オレルアン王国は、当時のアカネイア聖王国の国王カルタスの弟、マーロン伯爵が初代国王となって興した国だ。
元々は草原の民と呼ばれる騎馬民族が遊牧を行っていた地域であるが、それを平定したのがマーロン伯爵なのだ。
その成り立ちのため、近年までアカネイアの傀儡のような扱いを受けていたが、私が少々強引な手段を用いてオレルアンからアカネイア貴族を追放した。
国の改革を図って独立した国として立て直したのだ。
しかしその栄華も長くは続かなかった。ドルーア帝国の侵攻で王城まで占拠され、オレルアン王国の命運は風前の灯火であった。
だが私は決して折れることなく、兄のオレルアン王を守りながら、長きに渡り抵抗を続けた。そして、アリティア軍の助力により、ついに王城を奪還したのだ。
だが王城を取り戻したとはいえ、私の戦いは終わらない。ドルーア帝国打倒のために、ニーナ様のために、王都パレスを奪還しなければならないのだ。そしてマルス王子の助力に応えるためにも、今度は彼の祖国アリティア奪還に力を貸す必要もある。
私とマルス王子は、オレルアン王城の会議室にて、レフカンディ攻めについて話し合っていた。
レフカンディは元々アカネイアの領地だったが、ドルーア帝国に付いた裏切り者の地である。
オレルアンからアカネイアへと抜ける唯一の門であり、国境近くには無数の砦を要するレフカンディの谷がある。
「指揮官のハーマインは狡猾な男ですが、武人としてはたいした技量は持っていません。それよりも警戒すべきは、マケドニアの竜騎士、ミネルバ将軍でしょう。彼女の武勇と指揮能力は侮れるものではありません」
マルス王子に警戒を促す。彼は無言で首肯した。
「ミネルバ将軍の赤い鎧は遠目からでも目立つでしょう。彼女の率いる白騎士団にも注意された方がよろしい」
「白騎士団……そういえばこの地でも白い鎧を着た騎士がいましたね。攻城戦ではハーディン公に任せることになりましたが、討ち取ったのですか?」
マルス王子の問いに、私は苦笑いで応えた。
「
「逃げた……ということですか?」
「事実だけを見ればそうでしょう。ですが臆病風に吹かれたわけではありません。白騎士はそんな男ではない」
私は語った。オレルアンを縦横無尽に駆け回った白騎士の過去を。
曰く、八歳にして、領地の改革に取り組み、収穫量を倍にした。
曰く、十歳にして、当時の将軍に剣で勝利した。
曰く、十二歳にして、海賊討伐に乗り出し、貿易航路を確保した。
曰く、十四歳にして、飛竜を自在に乗りこなしていた。
曰く、十六歳にして、軍に入隊し、その後、騎馬小隊を任されるに至った。
「私が調べた限りではこんなところですな」
「それは……すごいですね」
マルス王子は素直に感嘆していた。
私は続けて、自身の考察を含めた内容を語った。
領地の改革については、実際は優秀な内政官の仕事で、父親が箔付けのために息子の手腕としたのだろう。
将軍に勝ったというのは、木剣でのことに違いなかろう。木剣は真剣に比べて軽く、取り回しやすいのが利点だ。相手も子供だと思って侮った可能性もある。
だが何度も矛を交えている私は、白騎士が並々ならぬ技量の持ち主だということを知っている。
白騎士の部隊は一年にも渡る戦いで、ほとんど戦死者を出していない。これは異様なことだ。もし白騎士が部隊の損耗を恐れずに、苛烈に攻め立てていたら、私たちはもっと窮地に立たされていただろう。
海賊討伐はおそらく貴族の横槍だろう。貴族のやり口は私も心得ている。失敗させることで傷をつけようとしたか、もしかしたら謀殺を企んでいた可能性すらある。
軍の入隊にしても、自分の意思かどうかは怪しいものだ。
また飛竜を乗りこなしたにもかかわらず、騎馬小隊を任されたことにも何らかの思惑が感じられた。
「武芸百般だとも聞いています。実際、白騎士は戦場で剣、槍、斧、弓を巧みに使いこなしておりました。また特殊な形状の武器も使用しておりましたな。調べたところ、クナイという武器のようです」
「クナイ……それはどのような?」
「矢じりのような形状で、大きさは手のひらほど。使用感は短剣に近いようですが、投擲武器としても使えます」
厄介なのは弓に比べて予備動作が少ないところだ。白騎士が腰に手を伸ばしたと思ったら、部下の首にクナイが突き刺さっていた。
「なるほど……。では魔法はどうなんです?」
「見たことはありませんが、使えたとしても驚きはしませんね」
「そんな彼がその……敵前逃亡を?」
マルス王子は眉根を寄せたが、私はそこまで疑問には思わなかった。戦術論にも、形勢が不利になった場合は、あれこれ思案するよりも逃げてしまう方が良いともある。
逃げる、ということを否定的に捉える者も多いが、思考を放棄して愚直に進み続けるよりは余程良い選択だ。死ねばそこで終わりだが、生きていれば再起の目はある。
「理由はいくつか思い当たります。私を誘引して罠に嵌めるつもりだった。あるいは戦の趨勢を感じ取ったかもしれませんな。マリオネスを見限ったのかもしれません。今後どういう行動を取るかは分かりませんが、こちらに引き入れることも可能であるかと」
「ハーディン公は構わないのですか? 彼は宿敵なのでしょう」
「だからこそ分かることもあります。白騎士は高潔な人間です。暴虐を好まず、略奪を好みません。部下から慕われていることも分かります。尤も、上官からは嫌われていたようですが」
そう言って、小さく笑う。そう仕向けていたのは、他ならぬ私だ。私は殊更に白騎士の武勇を広め、上官のベンソン将軍が妬むように仕向けた。
上に立つ者は無能な方が良い。
その策は功を奏し、白騎士は走狗のような扱いになった。
白騎士の本質は指揮官ではなく戦士だ。良く言えば部下を大切にする。悪く言えば部下を信頼しきれない。だから自分で守ろうする。指揮官としては三流だな。
だが部下という
「縁が残っていれば、また出会うこともあるでしょう。まずはパレス奪還について考えましょう」
そう締めくくり、私たちは再びアカネイアの地図に視線を落とした。
もしかしたらパレスで相まみえるやも知れぬ。その時は、一度話してみてもよいかもしれんな。
オレルアンを奪還して、多少余裕ができたハーディンでした。
ハーディンがアカネイア貴族に嫌われる下地はすでにできてたんですね。まあその時点ではまさか自分がアカネイアの王になるなんて思ってもみなかったでしょうけど。