テンプルナイトは頑張んナイト!   作:ハチミツりんご

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エピソード2:隊商騎士

 

 

 

「プオ!」

 

「お〜、元気なのは良いけどあんまりがっついちゃダメだぞ。ゆっくりな!」

 

 

 ハモハモハモ、と青年の指を手に取って噛み付く小熊。

 すわ喰われているのか、とも思える一幕だが、小熊の目に映るのは青年の肉でもなければ骨でも無し。

 

 小熊が夢中になっているもの。

 それは、青年が指ですくって与えている『蜂蜜』だった。

 

 

「(…………何とも平和な光景だな)」

 

 

 すぐ傍で椅子に腰掛けたヴィクトールが、心の中で独り言ちる。

 

 小熊を抱え、時折撫でながら蜂蜜をやる青年の姿はまるで親や兄の様。

 母熊も心配していないのか、子供を青年に預けて自身は大きな壺に入った蜂蜜を一心不乱に口に運んでいた。

 

 これを見て、誰もこの熊が危険魔獣に分類される様な獰猛さを持つとは思わないだろう。

 

 壺ひとつ分を優に完食した母熊が、いそいそと次の壺に手を付け始めるのを眺めながら。

 ヴィクトールは一人、どうしたものかと思案を巡らせる。

 

 

「(にしても、マクレガー女史が既に亡くなって居たとは。上や教会に、なんと報告したものか)」

 

 

 本来このマクレガー村にやって来た目的である勧誘対象の少女、再生魔導の使い手【アリッサベリー=ラキリ=マクレガー】。

 五神教会からもその将来を切望され、ヴィクトールとしても是が非にでも勧誘したかった逸材中の逸材。

 

 それが三年前に既に死亡しているどころか、住んでいた村すら壊滅。

 生き残りが目の前にいる青年、ゴーケンと名乗った彼だけという惨状だ。

 

 

「(一応、彼の情報も載ってはいましたけど………)」

 

 

 勧誘対象だったアリッサベリー、その性格や家族情報、諸々を纏めた資料にも彼の事は載っていた。

 

 

 【ゴーケン=ラビ=フェネクス】。

 

 歳はアリッサベリーと同じく今年で15、村で数少ない彼女と同い年の若者。

 5年前にアリッサベリーと共に王都にある火母神の枢機卿の元で洗礼を受け、『博愛の人(ラビ)』の名を授かった教会騎士(テンプルナイト)

 

 当時の補佐だった大司教や関わった修道女(シスター)、先立ちの教会騎士(テンプルナイト)達の記録に拠れば、性格は朗らかで温厚。

 アリッサベリー自身も親しい相手として会話によくあげたらしく、五神教会としても祈りを欠かさない敬虔な信徒である彼への反応は上々。

 

 アリッサベリーが勧誘を渋る場合、彼も共に勧誘してみてもいいかも知れない、と書かれる程度には、教会側も信用している人間の様だ。

 

 

 

「(早い話が、マクレガー女史のオマケって事ですかね)」

 

 

 教会側の推薦に上がらない辺り、あくまでアリッサベリーが渋る場合に誘う説得材料の一つ………言い換えれば、彼自身は勧誘に乗ろうが乗るまいがどっちでもいい。

 特別な才能を持たない、極々普通の信徒その1。それがゴーケンという青年の評価だった。

 

 直接会って話したヴィクトールからして見ても、勧誘対象として惹かれる程の強さを感じない相手だ。

 

 

 性格面に限れば、相当に温厚かつ気概のある人間ではある。

 

 三年前に故郷を失った彼は、亡骸を全て墓地に埋めてから傭兵として各地を転々。

 隊商の護衛を中心に、村や街を荒らす害獣の討伐と言った仕事をこなして金を稼ぎ、地方の孤児院へ寄付をしながら時折故郷に戻って墓掃除をする。

 

