やさぐれ四天王 作:先バレプレミア当たらない
「……ねぇ、田中?」
「あ? なに」
「……あんま無理しなくていいんじゃないの? 顔色悪いけど」
「無理なんかしてねぇし? 禁煙ぐらい余裕よ」
大学の講義が終わった後、我慢の限界が来た俺は田中に対して物申した。
彼は、最近少しいい感じだった女に「タバコ臭い」と言われてフラれてしまったらしい。しかし、転んでもただでは起きないのが田中という男。その女に見合う男になる為に、彼は禁煙を決意したのだ。
そのことに関して文句は無い。なんならタバコを吸わなくなるのは俺もしても有難いのだ。ただ……
「講義中に貧乏揺すりとかペンカチカチするのやめろよ。気になるんだって」
田中の貧乏揺すりは、いつもと比にならないほど酷い。他の学生たちも気付いているようで、チラチラとこちらの様子を窺っている。
「そ、そんなしてるか?」
「してるよ。殴りたくなる程には」
「……すまん。次から気をつける」
田中は素直に謝った。しかしその目はヤニが切れているせいか常にガンギマっている。めちゃくちゃ怖い。
講義の合間によく喫煙所に行っていた癖か、無意識に喫煙所の近くに行ってしまったり、しきりにポケットやカバンに手を入れてガサゴソしてしまうのだとか。最早禁断症状だ。とにかく、田中の禁煙は前途多難だった。
「フラれたんだろ? 何でそんなに頑張るのさ? タバコ受け入れてくれる人なんて沢山いるでしょ」
「……俺は、あの子がいいんだ。あの子に好かれたい」
「うへー」
「あの子は、俺がギター弾いて歌ってる姿がカッコいいって言ってくれた。……それがすげー嬉しかったんだ」
田中は本気だった。ガチでその女に惚れ込んでいるのだ。その本気度合いを垣間見た俺は、なんだか少しだけ応援したくなった。
「……お前にはいつも助けてもらってる。だから、俺も禁煙に協力する」
「協力って、何すんだよ? お前元々タバコ吸わないだろ」
「一人だとつい破ってしまいたくなる。だが、二人ならどうだ?」
「……まさか。馬鹿、そんなことしたらお前が!」
俺も男だ。覚悟は出来ている。
それに、ツインボーカルの片割れ、相棒として田中に一人に辛いことはさせられない。
「……ここに、俺は宣言する。
俺は……
禁パチする!!!」
俺の宣言に、まだ教室に残っていた学生達がざわつき始める。
おい、今のマジか?
あの山田が禁パチ……だと?
あいつからパチカス要素取ったらただのイケメンになっちまうじゃねーか!
田中は震える手で俺の肩を掴む。その瞳には涙が浮かんでいた。
「いいのか山田……!? お前、絶対に後悔するぞ!?」
「田中、お前には負けてらんないんだよ。まずは一ヶ月、絶対に達成するぞ。男の約束だ」
かくして、俺達はそれぞれの戦いへと身を投じることになった。
田中は禁煙、俺は禁パチ。道のりは険しく、過酷な戦いとなるだろう。しかし、孤独では無い。俺達ならきっと出来るはずだ。そう信じて……
◇
最初は順調かと思われた禁パチ。しかし、二週間目に突入した辺りから俺は思い知らされたのだ。禁パチなどそう軽々しく出来るものではなかったということを。
「ちょっ、ねぇジュン何してんの!?」
「ポキュンポキュンキュインキュインブルブルブルブル」
「言動も怖いけど取り敢えず電柱から手を離して〜!」
頭の中を飛び交うパチンコ特有の頭の悪い音。せっかく動画サイトのオススメからもパチンコ関連を消し去ったというのに、これでは意味が無いではないか。
俺は溢れ出んとする煩悩を鎮めるべく、電柱に頭を打ち付けていた。
虹夏の怪力によって、俺の身体は瞬く間に引き剥がされる。
「一体どうしちゃったの!? なんか最近変だよ!?」
「変じゃない。俺はまともだ、まともになったんだ!」
「絶対まともじゃないって! 取り敢えず落ち着かせないと……!」
虹夏は素早い動きで俺の襟を掴み、頸動脈を圧迫してくる。脳に酸素が回らなくなり、すぐ俺の意識は昏倒した。
「スマパチS○O稼働中! 絶対打ってみろおもれーからァ! ……ん、あれ?」
特大の寝言と共に目が覚めると、そこはベッドの上。俺の部屋ではない。ならばここは……
「どんだけデカい寝言だよ。近所迷惑だろうが」
「……星歌さん?」
ジャージ姿の星歌さんがやってきて、俺の頭をチョップしてくる。俺はまだ意識がはっきりしなくて、呆然と星歌さんを見つめた。
