無職世界に来たレグルス・コルニアス(偽)   作:優雅ながらも不利飛車を蛇蝎の如く嫌う老人

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同郷の仲間

 僕は開けた扉の前で立ち尽くした。

 明らかに異様な光景だった。4歳児が下着に対して祈っている。それも結構ガチな感じで。

 確かに、ノックもせずに部屋に入った僕にも責任があるのかもしれない。しかし、まさかこんなことをしているなんて予想できないじゃないか。

 

 僕はすぐさま撤退の選択肢を取った。要するに、見なかったことにしようという魂胆だ。

 しかし、そこで不運が起こった。扉をそうっと、音を出さないように閉めようとした際、「ギギギ……」と音が出たのだ。

 扉を閉める途中の間抜けな体勢の僕と顔から表情が消えたルディ君の目が合う。

 

 彼はこちらに手を向けた。

 

「…………バレてしまっては仕方ない!『ウォーター……」

「早まらないで!このことは誰にも言わないって!」

 

 急にこちらに魔術を発射しようとしてきたので慌てて止める。

 彼の魔術の威力はこの数日間で嫌というほど知っている。あんなものをまともに受けては冗談抜きで死んでしまう。

 

「本当に?ロキシー先生に言わないですか?」

「言わないから、こちらに向けているその手を下ろしてほしいな。」

 

 僕の決死の説得が効いたのか、彼はゆっくりと手を下ろした。

 そこでやっと場の空気が弛緩する。そして沈黙が流れる。

 

 そんな中、僕は視線をロキシーさんの下着の方に向ける。これ、どうするんだろうか。

 

「…………あげませんよ。」

「欲しがってないよ!そうじゃなくて、これどうするのかなってさ。バレないように返すのって難しくないかって思ったんだよ。」

 

 僕の視線の意味を勘違いしたルディ君に弁明しておく。

 僕がそんなに欲しがっているように見えたのだろうか。心外だ。 

 

「御神体を返せというんですか!なんと罰当たりな!」

 

 何故か彼は声を荒げてそんなことを言う。

 罰当たりなのはどっちだと言いたい気持ちをぐっとこらえる。

 

「御神体はこうやって大切に保管しておきます。誰にも侵されないようにね。」

 

 納得いっていない僕の傍らで彼はベッドの下から木箱を取り出す。

 そして、慎重に丁寧にその中に御神体をしまい込んだ。

 僕はその光景を遠い目で眺めているだけだった。

 

「…………。」

 

 また、僕達の中で沈黙が流れる。

 僕は彼にいろいろと聞きたいことはあった。何故盗んだのかとか、何故ロキシーさんを神のように崇めているのかとか。

 しかし、それよりも聞きたいこと、いや聞かなければならないことがあった。

 

「ルディ君。君、日本人なの?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼の顔が分かりやすく引きつった。

 

「………………何故それを?」

「さっき御神体?に対して日本語で祈っていたからだよ。まさか気づいてなかったの?」

「……………………神に祈るあまり母国語がでてしまったようですね。」

 

 彼はヤレヤレと肩をすくめてそう言った。

 何故神に祈る時に母国語が出るのかというツッコミはさておき、彼は今日本語のことを母国語と言っていた。

 つまり、僕と同じで日本人ということだ。

 

「……それに気づくということは、あなたも日本人ってことですよね?」

「そうだね。同郷の者同士よろしくね。」

 

 僕は彼に対して握手をしようと手を差し出す。

 しかし、彼はじっと見つめるだけで手を取らなかった。僕だけが手を上げているという奇妙な状況となる。

 

「………レグルスさんは嘘をついていたのですか?」

 

 そこで、僕はようやく彼に自身のことをきちんと説明していないことに気が付いた。

 握手を返さなかったのも僕への不信感からなのだろう。僕は丁寧に、できるだけ誠実に状況を話した。

 

 日本に住んでいたが、気づいたら草原の中だったこと。

 自分が本の登場人物であるレグルスになっていたこと。

 本の登場人物に成り代わるなんて信憑性がないと思い、嘘をついていたこと。

 それら全てを話した。

 

「…………なるほど…」

 

 話し終えた後、ルディ君は納得がいった様子だった。

 少しは疑われると思っていたので、肩透かしを食らう。

 

「信じてくれるんだね。ちょっとは疑われると思ってたんだけど。」

「日本にいたころの僕だったら絶対に信じないでしょうね。でも、僕も異世界に転生とかいうファンタジーを経験した人間だから、頭ごなしに否定はできませんよ。

 それに、ここで僕に嘘をついてレグルスさんにメリットがあるとは思えませんし。」

 

 彼は冷静に、論理的に納得していた。

 ここで僕を嘘をつくような人間だと信用しているからとは言わずに、メリットデメリットで判断するところが彼らしい。

 

「ただ、レグルスというキャラは聞き覚えがありませんね。リゼロという作品も。これでも、サブカルチャーに対しては人よりも結構自信があったんですけどね。」

「うーん……。リゼロっていう作品自体、結構有名だったんだけどな。この前二期も放送して、3期も最近決まってたし。」

「……えっと、レグルスさんがいたころの日本って西暦何年だったんですか?」

 

