テンプルナイトは頑張んナイト!   作:ハチミツりんご

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エピソード4:極上の試練

 

 

「大ホールの長椅子には、お好きな様に腰掛けてくださーい!直ぐに統括長のお話が始まりますー!」

 

 

 女性教師の声がホールに良く響き、生徒達はその指示に従って適当な場所に腰を下ろし始める。

 

 ソーレイズ王国が誇る名門、賛歌の三剣が所有する大ホール。

 その広さはそんじょそこらの建物とは訳が違い、平民達は勿論、貴族階級の子息達も興味深そうにキョロキョロと見回していた。

 

 

「おー、広いなー!地元の教会より全然広い!」

「道場よりも広いよ〜、凄いねぇ賛歌の三剣って」

 

 

 無論、この場にやってきた彼ら………ゴーケンとアルタの二人もそれは変わらず。

 ホールに入ってから暫くは高い天井や厳かな内装に感嘆の声を上げていたが、ゾロゾロと埋まり始める長椅子の空きに気が付いて探し始めていた。

 

 

「なんかみんな固まるの早いな。知り合い多いのか?」

 

「オイラ達と違って、選抜試験受けてるからね。そこで知り合ったとか………後、賛歌の三剣って合格対策の私塾もあるらしいから。そこに通ってたとかもあるんじゃないかな」

 

「ほえ〜、アルタは物知りだな」

 

「へへ、オイラ中央(セントラル)に憧れてたからさ」

 

 

 特別枠(プレシャス・ワン)に選ばれているゴーケンとアルタの2人は、入学の為の選抜試験を免除されている。学校側から来て欲しいと招かれる側の人間だ、当然入学資格を確かめる為の試験なんて受ける必要も無い。

 

 しかしそれはごく一部の人間の話であり、殆どの生徒は選抜試験を潜って来ている。

 最低限の戦闘力と思考力、咄嗟の機転。名門賛歌の三剣で学んで行くためには、成長する為の土台がある程度存在しないとついて行くことすら出来ないためだ。

 

 その選抜試験の際に顔見知りが出来、声を掛け固まり、またそれが連鎖する。

 結果として、そこそこ大きな人の塊がホール内に幾つか既に出来上がっていた。

 

 

「前は完全に埋まったな〜、どっか空きは…………おっ!」

 

 

 既に出来上がった人の輪に入れてもらうのも良いのだが、2人分入れる様なスペースはあまり無い。

 ましてやアルタは大きなバッグを背負っている上に、恰幅がいいので幅を取る。

 

 なのでゆったり座れそうな場所を………と思った時、後ろの方を見たゴーケンが声を上げる。

 

 

「あの子のとこ、空いてんぜ!アルタ、あそこ座らね?」

 

「ん?…………あっ、あの子…………」

 

 

 一人の少女が、ぽつんと長椅子に腰掛けていた。

 周囲には人は居らず、それどころか殆どの人間は彼女を避けるようにして背を向けている。

 

 まるで腫れ物を触るかのような扱いを受けている少女に首を傾げながらも、丁度良いとばかりにズンズンホール内を進んでいく。

 

 

 口元を覆うような、黒いマスクが特徴的な少女だった。

 

 濁ったような暗い青色の瞳と、長い菖蒲色の髪が目を引く。

 軽装の装備品でカッチリと身を包み、装備品の上からでも分かる程度には胸の膨らみが男の視線を集めるだろう。

 膝の上に置いた二振りの剣は、柄の中心部に魔術触媒が埋め込まれた市販では見ないタイプの物。

 

 総じて、しっかりとした武装を身に付けた、スタイルのいい美人。

 彼女を一般的な言葉で現すなら、そうなるだろう。

 

 

「よーっす!急に悪いな!隣いいか?」

 

「……………?」

 

 

 にこやかに笑いながらゴーケンが声を掛けると、少女はキョトンとした顔でゴーケンを見つめ、次いでキョロキョロと周囲を確認。

 

 周囲に誰もおらず、もしかして自分に声を掛けているのか?と言わんばかりに自身に指を向けると、ゴーケンは肯定するように頷いた。

 

 

「おう!アンタに声掛けてる!座るとこ無くってさ、隣座っても良いか?」

 

「…………いいのか?君は神官………教会騎士(テンプルナイト)だろうに」

 

「んぁ?おう!俺は確かに教会騎士(テンプルナイト)だけど」

 

 

