「それでおめおめと帰ってきたわけか」
オレルアン城に帰還して報告を上げると、マリオネスは開口一番にそう言った。
「南の砦が失陥したという報告はすでに届いている。貴様はまんまとハーディンめの策に
その言葉は、俺の耳には嘲りを帯びた笑声に聞こえた。
いや、行けと命令したのはベンソンであって、俺に断る権限もなくて、全部の責任を押し付けられても困るんですよね。
まあそんなことは言えないんだけども。
「ふん。まあいい。アリティアの小僧とハーディン、そしてアカネイア王家の生き残りであるニーナ姫までいるらしいな。好都合だ。まとめて葬ってくれるわ。貴様は西の守りにつけ!」
マリオネスが傲然と告げるが、正直フラグにしか聞こえねぇわ。
そろそろ潮時かもな。
俺は平身低頭のまま退席した。
「隊長!」
城を出ると副長が駆け寄ってきた。
「俺たちは西の守りにつく。準備を整えておけ」
「……ハッ!」
副長は流れるような美しい所作で敬礼を行うと、回れ右して走って行った。
城内も慌ただしくなってきた。
そして数日後、ついにアリティア、オレルアンの連合軍が姿を現した。
守備兵たちが配置につき、マリオネスの親衛隊が動き出す。騎馬隊にも出撃命令が下った。
俺たちは命令通り西門から出撃する。遠目に見えるのは、特徴的な白いターバンの騎士。手にした銀の槍が陽光を照り返してキラリと光る。
俺もよくよく運のない男だな。いや、もはや因縁か。
「第十三突撃小隊、出撃する! 俺に続け!」
『ウオオオォォォッ!!』
鬨の声が上がり、第十三突撃小隊が、俺を先頭とした鋒矢の陣で突撃する。向こうもハーディンを先頭にして騎馬隊が突撃してきた。
そして両軍の尖端である俺とハーディンがぶつかり合う。
鋼の槍と銀の槍が甲高い音を立てて激突した。
しかし致命傷を与えることはできなかった。できればこの一撃で仕留めたかったのだが、そう上手くはいかんか。
俺たちはそのまま振り返ることなく、一直線に駆け抜けた。
「――なっ!? 本陣を狙うつもりか!?」
ハーディンが手綱を操作して、すぐさま俺たちを追ってくる。
だがすぐにおかしいことに気付いたのだろう。馬の脚が鈍くなった。
連合軍の本陣は南東にあるが、俺たちが向かっているのは南西だ。つまり見当違いの方向に走っているのである。
しばらくして、ハーディンは俺たちに背を向けて、オレルアン城へと向かって行った。
◇
「全員いるか?」
林の中に部隊を隠し、俺は部下たちの確認をする。
「離脱者はいません。全員無事です」
と、副長がドヤ顔で報告してきた。
「それは重畳。優秀な部下を持って嬉しいよ。では全員鎧を脱げ」
俺の指示に従って、部下たちがガチャガチャと鎧を脱ぎ始める。それを事前に隠しておいたリアカーに放り込む。
「ロート、グリューン、供をしろ。残りの者はここで待機だ」
「待ってください隊長! 私も同行します」
と副長が抗議の声を上げる。
「ダメだ。おまえは死体漁りなんてしそうにないからな。怪しまれる」
俺がそう言うと、他の部下たちもウンウンと頷いた。
こいつは平民のくせに品があるというか、整った顔立ちをしている。逆にロートとグリューンは、一見すると山賊のような強面の兵士だ。
「それを言うなら隊長もじゃないですか」
「何を言う。俺のような平民顔の貴族なんてそうそういないぞ。他の奴らからも平民に混じっていても違和感ないって褒められたこともある」
「……それはバカにされてるんですよ」
そうやって馬鹿正直に言うところがダメなんだよおまえは。もっとユーモアを身につけろ。
「留守を任せられるのはおまえしかいないんだ。何かあれば身を隠せ。難しいようなら適当に逃げとけ」
「……分かりました」
副長は不承不承、了承した。
「俺たちが買い物に行っている間に、部下たちに説明しておいてくれ。ちゃんと考えて答えを出すように、とな」
「了解です」