 僕が日本にいたころの西暦を答えると、ルディ君が納得したような表情を浮かべた。

 

「僕が転生した10年以上後ですね。道理で知らないわけです。」

「なるほど……」

 

 時間が大きく歪んでいる。

 僕と彼が転生した時期には10年以上もの差があるのに、こちらの世界に来たのは4年ほどしか変わらない。

 もしかすれば、元居た世界の1分1秒と、こちらの世界の1分1秒では違うのかもしれない。

 ウラシマ効果みたいなものだろうか?ちょっと違う気もするが。

 

「…………」

 

 ふと視線を上げると、ルディ君がちらちらとこちらの顔を窺っていた。

 僕の顔に何かついているのだろうか。

 

「どうしたの?」

「……レグルスさんは前世の話とか聞かないのかなって思いまして。」

 

 彼は恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

 その様子から、彼も僕と同じで前世で色々あった人間なんだろうとなんとなく察した。だから聞かれないことを不思議に思い、恐れながらも聞いたのかもしれない。

 僕は努めて何でもないといった風に言った。

 

「いやさ、恥ずかしい話、僕も前世についてはあんまり語りたくなくてさ。それで、君に聞いてしまったら僕も言わざるを得なくなるから聞かなかったってだけだよ。」

「…………!そうなんですか!僕と一緒ですね!」

 

 僕の予想はあっていたらしい。

 ルディ君は強張っていた顔を解き、笑みを見せた。

 

「しかし、レグルスさんの能力ってハッキリ言って、強すぎません?理論上どんな硬い敵でも一撃じゃないですか」

 

 今度は彼は不貞腐れた様子になった。

 大方、僕の権能と自身の魔術とを比べて劣等感を感じたのだろう。もしくは、同じ転生者なのに僕に置いて行かれていると思い焦りを感じたのかもしれない。

 ここで肯定してしまっては、彼はやる気をなくしてしまう可能性がある。彼は僕なんか比べるまでもないくらい努力している。魔術に剣術に言語だってそうだ。そんな彼の努力に水を差すようなことはしたくはない。ここはフォローすべきか。

 まあ、そもそもとして、ルディ君の魔術が僕の権能にまるっきり劣っているなんて思わないのでフォローというよりもただの僕の本心なのだが。

 

「それを言うなら、ルディ君の方が強すぎない?なんだよ、無詠唱魔術って。その才能、ちょっとは僕に分けてほしいよ。」

「でも、僕が魔術を使ってもレグルスさんには逆立ちしても勝てませんよ。」

「確かに、向き合ってよーい始めで戦ったらそうかもしれないね。でもさ、戦いってそれだけじゃないよね?」

 

 僕はルディ君が座っているベッドの隣に腰掛ける。

 

「例えばさ、魔術でここいらの気温を下げるってのはどうかな?僕は超低温でも権能で耐えられるけど、それもわずかな間だけ。それ以外の時間は一般人と変わらないからすぐに氷像と化すだろうね。ルディ君なら魔術で体温を調節できるだろうから、僕みたいにはならないだろうけど。」

 

 大げさにカチコチになったようなジェスチャーをする。

 

「結局さ、僕の権能ってまっすぐの正直者なんだよ。正面切った戦いは強いけど、搦め手にすこぶる弱い。だからさ、戦い方次第で誰にでも負けうるのが僕なんだよ。」

 

 さらに、と僕は付け加える。

 

「大体さ、戦っている時間よりも普通に生活している時間の方が長いわけで。

 僕の権能が日常生活で使えるところなんて限られているけど、魔術はいろんなところに使えるじゃない?今燃えてる暖炉だってルディ君が付けたものだしさ。

 結局、僕の権能よりルディ君の魔術の方が総合的な観点から見れば優れていると思うな。」

「そ、そうですかね?」

「そうだよ!」

 

 僕がそう言うと、彼は露骨に頬を緩ませてにへらと笑った。

 手放しで褒められて、自信が戻ったか。僕のせいでルディ君がやる気をなくしてしまうという最悪の事態は回避できた。

 

「改めて、同じ転生者としてよろしくお願いします。レグルスさん。」

「うん、よろしくね。」

 

 すっかりいつもの調子に戻ったルディ君が手を差し出してくる。

 当然、僕もその手を握り返す。彼の手は小さくてふにふにで暖かかった。

 

「そうと決まれば、相棒!早速、権能の実験をしましょう!ついてきてください!」

 

 彼はそう言って部屋から出ていく。

 僕もその様子を見てほほえましく思いながら、小さな相棒の背中を追って外に出て行った。

 

 

 

 

 

 ルーデウスがレグルスを見た時に、最初に思った感想としては邪魔者というものだった。

 それまでのルーデウスの世界は完結していた。朝起きて家族と共にご飯を食べ、昼間はロキシーとの魔術の特訓やパウロとの剣の稽古。夜になるとまた家族と食卓を囲み、少し勉強してぐっすりと眠る。決して刺激的な日常とは言えないが、それでも充実していた。