 おずおずと自分の隣で良いのかと聞いてきた少女に、ゴーケンが頭にはてなマークを浮かべながら聞き返す。

 お互いに話が噛み合わないのか首を傾げ合う二人を見て、苦笑しながらアルタがゴーケンの肩をポンっと叩いた。

 

 

「えっと〜………ゴーケン。この人が言いたいのはその…………『先祖返り』だから、ってことだと思うんだけど…………」

 

 

 先祖返りと呼ばれる、かつての夜の国の亜人達の血を引き、隔世的に血が覚醒した者たち。

 彼ら彼女らは純人間種には無い強みを持ち、迷宮騎士や傭兵になれば大成する者も一定数存在する。

 

 

 しかし、世間一般的には先祖返りは差別対象………特にゴーケンの信奉する火母神を含む五神教会の信者達の殆どは、不倶戴天の仇敵の様に嫌っている。

 人間扱いしないことなぞ序の口。法を無視した信者が私的な死刑を敢行し、それを教会が庇うなどする程に忌み嫌われている存在なのだ。

 

 

 そんな先祖返りの自分の隣に、五神信仰の教会騎士が不快では無いのか。

 

 少女が聞きたかったのは、そういうことらしい。

 

 

「なーんだ、んな事か!俺ぜーんぜん気にしないタイプなの!」

 

 

 しかし当のゴーケンはあっけらかんとしたもので。

 少女の心配を前に、なっはっは、と笑顔で笑い飛ばす。

 

 

「俺の地元の教会は、先祖返りの孤児の子も多くってさ。いーっつも一緒に遊んでたし、世話もしてたぜ。五神信仰っつっても、全員が差別主義者って訳でもねぇのさ」

 

 

 そう言って笑うゴーケンの顔を暫く見つめていた少女だったが、暫くすると膝に乗せていた二振りの剣を抱えてスっ、と横にズレる。

 

 それなら座ればいい。

 そういう無言の言葉だった。

 

 

「サンキュ!俺、ゴーケン=ラビ=フェネクス!ラビは洗礼名だ!」

 

「えっと、お隣失礼するね。オイラ、アルタ=ミアム。仲良くしてくれると嬉しいなぁ」

 

 

 少女の隣に腰掛けたゴーケンとアルタが明るく自己紹介をすると、ちらりと視線を向けながらマスク越しに言葉を投げる。

 

 

「……………ティエラ=ベステッド。淫魔(サキュバス)の先祖返り…………もし組む事があったら、宜しく頼む」

 

 

 ▲ 賛歌の三剣新入生 黒飛び兼特別枠(プレシャス・ワン) △

  【ティエラ=ベステッド】 《淫魔(サキュバス)

 ▽Age:14  ダメージディーラー/マジシャン ▼

 

 

「おう、宜しくなベステッド!ゴーケンでもラビでもフェネクスでも、呼びやすい方で呼んでくれ!出来れば名前だと、仲良くなれたみたいで俺が喜ぶ!」

 

「あ、ならオイラも。アルタのほうが呼ばれ慣れてるんだ」

 

「…………ふふっ、分かった。宜しく頼む、ゴーケン、アルタ。私もティエラで構わない」

 

「おー!これから一年、頼りにしてんぜティエラ!」

 

 

 3人でにこやかに自己紹介を交わし、穏やかな雰囲気の中。

 

 

 

「_______はーい、全員傾聴。話すの辞めてね〜、おじさんの話聞いて〜」

 

 

 ホールの扉が開く音が響き、次いで入ってきた初老の男性が手を鳴らした。

 

 一段高いホールの教壇に立った初老の男性は、ひとしきり話す声が無くなったのを確認して穏やかに話を始める。

 

 

 

「初めまして、皆さん。そして入学おめでとう。私が賛歌の三剣統括長、アルト=ドゥン=モラクス。恐れながら、女王陛下より男爵(ドゥン)の位を授かった爺だよ。宜しくね」

 

 

 身なりのいい初老の男性は、見た目とは異なる砕けた口調で言葉を紡ぐ。

 

 白髪の混ざった灰色の髪をオールバックに纏め、髭は丁寧に剃られているのだろう。皺が刻まれている割には、歳若く見えた。

 身を包む礼服はお堅い印象を強めるが、本人の生来の空気感なのだろうか。貴族の社交界に居てもおかしくない格好ながら、不思議と堅苦しさを感じなかった。

 

 

