「……生……て」
また聞こえる。もう聞きたくても聞こえない声が耳の裏で木霊する。私は許されないことをしたから。だから。
もう。誰も私に……。
──2023/6【アインクラッド・第11層】
「という訳で、我らが月夜の黒猫団と命の恩人である、キリトさんに乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
「か、乾杯」
私は今11層のNPCレストランにいる。そして目の前には数人の男女。どういう状況なのかと言われれば正直私も説明が難しい。実際難しいし……。
「ほんとに助かりました! ありがとうございます……私怖くて怖くて。本当にありがとうございます!」
「気にしなくて良いですって。私が普通にほっとけなかっただけですし」
事の発端は今から少し遡る。私は普段、ユウキと一緒にバディで行動している。これはこのゲームが始まってからずっとそうで、数ヶ月経った今でもそれは変わらない。この数ヶ月、アインクラッドの攻略も順調に進みそんな中、ギルドと呼ばる存在も増え始めた。また、私たちのような最前線で攻略するプレイヤーのことを【攻略組】なんて呼ぶようになってきた。
それで、肝心のバディであるユウキがいない理由というのは。現在、ユウキはアスカとミトに野暮用を頼まれている。人手不足らしく、私は人とのコミュニケーションがあまり得意では無いため、『じゃあ僕が行くよ』とユウキが行ってくれている。そしてその間、攻略より装備を強化しようと素材を探しに下層に降りてきた。ある程度素材も集まったから戻ろうと思った時、視界に彼らがモンスターに襲われているのを目撃し助けたら……今こんな感じになっている。
「キリトさんって今何レベなんですか?」
「45です。素材を集めに来ていたら偶然見かけて」
「45!? つまり、あれですか。攻略組っていうやつですか?」
「まぁ。そう呼ばれてる人達の1人」
「「すげぇ!!」」
攻略組ってそんなに凄いんだ。
「ん。待って……。ということは、キリトさんってあの。あのキリトさん!? 【絶剣】とバディを組んでるあの【黒の剣士】!?」
「や、やめて!! その二つ名恥ずかしいから!!」
誰……前々というよりベータテストの時からずっとずっっと思ってたけど、そんな厨二病みたいな名前考えた人。まぁ、まぁ。確かに全身真っ黒くろすけだけど。私だって好きでこの格好はしてないよ!? でも。性能を考えたら……。
「なんていうか。想像と全然違うというか。名前だけしか聞いたこと無かったから。すごい親近感湧いたって言うか」
「私だって普通の女の子ですし……。普通? ……ふつ……う?」
いや。よくよく考えたら普通では無いような。うん。普通では無い。無いと思う。
「そもそも黒の剣士が女性っていうのも初耳」
「噂では聞いたことあったけどね。絶剣が男性プレイヤーだし」
「私、男性に見られてるんですね……」
「そ。そんなことないですよ! 名前だけが先行してプレイヤーが勝手に想像してるってだけなんで」
まぁ黒の剣士って聞いたらみんな男性想像するよね。いや、私は認めてないよ?? 黒の剣士って二つ名。
「後、敬語は別に大丈夫ですよ。多分そんなに年齢変わらないと思うんで。ケイタさん」
「そっか。じゃあ分かった」
数ヶ月前の私に言ったら多分自分でも驚くんだろうな。知らない人とも少し話せるようになってるって言ったら。
「あのさ。キリト」
「はい?」
「もし良かったら、うちのギルドに入ってくれないか?」
「ギルド?」
「いや。キリトからしたら俺たちなんてレベル低いとは思うんだけどさ……。それは重々承知の上で。実は前衛がテツオだけでさ。こいつ……サチに片手剣に変わってもらおうかなって思ってるんだけど。勝手がわかんなくて。コーチをして欲しいんだ」
「……なるほど」
「うちのギルド、みんな同じ高校のパソコン部の部員でさ。きっとキリトもすぐ仲良く出来ると思うんだけど」
「……。ごめんなさい。私、今バディとパーティ組んでるし、攻略も進めないといけないから。ギルドには参加出来ないかな」
