結局、膠着状態を崩せなかった俺たちマケドニア軍は、ただ駐留するだけで時間が過ぎて行った。
たぶん上の連中はオレルアン軍を甘く見ているのだろう。確かに数は少ないが、ハーディンが率いる狼騎士団は精強だし、パレスに軟禁されていたニーナも合流して、オレルアン軍には勢いがある。
まあニーナの檄は反応が薄かったけど。それがオレルアン軍を甘く見ている理由のひとつでもあるな。でもそのうちアリティア軍が来るから、それがタイムリミットだな。
全軍を率いて一気に叩くべきだと進言したが、上官であるベンソンは聞き入れる様子はなかった。おそらくだが、上に報告もしてないのだろう。オレルアン城にいる総指揮官であるマリオネス将軍まで話が届いてない。
これはもうダメかも分からんね。
そうこうしているうちに時間は過ぎ、南の河沿いに配置していた物見から、アリティア軍が来たという報告が入った。
さて、来るべき時が来たという感じだが、とりあえず最悪の事態は回避したいので、手は打っておく。
「マチス殿。ちょっと北の村に行ってきます」
「……敵前逃亡は重罪だぞ」
「逃げるならわざわざ報告したりしませんよ。ちょっとした買い物です。すぐに戻りますよ。何かあったら副長に言っといてください」
「分かった。遅くなるなよ」
ここで疑わないあたりが、人の良いマチスらしい。
俺は馬を北に向かって走らせた。村が見えたあたりで馬を止め、軍服から旅人の服に着替える。
その恰好で村へと入り、酒場へ行く。客はチラホラと見受けられた。
「一杯くれ」
カウンター席に腰かけて注文した。酒を準備するマスターに続けて声をかける。
「ペラティから来たんだが、ここはまだ落ち着きそうにないな」
俺がそう言うと、マスターは眉根を寄せた。ここはマケドニア領だが、彼はオレルアン人なのだろう。下手なことは言えないってわけだ。
「ペラティか。そういえばギーリのヤツも最近ペラティから帰ってきたと言っていたな。ああ、あそこにいるあいつだ」
マスターが右手側に視線を向ける。そこには軽薄そうな青年が赤ら顔で酒を飲んでいた。
「なんだ、俺の話が聞きたいのかい? ペラティでマムクートを見た話な。ありゃ、びっくりしたぜ。普通の親父がよ、急にばかでけえ竜に変身したんだ。そりゃ、マムクートって呼ばれる竜人族が少し残ってるって話は聞いてたけどよ。あんなにスゲェなんて思わなかったぜ。そんでな、そこでこの赤い石を拾ったのさ。綺麗だろ?」
ギーリと呼ばれた青年は、聞いてもいないのにベラベラと喋りはじめた。だが好都合だ。探す手間が省けた。
「綺麗な石ですね。妹の土産に丁度良さそうだ。譲ってもらえませんか?」
「ん? ああ、いいよ。欲しけりゃやるぜ。1000Gってとこだな」
拾った石なのに強欲だな。
「ちょっと高いな。もう少し負かりませんか?」
「えー、じゃあ800でどうだ?」
「分かりました。ではどうぞ」
懐から取り出した金貨と赤い石を交換する。青年はホクホク顔で自分の席に戻って行った。
「はいよ。あんたも物好きだね。そんな石に800Gも出すなんて」
マスターが酒の入った杯を置きながら、呆れたように声を出した。いいんだよ。むしろ800Gなら安いくらいだ。
これで炎に焼かれることはなさそうだ。まあ関係ないとは思うけど、一応な、一応。
俺は一息に酒を飲み干して店を出た。
◇
砦に戻ると、ハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
「隊長! ベンソン将軍からオレルアン軍を抑えろとの命令です。第一、第三、第七小隊はアリティア軍の迎撃に向かいました」
「うむ。準備はどうか」