「さて、と。本来ならここから、賛歌の三剣の歴史を話したりこれからの日程を話したりと、つまらないものが続くんだけどね……………」

 

 

 ポリポリと頬を掻くモラクスは、申し訳なさそうに至極軽い口調で彼らにこう告げた。

 

 

 

 

「_______辞めました

 

 

 パチンっと指が鳴る。

 

 

 次の瞬間、ゴーケンの胸に熱が灯る。

 

 

「おわっ、なんだ!?」

 

 

 熱が灯る、というのは語弊があったかもしれない。

 慌てて胸に手を当てたゴーケンは、その熱の出処が自分自身ではなく。

 胸に当てていた、入学勲章………それが熱を帯びて光っているのだと、手のひら越しに感じていた。

 

 

「それでは全員、入学勲章の裏を見て欲しい。各々番号が浮かんでいるはずだからね。浮かんでない人は報告してね、爺のミスだから」

 

 

 モラクスの指示に従うまま、生徒達はおずおずと入学勲章を胸から外し、裏を返して見やる。

 

 そこには、青白く光る文字で何かが浮かんでいる。

 

 

「…………8番?」

 

 

 ゴーケンの入学勲章の裏に刻まれていたのは、8という数字。

 これをケランドラゴから受けとった時には、何も刻まれていなかったはず。それなのに、今はハッキリとその数字が確認出来た。

 

 

「アルタ、ティエラ。二人はなんて書いてあった?」

 

「オイラは35番」

 

「…………9番だ」

 

 

 隣に座る2人にも確認を取ると、各々番号が浮かんでいるらしい。

 これが何を意味するのだろうか、なんて思っている最中、モラクスは言葉を続ける。

 

 

「さて。その番号が何を意味するのか、気になる子も居るだろうけど。まずは何をするのかだ。単刀直入に言えば、君達にはこれから迷宮(ダンジョン)に潜ってもらう

 

 

 ざわめきがホール内を支配する。

 

 それもそのはず。そもそもここに居る新入生達は、迷宮に潜るための知恵や実力を身に付けに来たのだ。

 その殆どが迷宮未経験者、それなのにいきなり迷宮に放り込むなんで、前代未聞だ。

 

 

「期限は明日から5日間。潜るのは、このホールの地下で管理している《腐敗の大聖堂》と呼ばれる迷宮…………期限内に、その5階層に辿り着き、コチラの用意した印を持ち帰ってくること」

 

 

 迷宮というのは、厳重な注意を払う事と一定以上の戦力を保有していることが国に認められれば管理することが出来る。

 

 賛歌の三剣は、国内でも珍しい、学区内に迷宮(ダンジョン)を管理している学院だ。

 《腐敗の大聖堂》は、その一つ。学生でも注意を払えば進める、比較的危険の少ない迷宮だ。

 

 

 しかしそれは、学院で学びを受けている学生の話。

 新入生の彼等にとって、危険地帯である事には変わり無かった。

 

 

「制限は一つだけ。入学勲章の裏の番号が同じ相方と、組んで迷宮へと潜る事。それ以外は自由だ、何をしたっていい」

 

 

 金があるものは、購買棟で装備を整えてもいい。

 期間内に何度迷宮へ潜っても良い。

 教官へ許可を取れば、訓練所を借りて動きを擦り合わせを行うのも良いだろう。

 

 5日間のうちに、相方と共に5階層の印を取って戻ってくる。

 

 それだけが、モラクスの課した課題だった。

 

 

 

「_______因みにだけど、結果を残せなかった組は迷宮騎士の道を諦めてもらう。そのつもりでいてね」

 

 

 ざわめきが、喧騒へと変わる。

 

 当然だ。ここに居る多くは入学の為に努力を重ね、選抜試験というふるい落としを超えてきた面々。学校側から見て、賛歌の三剣で学ぶに相応しいだけの能力を持つと認められた生徒達。

 

 其の筈が、蓋を開ければ再びの試練、そして結果を残せなければ_______言葉にこそしていないが、事実上の退学だろう。

 異常なハードルを突きつけてきたその男は、事も無げにポリポリと頬を搔く。

 

 

「初日くらいお客さん扱いも考えたんだけど………ここ最近って、今まで以上に迷宮騎士に求められるハードルが上がっててね。コチラもそれに適合しなきゃならないんだ」

 

 

 そう言って笑ったモラクスは、困惑する新入生たちを一瞥しながらこう言った。

 

 

 