 本人から聞いただけで確証もない話だが、特に誇る様子も無く自然に話していた。

 ヴィクトールとしては、嘘だとは思えない。

 

 

「(口にするのは簡単だが、実行に移すのはかなりキツい。ただまぁ、やりそうな雰囲気はあるんだよなぁ…………)」

 

 

 傭兵仕事は命懸けだ。その分前歴を問われず、学の無い人間でもある程度纏まった金が手に入る。

 それを家族に使うならまだしも、稼ぎの殆どを縁もゆかりも無い孤児院に寄付。

 更には既にこの世に居ない人間の為に、何も無い故郷に戻って墓掃除。

 ハッキリ言えば馬鹿のすることだ。

 

 

「ヴォアアァァ………」

 

「あっ!ママさん3つは食べ過ぎだぞ!めっ!」

 

「ヴォウゥン………」

 

「(すげぇ、ライラブ・ベアを叱ってる………)」

 

 

 しかし目の前の青年は、その馬鹿な事を本気でやっている。

 滅私奉公、とでも言えばいいのだろうか。

 

 最初は半信半疑で軽く質問を投げてみたが、彼の口から出てくる商家や孤児院はどれもヴィクトールに聞き覚えのある名前だ。

 嘘をつく必要性も見当たらず、口振りからして信憑性もある。

 

 3つ目の壺に手を伸ばそうとした母熊を軽く叱るこの青年は、間違い無く善人に分類されるタイプなのだとヴィクトールは理解した。

 

 

「………にしても、本格的にどうしたものか」

 

 

 目的の人物が既に帰らぬ人となれば、ここに長居する理由も無い。

 しかし、アリッサベリー以外に明確な宛があるかと言われれば首を傾げてしまうのが現状だった。

 

 

 候補自体は、複数名いる。

 

 40年前に片腕を破壊され、引退を余儀なくされた高名な迷宮騎士、【剣鬼のクレイドール】。彼の指導を受けて育った孫が居り、才能も祖父譲りだと噂が流れている。

 また北方には肉厚で巨大な両手剣を振り回し、【天地両断】と評される程の腕を持つ男が居るという。

 戦闘力に限らなければ、悪事を働く貴族家にのみ盗みを働く【紫煙】の異名を持つ凄腕の盗賊だって候補に入るだろう。

 

 実績や噂だけなら隊商騎士(キャラバンナイト)と呼ばれる守りの専門家も十分候補に入るが、居場所が分からぬ上に姿見も不明ではそもそも勧誘自体が難しい。彼は候補からは外した方が無難だ。

 

 

 上げるだけでも複数人、アリッサベリーの代わりに特別枠として招くだけの価値がある人物はいる。

 

 

 しかしここには、大きな問題が存在していた。

 

 

「…………囲われてるよなぁ、もう既に………」

 

 

 【剣鬼のクレイドール】は、元々王都の迷宮騎士団に所属していた人物だが、引退後は実家のある南部のザウス地方に引っ込んでしまっている。必然、その孫もザウス地方に居を構えているだろう。

 【天地両断】の彼は北方生まれの北方育ち、五神信仰の最も厚い北部のノス地方の人間だ。

 【紫煙】の盗賊も、最大規模の市井とスラムを併せ持つ西部のウェスト地方でしか活動が確認されていない。

 

 そしてザウス地方、ノス地方、ウェスト地方…………更には東のイスト地方も含めて、東西南北の地域にはその地の辺境伯が経営している別の迷宮騎士学校が存在しているのだ。

 

 

 優秀な人材は何処も掻き集めるもの。

 間違い無く、地元の迷宮騎士学校に声を掛けられ、内々に入学が決まっているだろう。

 

 辺境伯領から更に離れた、田舎中の田舎に住んでいるアリッサベリーの様な人材が稀なのだ。

 

 

「はてさて、どうしたものやら………」

 

 