その後一つ仕事を頼み、俺たちはリアカーを引きずりながら近くの村へとやってきたのだった。
「止まれ! この村に何の用だ!」
村の門番に止められる。どうやら警備意識が高い村のようだ。
「こいつを売りに来ただけでさぁ」
リアカーを覆っていた布を外す。その中身を二人の門番が怪訝そうに見つめた。
「マケドニア軍の鎧か」
「そういえば、この前大きな戦闘があったと聞いたな」
さすがにオレルアン城攻めはまだ伝わっていないだろう。アリティア軍が来た時の戦闘だな。
「アリティアの軍が来たらしくてね。南の砦を落としたようでさ」
俺の言葉を聞いて、門番たちは眉根を寄せた。
「アリティアって滅ぼされたんじゃなかったか?」
「ああ、そのはずだ。おまえ適当なこと言ってるんじゃないのか?」
マズいな、疑われてる。
「確かにアリティアは同盟国グラの裏切りによって滅びました。しかしマルス王子はタリスに落ち延びて力を蓄えていたのです。そして今、祖国奪還のために立ち上がり、ハーディン様と共闘しているのですよ!」
俺は熱く語った。その後ろではロートとグリューンが苦い顔を浮かべている。
「そうか……ついにオレルアンが解放される時が……」
門番の一人が感慨深く呟く。
「じゃあ通りますね」
「おう。武具屋は東側の奥にあるぜ」
「へへっ、ありがとうございます」
よし、第一関門突破だ。
俺たちは一直線に武具屋へと向かった。
「いらっしゃい」
「買い取って欲しいものがある。外に来てくれ」
店主は俺を一瞥した後、しぶしぶといった感じで表に出た。
「マケドニア軍の鎧か。ずいぶんあるなってお、おい! こりゃぁ……」
店主が一つだけある白い鎧を見て目を剥いた。ふふっ、まあそこそこ良い鎧だからな。
「白騎士の鎧じゃねぇか! とうとうヤツもくたばったか! ハーディン様がやってくれたわ!」
店主が嬉々として叫んだ。親父からの餞別を売り払うのは心苦しいが、この鎧目立って仕方ないんだ。なんなら俺の名前より有名だし。
だがこれで白騎士は敗死、鎧は野盗に奪われて売り払われたというストーリーが出来上がる。
予想していた金額より多かったのは、多少の色を付けてくれたのだろう。
「二人は食糧の買い込みを頼む。いないとは思うがマケドニア兵には気を配っておけ。俺は情報を集める。一刻後に入り口に集合だ」
「了解しました」
「……敬礼はなしだ」
俺がそう言うと、二人は慌てて手を後ろに下ろした。
二人と別れて、俺は酒場へと向かう。
まだ昼過ぎだけあって客はほとんどいなかったが、どうも食堂も兼ねているらしく、酒ではなく遅めの昼飯を食べているようだ。
俺も小腹がすいていたので、シチューを頼んだ。
「マスター、何か面白い話はないか?」
「面白い話と言われてもな」
マスターは何とか話題をひねり出してくれたが、正直どうでもいいような情報だった。
それから、だれそれが双子を産んだとか、どこそこの婆さんの息子が帰ってきたとか、たわいない世間話を続けていた。
シチューも食べ終わり、有力な情報も得られそうにないので俺は席を立とうとしたが、突然横手から声をかけられた。
「のぉ、あんた。チキという名前の幼い女の子を見かけなかったかね?」
「チキ? チキならラーマン神殿にいるんじゃねぇかな」
そこで星のオーブと光のオーブを護っているはず。まあ護っているというか護らされているというか。ああでも、あれって結構終盤だったよな。なら今はいない可能性もあるのか。いや待て、チキだと?
視線を声の方に向けると、そこにはギョっと目を見開いた老人がいた。
バヌトゥじゃねぇか! なんでここにいるんだよ。おまえはレフカンディの村にいるはずだろ。でもあれはマルスがレフカンディに攻め込んだ時だったから、時系列で考えると、今この村にいてもおかしくはないのか。
「お主! チキを知っておるのか!」
「うぉっ!?」
いきなり襟首を掴むのはやめろ!