「_______改めて、賛歌の三剣へようこそ。我々は、君達に極上の苦難と理不尽を捧げよう

 

 

 

★★☆

 

 

 

「17番!17番の奴いるかー!?」

 

「92番ー!私、92番です〜!」

 

 

 モラクスの演説が終わった後、暫く呆けていた生徒達は現在相方探しに必死になっていた。

 それもそのはず。期間はたったの5日間。迷宮に潜るとなれば、一分一秒だって惜しいだろう。

 

 

「な〜んか、入学早々すげぇ事になったなぁ」

 

「ね〜。オイラいきなり迷宮に放り込まれるなんて思わなかったよ〜」

 

「…………余裕そうだな、揃って」

 

 

 何処と無く緊張感に欠ける2人に、ティエラが思わずそう告げる。

 周囲が慌ただしく動き回る中、大人しく座っているのはここの3人を含めた一部だけだ。

 

 探しに行った方がいいのでは、とも思うが、2人が動かない理由もティエラはよく分かる。

 

 

 単純に、今は大勢が動いているので相方を探そうにも混みあって見つかりにくいだろう。

 それならば、今は静かに眺めておいて、落ち着き始めてから探した方が分かりやすい。

 

 

 かくいうティエラも、余裕そうだな、なんて呟きながら2人の隣から動く気配は無かった。

 

 

「相方ってことは、2人組だろ?俺は盾役(タンク)だからな〜………攻撃出来るやつなら良いんだけど」

 

「オイラも補助員(サポート)だから、前衛(フロント)してくれる人なら助かるな〜。ティエラさんは?」

 

「………私は攻撃手(ダメージディーラー)だから………能力だけ見るなら、ゴーケンの様な守りに長けた教会騎士が助かるが…………まぁ、先祖返りという時点で相性は最悪だろう。索敵か治癒か、どちらかが出来れば万々歳だな」

 

 

 迷宮騎士は、大きく分けて八つのクラスに分かれている。

 

 敵を粉砕し、最前線で武器を振るう《攻撃手(ダメージディーラー)》。

 味方を守り、体を張って戦線を守る《盾役(タンク)》。

 治療で味方を支え、傷を癒す《治癒役(ヒーラー)》。

 目と耳で道を探り当て、行先を示す《索敵役(スカウト)》。

 卓越した指示で味方を操る《指揮官(コマンド)》。

 魔法や様々な道具で味方の憂いを払う《補助員(サポート)》。

 遠距離武器で離れた位置から必殺の一射を見舞う《狙撃手(スナイパー)》。

 迷宮騎士の花形、多様な魔法攻撃でパーティの根幹を成す《魔導師(マジシャン)》。

 

 

 これら八つのうち、ほとんどの生徒がメイン/サブにそれぞれ一つのクラスを割り当てられている。

 

 教会騎士のゴーケンならばメインは盾役(タンク)、サブは教会で教わった回復魔法による治癒役(ヒーラー)

 アルタならば多種多様な荷物を抱えて道中を支える《補助員(サポート)》をメインに、守備系統を中心に学んだ《魔導師(マジシャン)》をサブに。

 ティエラは二振りの剣を振るう《攻撃手(ダメージディーラー)》が主体で、サブとして攻撃系の《魔導師(マジシャン)》でもある。

 

 

 ゴーケンは守りと回復が主な仕事であり、組むとしたら攻撃の出来る相方が欲しい。

 アルタは文字通りの補助主体である為、前線で戦う物理役でなければ厳しい試練となる。

 ティエラは攻撃面だけなら高い習熟度を誇る為、どちらかと言えば隣に座る2人のような守りや補助、そうでなければ索敵の出来る相方ならばなんでもいいと言った様子だった。

 

 

 

「…………ねぇ。9番、居る?」

 

 

 そんな三人の元に、ふらりと一人の少女が顔を覗かせそんな事を口にする。

 

 入学勲章の裏を見せながらこちらを覗き込む瞳は凛々しく、ふわふわとした短めの金髪が目を引いた。

 スラリと伸びた手足と細い腰は、ティエラとはまた違った女性らしさを醸し出しており、男女を問わず視線を奪うような美しい人だ。

 

 肩に担いだ長銃が非常に目立つ、耳の長い女性。

 一般的に、森妖精(エルフ)と呼ばれる先祖返りの生徒だった。

 

 

「………9番なら私だ。ティエラ=ベステッドと言う」

 