 王都近郊で素質有りそうな子には声を掛け、何人かからは色良い返事を貰っている。

 傭兵上がりの実力者もいれば、特別な役割がこなせると見込まれた者もチラホラ。

 例年に比べれば、今年はかなり豊作だ。無理矢理探し出す必要性も高くは無い。

 

 アリッサベリーを勧誘しに来たのも、教会側からの強い推薦と、彼女自身の特異性の為だ。

 実力者は多いに越したことはないが、今から無理に探し回って新入生達の指導に支障をきたす方が悪手かもしれない。

 

 

 特別枠………ヴィクトールが教官を勤めている迷宮騎士学校、【賛歌(さんか)三剣(さんけん)】における推薦枠は、将来的に迷宮騎士という職を引っ張っていく人材を求めている。

 故に下手な人員を推薦すれば、それだけ学校自体の名声を落とすことに繋がりかねない。

 

 ただでさえ、四つの辺境伯家が経営している学校に人員を奪われているのだ。

 焦って下手なのを送って惨事でも起こせば、そのまま学園自体が衰退してしまう可能性だってある。

 

 

 

「(しかし、やはりアリッサベリー女史が亡くなっているのは痛いな。特別枠(プレシャス・ワン)に、一人は神官が欲しかったんだが………)」

 

 

 迷宮騎士と呼ばれる者達は、一年間それ専門の学園に通う。

 知識と実戦を叩き込み、迷宮探査のペーペー達を最低限使える人材にして送り出す。それこそが迷宮騎士育成学校の仕事であり、ヴィクトールの所属する【賛歌(さんか)三剣(さんけん)】もその例に漏れない。

 

 入学した見習い騎士達は、最低限の総合力と共に何かしらの専門的な強みを身に付ける事になる。

 

 

 その中でも特に不足する人員____《治癒役(ヒーラー)》。

 危険の多い迷宮探査における、回復のスペシャリスト。深く迷宮を潜ろうとするならば、欠かしてはならない命綱だ。

 

 『癒しの御業は神々より授かりし物である』、と主張する五神教会の聖職者達が牛耳っているせいで、簡単なものならまだしも迷宮騎士として戦力になるような治癒役(ヒーラー)はほぼ全員が神官だ。

 

 その上、教会側も迷宮騎士という市民受けのいい実績を持った人材は欲しいらしく。

 毎年、最低一人は洗礼を受けた神官や教会騎士を特別枠(プレシャス・ワン)として入学させる様に、幾つかの教会から圧力が掛かっているのが現状だ。

 

 

 無論、弱い者を圧力に負けて入学させるほど学校側も愚かでは無い。

 

 洗礼を受ける様な者は、生涯を神々に捧げる覚悟をした者_______言うなれば、教会側の未来の幹部候補だ。

 当然思考力は高いものが多く、食生活にも比較的恵まれたものが多いので身体のつくりや体力面で貧民出身の生徒より高い事が多い。

 修道女(シスター)などの場合は、運動に慣れていない者もたまにいるが………そういった面子は並以上の知識と回復魔法の熟練度を持っていることが大半。

 

 厚い信仰に善し悪しはあれど、迷宮騎士として比較的『ハズレ』が少ない。

 学校側としても、神官達を入学させるのは一定の利が見込めるのだ。

 

 

 そういった両者の思惑の中でも、アリッサベリーという少女は最適解に近かったのだが………死んでしまったものを入学させることは出来ない。

 

 

「…………フェネクス君、ちょっと宜しいですか?」

 

「んぉ?何すかケランドラゴさん!」

 

 

 すぐ近くにいるゴーケンを呼ぶと、彼は倉庫の扉を閉じてから此方へとやってくる。

 しょぼんとした背中で倉庫を見つめる母熊を見るに、3つ目の壺を掴んで離さない母熊からどうにかこうにか取り上げて、たった今倉庫に戻していた所らしい。

 

 

「いえ、ものは相談なのですが。傭兵家業をやられていたとか」

 