そういえば何で俺はこの伊地知家にいるんだ? 確か大学を出ていつも通りの帰路についていたはずだが……パチ屋の前を通った辺りからの記憶が無い。
俺はふらつきながらベッドから起き上がる。
「ほら、これ飲め」
星歌さんは俺の身体を支えると、ポカリを手渡してくれる。俺がそれを一気に半分ほど飲むと、ようやく頭が回り始めた。
「俺、何でここに?」
「虹夏から聞いた限りじゃ、お前が電柱に頭打ち付けてたから絞め落として連れてきたって」
「あいつ柔道とかやってないですよね? 何で絞め技使えんの……」
最近、虹夏の戦闘力がどんどん増していってる気がする。一体どこを目指しているのか。
俺はベッドの脇に置いてあったスマホを手に取る。時刻は既に二十一時を回っていた。結構な時間気絶していたようだ。
「飯は?」
「いただきます」
「なら先に風呂入ってこい。沸かしてあるから」
「ありがとうございます」
俺は風呂場へ向かい、服を脱ぎ捨てる。シャワーで身体を一通り洗った後、熱い湯に身体を浸した。
「はぁー……生き返る」
いつも一人で生活している時はシャワーだけで済ませてしまうから、たまにはゆっくり風呂に浸かるのも悪くない。そんなことを考えながら、俺は最近のことを思い出していた。
現れ始める禁断症状、身の入らないバンド練習、日に日にやつれていく俺達。
「……しんどい」
このままじゃ、いつか致命的なミスをしてしまう。しかし、約束も大事なのだ。あと二週間、俺が耐え切ればいいだけのこと。それだけのことがとても遠く感じる。
俺は風呂から上がりタオルで身体を拭く。伊地知家に置いてあった俺のジャージを着ると、リビングに向かった。
キッチンで料理をしていた虹夏が、俺に気付いて顔を上げる。
「あっ、ジュン。具合は大丈夫そう?」
「大丈夫」
「なら良かった。もうすぐご飯できるから、座ってて」
俺は虹夏の言葉通り、食卓の椅子に腰掛ける。しばらくすると、彼女はテーブルに皿を運んできた。今日の夕飯はカレーだ。
「あれ、星歌さんは?」
「コンビニ行ってくるって。先食べてていいってさ」
「そっか。いただきます」
「どうぞー」
俺はスプーンでカレーを口に運ぶ。甘口だが、野菜の旨味がしっかりと感じられる。流石は虹夏だ。
俺があっという間にカレーを平らげると、虹夏は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、美味しかった?」
「うん。おかわりいい?」
「まだあるからいっぱい食べて」
お言葉に甘え、俺は二杯目を皿に盛り付けると、再び食べ始める。そんな俺の様子を、彼女は頬杖をつきながらニコニコしながら眺めていた。
「元気出たみたいで良かった」
「……悪い、心配かけた」
「ほんとだよ。いきなり電柱に頭打ち付け出すから、本気でビビっちゃった」
「俺はお前に締められたという事実にビビっちゃった」
「し、仕方ないじゃん! あの時はホント焦っちゃってて……」
虹夏はバツが悪そうに目を逸らす。今回は完全に俺の自業自得だから何も言えないけど。
しかし、彼女の料理で元気を取り戻すとは、俺も大概チョロい男だ。いや、虹夏だからか? ……田中じゃあるまいし、流石に今のはキモすぎるな。
俺が一人自己嫌悪に陥っていると、不意に彼女が口を開く。
「ねぇ、ジュンは何をそんなに無理してるの?」
「……別に」
「私には言えないことなの?」
寂しそうな眼差しを向けられると、心が痛む。でも、本当のことなんて言えやしなかった。だって禁パチのこと言ったら未来永劫パチンコ出来ないようにされそうだから。
「人には言えないことの一つや二つ、ある」
俺がそう言うと、虹夏は何か考え込むように黙ってしまう。そして、意を決したように顔を上げた。
「……わかった、もう聞かない」
「うん、そうしてくれると助かる」
「でも、これだけは覚えておいて」
彼女は俺の手を握ると、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「私、ジュンが辛い時は力になりたいから。……それだけは忘れないで」
「……分かってるよ」
虹夏は手を離して食器を片付け始める。俺はそんな彼女の背中を見ながら、小さく呟いた。
「……それって財布になるってことでおけ?」
ケッ……ケ……ケ、ケムリを吸わせろォォォォ!!