無職世界に来たレグルス・コルニアス(偽) 作:優雅ながらも不利飛車を蛇蝎の如く嫌う老人
意味が分からない。前提として、権能の練度が上がってもやっとレグルスと条件が同じになるだけだ。つまり、本来の身体の持ち主たるレグルスが越えられなかった5秒の壁を越えられる筈がない。
権能を使うことで身体が強くなった?いいや、一日練習しただけで体が強くなるわけがない。僕は何処ぞの戦闘民族ではなく、普通の人間なのだ。
考えに行き詰った僕は、パウロさんに聞いてみた。丁度、隣で剣を振っていたからだ。
そして返ってきた答えがこれ。
「何がおかしいんだ?鍛えれば身体が強くなるから普通なんじゃないのか?」
僕は聞く相手を間違えたのかもしれない。
僕が普通の人族(この世界では人間のことを人族というらしい)だと言っても、「人族だろうがそうじゃなかろうが、関係ないだろ。鍛錬ってのは等しく自分のもとに結果として返ってくる。こんな風にな」と言って、彼は木刀で地面に転がっていた岩を粉砕した。聞けば魔法も何も使ってないのにこれらしい。この世界の人間はこんなのばかりなのだろうか。僕は遠い目をした。
そんな諦めかけていた僕に助けをくれたのはロキシーさんだった。
「レグルスさんが、5秒の壁を越えられた理由。それは、闘気を纏えるようになったからではないでしょうか。」
詳しく聞くと、どうやらこの世界には魔法の他に闘気という力があるらしい。それは、自身の魔力を使って身体能力を著しく上げる技術で、パウロさんが岩を切ることが出来たのもこの闘気のお陰らしい。
「でも、僕の身体には魔力がないんじゃないですか?」
僕がこの世界に来てから何度か、この世界における魔法を使おうとした。しかし結果は惨敗。いくら詠唱しても魔法が放たれることはなかった。勿論、リゼロ世界での魔法も一通り試してみたが結果は同じだった。
ちなみにその時、ルディ君とロキシーさんは揃ってウォータボールを手の上で浮かせて僕にドヤァ...という顔を向けていた。解せぬ。
「...考えられるのは、魔力は持っているけれど何らかの理由で魔法を発動できないという可能性ですね。」
「.....ゲートか!」
リゼロではゲートと呼ばれる場所から、マナを外界に放出することによって魔法を行使する。そのため、ゲートが故障すれば魔法を外に放つことができない。僕は自身がこのような状態になっていると推測を建てた。
もっとも、この世界に来たことでゲート異常が起こったのか、それとも元々レグルスがそのような体質だったのかは分からないが。
そのような推測をしたのには理由がある。それは、リゼロのラインハルトと僕の状態が非常に似ているためだ。
彼は体内のマナをゲートを使って体外へと放出できない体質だった。にも拘らず彼は、体内のマナを身体能力の向上に使うことによって高い戦闘能力を得ていた。そのことから、彼の"体内のマナを身体能力に変換する技術"というのがこの世界で言うところの"闘気"なのではないかと考えた。
彼と同じように僕も何らかの理由からゲートが使えないため外界に放出する魔法は使えない。しかし、彼と同じように体内のマナをそのまま使うことによってゲートを使わずに闘気を使うことが出来るのではということだ。
「なるほど...ゲートというものを使って魔法を使う、ですか。とても興味深いですね。体内を調べれば異世界の魔法について分かるかもしれません。」
ロキシーさんは少しだけ興奮した様子でそんなことを言った。しかし、僕は丁重にお断りする。椅子に縛り付けられてヤバイ研究をさせられている自身の姿が頭によぎったからだ。ロキシーさんを信じていないわけではないが、如何せんこの世界の常識が分からない。魔法ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデースみたいなマッドな考え方が主流なのかもしれないのだ。
「そうですか...」とがっくり肩を落とすロキシーさん。心が痛いが仕方がない。僕の生存がかかっているのだ。
「先生!闘気ってどうやったら使えるんですか?」
いつの間にか現れたルディ君がビシッと手を上げて聞く。
話を聞けば、パウロさんから剣術を教わってもあまり強くなった実感がわかず、行き詰っていたらしい。パウロさんに詳しく聞いても僕と同じように具体的な解決策が返ってこず困っていたところ、丁度この話が出たというわけだ。
「実は、わたしも詳しいやり方は知らなくて...闘気は旅先で名前だけ聞いたことがあるってぐらいでして。すみません。」
「いやいや、先生が謝る必要はないですよ!むしろ剣士なのに闘気について全く分からない父様がいけないんです!」
唐突に矛を向けられるパウロさん。可哀想に。