「おっす!やってましたよ、王都周りも行きましたし、(イスト)西(ウェスト)(ザウス)(ノス)………一通りは回ったと思います」

 

「誰か良い人いませんでした?年齢は君と同じくらいが良いんですが………」

 

 

 ヴィクトールからの相談を受けたゴーケンは、んぁー、と間の抜けた声をあげながら天を見上げて思案に暮れる。

 

 

 この時代、兎に角情報の為に必要なのは『人脈』だ。

 特に戦闘周りで優秀な人材を探すとなれば、真っ先に候補にあがるのが傭兵関係者。そんな彼らは、平時は互いに情報交換を欠かさない。

 

 アイツは手を抜く癖がある、ソイツは前に仕事を放り出して逃げ出した、コイツは堅物だが真面目で信頼出来る………同じ仕事をする同僚がしくじれば、自分の命まで危険が及ぶ。

 その為、傭兵関係者の情報は同じく傭兵をしていたものに聞くのが手っ取り早い。

 

 

 特にゴーケンは教会騎士(テンプルナイト)だ。

 練度は低くとも回復魔法の使い手、しかも本人が若くて十全に動けるともなれば、傭兵仕事なら重宝される。

 一定以上の関わりを持っていると思っていいだろう。

 

 あのライラブ・ベアを手懐け、初対面の人間を安全圏まで案内して歓待する彼の人柄の良さも、人脈を広げる上では立派な武器になる。

 

 

 そんなヴィクトールの思惑は知らぬゴーケンは、指折り数えながら何名かを口にする。

 

 

「若い………となると、アロンソは強いッスよ。両手斧振り回せる膂力はメッチャすげぇし、技術もある。メイリーも良いッスね、鎧着込んだ重装兵ですし、あと料理上手ッス!あ、後はクルシロッスかね!戦えもしますけど交渉上手で、道の保護とか体温調節とか、そういう系の魔法メッチャ使える人でした」

 

 

 つらつらつらと口から出てくる名前とその特徴。

 それを聞いていたヴィクトールは、少しばかりの驚きと共に目を見開く。

 

 

「(_______とんでもないな、この子。全員二つ名持ちじゃねぇか)」

 

 

 対大型魔獣専門で、ここ最近名を挙げ始めている【岩断斧のアロンソ】。

 歳に似合わぬ老練な立ち回りと安定感が商家に人気な【若老槍メイリー=ステッコ】。

 元貴族家お抱えの研究者という異色の経歴の持ち主【二枚舌三寸のクルシロ=ライアッド】。

 

 傭兵として着実に実績を積んでいる若手達であり、実力と中身の伴った二つ名持ち。

 そして3人揃って、最近の若手によくある『実力至上主義者』でもある。

 

 

 経歴や傭兵としてのキャリアなんて知ったことではない。

 強いか、弱いか。ただそれだけで仕事を組む相手を決定する、合理的ながら冷徹さも内包する判断基準。

 実力ある若手の間で蔓延している風潮だ。

 

 

 そんな3人と仕事をした事がある。

 

 特にメイリーは気心知れた相手にしか料理を振る舞わず、クルシロは依頼主以外だと気に入った相手にしか細かな便利魔法を使わない、と言われている連中だ。

 

 もし彼の言葉が真実なら、気難しい実力者から仕事相手として認められ、かつ信頼関係を築けているという事になる。

 

 

「_______待てよ」

 

 

 ジ、と目の前の青年を見やる。

 

 

「………?なんスか?」

 

 

 腰に直剣を佩いているが、刃が太く(つるぎ)と言うより鉄の棒………平たい鉄鞭(てつべん)の方が正しいかもしれない。

 背に負った騎士盾(カイトシールド)は大型で、自分の身を守るよりも複数人を守る為のモノだろう。

 

 どう見ても攻撃、と言うよりは防御に大きく寄ったスタイルだ。

 