「あぁ、やっぱり。私、カレリア=フィオーレ。カレリアでいいよ。5日間よろしく」

 

 

 ▲ 賛歌の三剣新入生 黒飛び △

  【カレリア=フィオーレ】《森妖精(エルフ)

 ▽Age:15   スナイパー/マジシャン▼

 

 

「済まない、2人とも。相方が見つかった、先に行く」

 

「おー、じゃなティエラ!カレリアもこれから宜しく!」

「いってらっしゃい〜」

 

「ん、よろしく。アンタは神官なのに差別しないんだね。お互い無事に残って、後々組むことあったら頼むわ」

 

 

 ティエラが長椅子から立ち上がり、ゴーケンとアルタに声を掛けてからカレリアと共にホールから去っていく。

 

 

「長銃という事は狙撃手(スナイパー)か。サブは?」

魔導師(マジシャン)。一応師に習ってるから、基礎はひと通りいけるよ」

「私もサブは魔導師(マジシャン)だ。攻めに寄ってしまったな」

「前後衛分かれてるだけマシじゃない?」

 

「さて、っと!ティエラも相手見つかったし、そろそろ俺らも探しに行くか?」

 

「だね。と言っても、結構な人がいなくなってるけど…………」

 

 

 先に探し回っていた生徒たちは、各々相方を見つけてホールの外へ案内された。

 今ここに残っているのは、ゴーケンやアルタと同じく後になって相手を探そうと思っていた面々が殆ど。軽く声を掛け合って、互いの番号を確認し合っていた。

 

 

「…………済まない。35番はどちらだ?」

 

 

 そんな折に、再びゴーケンたちを声をかける者が一人。

 

 目深にフードを被った、如何にも怪しい風貌の男。

 黒飛びや特別枠を観察していた男、メイザースだ。

 

 

「他の連中には全員声を掛けてな。残りはお前たちだけなのだが………」

 

「あっ、オイラが35番だよ。アルタ=ミアム、よろしくね」

 

「シャムス=メイザースだ。5日間、宜しく頼む」

 

 

 アルタが右手を差し出しながら挨拶をすれば、握り返して穏やかに返す。

 見た目よりと穏当そうな雰囲気に、アルタはホッと一息ついた。

 

 

「なぁ、アンタ。8番って居なかったか?俺8番なんだけど」

 

「ん?あぁ、向こうの隅にいる吸血鬼(ヴァンピール)の男が8番だったぞ」

 

 

 入学勲章の裏を見せながらそう尋ねると、メイザースはつい、と離れた所のホールの支柱辺りを指さして言う。

 

 確かにそこに、やたら黒い衣装に身を包んだ手足の長い痩せぎすの男が居た。

 支柱に手を添え、周囲を見渡しながら一歩を踏み出そうとするが、メイザースが指さしているのを認識するとススス………と柱の影に隠れに行った。

 

 どうやら自分から声の掛けられない性質(たち)らしい。

 ならコッチから近付いてやろうと、ゴーケンは荷物をひょいと持ち上げてメイザースに笑いかける。

 

「サンキュ!俺、ゴーケン=ラビ=フェネクス!ラビは洗礼名だ!1年間宜しくな、メイザース!」

 

「あぁ、宜しく頼む」

 

「うしうし!アルタもじゃあな!また後で会おうぜ〜!」

 

「うん、ゴーケンも頑張れ〜」

 

 

 サンキュー!と笑いながら、さっさと件の男の元へと駆けて行くゴーケン。

 その後ろ姿を見送りながら、メイザースは立ち上がって荷物を背負ったアルタと共に、教官陣の案内すると出口へ向かって行く。

 

 

「………随分と砕けた男だな。昔からの知り合いか?」

 

「ううん、こっち来てから声掛けてもらったんだ。良い奴だよ、人の事よく見てるし、先祖返りへの差別も無いし」

 

「なるほど………良い意味で教会野郎(テンプラー)らしくないな」

 

 

 神官と言えば、知識層であるが故に上から目線で来るものや、自分にこそ正義があると信じて疑わない面倒なものも多い。

 

 真摯に教えに従って人を慈しむ者も居るが、洗礼を受けたような連中は大半が親兄弟や親戚が一定の力とパイプを持つエリート家系の出身。

 ましてや五神教会はソーレイズでも半ば国教と言える規模で広まっており、そう言ったエリート意識を増長させる要因にもなっている。

 

 