パウロさんで思い出したが、さっきパウロさんとゼニスさんに僕の準備が整うまで家にいてもいいと言ってもらえた。メイドさんを一人雇える程度には裕福だから気にしないでとのことだった。この二人には本当に頭が上がらないな。
夕食を食べた後、この世界の人間語と呼ばれている言語についての勉強をする。
というのも僕は人間語で会話できても、文字が全く読めなかったためだ。原作初期のスバルみたいな状態だ。
ちなみに感覚としては、日本語で話しているという感じではなく、日本語ではない、けれど良く知っている言語で話しているといった感じだ。リゼロの使われている言語と人間語の発音が一緒なのかもしれない。それならレグルスの身体を乗っ取っている僕が話せる理由になる。
しかし、人間語以外は発音すらも分からなかった。ロキシーさんが魔神語(魔大陸という場所で使われている言語)で話してくれたがまるでちんぷんかんぷんだったのだ。もしかしたらと期待したが、そうはうまくいかない。まあ、僕は此処中央大陸から出る気は全くないので全然いいのだが。
「ここはこの文字で合っているかな?」
「合っていますよ!そして、ここは上に楕円で下に十字架みたいな...ああ、それです!」
現在は、ルディ君がマンツーマンとなって教えてくれている。彼の教え方は非常にうまい。分かりやすくて、スルスルと入ってくる。多分、言語化が上手いんだと思う。こういう場合は、この文字が出てきて...みたいな感じで教えてくれる。
「ルディ君は凄いね。その歳でこんなに教えるのが上手いなんて。将来、先生になれるよ。」
「いやいや、僕なんてまだまだですよ。今もロキシー先生に魔神語を教えてもらっていますが、中々上手くいってないし...」
そう言って肩を落とすルディ君。
たった一つの言語で四苦八苦している僕からすれば、その歳で2言語目に手を付けているルディ君は尊敬を通り越して畏怖すら抱くほどなのだが。僕が3、4歳ぐらいの時は積み木を積んで遊んでいたぞ。これが異世界クオリティの子供なのか...?
僕らを部屋の暖炉の炎が照らす。部屋の灯り兼暖を取る役割で焚かれている。昼間はそこそこ暖かかったが、日が落ちると肌寒い。日本の気温で例えると、10月下旬ぐらいだろうか。尤も、この世界に日本のように四季があるかは分からないけれど。
「そういえば、何処かで多言語を勉強するときには日記が効果的って聞いたことがあります。レグルスさんも書いてみてはどうですか?僕も手伝いますよ。」
ふとルディ君が顔を上げて言った。確かに僕も似たようなことを聞いたことがある。文字の読み書きができない僕にとってはいい練習になるだろう。
「ありがとう。それじゃあ、頼んでいいかな?」
「はい!」
ε月Δ日
昨日ルディ君に言われた通り人間語で日記を書くことにする。まだ人間語が拙いので人に見せられたものではないが......誰にも見せないだろうし、まあいいか。
今日も権能の特訓をした。備えあれば患いなしということで、何か起きても対応できるように...という理由もあるが何より、鍛えれば鍛えるほど自分が強くなることにワクワクしたためだ。
僕自身、筋トレをやっていたことがあるがワクワク感はアレの比ではない。回数をこなすことにより確実に秒数が長くなるので、目に見えて強くなっているという実感を得ることが出来た。
ちなみに、回復魔法はルディ君とロキシーさんで交代でかけてもらっていた。しかし、途中でロキシーさんの魔力が尽きてしまって、それからはルディ君一人で回復をしてくれた。自身の生徒に魔力量で負けたロキシーさんの落ち込む顔と、先生に勝ったルディ君のドヤ顔が印象に残っている。
そして今日の特訓の成果。昨日は権能最大時間7秒だったが、今日は12秒まで伸びた。一日権能を使用し続けて+5秒。結構いいんじゃないだろうか。
あと、権能について気づいたことがある。それは、権能を使用した時間によって指数関数的に解除した時の疲労感が増えるということだ。比例ではなく指数関数的にだ。
1秒間の使用ぐらいなら10秒ほどクールタイムを設ければ再度使用できるぐらいまで回復する。しかし限界の12秒間使用すると、回復するまでのクールタイムは12×10の120秒になるのではなく、2,3時間ほどまで急増するのだ。
そのため、実質限界まで使用するとなると回復魔法が必須といえるだろう。自分一人で権能を使用する際は約1秒間の使用が限界となるか。
また、それと並行して人間語の勉強も進めている。こっちは、権能の方と比べればそこまで成果は上げられていない。しかし、権能の方が上手くいき過ぎているだけで、十分順調といえるだろう。
ε月#日
権能の最大使用可能時間が15秒まで伸びた。昨日と比較して+3秒。少しずつ伸びが悪くなっているか。