 その上で傭兵家業、隊商護衛を中心にする仕事内容。

 著名な傭兵達と信頼関係を築けるだけの実績持ち、3年前から活動しているという時期。

 

 

 全部引っ括めると、どうにもヴィクトールの中に引っ掛かる物がある。

 

 

「……………フェネクス君。キミ、まさかとは思いますが_______」

 

 

 

☆☆★

 

 

 【賛歌の三剣】統括長室。

 

 迷宮騎士育成学校【賛歌の三剣】における最高責任者、統括長が仕事兼自室として利用している部屋である。

 

 

「中には王家からの経費をチョロチョロっと誤魔化して購入した高級ソファーにお高い机、卒業生が迷宮から取ってきて譲って貰った冷蔵庫(アイスボックス)も完備の楽園_______ッ!」

 

「女王陛下に告げ口すんぞ統括長」

 

「やめてっ!娘どころか孫くらいの年齢なのあの子ッ!!そんな子に白い目向けられたら立ち直れないッ!!」

 

 

 わっ、と顔を覆う初老のジジイ。

 この人物こそ、賛歌の三剣における最高責任者。

 50年前にこの学校を卒業し、つい数年前まで現役バリバリで活動していた高位の迷宮騎士であり、現在はソーレイズ王国の女王に直臣として仕えているお偉いさんだ。

 

 ▲  『賛歌の三剣』統括長    △

   【アルト=ドゥン=モラクス】

 ▽Age:63   サポート/マジシャン▼

 

 

「このジジイは………陛下に叱ってもらった方が良いのでは?」

 

「ヤダよッ!?怖いんだよ怒ったルナちゃん!!」

 

「陛下をちゃん呼びしてんじゃありませんよ。というか、さっさと報告しても宜しいです?」

 

「あ、うんお願い」

 

 

 一国の女王を名前にちゃん付け。下手しなくても不敬罪だが、当代の女王は心が広い。

 有能な相手なら少なからず許してはくれる。

 

 それはそれとして怒られるのは嫌だ、と机に突っ伏するモラクス。

 情けない統括長を見て呆れ顔でこめかみを掻いているのは、賛歌の三剣における迷宮学実技教官にしてモラクスの部下。

 つい先日まで特別枠(プレシャス・ワン)の候補者を勧誘しに出掛けていた、ヴィクトールだ。

 

 ▲  『賛歌の三剣』迷宮学実技教官  △

    【ヴィクトール=ケランドラゴ】

 ▽Age:31 スカウト/ダメージディーラー▼

 

 

「先に手紙で報告を入れた通り、当初の勧誘対象であったアリッサベリー=ラキリ=マクレガーは既に死亡しておりました」

 

「惜しいねぇ………生きてさえいたら、今期生の筆頭だったろうに。代わりの推薦枠は?」

 

「マクレガー女史の友人で、同村唯一の生き残り。ゴーケン=ラビ=フェネクスという少年を」

 

 

 ヴィクトールの報告に、モラクスは微かに顎髭を撫でる。

 

 確かに五神教徒の修道女(シスター)の代わりとして、同じく五神教徒の教会騎士(テンプルナイト)を引き込むのは納得だ。

 

 既に死亡しているのを把握していなかった教会側も、同じ五神教の子供を推薦枠で取るなら強く出られないだろう。

 何せ未来の幹部候補に、と考えていたであろう人材が死んでいるのを把握出来ていなかったのだ。今頃は計画の練り直しにてんやわんやだろう。

 

 

「………それにしても、キミが一度持ち帰らずに決定するなんて珍しいねヴィック。それほど、このフェネクスという少年が気に行ったのかい?」

 

「人間的には好ましい人材です。『先祖返り』への偏見も皆無に近い、例年起こる対立の緩衝材になってくれるとは思います。実績も申し分無い」

 

 

 そう言って、紐で括って纏めた資料をモラクスに手渡す。

 

