試作品・練習作品置き場   作:緑茶わいん

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少年魔女の楽園追及(5/11)

「あなたと決闘? 男であるあなたと? ……学院長のお話が仮に本当だとして、ついこの間までただの一般人だったのでしょう。あまり魔女の血統を舐めないでくださるかしら」

 

 冷笑と共に酷薄な意味合いを含んだ声が空気を強く震わせた。

 風を切って突きつけられる剣。龍姫はそれが肌を裂くところを見ている。刃物をまともに向けられるのなんてもちろん初めてだが、怯えることなく少女を見返す。

 大人しくしていれば可愛いだろう凜々花の顔には明らかな嘲りの色が浮かんでいる。大多数の魔女にとって『男』とは汚らわしく下等で愚かな存在。故に彼女は龍姫を敵とさえみなしてくれない。

 だからこそ。

 

「怖いのかよ。俺と決闘して負けるのが」

「──なんですって?」

「負けたら大変だもんな。俺はついこの間どころか昨日まで一般人だったんだ。魔法の使い方だってろくに知らない。そんなのに負けたら『首席様』から転落どころか学院の恥さらしだ。逃げたければ逃げていいんだぜ。負けるのが怖いから戦いませんってな」

 

 早乙女凜々花に逃走は許されない。

 格好いい方法ではないが、ここは相手のプライドを利用させてもらう。少女の顔にみるみる怒りの色が浮かぶのを見ながら、龍姫は「かかった」と笑みを浮かべた。

 そこで。

 

「止めてください!」

 

 割って入ったのは悠陽だ。

 

「負けたのは私の責任です。龍姫さんが怒る必要なんて何もありません。……むしろ、約束を破った私を責めてください」

「なんでだよ。悠陽は何も悪くないだろ」

 

 少女の肩越しに元凶を睨みつけて、

 

「別に決闘のひとつくらいなんでもない。俺はこれでも男なんだぜ? 痛い思いをするのは慣れてるんだ」

 

 本当は喧嘩の経験だって数えるほどしかない。平和な現代において一般人が争いごとをする機会なんて普通はそうそうないものだ。

 魔女は男よりも強い。それも十分にわかった上で、龍姫はくだらないプライドに賭けて「自分の彼女」を守ろうとする。

 

「あなたたちは決闘の約束によって他人になっています。なれ合いは止めていただけませんか?」

「生憎、それはお前と悠陽の取り決めだろ? 俺がこの娘のために戦っちゃいけないなんてルールはないはずだ」

「……どうやら痛い目に遭わないと気が済まないようですわね」

「それはどっちのセリフだろうな。たぶん、お前を倒すくらいなら今使える魔法で十分だぜ」

 

 睨み合う。

 悠陽が何か言いたげに口を開いたところで、ぴょこん、と小さな手が挙がった。

 

「合意は取れたようだし、立会人はこの学院長(わたし)が務めよう!」

 

 龍姫は半ば無理矢理に「下がってて」と悠陽にお願いする。少女はすぐには動かず、制服の袖を掴んできた。

 

「もう止めてとは言いません。……でも、無茶はしないでください」

「わかった、できるだけ怪我しないようにする」

 

 凜々花と二人で向かい合い、互いの要求を宣言した。

 

「俺が勝ったら悠陽との約束を取り消せ」

「わかりました。では、私が勝ったら去勢して女子になっていただきましょうか」

「そんなことでいいのか? ならそれで構わない」

 

 誓約の言葉を紡ぎ、十分な距離を取って。

 

「はじめ!」

 

 ギャラリーが興味深げに見守る中で決闘を開始した。

 

 

 

 

 

「大口を叩いたのですから、これぐらい防いでくださるのでしょう?」

 

 十を超える火の球が同時に殺到してくる。

 悠陽の時と同じ戦法。有効だからこその十八番なのだろうが、手の内がわかっていれば対処のしようもある。

 

火の球(ファイアーボール)!」

 

 龍姫が唯一使ったことのある魔法。

 手のひらからリンゴ大の火の球が飛んで、相手の攻撃に激突。起こった爆発によって残りの火の球も吹き飛ばされる。

 煙が晴れた後、龍姫が無事なのを確認した凜々花は剣を手に突っ込んでくる。

 

「少しはやるようですわね!」

「牽制が終わるまで棒立ちとかやる気あるのかよ!?」

 

 二発目のファイアーボール。互いの距離が近づけば当然かわしにくくなるが、凜々花は小さな火の球を一つ作り出してこれを迎撃。爆風の中を突っ切ってきた。

 至近に迫る少女の姿。

 龍姫は心臓が激しく鼓動するのを感じながら馬鹿の一つ覚えを放った。

 

「次から次へと!」

 

 凜々花は舌打ちすると剣でファイアーボールを切り裂き、後ろへ跳躍した。

 

「いいのか? 離れてくれるならばんばん撃つだけだぜ?」

 

