無職世界に来たレグルス・コルニアス(偽)   作:優雅ながらも不利飛車を蛇蝎の如く嫌う老人

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ブエナ村

 その村を見つけたころには僕はもうヘトヘトだった。あれだけ高かった日も、今や沈みかけている。レグルスの身体の貧弱さからか、膝がすこぶる痛い。

 また、ここまで飲まず食わずでやってきたのだ。お腹も減ったし、喉も乾いた。

 

 村の中に入ると、すぐに村人達が近寄ってきた。外から人間がやってくるのがあまりないらしく、物珍しそうにこちらを見つめる。

 彼らから話を聞くと、どうやらこの村はブエナ村というらしい。ブエナ村......リゼロでそんな村はなかったように思う。

 

 僕は彼らに食料がなく、帰る場所がないことを伝えた。そして、今晩だけでもどこかに泊まらせてもらえないかと頼んだ。

 村人達は、僕のことを警戒したのかあまり乗り気ではないようだった。当たり前だろう。自分が村人でも、ここが何処かも分からず、さながら神父のような服を着た人間など、自身の家に泊まらせたくはない。怪しすぎる。

 

 僕がもう諦めかけていた時、騒ぎを聞きつけてきたのか、剣を持った男性がこちらに駆け寄ってきた。そして、村人から話を聞いて事情を知った彼は、僕に向かって言った。俺の家に来ないか、と。

 

 

 

 僕にそう言ってくれた男性はパウロ・グレイラットと名乗った。なんでも、この村一番の剣士なんだとか。確かに、彼の肉体が鍛え上げられたものであるということは、服越しにも伝わってくる。

 

「んで、お前!名前はなんて言ったっけ?」

「レグルス・コルニアスです。レグルスと呼んでください。この度は、家に泊めていただき、本当にありがとうございます。」

「いいってことよ!しかしレグルス、お前も大変だったな。記憶喪失で気づいたら草原の中にいたんだろ?」

 

 僕は、彼には記憶喪失で何故ここにいるのか、ここがどこか分からないと伝えている。正直に言ってしまうと、あの悪名高い強欲ということで恐れられてしまうと思ったからだ。一応、どうしてこんな所にいるのか分からないというのは嘘ではないし。

 

 しかし、今になって考えてみるとレグルスと名乗るのはリスクが高かったかもしれない。

 確かに"強欲"という名は多くの人々に知られているが、本名のレグルス・コルニアスはあまり知られていなかった。けれど、レグルス自身も名乗りをあげるときに「魔女教大罪司教強欲担当。レグルス・コルニアス」と、しっかり本名を言ってしまっている為、バレるリスクはゼロではない。

 まあ、今から偽名を使いだすのも不自然だ。諦めてこのままいくことにするが。

 

「そうですね...。でも、ここまで来るのに、危ない魔物などに遭遇することがなかったのは不幸中の幸いでした。」

「まあ、この辺りは比較的安全な地域だからな。ベガリット大陸とか魔大陸で目覚めたら、相当不味いことになってただろうな。」

 

 ベガリット大陸...?魔大陸...?両方とも聞いたことのない場所だ。

 そもそもとして、僕の記憶では、リゼロ世界は一つの大陸しかなかった筈。だから、大陸の名前が二つも挙がる筈がないと思うのだが。僕が知らないだけで他の大陸というのもあったのだろうか。

 

「ほら、着いたぞ!ここが我が家だ。」

 

 パウロさんに言われて顔を上げると、そこには立派な家があった。ここまで来る途中、何軒も家を見てきたが、その中でも一番大きかった。

 そして家の庭には、明るい茶色の子供と、青髪の少女がいた。

 

「ルディ、ロキシー!帰ったぞ!」

「父様、お帰りなさい!あの、その方は一体?」

 

 明るい茶色の子―――ルディ君はそう言った。父様と言っているので、ルディ君とパウロさんは親子だったらしい。確かに、パウロさんと雰囲気が似ている。

 

「ああ、この子は記憶喪失らしくてな。我が家に泊めてやろうって話になったんだ。」

「初めまして、ルディ君。僕はレグルス・コルニアスだよ。色々と迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 驚いた。ルディ君は見た感じ、3歳ぐらいだ。にも拘らず、僕に対して礼儀正しく、また理性的に接してきたのだ。

 ふと横を見ると、ルディ君の利発さを驚く僕を見て、パウロさんが誇らしげな表情を浮かべていた。

 

 その後、パウロさんは「客人が来たってこと、説明してくる」と言い、ルディ君も「僕も母様とリーリャに伝えてきます!」と家の中に入っていった。

 

 二人が居なくなったので、当然僕と青髪の子―――ロキシーさんだけが外に残される形となった。

 

「先ほど聞いたかもしれませんが、レグルス・コルニアスです。よろしくお願いします。」

「そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。私は、この家の住人ではないですから。」

 

 話を聞けば、どうやらロキシーさんはルディ君の魔法の先生らしい。そして、泊まり込みで魔法を教えているので、僕と同じく居候のようなものらしい。

 ルディ君が一対一で魔法を教わっていることも驚きだが、なによりロキシーさんが魔法の先生だということに驚いた。ロキシーさんはお世辞にも魔法の先生が出来るほど大人ではないように感じたからだ。そのことを気になって質問してみる。

 