 

「ゴーケン=ラビ=フェネクス。歳は15、アリッサベリーと共にマクレガー村で育った教会騎士。同村壊滅後は各地で傭兵家業をしながら暮らしていた傭兵経験者です」

 

「教会騎士で傭兵とは珍しい。馴染みの聖堂で世話になっていないのは?」

 

「各地の孤児院に稼ぎを寄付していたようですが、その孤児院の大半が『先祖返り』の子供もいる場所だったようで。聖堂勤務の場合、そういった場所への寄付はいい顔されませんからな」

 

「なるほど。熱心な五神教徒なのに偏見無しか、師に恵まれた様だね」

 

 

 『先祖返り』。

 

 かつてソーレイズ王国が昼の国と呼ばれていた頃、対立していた夜の国の種族の血を引く末裔。

 突然変異的に亜人種の血を覚醒させ、純粋な人間種とは離れた特徴を持って生まれる者達の総称。

 

 『モドリ』という差別用語が存在するほど、世間一般的には忌み嫌われる存在。

 特に五神教会の信徒は、彼ら彼女らを強く批判することが多い。

 

 

 そんな中で、信徒なのに偏見を持たず稼ぎを寄付する教会騎士。

 確かに、多数の五神教徒が集まる場所では浮くだろう。個人で傭兵家業をしていたのも納得だ。

 

 

「実績は?」

 

「本人の証言と、ここへの帰り際に傭兵や商人へ聞き込みを。結果、当初勧誘候補にあがっていた傭兵、【隊商騎士(キャラバンナイト)】である裏付けが取れました」

 

「わぉ。姿見無し(ノーフェイス)だった彼がまさかそんなところにいるとは………なるほど、確かに特別枠(プレシャス・ワン)に十分な実績だ」

 

 

 隊商騎士(キャラバンナイト)

 

 その名の通り、隊商護衛を中心に請け負っている傭兵。

 大きな騎士盾で依頼主や荷物への被害を一身に受けるその姿から、隊商の騎士。キャラバンナイトである、と商人の間で噂されていた人物だ。

 

 受けた依頼は投げ出さず、怪我を厭わず依頼主を守る。

 地味で旨味のない部分も引き受けるので、商人としては非常に重宝する人材。

 

 彼を他の仕事………それこそ長期の戦闘依頼にでも駆り出されては堪らないと、商人同士で情報規制を行っていたせいで活躍の割に詳しい情報が出回らぬまま。

 名前だけが独り歩きし、隊商騎士(キャラバンナイト)という噂だけが先行して誰がその人物なのかが分からずじまいだった。

 

 

 それを偶然引き当てたとは。

 強運と言うべきか、運命神の悪戯と言うべきか。

 少なくとも、賛歌の三剣にとってはマイナスでは無かった。

 

 

「実力面は?メインは盾役(タンク)、サブは治癒役(ヒーラー)辺りだとは思うが」

 

「ごく普通です」

 

「………キミが推薦するのに?」

 

「はい。守備力に関しては目を見張るものがありますし、商人や傭兵達の話では肝も座っている。ですが、攻撃面、索敵面は特別枠(プレシャス・ワン)の基準を大きく下回る。通常なら、一般入学もギリギリ、と言った所でしょう」

 

 

 モラクスは眉をひそめ首を傾げる。

 

 ヴィクトールは優秀な教官だ。彼が推薦する人材は、例年間違いでは無い。

 そんな彼が、幾ら盾役(タンク)とはいえ基準を大きく下回る部分を持つ男を推薦してきた事実がどうにもきな臭かった。

 

 

「懸念は最もです。ですが、こちらをご覧下さい」

 

「別個の資料かい?なんでわざわざ………」

 

 

 先に渡されたものとは別に、新しくヴィクトールが提出してきた書類。

 訝しげにそれに目を通せば、次第に目を細め、次いで見開き。最後には疲れた様に小さく笑った。

 