 立て続けに放った攻撃は全て小さな火の球で迎撃されていく。

 一発くらい当たってもいいようなものなのに、さすがは学年首席といったところか。

 だが、根競べなら龍姫にも勝機がある。

 相手を近づかせないためにも連続して唯一の攻撃手段を放っていく。これで戦いは膠着状態──。

 

「愚かですわね」

 

 しかし、攻めあぐねているはずの凜々花は笑みを浮かべていた。

 

「攻撃ができるだけでも大したものですが、見たところ極めて原始的な空想具現化。整った術式からなる現代魔術とは効率は雲泥の差。……こうして最低限の攻撃で迎撃し続けていれば、先に魔力が尽きるのはあなたの方です」

「そんなことやってみなくちゃわからないだろ!」

 

 消耗戦と言うのであれば、既に一戦を終えている凜々花はその分消耗しているはず。

 龍姫より燃費のいい行動を続けていても先に力尽きる可能性はある。

 何より──龍姫の中に漲る力はまだまだ衰える気配が感じられなかった。

 そして。

 

「っ。まだ、魔法を撃ち続けられるというんですのっ!?」

 

 三分ほどが経っても戦況は変わっていなかった。

 先に憤りを口にしたのは凜々花の方。その顔にはいつの間にか焦りが浮かんでいる。どうやら消耗戦に勝ったのは龍姫の方らしい。

 少年は笑んで声を張り上げる。

 

「さあ、どうする? まだ続けるか?」

「調子に乗らないでくださいませっ!」

 

 直進。

 一度は諦めた接近戦を少女は再び選択した。ただし、今度は何があろうと貫き通すという決意を持って。

 

「ああ、それでいい」

 

 龍姫はファイアーボールを放つのを止め()()()前へと突き出した。

 彼が使ったことのある魔法はただ一つ。

 威力の調整すらまだ碌にできはしない。よってあれで戦う限り分の悪い状況にしかならないが、他に手がないわけではなかった。

 使ったことはないが()()()()()()()、かつ見様見真似でもある程度真似できそうな()()()()()()

 

 大砲の幻影を生み出し照準をセット。

 

「──馬鹿な!?」

 

 間近に迫りつつある少女が剣を振りかざしながら驚愕の声を上げた。

 だが、もう遅い。

 

「喰らいやがれ!」

 

 思い浮かべられる限りで最大級の極太ビームが大砲の口から生まれ、学年首席の身体を全て包み込んだ。

 直撃の瞬間、龍姫は少女が見えないバリアで包み込まれるのを一瞬だけ見た。

 

 

 

 

 

 

 攻撃が収まった後、地面にはビームにより大きく抉れた後が残っていた。

 凜々花は剣を取り落として呆然と座り込んでいる。

 大きな怪我はない。ただ、彼女の制服はかなりボロボロになっていて、白い素肌や意外と可愛らしいピンクの下着がちらりと覗いていた。

 龍姫の方も万全の状態とは言い難い。

 あれだけ漲っていた魔力は底を尽きかけているし、無茶をしたせいか頭がずきずきと痛む。これ以上戦えと言われたら「ごめんなさい」をするしかないだろう。

 

「……防がれたと思ったんだけどな」

 

 しかし幸い、対戦相手に戦闘継続の意思はなさそうだ。

 今なお立ち上がらずへたり込んでいる時点で勝敗は決している。

 

「あれは私がやったんだよ。君の魔法は非殺設定がされていないから、あのままだと凜々花ちゃんが死んでた」

「あ!」

 

 学院長の言葉に「そういえばそうだ」と思い至る。

 見様見真似、つまり悠陽の魔法と全く同じものではない。見た目を似せただけの別物であり、当然龍姫にはなんとか設定などという器用な真似はできない。

 危うく殺人を犯すところだった。

 寒気を感じて青くなりながらちびっ子学院長に頭を下げる。

 

「すみませんでした。……これ、もしかして俺、失格ですか?」

「いや。君が素人なのは合意の上での決闘だし、だからこそ私が立ち会ったわけだからね。勝者は君だよ。いいよね、凜々花ちゃん?」

 

 水を向けられた少女はのろのろと視線を動かすと小さく頷いて、

 

「……ですが、どうして? この男の魔力量は無尽蔵だとでも言うのですか?」

 

 学院長はふっと笑って首を振った。

 

「もちろん魔力は有限だよ。彼──龍姫くんにもちゃんと限界はある。ただ、それはゲーム風に言うと()()M()P()の話だ。決闘中に使える魔力量とイコールじゃない」

「なにを馬鹿な。決闘の短い間に有意量の魔力回復が行えるとでも……っ!?」

 

 言葉の途中で絶句する凜々花。

 

「わかったみたいだね。そうだよ。龍姫くんは()()()()()()()()()を持っているんだ。端から魔力が補充されていくから最大魔力量を超えて魔法が使える」

 