「落ち着けご老人。大きな声では言えんが、俺は元マケドニア兵だ。ドルーアの同盟国だよ。後は……分かるな」
「……そうか。ならチキのことを知っておってもおかしくはないな」
そんなわけねぇだろ。ドルーアの竜族ならともかく、同盟国の兵士が知ってる方がおかしいわい。どっか抜けてんなこの爺さん。
「ラーマン神殿か」
「いや、まだカダインにいる可能性もあるぞ。まあガーネフに囚われてるだろうが。あんたガーネフに勝てるか?」
俺が問うと、バヌトゥは渋い顔を浮かべて「無理じゃ」と呟いた。
「メディウスを復活させた後、姿を消したと聞いていたが、チキを攫っておったとはのう」
「ガーネフはマフーの書を持っているんだっけか?」
「そうじゃ。ガトー様からくすねた闇のオーブを使って作り上げた闇の書じゃ。あれがある限り、ガーネフには手が出せん」
ガトーね。俺に言わせりゃ、あいつこそが諸悪の根源の気がするけどな。ガーネフの本性を見抜いたくせに何の対処もせず、その結果闇のオーブを盗まれた。
その後も追いかけようとはしていない。討伐隊を出しても返り討ちに遭うのは目に見えているので、自分で追うしかないはずなのに、それをしていない。
愛弟子ミロアを殺害されたにも拘わらず、その娘のリンダに力を貸している様子もない。結局リンダは奴隷落ちまでしたが、マルスが助けなかったらどうなっていたことか。
マフーに対抗できる唯一の魔導書、スターライトは作ってくれるが、ガーネフの討伐自体はマルス任せだ。
なんだろうなぁ。中途半端に介入してくるくらいなら、思い出の中でじっとしててくれねぇかな。
「まあ落ち着けよ。腹減ってないか? マスター、ご老人にシチューを頼む」
バヌトゥはおとなしく席に座り、運ばれてきたシチューに口をつけた。食べ終わったのを見計らい声をかける。
「カダインのガーネフには手が出せない。ラーマン神殿に行くなら、一緒に行かないか?」
「お主もラーマン神殿に用があるのか?」
「いや用はない。今の俺は目的がなくてね。ご老人の探しものにつき合うのも悪くないと思っただけさ。袖すり合うも他生の縁ってな」
俺がそう言うと、少し悩んだ後バヌトゥは了承した。やっぱバヌトゥって人間好きだよな。一時期チキを連れて人間の村で暮らしてたくらいだし。
合流したロートとグリューンにバヌトゥを紹介し、俺たちは部下の待つ林へと戻った。
「副長から話は聞いているな。ここから南に行けば港がある。そこからマケドニアに戻れるはずだ。俺に騙されたと言えば、罰は受けずに済むだろう」
やったことは敵前逃亡みたいなモンだからな。負け戦にこいつらを巻き込みたくないというのもあった。
部下たちも感じているはずだ。ニーナがハーディンに合流したことで、戦争の潮目が大きく変わったと。
どれだけ優れた力を持っていても、籠の中の鳥は鑑賞される道具でしかない。だが鳥は決意を秘めて籠を脱した。運命が動き出したのだ。
祖国を護るために戦うってんならまだしも、侵略した異国の地で屍をさらすってのはさすがにな。他の同胞たちには申し訳ないが、自分の部下だけで手一杯だ。
「隊長はどうなさるのですか?」
「俺は身を隠す。上には戦死したと伝えておいてくれ」
帰ってもどうせ死刑か投獄か、あるいは他の激戦区に送られるか。ともかくロクなことにはならんと思う。戦死なら親父も殺されはしないだろう。もっと良い方法があったのかもしれんし、軍人としては間違った判断だったのかもしれん。
マルスの性格ならマリオネスを討った後は、おそらく投降を呼びかけるだろう。それまで適当にお茶を濁すというのも考えたが、ハーディン相手に犠牲ゼロで時間を稼ぐのもなかなか難しい。
はぁ、もっと上手く立ち回れると思ったんだがなぁ。まあこの辺りが凡人の限界ということか。
結局、部下の大半はマケドニアに帰ることを選んだ。まあ家族もいるだろうし、当てのない放浪生活には付き合えないと考えたのかもしれない。
鎧を売り払って買った食糧と、残金の大半を部下に分け与え、彼らを見送った。