 

「…………キミ、とんだ厄ネタ持ってきたねぇ………」

 

「当校に入れるのが一番かと思いまして」

 

「いいや、間違ってない。正しい判断だ、私や陛下でも同じ事をするとも…………これじゃあアリッサベリーちゃんの死亡も裏がありそうだねぇ」

 

 

 長いこと迷宮騎士として修羅場をくぐって来たモラクスが、厄ネタと称す物。

 それは特大級の意味合いであり、他の教官がいれば頭を抱えていただろうレベルの話だ。

 

 しかも、その厄ネタを自分達で囲うことが最善手であるのがさらに面倒臭い。

 どちらにしろ、賛歌の三剣側として苦労は免れないのだから。

 

 

「如何します?陛下に判断を仰いでも宜しいかと思いますが」

 

「いや、どうせ入学して見張れと言ってくるさ。報告はするが、入学は確定でいいだろう」

 

 

 そう言って、モラクスは引き出しから大きな判子を取り出して書類に判を押す。

 

 それが意味するところ。

 つまりは、ゴーケンの入学が確定したという事だ。

 

 

 

「ヴィクトール。シィアンと………デゥドラも呼ぼう。彼に関する情報には規制を敷かなければならないかもしれない。最小限の人員で対策を練る」

 

「了解致しました。直ぐに準備を進めます、モラクス統括長殿_______ん?」

 

 

 ピッ、と敬礼を示したヴィクトールが扉の方に目をやる。

 モラクスには聞こえないが、耳のいい彼には何か違和感があったのだろう。

 

 次第にドタドタという音が大きくなったかと思えば、断りも無く統括長室の扉が荒っぽく開かれた。

 

 

「し、失礼します!!学生寮で喧嘩が発生!新入生がワルト卒業生をボコボコにして逆さ吊りにしましたァ!!」

 

「……………統括長、空耳でしょうか。今年度卒業を迎えたばかりの生徒が、新入生にボコボコにされていると聞こえたのですが」

 

「はっはっは!今年はじゃじゃ馬が多いねぇ!逆さ吊りにした新入生は?【黒飛び】の誰かかな」

 

森妖精(エルフ)のシェン新入生ですぅ!!」

 

 

 半泣きになりながら報告に来た若い女性教官を境に、モラクスは何処か楽しげに、ヴィクトールは至極面倒くさそうに頬を搔いた。

 

 

「あぁ、ユーフォンの娘っ子か!ヴィクトール、止めないとワルト君は再起不能になるかもよ」

 

「………授業態度も不真面目、親からの資金援助でギリギリ卒業できた程度ですからねぇ………大方、先祖返り関連で口を滑らせたんでしょう。止めるの面倒臭いんですが放置でも?」

 

「駄目♡」

 

「クソブラックが!マルヤルさん、案内お願いします」

 

「は、はいぃ!!」

 

 

 マルヤルという女性の先導で駆け出していくヴィクトールを笑顔で見送ったモラクスは、今一度資料に目を落とす。

 

 

「…………ラビ………博愛の人、ねぇ。名前負けか、それとも…………少し楽しみだな」

 

 

 小さく笑って、彼は窓から学生寮の報告を見やる。

 

 持ち前の身体能力をフル活用したのだろう。

 逆さ吊りから解放されて泣きじゃくっている小太りの青年と、怒りが収まらず暴れようとする綺麗な少女。そしてその子を羽交い締めにして場を収めようと奮闘する、ヴィクトールの姿が見えた。

 

 

「全く、今年はいつも以上に荒れるかもねぇ………」

 

 

 ゴーケンという厄ネタ以外にも、問題児は多いらしい。

 しかしそれは同時に、期待できる人材が多いということでもある。

 

 

 入学式楽しみだな。

 

 まだ見ぬ英雄の卵に向けて。

 モラクスは、そう呟いた。

 

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