 これについては昨日の時点で説明を受けていた。

 魔女も魔力を回復できないわけではない。ただしそれは決闘中に補充できるほど劇的なものではなく、数時間かければそこそこ回復するという程度。

 一方の龍姫は『MP自動回復』のスキルを所持しているようなもの。

 

 学院長は「魔力の泉を持っている」と形容していた。

 龍姫の身に備わっている特権のようなものだと。

 

 凜々花が唇を噛み、身を震わせる。

 

「なんですか、それは。そんなの非常識ですわ!」

「そうだね。確かにチートだ。だけどルール違反じゃない。驕って相手の力量を見誤った凜々花ちゃんのミスだよ」

「……っ」

 

 少女の瞳に涙が浮かぶ。

 最初から本気で戦っていれば結果は違ったかもしれない。しかし、時間を巻き戻すことはできない。

 龍姫は凜々花へ淡々と告げる。

 

「約束通り、悠陽との約束は無効にしてもらうぞ」

「……わかり、ました。あなたと安城悠陽の関係にはもう口出ししませんわ」

 

 敗北に打ちひしがれている少女にとってそれは追い打ちだっただろう。

 仕方がない。

 勝者として敗者に強いたことがある時点で凜々花に文句を言う資格はない。

 

 わっ、と、観客席が湧いた。

 

 番狂わせに称賛、嘆き、怒り──さまざまな声が飛び交う。

 そんな中、龍姫はこちらに駆けてくる一人の少女の姿を見た。

 

「勝ったぞ」

 

 悠陽は瞳に涙を浮かべながらこくんと頷いた。

 

「見ていました。……格好良かったです、龍姫さん」

「だとしたら悠陽のお陰だよ。あの魔法を見てなかったらさすがに無理だったと思う」

 

 ちゃんと当てられていれば悠陽にだって十分勝機はあった。この娘は決して弱くない。

 気持ちの何割かは伝わってくれたのか、少女は笑顔になって、

 

「勝手に約束を破ってすみません。私を、あなたの恋人でいさせてくれますか?」

「恋人か。いいな、それ」

 

 彼女って言うよりもなんとなく深い気がする。

 

「ああ。むしろ俺が頼みたい。俺と恋人同士でいてくれ」

「……はいっ」

 

 女の子は笑った顔が一番可愛い。

 自分のために笑ってくれたのなら最高だ。

 龍姫は新しい真理にたどり着きながら、高揚する気持ちのままに悠陽の細い身体へ手を伸ばした。腰に触れた瞬間ぴくんと震えたもののそれ以上の抵抗はなく、悠陽はむしろ自分から身を寄せてくる。

 互いにへとへとで、綺麗な状態とは言い難い。

 けれど、これ以上ムードのあるタイミングはないと思った。

 

「龍姫さん」

「悠陽」

 

 初めてのキスは、柔らかくて温かい。

 この感触はきっと一生忘れられないだろうと思った。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 一時間経っても戦いの余韻が消えてくれない。

 早乙女凜々花は控え室の椅子に腰かけたままじっと己の両手を見つめていた。

 

(勝てなかった。……いいえ、それどころか、私は自分から負けを認めていた)

 

 桜木龍姫が安城悠陽の魔法を真似た瞬間──凜々花は「勝てない」と思った。打開する方法を探すのではなく諦めてしまったのだ。

 ()()には必殺の威力があるとわかっていたから。

 

「屈辱、ですわ」

 

 胸には怒りが渦巻いている。

 龍姫への、ではない。不甲斐ない自分自身への怒りだ。早乙女凜々花は気高く強く美しくあらねばならない。それは少女が自らに定めた義務だ。

 だから、このままでは終わらせられない。

 涙を拭って決然と立ち上がる。幸い魔力は残っていたので傷ついた制服に応急処置を施し、髪の乱れも直す。そうして入り口へと歩いていくと、

 

「早乙女さんも意外と大したことないよね。魔女歴一日の男なんかに負けちゃうんだもん」

「本当。幻滅しちゃった」

 

 外から聞こえてきた声に構わずドアを開ける。

 

「さ、早乙女さん!?」

「まだこんなところにいたの!?」

 

 立ち話をしていた女生徒二人。睨むようにして見て、告げる。

 

「決闘ならいつでもお受けしますわ。あなたたちなら桜木龍姫に勝てた。そう仰りたいのでしたら実力で証明されてはいかが?」

 

 靴音を立てて歩き去るまでの間、女生徒たちが何かを言ってくることはなかった。

 言われたところで気にはしない。

 

(これは私自身との戦い。あの敗北を敗北のまま終わらせるつもりはありません)

 

 歩みを止めないまま右手を握りしめる。

 次は、必ず勝つ。

 固く決意を胸にしながら、凜々花はあの時の龍姫の表情を思い返した。

 覚悟を決めた強い瞳。

 あの瞳だけは、いつまでも胸に残ってしまいそうな気がした。

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