「そうだよなぁ……攻略組は忙しいからそりゃそうだよなぁ……」
「あ、でも手伝いくらいならできると思います。今、ユウキは野暮用で別の事してるからその間なら。出来ると思う」
「……ほんとか!?」
まぁギルドに入らずに手伝いくらいなら別に大丈夫かな。夜中にレベリングしたらいい話だし。それにこの調子だと40層クリアも目に見えてるから。少しくらいならちょっと前線から離れることも出来る。
「それに息抜きはいるかなぁって思ってたし」
とりあえず、明日から定期的にコーチをやると話がつき、今日は1度拠点の宿に戻ることにした。
「ほんとにお人好し」
「え。でもユウキ今忙しいでしょ?」
「そうだね。急にアスカから手伝ってくれって言われたし。あいつ、僕とキリトとミト以外フレンド交換してないの?」
「そういう訳じゃないと思うけど。ま、ちょっと時間かかりそうだしちょうどいいかな。いい息抜きになると思うし。ちゃんとみんなには付いていくように頑張るよ」
「キリトなら問題ないか。もちろん僕もレベリングは手伝うからそこら辺は問題ないよ!」
「ん。ありがと」
私はいい親友を持ったと思う。こんな私にもずっと着いてきてくれるんだから。
「……まぁ、不慣れな武器は初めのうちは慣れないよね。もうちょっと敵を見ながら剣を構えてみて。無駄に力入れずに。あとはシステムがちゃんと動いてくれるから」
サチの特訓が始まって数日がたった。と言っても目立った収穫というのは特にない。戦闘面では。
「大丈夫? サチ 」
「うん。大丈夫。ありがとね、キリト」
でも大きな収穫はひとつあった。それはサチと友達になれたこと。私の周りにいる女性プレイヤーがサチとアルゴくらいで私の中じゃ3人目の女性プレイヤー。やっぱり同じ性別の人がいるって言うのはちょっと安心感がある。
「すげぇな……もう40層か。攻略組はすげぇな」
「そうだねぇ……」
一応私も攻略組だけどね……。
「キリトはさ。どうして攻略組になったって言うか。攻略の最前線に立とうって思ったんだ?」
「んー。ゲームが好きだから。戻りたいし帰りたいって思うこともあるけど、1人のゲーマーとしてこのゲームをクリアしたいからかな。別に大した理由はないよ」
別にこれは嘘じゃない。ゲームは好きだし帰りたいとは思う。それでもゲーマーというのはどんなゲームでもクリアしたくなるというのが性だ。
「キリトから見てさ。攻略組と俺たちの違いってなんだと思う?」
「違いかぁ……。実力……というより情報力の差だと思う。ほら。効率のいい狩場とか独占してるから」
「キリトもなの?」
「私? まぁ。独占……というよりよく知っているって言った方が正解かな」
独占はしていない。独占はどっちかというとギルドがやってる事だし。私デュオだし。それに独占するほどレベルが低いって訳でもないし。
「うーん……それもあると思うけど、俺は意思だと思っている」
「意思?」
「仲間を守る意思。全プレイヤーを助ける意思っていうか。そういう意志の強さが攻略組と俺たちの違いじゃないかなって。……あれ。違うかな」
「……ケイタは攻略組になりたいの?」
「もちろん。味方も大切だけど、俺達も。黒猫団もいつか攻略組の仲間入りがしたい!」
意志の強さ……か。きっとそれは大切なんだと思う。みんな、覚悟が違う。
「そっか。慣れるといいね」
私にそれ以上の言葉をかける権利は無い。きっと彼らは私達と同じところまでやってくる。それくらいの意志を感じる。
「攻略組かぁ……。やっぱ憧れるよなぁ」
「だな。かっこいいし」
「キリト?」
「サチはいいの? 会話に参加しなくても」
「うん。私はいい」
攻略の最前線に立つということは、それ相応の覚悟がいる。自分がいつ死ぬか。そんな死と隣り合わせの世界で。
「いつ死ぬかも分からないから」
私はまだ誰かが死んだ姿をこの目でくっきり見た事はない。けど、きっとそれを見たら私は。
「……頑張らないと」
いや。そんな嫌な考えはやめよう。考えても嫌な気持ちになるだけだから。
「よぉ! ユウキにキリト! 絶剣と黒の剣士は今日も仲良いな」