俺がこの戦争で学んだことは、やっぱり戦争はクソで、マリオネスもハーディンもクソ野郎だってことだ。
マリオネスの統治は民を思わぬ圧政で、ハーディンも村々から徴発を行っている。二人して国民を苦しめているってわけだ。
武具屋の親父が喜んだのは、村の位置的にハーディンの徴発を免れたからだろう。金も食糧も残っていたからな。
そしてこの戦略は間違いなくミシェイルも噛んでいる。あいつ最初からオレルアンを統治する気なんてまったくなかったんだ。オレルアンの国力を低下させ、金と物資を本国へと送るのが目的だ。
その証拠に、ゲームだとドラゴンナイト部隊の援軍があったのだが、この世界だと一騎も来ていない。
そう考えると、グルニアみたいに戦力を分散させなかったのは、割と有効な戦略だったのかもしれない。
何せすぐ上にドルーアがあるんだからな。警戒しすぎるってことはない。ドルーアと同盟したとはいえ、ミシェイルは最終的に裏切るつもりでいる。
ミネルバをオレルアン攻めの途中で引き上げさせたのもそれが理由だろう。いずれ失陥するオレルアン城に居させたくなかったのだ。これはミネルバに必要以上の戦功を与えたくなかった他の貴族の思惑とも一致する。
つまりミシェイルはミネルバを守りつつ、貴族たちの機嫌も取れる一挙両得の手を打ったわけだ。
そして、この大攻勢で貴族の子息を戦死させることで、アカネイアへの憎悪を募らせ、戦争意欲を煽ろうとしている。
つまり、俺も謀殺されるところだった?
いやまあ、これはさすがに考えすぎだと思うが。
ミシェイルはいずれカミュと共闘してメディウスの打倒を考えているのだろう。ニーナの処刑反対に協力して、もしかしたら脱走にも手を貸しているかもしれない。
ニーナを生かすことで、アカネイアの希望の芽を摘まないためだ。アカネイア王家が絶えれば、結局はその代わりがドルーアになるだけだ。しかも距離的に近いから、さらに状況が悪くなるかもしれない。
アカネイアとドルーアの共倒れを狙っているのかもしれないな。
俺の貧困な頭脳では、ミシェイルがどういう絵図を描いているのか分からないが、どうもこの世界のミシェイルは原作よりもキレてる気がする。キレてるというよりは不気味? そんな感じだ。
やっぱマルスかなぁ。マルスしか勝たんだろ、主人公だし。下っ端貴族なんて絶妙に面倒な立場じゃなければ、とっととタリスに移住したんだがな。
最初の海賊騒ぎさえ乗り切ったら、比較的安全地帯だろ、あそこ。
そしたらのんびり高見の見物できたのに。タイミングを逃したな、いまさらだけど。
さて、残ったのは三人。ロートとグリューン、そして副長か。
「では改めて、よろしくお願いいたします。バヌトゥさん」
「おお、よろしくの。お嬢さん」
見れば副長とバヌトゥが握手を交わしていた。
まあいいか。目指すはラーマン神殿。五人旅の始まりだ。
主人公はガトーに対してかなり偏見を持っています。それは表面的な設定でしかガトーを知らないからです。
例えば、ガーネフに闇のオーブを盗まれた。これは正確に言えばラーマン神殿に安置されていた闇のオーブを持ち去ったというのが有力説です。
ガーネフを放置していた件についても、五つのオーブを収める封印の盾の探索を優先していたと言われています。
またガトー自身が言っているように、マフーに対抗できるのはスターライトしかない。これはガトー単体の力ではガーネフに勝てないと同義です。
しかしスターライトを作れば星のオーブは砕けてしまいます。なのでスターライトの作成をギリギリまで渋ったとも言われています。
そしてガトーは「わしは、はるか昔愚かな人間達に愛想を尽かし、この世との関わりを断った。だが、お前を見ているうちに人間もまだ捨てたものではないと思うようになってのう」と言っています。マルスの姿をかつてのアンリに重ねたのだと思いますが、つまりマルスがいなければ戦争に介入するつもりはなかったとも取れます。
これはドルーア戦争が竜族vs人間だったのに対して、暗黒戦争は人間vs人間の構図にもなっているからですね。だからガトーは積極的に介入するのを避けたのだと思われます。