ヤツカダキ恋奇譚   作:77493

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ヤツカダキ恋奇譚 漆日目 『通夜』

 

 

どれくらいの時間が経ったのか、もう思い出すこともできない。

真っ暗闇に沈む穴の中で、ヤツカダキはふと物音を聞いたような気がして顔を上げた。

しかし、折り畳んでいた鋭爪を開いてそっとあたりを見渡してみても、何者の気配も感じられない。

無理もない。ここは大社跡の最奥の更に奥、他の生き物が入り込むのが困難な洞穴を妃蜘蛛の同胞が歳月をかけ、より深く削って創り出した特別な巣穴だ。

その深度たるや遠く離れた砂の大地の地下遺跡に匹敵するほどで、一度潜れば二度と出ることが適わぬ天然の迷宮となっている。

ふと水滴が鍾乳石や霰石にぶつかって音を立てる。ヤツカダキの灯腹に籠もる高熱の灯に照らされた水草や苔が煌々と輝き、幻想的な空気を醸し出していた。

 

『……夜一、さん』

 

うな垂れ、俯き、そっと愛しい人間の名を呟けば、たちまち視界が潤んで掠れていく。

オオナズチに言われてこの住処に戻った後、何度も繰り返してきたことだった。自分でも甘えている、馬鹿げているとヤツカダキは思う。

自らここに戻ってきたはずなのに、この未練たらしさはどうなのか。足下の水たまりに視線を落とせば、そこに映るのは不気味な怪異の姿そのものだ。

 

『……いっそ、あの人に出会っていなければ』

 

悔しい、悲しい、切ない、涙が止まらない。夜一と出会っていなければ、確かにこんな痛みや苦しさは感じずに済んだだろう。

だがそれがなんだと言うのか。たった六日間、その間に自分はどれほど彼に、彼と親しいオトモたちに愛して貰えたか……忘れることなど、できはしない。

 

「――、」

『……? なに?』

 

嗚咽に肩を震わせていると、今度こそヤツカダキは何らかの物音を耳にした。水たまりを踏み、ゆっくり、ゆっくりと亀の速度でこちらに向かってくる。

誰だろう、と身構えた直後、ヤツカダキははっとして固まった。この巣穴は大社跡の奥深く、更に森の深部を越えた土の下にある。

……気易く入ってこられるような場所ではない。灯りがないところから察するに、たまたま迷い込んだ動物か、霞龍の指示を届けにきたオサイズチだろうか。

じり、と僅かに後退すれば、今度こそ荒い息遣いと、ふらつきながらも一歩一歩進んでくる確かな足音が聞こえた。

 

(にっ……人間? そんな、そんなまさか!?)

 

密猟者だろうか。まだ、妃蜘蛛の絹糸が欲しいというのだろうか。

ごくりと唾を飲み、ヤツカダキはそっと前に踏み出し爪を構えた。こんな暗がり、まともな人間なら一歩入るだけで恐怖で逃げ出しそうなものなのに。

そうしてヤツカダキは、自身の居座る横穴の曲がり角に咲く光苔が、侵入者の影をぼんやりと照らし出すのを視認した。

……酷い血の臭いがする。訝しむように顔を伸ばしてみると、その人影が見るも無惨な怪我を負っていることがはっきりと見てとれた。

 

『……え、あっ……?』

「……艶。そこに、いるのか」

 

自分は夢でも見ているのだろうか。あるいは、あまりにも強く恋い焦がれるあまり幻を待ち望むようになったのか。

血は滴り、一部の肉は焦げ、長かった黒髪は途中で千切れてしまっている。防具は散々に破れ、焼け焦げ、元の美しい紺色を煤けさせていた。

歩く度、歩み寄る度、からからと身に着けていたクナイや留め具が零されていく。左腕は力なく垂れ下がり、携帯している筈の雷狼竜の剣も見当たらない。

 

『……ッ、よ、夜一、さ……』

「艶。悪い……ちょっと、疲れたみたい、だ」

『!? 夜一さん、夜一さんっ!!』

 