ねぇ。
「久しぶりー! クライン。元気にしてた?」
「おう! で、キリトはどうした?」
「その呼び方で呼ぶなぁぁ!!」
「なんだよ。気に入ってないのか?」
「厨二病っぽくていやっていうか。この名前、男ってまちがえられるから」
一応これでも女の子だし……。可愛くは無いけど女の子だし。
「もぉ。拗ねないのキリト」
「すねてない」
「相変わらずお熱いなぁ。あ、あとは任せた!」
クラインが後ろの恐らくギルドメンバー? パーティメンバー? に声をかける。その間、ユウキは私の頬をずっとつんつんしている。
「ていうか久しぶりだな。最近見ねぇと思ってたが、ここでレベリングしてたのか」
「まぁねー。僕は前線にいるけど、キリトは今前線よりちょっと後ろにいるから。あと少しで戻れるらしいけど」
「これでもレベルはユウキより上」
「相変わらずストイック…………」
「強くならないとダメだから……」
「あんまり項を詰めすぎるんじゃねぇぞったく」
「詰めてはないよ。大丈夫」
そろそろ前線に戻らないと攻略に支障が出そうだなぁ……。黒猫の皆に教えれるのももう時間少ないかも。
「ユウキ。キリトのこと頼むぞ。あいつ、色々ひとりで背負い込む癖があるし」
「言われなくても。僕が1番近くで見てきたからそれは分かってるよ。ありがとね」
「何の話?」
「「なんでもない」」
「そっか。あ、ごめんね足止めちゃって。ユウキ」
「うん。じゃあねクライン。また!」
「おう! 2人も気をつけろよー」
それから軽く2時間くらい狩場でレベリングを行った。そんな頃、私に一通のメッセージが届いた。
「……え」
「キリト? どうしたの」
「ごめん!! ユウキ!! ちょっと野暮用出来た!」
「え? キリト!? ちょっ。……行っちゃった」
私に届いたメッセージは『サチが行方不明になった』というもの。とりあえずユウキに『友達が心配だからちょっと出かける』とメッセージを送った。きっと戻ったらお説教されるんだろうと思いながら私は探しに行った。
「追跡スキル、こういう時に持ってて良かった。えっとこの足跡をおっていけばきっと」
足跡を追ってとある水路にたどり着く。そっと除くとそこにはうずくまったサチがいた。
「サチ?」
「キリト。なんでわかったの」
「追跡スキル。みんな心配してたよ?」
サチの横に座る。さっきまで少し泣いていたのだろうか、鼻が少し赤かった。
「キリト……。私、逃げたいの」
「逃げたい? 何から?」
サチがゆっくり口を開く。
「この街から。モンスターから。…………黒猫団の皆から。……ソードアート・オンラインから」
「……そっか」
やっぱりそうだろう。私が一番初めに抱いた感想がこれだった。数日、教えていたから何となく分かってはいた。彼女の表情は時々怯えていた。まるで昔の私のように。
「戦うのが怖い?」
「うん。怖くないわけないよ……」
「そうだよね。怖いよね」
「……キリトも。怖いの?」
「そりゃ。怖いよ」
「……なんで。どうしてここから逃げれないの? どうして出れないの? HPが0になったらなんで死なないといけないの……。これに一体。何の意味があるの」
何の意味があるか……か。
「……多分、無いと思う。意味なんて。意味があったらきっとこんなことしてない」
「死ぬのが……怖いよ」
「うん」
「キリトは怖くないの?」
「怖いよ。死ぬのは」
でも。死ぬのは怖いけどそれ以上に。
「誰かが死ぬのを見るのが嫌だから。だから私は戦ってる。それに君を殺させない。約束する」
「ほんとに?」
「うん。君を現実に戻す。プレイヤーを元の世界に戻す。そのために今頑張ってるから」
「そっか……優しいね。強いね、キリトは」
「強くないよ」
強くもないし優しくもないよ。私は君たちが思っている以上に。
「大丈夫だから。とりあえず、みんなところ行こ? 私もそろそろ行かないと相棒に怒られるから……」
「大変そうだね。キリト」
サチがふふっと笑う。こうやって彼女が笑ったの初めて見たかも。
「行こっか」
「うん。ありがと、キリト」
