「じゃあそろそろ寝よっか」
夜、自室で受験勉強をしながらハンドクリップで握力トレーニングをしていると、格闘技のビデオを見ていたねじれがそう言ってくる。時計を見れば11時だ。
確かにそろそろ寝た方が良いな。幾ら雄英の偏差値が75以上とはいえ、模試ではA判定だし、受験まで半年以上あるし、今から無理する必要はない。
「そうだな。寝るか」
既に歯磨きも終わっているので俺は伸びをしてから鞄に筆記用具を入れて、そのままベッドに倒れ込む。
同時にねじれもDVDを片付けて、伸びをしてから俺と同じベッドに入ってきてリモコンで電気を消す。
「じゃあ龍牙君、おやすみのキスをして。久しぶりに唇に」
「そういうのは彼氏に頼め」
小学生の時ならまだしも、俺は中3でねじれは高2だ。もう幼馴染でするようなスキンシップじゃない。
「彼氏を作るなら最低条件として龍牙君と同じくらい良い男って決めてるし」
「そんなもん沢山いるだろ」
確かに俺は学校でもモテないわけじゃない。同級生や後輩からバレンタインチョコを貰ったり、告白も何回かされている。
しかし自分が良い男とは思ってないし、俺よりカッコいい男なんかザラだろう。加えて無個性だし。
「ううん。私にとっての1番のヒーローは龍牙君だから。オールマイトやエンデヴァーやホークスよりカッコいいと思ってる……んっ」
ねじれは真剣な表情でそう言ってから抱きついてくる。そう言って貰えるとむず痒いな。ヒーローになってモテたいと思っているわけじゃないが、彼女にとってのヒーローで居続けないといけない。
「やれやれ、ヒーローを目指す以上背負うものは重いな」
「?いきなりどうしたの?」
「何でもない。また明日」
「む〜」
ねじれが膨れっ面になるが、それを無視して目を閉じる。俺が勝手に背負ってるだけの事にねじれが気にする必要なんかないのだから。
数日後……
「という事で法案が変わった際には個性持ちに対する差別が起こり、異能解放軍が……」
俺は学校で先生の話を聞きながらノートを取る。学生である以上、本分は勉強だし、受験もあるから勉強を疎かには出来ない。名門ヒーロー科がある学校は大半が筆記試験も難しいからなぁ。
まあそれについては大した問題じゃない。無個性だから個性以外で勝つしかないと運動と勉強には昔から力を入れていたからな。実際雄英の過去問を何回かやったが、現時点でもギリギリ合格点に届くし、受験まで積み重ねていけば筆記試験は通るだろう。
というか……
「効率よくやるには実質的なトレーニングは……朝と晩で約5時間だから約4……加えてあのゴミ掃除は特定の部位を鍛えるとかじゃなくて万遍なく……全身を作らないと、入試までには間に合わない……どんな状況でも適応出来る身体を作らなきゃ……それには今の訓練だけじゃなくて自主トレもしないと。けど受験勉強もあるし……ブツブツブツブツブツブツ」
近くに座っている緑谷が怖いんだけど。授業中にもかかわらずブツブツブツブツ独り言を言っていて不気味過ぎる。途切れ途切れに独り言の内容を聞く限り、ゴミ掃除とか訓練とか言っているが何の話をしてんだ?
トレーニングを始めたようだが、ゴミ掃除と訓練がどう繋がる……まさか少し離れた場所にある多古場海浜公園に溜まったゴミを掃除してるのか?
確かにあそこのゴミ山は酷いし、全て片付けられたら良い訓練になるが、何を考えたらあそこの掃除を訓練メニューにするんだ?
「緑谷オイ。ヴィランと遭遇して頭壊れたのか?そんなんじゃ雄英なんて口にするのもおこがましいぞー」
そんな風に考える仲、先生も緑谷の独り言に思わずチョップを入れていた。周りからノイローゼ扱いされているが、こればかりは仕方ないだろう。俺もノイローゼじゃね?と思ったし。
しかし多古場海浜公園か……あっちには仮免試験でよく使われる国立多古場競技場があるし、ねじれとジョギングのコースで行ってみるか。アイツは今年仮免試験があるからな。
まあ試験会場は全国に3か所にあるから、多古場競技場でやるかは限らないけどな。
「仮免試験会場?私達A組は多古場でやるよ。B組は京都だったかな」
「会場が違うのは潰し合いを避ける為か」
「そうだよ。で、私達は9月にやって、去年落ちた3年生は6月に受けるんだ」
休日、ねじれと走りながらそんな会話をする。多古場競技場までは自宅から10キロちょいあるので良い運動になる。
「3年のそれって厳しくね?」
卒業まで半年ちょいで仮免取得だとインターンとかも碌に出来ないし、卒業してからハードだろう。
「落ちた先輩は焦ってるね。だから先生も1発で受かれって言ってるよ。龍牙君も1発で受かろうね」
「その前にヒーロー科に受かる必要があるがな」
そんな風に話しながら俺達は海岸に沿った道路に出て、競技場に向かって走る。朝の涼しい風が心地良い。
そして暫く走っていると俺は足を止めてしまう。多古場海浜公園の近くの道を走っていたのだが、そこで緑谷が冷蔵庫を引っ張っていた。
それはまだしも、その近くには……
「嘘?!オールマイト?!」
ねじれが叫んだようにNo.1ヒーローのオールマイトが両手に腰を当てて緑谷を見守っていたのだ。
まさかアイツ、オールマイトに鍛えて貰ってるのか?しかし幾らオールマイトでも無個性の中学生の為にわざわざ時間を割くとは思えない。
数日前にもこの街でヴィラン退治をしていたが、もしかしてこの街でデカい事件の調査をしていて、そのついでに緑谷の訓練を見ているのか?