もっと時間を伸ばそうとすると、今以上に特訓しなければならないが、忘れてはいけないのがロキシーさんやルディ君に手伝ってもらいながら特訓しているということだ。これ以上僕の為に拘束させてしまうなんてことはできないのだ。
あと、パウロさんと二人で話す機会があり、お互いの過去を語り合った。
といっても、僕が過去話として話せるようなことはほとんど何もなかったけど。レグルスの過去は屑過ぎて話せないし、僕自身の過去も彼らには隠しているからだ。
パウロさんの過去は......うん、色々と凄かった。一緒に過ごすうちになんとなくは察していたけど、それでも色々と凄い人だった。まあ、ちょっと前まで日本に住んでいた僕からしたらそう思うだけで、この世界からすれば全然なんてことはないのかもしれない。そう思ったけど、たまたま近くにいたロキシーさんが彼に、虫けらを見るような目を向けていたのを見て考えを改めた。この人やっぱりアレだ。
ちなみに、彼はゼニスさんに引きずられて家の中に連れていかれた。
ε月*日
原作レグルスがやっていた高速移動を試してみることにした。家の庭では流石に無理なので、馬に乗って村の外に行ってやってみる。この時僕は原作レグルスがやっていたことだし自分でもできるだろうと思っていた。
しかし結論から言うと、全くできなかった。そもそもどうやったら高速移動できるかが分からない。
原作では、権能の使用中はあらゆる物理法則から解き放たれるため高速移動ができるとあったが、いくら自分に権能を使っても高速移動はできない。僕が発生させた風の刃はすごいスピードで飛ばすことが出来るのだが。刃と僕では何が違うのだろうか。今後の課題だ。
あと、ペルギウスの伝説という本を読んだ。勿論、ルディ君の補助ありだが。
内容としては、万人受けしやすいバトル小説と言ったところか。変に尖っておらず、普通に面白かった。
しかし、この世界は印刷技術が発展していないため本が高価らしいので、あまり読めないとのこと。前世では日常的に本を読む生活をしていたため、結構ショックだ。自宅の本棚を何とかしてここに持ってこれないだろうか。
ε月@日
ロキシーさんから風の刃を自身に当てて、それを推進力にしてはどうかというアドバイスを受けたので早速やってみた。
結果は失敗。確かに一瞬は高速移動ができるのだが、すぐに前方からの空気抵抗を受けてバランスが崩れ宙に放り投げられた。痛みは全くないのだが、視界がぐわんぐわんと揺れて死ぬかと思った。というか走馬灯らしきものも見えた。途中で権能を使うのをやめていたら、確実に僕は今頃原作のレグルスのように肉塊と化していただろう。
しかし生き残ったのは良いが、成果は得られなかった。
解決するには風の刃と僕とは何が違うのかを考える必要があるのかもしれない。
あと変わったことと言えば、僕が村の中を散歩する時にルディ君がついてきたことだろうか。
これまでは誘ってもついてくることは無かったが、今回は笑顔でついてきてくれた。彼は好奇心旺盛な子なので村の様子が気になったのだろうか。いつもより新鮮な気持ちで散歩が出来て楽しかった。
ε月~日
今日は村に出た魔物を使って実験をした。その内容としては、魔物に対して権能を使って高速移動させることが出来るかを試すというものだ。
というのも、生物か生物以外かで高速移動できるかどうかが決まっているのではという仮説を確かめたかったためだ。
結果としては魔物を高速移動させることは出来なかった。つまり、仮説通りである可能性が高いということだ。一歩前進だ。
しかし、原因が分かったはいいものの、肝心のどうやって高速移動するのかがいまだに分からないままだ。原作のレグルスが出来ていたから、僕に出来ないというのはないと思うのだけど。難しい。
あとは、ルディ君に闘気を使うコツを聞かれた。しかし、僕自身闘気を使っているという実感がないため何も答えられなかった。
その後、彼は内なる力を感じると言い、何時間も座禅を組んでいた。しかし、成果は出なかったようで肩を落としていた。僕が伝えられれば良かったんだけど...と少し悪い気持ちになった。
ε月;日
ルディ君が女性物の下着に向かって「神よ...」と祈っていた。日本語で。
Q いつの間にルーデウスって家の外に出られるようになったの?
A レグルスが村の外に行く時にロキシーに連れていかれた。
Q 闘気の成長早すぎね?
A 権能を使う感覚と闘気を使う感覚が非常に似ている為、権能を鍛えれば鍛えるほど闘気も鍛えられるから。
あと、心臓を闘気で強くするのは得意だけどそれ以外は全然使いこなせていない。そのため身体能力は一般人と変わらない。
Q ロキシーって闘気知ってるの?
A 旅先で聞いたことあって、知っててもおかしくない筈...