「大丈夫だよ。友達なんだから」
……そう。友達。友達だから。守らないといけなかった。もう目の前で誰かを亡くすなんて。嫌だった。
「ちょっと。キリトも言ってるじゃん。先に行ったら危ないって」
27層。私たち攻略組でも警戒しないといけない危険地帯。
「別にいつものところでも良かったんだけどさ。どうせなら、いいものゲットしてアイツに喜んで欲しいだろ!」
「それはそうだけど……」
私がいたら大丈夫。いざとなればクリスタルで帰れる。少しだけ慢心していた。
「まぁ今順調だから。それに私もいるし少しくらいなら大丈夫」
「キリトが言うなら……」
大丈夫。大丈夫だってそう思っていた。
「お、宝箱ある!」
あの時、もう少し強く止めていればこんな惨劇になってなかった。
「待って!! それ……は」
でもそう思った時にはもう遅かった。
「え。なんだこれ。さい……れん?」
部屋中に鳴り響くけたたましいほどのサイレン。頭の中にずっと響き続くような嫌な音。
「……クリスタル。無効化空間……。だめ。だめだめ!!」
1体1体の強さはそうでも無かった。でもあまりにも数が多かった。
「くそっ。くそ!!」
そして。私が1番恐れていた出来事が起こった。
「やめ、……やめ! うわぁぁぁ!!」
テツオのHPが0になり、ピ──ーっと音が鳴り響く。忘れていたわけじゃない。でも急にその事実が恐怖として襲いかかる。
『「これは。ゲームであって、遊びでは無い」』
こんなの。こんなのおかしい。人が簡単に。まるでゲームのように死んでいく。
「こんなの。人が死ぬ音じゃない」
脳裏にこびり付いた光景がフラッシュバックのように流れ出す。手に血だらけのナイフと恐怖に歪んだ男性の顔。
「あ、やめ。て」
目の前で仲間が死んでいく。人が死んでいく。
「さ、ち」
「キリト!!」
サチの手を取ろうと手を伸ばす。でも、私は気づかなかった。彼女の後ろにゴーレムの姿があったのを。
「さち?」
「……きり、と」
──ー『■■■』。
「あ。あ」
『彼』の姿が自然と重なった。重なってしまった。
「……行かないと。いか、ないと」
心は既に空っぽだった。何も考えたくなかった。もう、誰にも会いたくなかった。
「キリト! ……みんなは」
「……ごめんなさい。謝って許されることじゃないことはわかってる……」
カランカランと鍵が地面に落ちる。彼の顔は今でもよく覚えている。あの時の男と同じ顔をしていた。絶望と……人殺しを見る目。
「ごめんなさい」
「……俺の方こそすまなかった。関わった俺の方こそ悪かった」
「違う。ケイタはなに「もう。遅いんだよ。なにもかも」」
「……ビーターと知りながら。関わった俺が悪かった。ビーターのお前と関わる権利なんて。俺達には無かったんだ」
「まって。けい……た」
ケイタは自分の身を崖に委ね、そのまま落ちていく。そして、彼の体がポリゴンの破片になった時。ようやく気がついた。
彼が自殺したことに。
「…………ぁあ。あ」
何も声が出ない。目の前に残るのは虚無だけ。耳には残響のように残るサイレン音。
私はその時理解した。また、『人を殺した』んだと。
「そっか。……あは。あはは……」
何も残ってなかった。空っぽだった。
「もう。いっか」
目に入ったのはフレンド欄。きっと皆も。……ユウキも、私に関わったら死んでしまう。
「ありがと。今まで」
もう。みんなと関わらないでいよう。私はみんなと関わる権利なんてないんだ。人殺しの私に誰も優しくする理由なんてないんだ。
「まだそっちには行けないけど。もう少ししたら行くよ」
剣を握る。自分の手が壊れるほど強く。ただツヨクツヨク。
モットツヨクナラナイト。
「まっててね。ユー……」
「……キリトがフレンドリストから。消えてる」
なんで。何が起こったの。キリトの身に。何が
「ユウキ?」
「ごめん。この依頼、今日で打ちきりね。これはごめんだけど譲れない。こんなことより大事なことできたから」
「あ、ちょっと!!」
「ミト。どうした」
「ユウキが。急に走っていった」
待ってて。キリト。絶対助けるから