オールマイトもねじれの叫び声によってこっちに気付き、陽気に笑いながら手を挙げてくるのでこちらも手を挙げる。憧れるのはやめたが凄いヒーローとして尊敬しているので嬉しい気持ちになる。
するとゴミを運んでいた緑谷もこっちに気付き何故かギョッとした表情になる。
大方オールマイトと一緒にいる所を知られたくないようだが、こっちも好き好んで言いふらすつもするつもりはない。場合によっては爆豪が喚きそうな気がするからな。で、とばっちりを俺が食うのはお約束だ。
そんな中、オールマイトの周りから煙が生まれて、オールマイトは慌てたように手を下ろしてから地面を蹴って物凄い勢いで飛び去って行った。
「何だ?急いでいたような気がするぞ」
「この地区の警察から緊急の救援要請でも来たんじゃない?」
「平和の象徴も忙しいな。飛んだ方向から見て多古場競技場の方だし、もしかしたらもっと近くで見れるかもな」
「じゃあ行こっか」
ねじれが楽しそうに笑いながら走り出すので俺もねじれに続いて本来の目的地である多古場競技場に向かって全力で走りだすのだった。
背後で安堵の息を吐く緑谷に気づくことなく。
今回も読んでいただきありがとうございます。
今回の終盤でねじれがオールマイトを見て叫び、ヒーロー活動を終えたオールマイトが龍牙とねじれに気付きましたが、マッスルフォームからトゥルーフォームに戻りそうになったので逃走しました。
結果的に正体はバレてないですが、ねじれが叫ばずオールマイトが2人に気付かず、その場でマッスルフォームからトゥルーフォームに戻り、龍牙とねじれにトゥルーフォームを見られたら緑谷はバッドエンド行きになってました。
具体的に言うと……
2人がオールマイトのトゥルーフォームを見る
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ねじれが好奇心全開でオールマイトと緑谷に近寄り、龍牙も続く
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ねじれ、オールマイトに質問しまくる
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オールマイト、ねじれの押しの強さと見られた事実から自身の境遇や個性の正体、後継者を緑谷にするつもりなどを話す
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龍牙、ヒーローを親に持つ立場であり、両親やサイドキックが怪我をするのをこれまでに見ていて、更に緑谷が無個性+鍛錬不足を知っているから、ヴィランが活性化する未来を危惧する。
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龍牙、オールマイトにワン・フォー・オールの後継者は若手で才能持ちのホークスやリューキュウに、それが無理なら最低でもねじれのように強い個性を持ちながら鍛錬を怠らない努力家にするべきと反対意見を言う
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続く形で緑谷にお前では平和の象徴は務まらず、ヴィランに対する抑止力が落ちるから後継者の立場から退けと忠告する
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緑谷、折角個性を持てるチャンスを捨てきれず拒否する
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龍牙、説得を諦め、帰宅してからプロヒーローの両親に報告
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龍牙の両親、息子の発言を疑うが念の為に雄英校長の根津やオールマイトの元サイドキックのサー・ナイトアイ、ヒーロー公安委員会に裏取りをする。
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ヒーロー公安委員会、ワン・フォー・オールの個性の特徴は知らないので根津やサーに確認。
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根津とサー、隠し通せないと肯定しながら公安委員会と共に緑谷の調査をする。
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緑谷、無個性、これまでに碌に鍛錬していないと調査で判明
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満場一致で緑谷をワン・フォー・オールの後継者にしてはいけないと決定
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公安委員会、警察と結託して強引に緑谷と家族を世間から隔離させて、管理下に置く
って感じです。実際、ヒーロー公安委員会あたりがワン・フォー・オールの存在や後継者が緑谷であるだと知ったら全力で止めると思います。
幾ら緑谷が一話でヒーローの資質を垣間見せたとはいえ、オールマイトに会うまで、無個性でありながらヒーローの特徴を書くだけで碌に鍛錬をしてないのにヒーローになりたいと思うのは論外ですし。
まあそんな感じで後書が長引きましたが、次回も宜しくお願いします