ばしゃん、と大音が鳴った。表情の全てを覗かせる前に、最愛の狩人は曲がり角の途中で倒れ伏す。

ヤツカダキは悲鳴を上げた。絹糸を纏わせた歩脚を突き動かし、水面に顔を埋める男の体を絹糸の繊維を駆使して持ち上げる。

顔色が悪い、息も絶え絶えだ。何故、どうして彼ほどの手練れがこのようなことになったのか。吐き出した糸で体を支えてやり、ひとまず壁にもたれさせる。

ただごとではない――死なせてしまうかもしれない。そんな恐怖に怯えながら、しかしヤツカダキは心の底で歓喜していた。

会えて、嬉しい。顔が見れて嬉しい、また会えるとは、思わなかった……身勝手な思考を振り払うように頭を振り、慰めるように鉤爪で男の頬をなぞった。

 

 

 

漆日目 「通夜」

 

 

 

「う、ん……?」

 

ぽたり、と冷たい感覚が頬に落ちる。暗がりの中で目を開くと、そこかしこがぼんやりと薄く光を放っていた。

多くは自生する光苔であり、その灯は酷く頼りない。あたりの景色は朧気で、ここがどれほどの広さの空間であるのか検討もつかなかった。

見渡そうとして上半身に力を入れた瞬間、ずきりと強烈な痛みが迸る。苦鳴を上げると、空間の奥で何かが蠢いたのが見えた。

大きな影だ、少なくとも人間ではない。だが、夜一には恐怖心など欠片も沸かなかった。

 

「……そんなところに」

 

小さく失笑した。一方で、穴のより奥、暗闇の中隠れるように小さくなっているその影は、存在を気取られないよう懸命に息を殺している。

視線だけで己の体を見下ろしてみると、不思議な布地の上に寄りかけられているのが分かった。白い糸を何重にも重ねて織られた、しなやかで頑丈な織物だ。

左腕を中心に体の一部は編まれた糸で緩く固定されていて、引き裂かれるように痛んでいた傷口も少しは気にならずに済む。

 

「艶。そこに、いるんだろ?」

 

夜一は背中を敷物に預け、甘く呼びかけた。黒い影はびくりと大きく体を跳ね上げさせ、後にすぐ息を潜ませ沈黙する。

今度こそ夜一は噴き出した。いちいちこちらの様子を窺い、無視も出来ずに些細な変化に逐一反応してしまうあたり、「彼女」は本当に優しいひとだと思う。

 

「あー……なんか、あちこち痛くなってきたな」

『……!』

「どうするかな、ちょっとだけ体を動かしてみるかな」

『……!?』

「うっ。これ、骨折れてないか……」

『――っ!!』

 

がさり、と堪えきれずにそれは這い出てきた。予想していた通り、それは大きな蜘蛛型の怪異であった。

蜘蛛糸で編まれた鎧を歩脚に纏わせ、石榴の爪は鋭く、腹の奥にしまわれた顔面はどくろのような形をしており、その上に八つの琥珀が散りばめられている。

見慣れた金色だ。煌々と明滅するそれをじっと見つめて、夜一は背中を敷物に預けたままにやりと意地悪く笑いかけた。

 

「つーや。なんで出てきてくれなかったんだよ」

『……!!』

 

怪異はぶるぶると巨体を震わせた。もし彼女が以前のような人の姿形をしていれば、きっと顔を真っ赤にしてむくれているのに違いない。

痛みを堪えて右手で手招きする。妃蜘蛛は逡巡するように眼を下に彷徨わせ、歩み寄ってきた――本当に、心底可愛い女だ。夜一は笑いを抑えられなかった。

 

「艶だよな」

『……』

「艶だろ? なんで黙ってるんだよ、バレバレだぞ」

『……』

「艶なんだろ? ……俺のこと、助けてくれたんだよな。ありがとうな」

 