「ハッ! いつでも出られます!」
「よし。では第十三突撃小隊、出撃する!」
部下を従え、東に向かって騎馬を走らせる。
ちなみに、俺の小隊は第十三小隊だが、この砦に十三もの騎馬小隊がいるわけではない。ここにいるのは第一、第三、第七、第十二、第十三の五部隊だ。
後は守備兵である歩兵や重装兵、弓兵などだな。今回は三部隊がアリティア軍に回され、一部隊が防衛、そして俺たちがオレルアン軍の抑えに回されたわけだ。
なんかハズレくじ引いたっぽいな。まあ決定の場にいなかったから仕方ないっちゃ仕方ないんだが。
なんだかんだハーディンとの付き合いも長いよな。一年以上もやりあってんだもの。
さて、東の河に到着したんだが、オレルアン軍は見えないな。
「索敵陣形を崩すな。このままオレルアン軍の拠点まで駆け上がる」
オレルアン軍の拠点は北東の砦だ。なかなか堅牢な造りだが、マケドニア駐留軍の総力で攻めれば落とせない砦ではない。だが、当然そんな許可は出なかった。
まあ落とす必要はない。ハーディンを引き付けてアリティア軍に合流させないようにすればいいのだ。
馬を疲れさせないようにほどほどの速度で走り、砦が見えてきた。
だがなにか……おかしいな。
行軍速度を緩め、警戒しながら近づいていく。
そして、違和感の正体に気付いた。
「かかしじゃねーか!」
「かかし……でありますか?」
副長は気づいていないようだ。鎧を着ているために遠目では分かり難いが、城壁にいる守備兵がかかしなのだ。
さらに近づいたところで、副長も気づいたようだ。
「何かの罠でしょうか?」
「矢を射かけろ。城壁を越えて城内に落ちるようにな」
俺の命令で、天に向かって矢が放たれた。それは見事な放物線を描き、城内へと落ちていく。だが、なんの反応もなかった。
「城門を確かめよう」
と、城門に近づこうとしたところで、副長に静止された。副長が部下に命じて調べさせると、城門はしっかりと閉じられていた。
破城槌など持って来ていないので、カギ爪付きのロープで忍者よろしく城壁を登らせる。
城壁を越えた部下は城内がもぬけの殻だと報告し、内側から城門を開けることに成功した。
「三人一組で城内を調べろ。井戸水、食糧は残っていても手を付けるな。少しでも怪しい場所があればすぐに報告しろ」
とりあえず城門は開いておく。何かあればすぐに脱出できるように。
しばらくして、探索を終えた部下が帰ってきた。
「中には人っ子ひとりおりません。食糧は全て持ち去られておりました。武器や宝物の類も確認できませんでした」
「そうか。ご苦労。半刻ほど休息する。馬に水と塩を与えておけ」
「ハッ!」
ハーディンは全軍を率いてアリティア軍に合流することを決めたようだ。
判断が早い! そしてやられた!
もう砦は落ちているかもしれんな。今から全力で向かっても、疲弊した状態で戦闘に突入すれば戦死するだけだ。
ともかく状況は確認せねばなるまい。
俺たちは小休止を終えると、来た道を引き返した。
そして辿り着いた南の砦には、マケドニアの旗ではなく、オレルアンの旗が翻っていた。
「どうしますか?」
副長が俺に訊いてくるが、どうしようもねぇだろ。この寡兵で砦を取り戻せると考えるほど俺は夢想家じゃない。
「砦を迂回してオレルアン城に行く」
結局俺たちは、何の成果も得られないまま、トボトボとオレルアン城へと向かうことになった。
久しぶりに箱田先生の漫画を読み返したんですが、マチスがすごくすごいですね。美形で貴族然としていて頭も回る感じでした。
ですが本作のマチスは軽口でおちゃらけた感じの、ちょっと抜けたゲームよりになっています。まあしばらく出番はありませんが。