 故に面倒なタイプかとも思ったが、ゴーケンという男は非常に庶民的だ。こちらを下に見る様子もなく、良く笑う。

 これならば仲良くやれそうだ、と小さく笑ったメイザースは、ふとアルタの方へと目をやる。

 

 

 

 

「(………ミアム家の末息子。推薦教官はオルオールの爺様だったな。あの老卿は当たり外れがあるのがな…………)」

 

 

 アルタに気付かれないように、小さくため息をつく。

 

 賛歌の三剣、男子寮監督教官『スカッド=オルオール』。

 今年72にもなる老齢の男であり、メイザース所か先代の国王が即位するよりも前から迷宮騎士として暴れ回っていたベテランだ。

 

 流石に迫り来る老化の波には抗えずに3年前に引退し、今はこの学校の男子寮の監督教官として働いている。

 

 

 そのオルオールは、良く言えば感受性に富み裏表の無い好漢………悪く言えば騙されやすい上に頭の足りない単純な男だ。

 

 

「(三年前のラギル=ゴッサムを連れてきた時は、流石はベテランだと思ったが………二年連続で、口だけ達者な奴に騙されてるのがな)」

 

 

 3年前に赴任したその年に推薦した特別枠(プレシャス・ワン)の生徒は、当該年度の顔役とまで呼べる程の実力と人に好かれる精神性を併せ持った傑物だった。

 スラム街に捨てられながらも、自分より年下の子供達や行く宛てのない浮浪者たちの面倒を見ていた無名の彼を、オルオールが反対を押し切って賛歌の三剣に推薦した。

 

 卒業した今でも現役の迷宮騎士として活躍しており、階級は7段階のちょうど真ん中である【鋼鉄(こうてつ)】。

 凡そ一年に一段階を駆け上がる、歴代でも指折りの成長速度を見せる若手のホープ。

 

 

 故に彼を見つけてきたオルオールは、流石はかの『岩盤崩しのオルオール』だと賞賛を受けていたのだが………残りの二年はてんでハズレを連れてきたせいで、半ば彼の推薦者はギャンブル扱いされている。

 

 

「(人間性に問題は無いらしいが………)」

 

「あぁ、そうだメイザースくん」

 

「ん?」

 

 

 人間性が破綻していた二年前と、最終的に金で卒業した上で新入生にボコボコにされた一年前よりはこの時点でマシだな、なんて言う低過ぎる比較対象を思い浮かべる中、アルタがふと声を掛けてくる。

 

 

「見ての通りオイラは補助員(サポート)なんだけど………メイザースくんは?」

 

「オレのメインは指揮官(コマンド)だ。サブは補助員(サポート)………と言っても、精々が支援魔法と水液薬(ポーション)を使った補助程度だがな。お前の様に、細々したことはこなせない」

 

「ありゃ、中衛(ミドル)かぁ。ゴメンね、オイラ後衛(バック)だから負担かけると思う」

 

「こう見えて武芸には覚えがある。並の前衛(フロント)程度ならこなしてみせるさ」

 

 

 迷宮騎士は、迷宮(ダンジョン)に潜る際に基本的に固まって行動する。

 その際の大まかな立ち位置を示すのが、『前衛(フロント)』、『中衛(ミドル)』、『後衛(バック)』の3つだ。

 

 アルタは純粋な後衛(バック)であり、本来ならば状況に応じて立ち位置を変える中衛(ミドル)であるメイザースが必然一番前で敵と切った張ったと戦うことになる。

 

 

 それを申し訳なく思うアルタだったが、メイザースが軽く肩を竦めて問題無いと口にする。

 武芸の技量は並の前衛(フロント)程度ならば問題無い位には卓越しており、人一人を守る程度なら彼にとっては問題なく行える範疇だ。

 

 

 そんな折に、ふとメイザースの腰に括りつけた水液薬(ポーション)瓶を見たアルタが事も無げにこんな事を告げてくる。

 

 

「それにしても水液薬(ポーション)かぁ………もしかして自前?」

 

「あぁ。錬金術を少しな………と言っても、下手の横好き。本職に及ぶべくも無いがな」

 

「それでも凄いと思うよ。ベースは魔髄液(まずいえき)?それとも薬草から抽出した草青液(そうせいえき)かな」

 

「_______!………草青液だ」

 

 

 『魔髄液』と『草青液』。

 

 どちらも錬金術において使われる液状魔薬の種別であり、特に水液薬(ポーション)の様な液体状で保管するものに使われる物だ。

 