微笑みかけ、うんと手を伸ばして鉤爪をそっと撫でてみれば、琥珀から大粒の雫がぼたぼたと流れ落ちる。

泣くなよ、そう言いながら夜一は喜びを噛みしめるように爪に頬ずりした。緩慢な動きで戻された鉤爪が、ごり、と頬骨にぶつかりながら触れ返してくる。

途端、ヤツカダキはさっと身を翻した。確かに触感は「艶」とは大きく異なる、だがそれがなんだと言うのだ。夜一は荒く息を吐き出した。

 

「艶。逃げるなよ」

『……っ』

 

手を伸ばせば届く位置で彼女は止まった。無理やり体を起こそうとして、皮膚に刻まれた裂傷と火傷の酷さに顔をしかめる。

あの炎王龍め、覚えてろよ――ぎりっと強く歯噛みして、敷物を支えに立ち上がった。足下の水音で気がついたのか、妃蜘蛛ははっとしたように振り返る。

真っ向から、ようやく向かい合った。赤黒い頭部を目の当たりにして、夜一は震えるでも逃げ出すでもなく、柔らかく笑う。

命を懸け、職も名誉も全てを置き去りにして、それでもなお会いたかった女だ。それを見つけられたというのに、どうして怯えることができようか。

 

「なんでここが分かったかって? そんなの、邪魔してくる奴らを逆に辿れば簡単なことだろ」

 

へなへなと、力なく歩脚を折りヤツカダキはへたり込む。できれば近くまで来て欲しかったんだけどな、夜一は痛みを噛み殺して一歩、二歩と前へ進んだ。

 

「それより、艶。君の人脈ってどうなってるんだ? 大社跡の怪異はまだいいとして、霞龍とか炎王龍とか……顔が広すぎるんじゃないか」

『……』

「俺は心配だなー……俺よりいい男揃いだろ。いや、君は浮気とかするようには見えないけど。男ってのは欲しい女は力ずくで手に入れようとするからな」

『……っ、』

「艶だって女の子なんだから、力では適わないだろ? だからよその男には十分注意して、」

 

刹那、視点がぐるりと回転する。ばしゃん、としたたかに背中を水の張った地面に叩きつけられ、息が詰まった。

見上げた先、蜘蛛型の怪異は口惜しげにぎりぎりと顎を鳴らしてこちらを見下ろしている。これは怒ってるな――眉根を寄せて夜一は彼女の顔を見つめた。

 

『……、……!!』

「えーと、艶?」

『~~っ!!』

 

座り込んでいたのが嘘のようだ。妃蜘蛛はばたばたと織物を纏った歩脚をばたつかせて、いかにも地団駄を踏むかのように「抗議」した。

自身が言い放った言を思い返し、夜一はああ、と苦笑混じりに頷き返す。

 

「馬鹿だな。俺が君を他の男に渡すはずないだろ」

『――っ!』

「あ、や、違うな。あー……俺は浮気なんかしないよ、艶がいるのにそんなことするわけないだろ」

 

琥珀色が歓喜に震えるように激しく明滅し、頭部に乗せられた敷物はぐらぐらと危なげに傾いだ。

顔面をこちらに向け、目が合いそうになればさっと鉤爪で隠し、またそろりとこちらの様子を窺い……ヤツカダキは忙しなく、かつ情熱的に夜一を求める。

 

――馬鹿だな。そんな可愛いことしてくれるんじゃ、手放したくても手放せないじゃないか。

 

くつくつと喉を鳴らして、夜一は寝転んだまま目を閉じた。「愛している、愛されている」。その確信と幸福感が、朽ちかけていた身体に力を与えてくれる。

腕を伸ばし、引っ張り上げるよう催促してみた。一瞬ぴくりと肩を跳ねさせた妃蜘蛛だったが、すぐにするすると糸を吐き出し始める。

何度も繰り返し端で折り返し、器用に蜘蛛糸を丈夫な紐に仕上げた後。夜一の眼前にそれを垂らし、ヤツカダキは意固地にぷいっと顔を逸らしてみせた。

 

