれた厚手のシュニッツェルとスライスオニオン。

 あまりお行儀がよくないのを承知で、わたくしはそれを両手で手に取りました。

 はむ、と小さく食んで。

 

「いかがでしょう……?」

「ええ、とても良いお味です」

 

 わたくしはにこりと微笑みました。

 ソースはグレイビー系のそれにマスタード。

 お肉料理に合わないわけがありません。

 カツサンドです。細部を言えばかなり違いますが、これは紛れもなくカツサンドです。

 お醤油もみりんもお米も使われてはいませんが、わたくしの「カツ丼食べたい欲求」がほんの少しだけ満たされます。

 

 わたくしの好反応に料理長はほっと一息。

 それから彼は表情を引き締めて、

 

「ありがとうございます。……では、改善点を詰めさせていただいても?」

「ええ、そうね」

 

 一顧客としての味の感想と、オーナーとしての注文は別。

 ここは忖度なしで行かせていただきます。

 まず、最初に言うべきこととしては、

 

「とりあえず、旦那様にマスタードはもしかすると刺激的すぎるかもしれないわね」

 

 マスタード、思ったよりも今のわたくしの舌にはぴりりときました。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「いや、しかしこれは美味い。美味いですよ奥様」

 

 食卓でいただくちゃんとした食事としてはおそらく認められないシンプルさ。

 既存の食材を組み合わせただけで画期的なアイデアも特になし。

 メジャーではない白パンを用いる点から平民にまで広めるのは現実的ではありませんけれど。

 それはそれとして、カツサンドは料理長にも、試食に参加してくれた執事や兵士にも好評でした。

 

「肉の食べ応えがしっかりあって嬉しいです」

「片手で食べられるので忙しい時には嬉しいですね」

「俺はマスタードが利いてるほうが好きです」

 

 シュニッツェルよりも厚手のトンカツは男子の心をがっしり掴んだようです。

 

「これなら、旦那様も喜んでくださるでしょうか」

「ええ、きっと。そのためにももっと試作を行います」

 

 カツサンドがひとまず及第点に達するまでにはまだもう一日、二日かかりそうです。

 ……と、思っていたら、夕食の席で旦那様に拗ねられました。

 

「聞いたぞ。お前たちだけ美味そうなものをこっそり食べていたそうだな」

 

 誰かの告げ口でしょうか。

 とは、さすがに言いません。

 公爵家に来たばかりの若奥様にそこまで信用があるとも思えませんし、旦那様ご自身がわたくしの動向を把握するよう命じていらしても不思議ではありません。

 なにせわたくし、カツ丼ですし。

 

「申し訳ありません。あれは実は、旦那様に食べていただくための料理の試作品でして」

「なに。オレのための料理だと」

「はい。ですので、一番美味しいものが出来上がるまでお待ちいただけないでしょうか?」

 

 のけ者扱いを特別扱いに変換です。

 いえ、実際その通りなのでなにも嘘はついていないのですけれど。

 旦那様は「そういうことなら」と頷いてくださり、ほっと安堵したわたくしは、

 

「なら明日の昼までは待ってやろう」

「……かしこまりました」

 

 料理長、残念ながら期限はあと半日ほどになりました。

 彼の苦労は推して知るべしですが、無事翌日の昼食に供されたカツサンドはたいへん好評で、以来カツサンドは旦那様の好物になりました。

 

 おかげで一部からのあだ名が「カツサンド公爵」になったのは想定外でしたが……。申し訳ありません、旦那様。

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