 涼しい顔でそんな事を口にする………つまりは錬金術に関する知識を有している。

 

 

 酷くマイナーな学問である自覚があるだけに、メイザースはアルタの言葉に目を丸くしながらも普段使っている方を答えた。

 

 

「あぁ〜、飲むタイプじゃなくてかけるタイプなんだ。それなら草青液が良いよね、乾きやすいし。濡れると滑っちゃうよ」

 

「………効力自体は魔髄液の方が高くなるんだが、利便性を考えるとな。それに虎の子ではなく普段使いだ、魔髄液では金も掛かる」

 

「う〜ん、()()()()()()()()()()()けどお金の問題はねぇ………大事だよねぇ」

 

「……………待て。どうにかなるだと?」

 

 

 魔法によって産み出される魔髄液は、効力が高い代わりに液化したまま長いこと残ってしまい、時間をかけねば乾かない。

 それに比べ自然の薬草を使った草青液は、効力こそ劣るものの癖がなく速乾性に優れる。

 

 なるべくならば効果の高いものを作りたいのもメイザースの本音だが、効果ばかりを重視して利便性が無くなれば本末転倒だ。

 故に虎の子である飲用水液薬(ポーション)以外のものは、基本的に草青液を活用している。

 

 

 しかしアルタは、なんでもないかの様に『どうにかなる』と口にいた。

 

 思わず聞き返せば、首を傾げながらアルタは事も無げに告げる。

 

 

「あぁ、手間は掛かっちゃうんだけど………要は生き物に浸透するまで液化を維持する訳だから、スライムに飲み込ませてそれを潰してからろ過すれば浸透性のある魔髄液になるよ。乾かして砕いた骸骨魔導師(スケルトン・メイジ)の骨を混ぜれば気化も抑えられるし」

 

「………………それは確かか?」

 

「うん、オイラ自分でやったから。と言っても、(イスト)から流れてきた本を真似した所にちょいちょい自分で加えて調べただけだけどね」

 

 

 あっけらかんと告げるアルタに、メイザースはひくつく頬を隠せなかった。

 

 錬金術は、西(ウェスト)地方を中心に発達している学問の一つだ。

 しかし実態は非常に内向的で、中央に届けられる水液薬(ポーション)の大半を身内経営で牛耳っている。

 

 その為外部に漏れて本に纏められるのは極僅か。ましてや(イスト)からの本では、幾ら魔術に栄えたあの地方と言えど得られる知識はたかが知れているだろう。

 

 

 それをベースに、自前で試行錯誤しただけでこれだけの結果を出してみせる。

 それがどれだけ異端な事なのかを、目の前の小太りの少年は理解していなかった。

 

 

「オイラ、なよなよしてたからさ〜。周りが喧嘩とか決闘とか野試合とかで遊んでる中で、こっちの方が性に合ってて………近くの爺ちゃん家に通って、置いてある本片っ端から読んだりしたんだ」

 

「そもそも喧嘩も決闘も野試合も『遊ぶ』の範疇に無いと思うが」

 

「そう?周りはよくやってたよ〜。まぁゴーケンにも『それは(ザウス)だけだぞ!』って言われたけど………まぁ、そんな訳で聞きかじった知識の集合体みたいなもんだからさ〜、期待しないで聞いてくれると嬉しいな」

 

 

 アハハ〜、と気の抜けた笑いを見せるアルタ。

 

 

 其れを見ながら、メイザースは口角が上がるのを抑えられなかった。

 

 

「(_______何が『ミアム家の末息子は出来が悪い』だッ!オルオールの老卿め、今年は()()()()()()()()()()()ッ!)」

 

 

 く、ははッ……と声を押し殺して笑うメイザースに、首を傾げるアルタ。

 笑いもするだろう。錬金術の知識を西(ウェスト)の連中から回収して学んだ自分の知らないことを、軽く学んだだけの目の前の彼が知っているのだから。

 

 報告書には錬金術関連は何も書かれていなかった。

 察するに、アルタ=ミアムにとって錬金術は単なる知識の一端に過ぎないのだ。

 つまり彼は、まだ奥底が見えない。

 

 それが、面白くて仕方がなかった。

 

 

「_______アルタ」

 

「ん〜?」

 

「一つ提案があるんだが…………」

 

 

 至極愉快そうに笑いながら、メイザースがアルタにひとつの提案を告げる。

 