「ん、しょ」

『……』

「あ、やべ。力、入らない」

『!?』

 

垂らされた紐を掴んだはいいが、あえて夜一は途中で力を抜いた。ずるりと落ちかける体を、慌てたように怪異が両前脚で支えてくれる。

強度だけでなく弾力性と柔軟性を兼ね揃える蜘蛛糸が背中に触れた。ネルスキュラのそれとは性質が異なるように感じて、狩人は素直に感心する。

顔を上げれば、不気味としか言いようのない暗い頭が自分を見下ろしていた。表情は垣間見ることさえできないが、明らかに当惑している気配が読み取れた。

 

「艶。はは……やっと捕まえた」

『……! っ、』

「馬鹿だな。俺が君を離すと思ったのか」

 

至近距離だ。噛まれればそれで終わり、顎を突き立てられたとしても抵抗のしようがない。

だが、それでよかった。手を伸ばせば、すぐに愛しい女の顔に触れることができる。逃がさずに捕らえきることができる。

ぺたりと冷たい触感を感じた直後、夜一は間髪入れずにその黒い上顎に口付けした。輪郭を手で押さえつけ、八つ眼を避けて位置を変えては何度も繰り返す。

当然妃蜘蛛は逃れようとして身じろいだが、しばらくすると夜一の体を抱きかかえたまま、諦めたようにその場に座り込んでいた。

……きっと、いつもの艶ならぎゅっと目を閉じたままの真っ赤な顔で、上向きがちに唇を結んでいるはずだ。悪戯心に負けて、なお首を上へと伸ばす。

 

――よっ、夜一さん!!

 

頭の中に、切実な叫びが響いた……ような気がした。そっと目を開いてみれば、小刻みに震える怪異と視線が重なる。

上顎、触脚、鋭い牙。その奥に見え隠れする口器に触れてみたいと、舌を突き入れてみたいと考えていた男の思考を捉えたのか、ヤツカダキは戦慄していた。

どうあってもその一線を越えさせる気はないらしい。残念だ、そう思うと同時に、まあ無理もないか、と夜一は背を蜘蛛糸に預け直した。

 

(俺は全然構わないんだけどな。けど艶が嫌だって言うなら、無理やりするのと同じだからなあ)

 

「それでは面白くない」。ふふ、と堪えきれずに笑い声を漏らすと、あとは止まってくれなかった。

抱きかかえられたまま声を上げて笑う狩人を、怪異は愕然とした顔で――夜一の目にはそのように見えた――まじまじと見つめている。

自分はおかしいのかもしれない。彼女を好くあまり、シロタエのときと同じように「己が壊れてさえしまえば我が儘も通る」と学んでしまったのだろうか。

 

『……』

「艶、」

 

その瞬間、音もなく妃蜘蛛ははらはらと涙を流していた。はっとして笑い止んだ狩人を見下ろして、嗚咽を上げるように顎から小さな音を漏らし続ける。

何故、どうして。動揺して夜一が手を伸ばすと、そろりと頭を下げ、上顎や触脚で頬ずりをするように手に触れてくる。

 

「……艶。君ってひとは、本当に」

 

心臓が引き裂かれるような苦痛を訴える。頭が割れそうに痛む。ぎりっと強く奥歯を噛んで、夜一はその昏い頭を撫でてやった。

何故、自分は人間なのだろう。

どうして、彼女は怪異なのだろう。

生きてきた環境も、価値観も、暮らしやすい場所や餌さえ違う。それだけではない、彼女は自分に「人間として」の生を全うして欲しいとさえ願っている。

村に戻り、腕利きとして人々を救い、オトモと共に古龍を狩って英雄として名を馳せる。それが最善であり、人としての幸福だというように。

……そんな単純な話ではないことくらい、自分でも分かっている。彼女は身を引こうとしているのだ、暗い穴に身を埋め、全ての甘やかな思い出に蓋をして。

何故そんな残酷なことを願ってくれるのか。

どうして傍にいてくれないのか。

何故、どうして……涙を流し続ける艶に思いきり手を伸ばし、その顔に触れ指でくすぐりながら、夜一は静かに涙した。

 

