やさぐれ四天王 作:先バレプレミア当たらない
「……い。おいって」
「……ん?」
肩を揺すられ、目を覚ます。周りを見回すと既に教授は退室しており、受講者も疎らになっていた。
講義の内容など欠片も聞いていなかったが、特に問題はないだろう。出席コードを打ち込んだ時点で、寝ていようがこの場にいなかろうが俺は出席扱いになっている。後は課題を写して提出すれば単位は安泰だ。
「この後は……アルゴリズムか。めんどいな」
「どうせ聞いてても分かんないって。出席登録だけしてどっか行こ」
「……留年しても知らねーぞ」
「うちは金あるから問題無し」
教室を出た俺達は、昼食を取るために食堂へ向かう。食堂らしく値段は安い……が、その味は値段に見合った普通な物だ。もっといい物が食いたい、焼肉とか寿司とかラーメンとか。
券売機から買ったカレーの食券をおばちゃんに渡し、出来上がるまで椅子に座って待つ。
「……彼女欲しい」
「好きに作れば」
「……イケメンには分かんねーよ、俺の気持ちは」
「そーゆうとこでは?」
唐突にそんなことを言い出した友人に俺は素っ気なく答える。俺の顔面が良いのは事実だが、彼も中々だとは思う。
「……やっぱさ、世の中金だと思うのよ」
「何を今更」
「どんなにクソなオッサンでも金さえあれば若い女が寄ってくるんだぜ? パパ活とか援助交際とかでも、女がいるのは事実だ」
「エロ同人の読みすぎ」
「……俺もママ活とか出来ねぇかな? 美人でバリバリのキャリアウーマンだけど、実は寂しがり屋なお姉さんとか!」
「食堂のおばちゃんでよくね」
「……熟女はちょっと」
「熟女って年齢か……?」
スマホを弄りながら目の前の童貞の話を聞き流す。確かに金があれば人生勝ち組なのは間違いないが、現実は難しいだろう。
例えば、金を持っている人間は基本的に忙しいのだ。暇な金持ちなんて聞いたことがない。仮に居たとしても、それは運が天元突破している輩だ。最早あいつらは人間ではない。
「はぁ〜、金……金さえあれば……」
「……今日は5月5日」
「ほう?」
「ゾロ目。行くとこは一つ」
「……軍資金は?」
「5万」
「モーマンタイ。そんだけありゃ充分だな」
おばちゃんの呼び出しを聞き、席を立つ。これから始まる戦いに向け、英気を養わねば。
俺の名前は山田ジュン。ハンドルを握るのが趣味のしがないベーシストだ。
◇
「フヒヒ、ガッポガッポ……」
夜11時。友人と別れた後、俺は至福の気持ちで家路についていた。
今日稼いだ玉は既に換金され、今は財布の中に収まっている。10k投資の8万勝ちだ。超○磁砲で玉を稼ぎ、リ○ロで遊ぶ。この立ち回りで負けたのは、今のところ10回中2回のみだ。
「へへへ、明日も暇だし一日打とうかな」
明日は土曜日。講義もバイトも無い。朝から晩まで打ち続けられる。そう考えるだけで心が踊った。
マンションのエントランスを通り、エレベーターに乗る。大学に入ってから、俺は実家を離れこのマンションに住んでいる。家賃や生活費は貰えるので特に不自由は無い。正直過干渉で鬱陶しい両親だが、金はくれるので特に何も言わないようにしていた。
ポケットから鍵を取り出して玄関の鍵穴に差し込む。ガチャッという音と共に扉が開いた。
「遅いっ! 何時まで遊んでんの!?」
「うおっ!?」
ドアを開けると同時に怒鳴られ、俺は思わず尻もちをつく。先バレのポキューンですら驚くので、この反応は無理もなかった。
ぷんすか怒りながらこちらを睨む金髪の少女に、俺は恐る恐る尋ねる。
「……虹夏」
「ん?」
「か、鍵は……? どうやって入った……?」
「え、合鍵」
彼女の手には俺の部屋のスペアキーがあった。確かに失くした時の為に作ってはいたが、こいつに渡した覚えは無い。引き出しの中に入れてあったはずだが。
「盗人め。それを返せ」
「だってこれ、私のために作ったんじゃないの?」
「違うが?」
「じゃあ、誰のため?」
「失くした時困るから作った。少なくともお前の為じゃない。リョウに渡すならまだしも……」