 提案、と言われて頭にはてなを浮かべていたアルタだったが、その提案の内容を聞いて首を傾げて、次いで目を丸くし、最後に呆れたように笑って頬を搔いた。

 

 

「…………いけるの、それ?」

 

「オレ達ならば」

 

「う〜ん………じゃあやろっか。面白そうだしね」

 

 

 ニィ、とメイザースの笑みが深まった。

 

 

 

 

 

 

 後にシャムス=メイザースは、『腹違いの妹』に向けた手紙にこう記した。

 

 

 

 『オルオールが龍を連れてきた』、と。

 

 

 

★★☆

 

 

 

「_______フ、ハハハ………ッ!!吸血鬼(ヴァンピール)の先祖返りたる余に声を掛けるとは………教会野郎(テンプラー)の君よ、どうやら肝の据わった御仁と心得るッ!!」

 

 

 ポカン、と口を開ける。

 

 

「そうッ!この余こそが君が同胞(はらから)ッ!此より5日間、運命を共同する者ッ!」

 

 

 仰々しい手つきと言上で、紡ぐ様に告げるその男。

 

 白髪のオールバックと褐色肌が目を引く、線の細い男だ。

 口元を仰々しい仮面で隠しており、身に纏う装束は和洋の混ざったチグハグなもの。

 しかし妙に様になったその姿、そのコートを翻しながら、パチンっと指を鳴らしながらゴーケンを見やる。

 

 

「_______我が名は【ヴラド=ヴァルプス】ッ!!勲章番号8番の、黒飛び吸血鬼(ヴァンピール)であるッ!!」

 

 

 

 ▼ 賛歌の三剣新入生 黒飛び ▽

   【ヴラド=ヴァルプス】 《吸血鬼(ヴァンピール)

 △Age:15   コマンド/スカウト▲

 

 

 

 決めポーズのまま固まるヴラドと、それを見てポカンと固まるゴーケン。

 

 既にほぼ全ての生徒が居なくなった大ホールの中、何故かお互いに固まる教会騎士(テンプルナイト)吸血鬼(ヴァンピール)の姿。

 

 

 

「(せ_______盛大にスベったァァァァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!?)」

 

 

 キメ顔の下で絶叫したのは、吸血鬼(ヴァンピール)の方だった。

 

 

「(しまったァァァァァァーーッ!!まさか相方が神官とは思わずテンパりまくって昨日徹夜で考えてボツにした自己紹介をそのままやってしまったァァァァァァーーッ!!どう考えてもスベったッ!!今世紀最大にスベっているぞヴラドォォォォォーーッ!!)」

 

 

 ヴラドは願った。

 

 どうか一思いに罵ってくれと。

 だっせぇと言われた方がいっそ楽だから、思いっきり叩き切ってくれと。

 

 

 おず、となにか言いたそうに手を伸ばし掛けたゴーケンは、キュッと拳を握ってから努めて笑顔を浮かべて笑う。

 

 

「おう!宜しくなヴァルプス!俺はカッコイイと思うぞ!」

 

「いっそ罵ってくれよォ!!」

 

 

 

 ヴラド渾身の絶叫は、先んじて通路を進んでいたティエラとフィオーレの2人にまで届いた_______。

 

 

 




【オルオールのジジイの歴代推薦者】

三年前:最初にして最大の大当たり。今も迷宮騎士として活躍していて、若手の中心人物の一人。【鋼鉄】ランクの迷宮騎士であり、将来的には【黄金】も充分狙える逸材。弓使いの狙撃手で、魔法を矢に込めて撃ち出すのを得意としている。

二年前:休日に意中の女子生徒と二人で迷宮に潜る約束をし、迷宮内部で性的に襲いかかろうとしたのを返り討ちにあって顔の形が変わるほどにボコボコにされた後に統括長命令で退学。その後は音沙汰が無いので実家に戻って大人しくしているか、実家からも見放されて死んだかのどちらか。

一年前:入学後は授業態度も不真面目だし金だして試験を合格扱いにしてもらうし女子生徒に下世話な目を向けるなど、上ほどじゃないにしてもかなりの問題児だった。が、ついこの間寮に入ってきたシェン新入生にボコボコにされて逆さ吊りにされた。新入生の、しかも女性という下に見ていた相手から完膚なきまでに叩きのめされたので結局迷宮騎士は辞めて実家に帰った模様。

今年:メイザースにっこり。陛下もにっこり。

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