「……艶。お別れだ」

『……っ』

「最後に俺の頼みを聞いてくれないか。本当に、これで最後にするから」

 

牙に、触脚に――その奥に。固く、ざらついていて、柔らかさはおろか色香の欠片すら感じさせられないその最奥に口付けて、狩人と怪異は寄り添い合う。

遠くから嵐の音が聞こえたような気がした。それでもなお口器に舌を這わせ、見つめ合いながら、夜一は支えられるまま艶に笑いかける。

 

「艶。艶……お願いだ。俺のことを抱きしめてくれ。傍にいてくれなんて、俺の近くから離れないでくれなんて……そんな我が儘は、もう言わないから」

 

ああ、なんて美しい琥珀の灯なのだろう。見上げた先で、最愛の美しい蜘蛛が息を呑む気配が伝わった。

いつものように、慣れたように夜一は両の腕を広げる。左腕に巻かれた包帯代わりの蜘蛛糸が、みしりと悲鳴を上げていた。

悩み、逡巡し、困り果てたようにヤツカダキは顎を左右に揺する。夜一は辛抱たまらないと訴えるように、ほら、と腕を広げ直して懇願した。

 

「艶。艶……好きだ、君が好きなんだ。俺のことを……抱きしめてくれ。本当に、そうして欲しいんだ」

 

それが決定打となった。

意を決したように、妃蜘蛛は――「艶」は「両の腕」を広げた。濃紫が灯腹の灯火を映し取り、暁の空の如き不穏な輝きを帯びる。

夜一が艶を抱きしめるのと、艶が夜一を抱き留めるのは同時だった。一刻の差異もない。ぶちりと肉と骨、血管と皮膚を突き破る、鈍く残虐な音がした。

 

「……ッつ、や」

 

湧き出る、沸き立つ、匂い立つ。深紅の体液が一滴、一筋、滝のように溢れ出し、掠れた恍惚とした声を拾った。

艶はその姿のまま硬直していた。眼前、しかと抱きしめたはずの狩人の身体が大きく跳ね上がる。体内で燃えていた男の猛き生命が、瞬く間に零れていった。

熱い、冷たい、痛い、寒い……嬉しい、嬉しい。茫然自失の艶を置き去りに、夜一は口角を上げて陶酔する。

 

「……好きだ、愛、して」

『――ッッ!!』

「……つ、や」

 

「もっと早くにこうしておくべきだった」。薄れいく意識の中、夜一はそんなことを考えていた。

両親のこと、シロタエのこと、先生のこと、村のこと……暁と灯火のこと。全てのものたちが、漆黒の暗がりの中に沈んでいく。遠くに離れて消えていく。

そんな中でも、艶の姿だけはしかと捉えられていた。儚く笑い、はにかみ喜色を貌に滲ませ、名を呼んでくれる最愛のひと。

……痛みは、もう感じられない。ただただ純粋な幸福感が満ち満ちていた。

ひときわ熱い液体が、急速に冷えていく体の内側から駆け上っていった。噴き出したそれは、留まることも知らずに外側に緋を散らしていく。

視界の端、今も艶が身に着けてくれていた紫色の髪飾りが、びしゃりとそれを受け止めていた。艶やかな紫色が、たちまち赤黒く醜い色に染められていく。

 

――艶。本当に、綺麗だ。

 

生ける証を大量に零して、残されたものに爪痕を深く刻みつけながら。黒髪黒瞳の狩人は、鋭爪に貫かれたままついにだらりと動かなくなった。

遠くから嵐の音が聞こえたような気がした。真っ暗に沈んだ穴の中、切り裂けそうな怪異の絶叫が響いていた。

 

 





……

執筆開始日:21/10/16
サイト公開日:21/10/20

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