リョウとは俺の可愛い可愛い妹だ。虹夏はリョウの友人で、昔はよく三人で遊んでいた。あんなに可愛かった虹夏も、今では窃盗、不法侵入のコンボを決めてくるクソガキに成り下がってしまった。お兄ちゃん悲しいよ。
「リョウはダメだよ。かえって仕事が増えちゃうでしょ」
「リョウは可愛いからよし」
「……シスコン」
虹夏はため息をつきつつ、部屋の奥へと消えていく。
彼女は我が家の家事全般を仕切っている(勝手に)ので、おそらく夕飯の支度をしてくれているのだろう。全く出来た子である。
虹夏が消えたのを確認し、俺も靴を脱いで部屋に上がる。そしてそのまま風呂場に直行した。服を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。座りっぱなしで疲れた身体を癒すように温かい湯が心地よかった。
さっぱりしたところで、俺はリビングへと向かう。すると、既にテーブルの上に料理が並べられていた。
今日のメニューは、豚バラと白菜のミルフィーユ鍋に、きんぴらごぼう、味噌汁、ご飯というラインナップだった。どれも美味しそうだ。
「いただきます」
手を合わせて、早速箸を手に取る。まずは味噌汁を飲んだ。
口の中に、味噌と鰹節の風味が広がる。具材は玉ねぎと豆腐。シンプルな味付けだったが、だからこそ素材の味が引き立っていた。
次にメインの豚肉と白菜をつまみ、口に運ぶ。噛み締めると肉汁が溢れ、野菜特有の甘味が感じられた。
要するに虹夏のご飯はめちゃくちゃ美味い。
「……ふふっ」
「どした?」
「相変わらず美味しそうに食べるなーって」
「だって美味しいし」
「えへへ、ありがと」
虹夏はどこか照れ臭そうな顔をしながら言った。
実際、虹夏は良い嫁になると思う。家事万能だし、優しいし、明るい性格をしている。彼女がついていればリョウの人生も安泰だろう。
黙々と食べ進めること数分。あっと言う間に完食してしまった。
「デザートのケーキ買ってあるよ」
「食べる」
食器を片付けると、虹夏は冷蔵庫の中から箱を取り出し、蓋を開ける。中にはイチゴやブルーベリーなど色とりどりのフルーツが乗ったショートケーキが入っていた。
虹夏は慣れた手付きで皿に移し替え、俺の前に差し出す……と見せかけ、俺が受け取ろうとした瞬間皿を引いた。
「このケーキね、駅前で買ったんだ〜」
虹夏は笑顔を浮かべながら言う。急に何の話だろうか。何やら寒気がしてきたがエアコンなどつけていただろうか。
「でね、偶然、たまたま、近くにパチンコ屋さんがあってね〜?」
ぎくっ。
「で、この写真なんだけど」
突きつけられたスマホに表示されていた画像を見て、俺は絶句した。
4万を溶かしパチ屋の前で頭を抱えている友人、その横には天に拳を突き上げている俺。どう見てもダメ人間だ。
いつの間に撮られていたのか。なぜ友人は4万も溶かす前に撤退しなかったのか。謎は尽きない。
そんな俺の疑問を余所に、虹夏は続けた。
「見た感じ今日は勝てたのかな? この後二人で焼肉行ってたもんね?」
その言葉に、冷や汗が流れる。
これはヤバい。非常にヤバい。
「……それが、何か」
「8万」
「あっ」
「貸したお金、まだ返ってきてないんだけど」
ラストチャンスに飢えた爪先が
返す言葉もなかった。確かに借りたものを返さないのは人として最低だ。
だが、それがどうした? 人は常に何かの苦しみの上に立っている。目の前にいるこいつだってその例に漏れない。
というか、こいつは我が家の鍵を盗んだ犯罪者だ。そんな者に払う金など無い。
俺は、クズでいい。いや、それが良い!
「焼肉したとはいえ、後6万は残ってるでしょ? 回収するね」
「財布食べちゃったから無理」
ガシッ。虹夏の両手が、俺の小さい頭を包み込む。そのまま力を込めていき、ギリギリという音を立て始めた。
「あ、ちょ、痛い、痛いです」
「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとお金返そ?」
虹夏は聖母のような微笑みでそう言った。
「ふぁ、ふぁい……」
頭が割れそうだ。俺はこくりと小さく首肯した。