「失礼ですが、ロキシーさんは何歳なんですか?」

「...少なくとも、15歳くらいのあなたよりは年上ですよ。」

 

 僕が彼女に対して、魔法の先生にしては小さいと思っていたのを察したのだろう。彼女は露骨にムッとした表情を浮かべた。

 あまり言われたくなかったことなのかもしれない。

 

 そこで、僕はようやく彼女が人間以外の種族である可能性があることに気づいた。耳も尖っておらず、見た目が完全に人間であるために油断していた。

 

「不快な気持ちにさせてしまい、すいません。もしかして、ロキシーさんは異種族の方なのでしょうか?」

「人族から見れば、異種族ですね。私は魔大陸ビエゴヤ地方出身のミグルド族です。」

 

 また聞いたことのない単語が出てきた。ビエゴヤ地方もミグルド族も初耳である。知らない情報が多すぎて、本当にリゼロ世界なのか疑わしくなるほどである。

 

 よく分かっていないというのが顔に出ていたのだろう。彼女は簡単にミグルド族について説明してくれた。

 簡単にまとめると、ミグルト族とは青い髪が特徴の種族で、寿命は平均200歳ほどらしい。また、10歳から150歳ほどまでは、容姿が変わらないんだとか。

 僕は青髪の人、見た目が幼くても年齢をとっている可能性ありということを心に刻んだ。

 

「そういえば、あなたは記憶喪失なんでしたね。それなら私のことを見て驚くのも無理はないのかもしれませんね。」

 

 そう言って、彼女はムッとしていた表情を解いた。

 良かった。これで、初対面でいきなり失礼なことを言ってきた人間だという印象は回避できそうだ。

 僕のことをあまりよく思っていない人間との生活なんて、居心地が悪い物になるのは確かだろう。

 

 ロキシーさんと話していると、中々家の中に入ってこない僕達を呼びに来たのか、ルディ君が家の中から出てきた。

 そして少し不機嫌そうな表情で、強引に手を引かれて家の中に連れられた。多分自分の魔法の先生と長いこと話していたため、取られてしまうのかと思ったのだろう。年齢に見合わぬ利発な子だが、やっぱり子供なんだなと笑みがこぼれた。

 

 家の中に入ると、空腹を刺激するいい香りが漂ってきた。

 匂いを辿ると、赤髪の女性が料理を配膳している最中だった。聞けば、丁度夕ご飯時だったようで、彼女が僕の分まで作ってくれたらしい。久しぶりにご飯が食べられるということでテンションが上がる。

 

 そうして配膳も終わり、パウロさんの号令により夕食が始まった。

 

 

 

 食卓を囲むのは、僕、パウロさん、ルディ君、ロキシーさん、そしてゼニスさんだ。

 ゼニスさんは、パウロさんの奥さんで、ルディ君のお母さんだ。目元なんかは親子でそっくりで、目の色は両者とも淡い黄緑色をしていた。

 

 さっき料理を配膳していた赤髪の女性はリーリャさんで、この家の住み込みでメイドをしているらしい。

 彼女は、メイドだからか食卓には座らないようだ。今も姿勢を伸ばして後ろに立っている。

 

「パウロから話は聞いたわ。記憶喪失なんだってね。大変だったでしょう?」

「いえいえ、そんなことはありません...と言いたいところですが、今にも倒れそうなぐらいヘトヘトで、正直この村を見つけられていなかったら野垂れ死んでいたかもしれませんね。こんなにおいしいご飯を食べさせてもらい、本当にありがとうございます。」

「お客様のお口にあったようで何よりです。」

 

 さて、少しお腹が膨らんだ所で先ほどから気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「そういえば、ここはなんという国の領地なんですか?」

 

 ルグニカとヴォラキアとカララギとグステコ。リゼロ世界にはこれら4つの国がある。

 個人的には、序盤の物語の舞台であったルグニカであってほしい。理由は単純で、既にある程度知っている土地の方が生存できそうだからだ。

 しかし、返ってきたのはルグニカでもヴォラキアでもカララギでもグステコでもなかった。

 

「アスラ王国です。ここフィットア領はアスラ王国に属しています。」

「え...?」

 

 まさかの第五の選択肢。アスラ王国という聞いたこともない国だった。

 

「えっと、そのアスラ王国というのは何か他の国の別名だったりしますか...?」

「いや、そんなことはないと思うぞ。正真正銘アスラ王国だ。」

 

 その回答に僕はますます混乱する。別名でもないとすると、僕は今何処にいるんだ...?

 焦った僕は自身が記憶喪失であるという設定を忘れて問いかけた。

 

「ルグニカは?ヴォラキアは?カララギやグステコは知っていますか!?」

「うーん。全部知らないですね。ロキシー先生は何か知っていますか?」

「私も知らないですね。聞いた感じ地名のようですが、五大大陸にそのような場所は存在しなかったかと。」

 

「ルグニカを滅ぼしかけたとされる、嫉妬の魔女の存在は!?」

「だから、知らねぇって。お前、いきなりそんな取り乱した様子になってどうしたんだ?」

 

 ...その返答を聞いてやっと理解した。

 どうして、僕は今まで勘違いしていたのだろう。気づくヒントなんていくらでもあったのに。

 

 ここはリゼロ世界なんかじゃない。

 正真正銘の異世界だ。

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