 しかし、彼が来てそれは一変した。

 

 彼は強かった。チート能力だといってもいい。制約はあれど、理論上どんな人間にも勝てる能力を持っていた。

 ルーデウスは、生まれた時からコツコツと強くなる努力をしてきた。気絶するまで魔術を撃ち続けたし、雪の降る中でも剣を振り続けた。しかしそれでも彼には勝てる気がしなかった。

 突然降ってわいた存在に追い抜かれる感覚。彼にそのつもりがあったわけではないと思うが、今までの努力を否定されたような気がした。

 

 また、彼の存在は前世の兄弟のことを思い出させた。自分が引きこもっていた時に、兄弟達はどんどん前に進んでいく。その時の、焦燥感や劣等感と同じような感情を彼の存在に対して抱いていた。

 

 しかし、ルーデウスは努力をやめなかった。この世界で本気で生きると決意したからだ。また前世のようになりたいのか?と自分を奮い立たせた。

 がむしゃらに努力した。魔術や剣術もそうだが、ロキシーに魔神語だって教わった。そうやって学んでいるときだけ焦燥感や劣等感といった感情がマシになる気がした。 

 

 これで彼が極悪人だったら、何の躊躇もなく負の感情を押し付けられた。しかし、幸か不幸か彼は善人だった。そのため、それはどこに発散することもなく、ただ胸の内に溜まっていった。

 ルーデウスは彼に抱く感情を隠して、彼と接していた。幸い、取り繕うのは得意だった。

 

 彼への負の感情は家の外というトラウマを克服した後でも続いた。

 この頃になると、彼は村の外で権能を使い高速移動する練習をしていたが、なかなか上手くいかない様子だった。

 ルーデウスはそれを見て、永遠に上手くいかないままでいいのにと思った。彼がそうやって足踏みしている間は彼に置いて行かれる心配はない。劣等感を意識させる彼のことも、そんな彼が上手くいかずにほっとする自分も嫌になった。

 

 

 

 そんな時、ある事件が起こった。そう、御神体事件だ。

 ルーデウスがロキシーの御神体に祈っていたところをレグルスに発見されたのだが、重要なのはその後。なんと、彼が日本からの転生者だったことが判明したのだ。お互いが日本からの転生者だったわけだ。

 

 それを知った時、ルーデウスは苦虫を嚙み潰したような気分だった。

 だってそうだろう?元々コンプレックスを抱いていた相手が、よりにもよって自分と同じ日本人だなんて。

 

 ―――そら、質問が飛んでくるぞ。ルーデウスは身構える。お互いが日本人なら、前世のことを聞かれるのは目に見えている。

 ルーデウスには到底人には言えないような過去しかない。ましては、相手はレグルスだ。彼は社交性も問題ないし、性格に難があるわけでもない。つまり、前世では自分のような失敗作とは違い、まともな人生を送っていたタチだろう。

 そんな奴に、自分の過去話なんて絶対にしたくない。しかし、黙っていても自分には言えない過去がありますって言っているようなものだ。どちらにしても惨めな気分を味わうのは明白だった。

 

 しかし、何時まで経っても質問が飛んでくることは無かった。

 それどころか、お互いの前世の話題を敢えて避けているような感じだ。

 不思議に思い、恐る恐る聞いてみた。

 

「いやさ、恥ずかしい話、僕も前世についてはあんまり語りたくなくてさ。それで、君に聞いてしまったら僕も言わざるを得なくなるから聞かなかったってだけだよ。」

 

 彼は頬を掻きながらそう言った。

 

 衝撃だった。

 彼はルーデウスと同類だった。今まで勝手に成功者だなんて決めつけていたけど、彼にも暗い過去があるのだ。

 そう考えると、彼の存在が一気に身近に感じた。

 

 しかし今度は、自分のように努力をしたわけでもなく、強大な力を手に入れた彼に対して不満が出てきた。

 自分と同類の人間の筈なのに、彼だけチート能力を手に入れられてズルいと思った。

 身近に感じたからこその感情だった。

 

 しかし、彼はそうは思っていなかった。

 彼は、ルーデウスの魔術の才能の方が羨ましいと言い、手放しで賞賛したのだ。

 しかも、彼は感情論でのフォローではなく、論理的にルーデウスの魔術のほうが優れている点を挙げた。それは、何処かひねくれた部分があるルーデウスに響いた。

 自分よりも強者だと思っていた人間からの賞賛。それは、ルーデウスの心を満たすのには十分だった。

 

 心に余裕が生まれたルーデウスは、急に彼のことを今まで目の敵にしていたことが馬鹿らしくなった。

 そして、彼のことを敵ではなく自分と同じような境遇の仲間として認識を変えた。

 

「そうと決まれば、相棒!早速、権能の実験をしましょう!ついてきてください!」

 

 これからは、こんな世界に飛ばされたたった一人の仲間として助け合っていこうと思った。

 

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