第10話 権藤はたたかう。
燦々と輝く太陽は、遮蔽物の少ない荒野を容赦なく照らし続けた。
普段よりも大きく感じるそれに、暑さから体力が奪われるようだ。
しかしそれにお構いなしと、一人の男がスーツ姿でピシッときめ、両手をポケットに突っ込んでいた。
権藤であった。
彼は余裕さを出しながら、油断のない視線を送っていた。
「まぁ筋はいいな。ただ、要らねえ動きも多いな。あとこの程度の暑さなら温度調節を魔法なんぞに頼るな。戦闘中に枯渇したらどうすんだ?」
そして、目の前で肩で息をする金髪の少女に評価を下していた。
辛辣と言えば辛辣だが、的確に判断したうえでのものだし、アドバイスも欠かさなかったので、素直な少女にとって良いものとなるだろう。
もっとも、息切れしすぎて返事なんてできはしないが。
「ちょっとやりすぎたか…立てるか?」
権藤は少女に手を差し伸べた。
少女は少しして、なんとか息を整えた後に手を取った。
「ありがとう…ございます…」
少女———フェイトは権藤を見上げた。
その壁は太陽をも隠すほど、あまりにも高く見えた。
…
高町なのはと友情の契りを結び、次元を往来する船「アースラ」で、全ての次元世界の基点にして、管理局員の根城とも、活動の本拠地とも言える世界「ミッドチルダ」へ向かったフェイトたち。
今生の別と言うわけでもないが、なのはとフェイトが別れ際に見せた涙には心打たれたものだった。
ともあれ、戻ってミッドチルダのとある支部の一室にて、フェイトの前で柄の悪そうな大男がいた。
その男はホワイトボードに書いた文字を、やや気怠く説明していた。
片や姿勢を正して優等生らしく、片や反面教師を思わせる者がいる空間だが、不思議と二人は水と油のようではなく、その雰囲気が全く持って嫌にならない。
この男は権藤である。
彼はフェイトの指導役の一人に任命されたので、教官として彼女をしごくのだった。
先日までは座学が基本だったが、一通り教え終わった(と言うよりも、教本の内容を皮肉るトンデモ授業だが)ので、いよいよ実践指導となったのだ。
しかし、単純な魔力量の他、センスなどは圧倒的にフェイトが上だ。
魔導士ランクを見ても、権藤が「C」に対し、フェイトは
そう、あくまで「魔導士」として見るのならば、だ。
権藤が任命されたのは、とにかく戦闘になった際の生き残り方を彼女に教えるためであった。
魔導士ランクが「C」と平均未満の権藤は数々の大規模作戦で生き残り、そして多くの功績をあげてきたのは、その「しぶとさ」と「状況判断」にある。
どのような窮地に陥っても、焦るそぶりは見せず、状況の打開を生み出すまで耐え忍ぶのだ。
そして打開のために、時として賭けに近い大きな行動に出ることもある。
しかし、自身と隊の生死が関わる中、彼はその賭けに近い行動を出る際、
「なーに、気性難の馬の馬券を買うよりはマシだ、マシ」
と、不適な笑みを浮かべるのである。
一度彼と、推定ランク「S」の魔物を討伐にいったクロノは、その的確な指示と、タイミングの見極めのうまさに、純粋に舌を巻いたと言う。
…
そんな彼が、フェイトに教導を施すのだ。
強くならないわけがなく…
「次、仮に『差し違えてでも』なんて思ったら、二度とお前さんを魔導士として現場に立たさん」
と、初めは何とも、前途多難と言われるような状況であった。
一日目の実践指導で、フェイトは自力で立ち上がれないほどボコボコにされたのだ。
対し権藤は、余裕綽々な様子であったが、表情だけは怒りに満ちていた。
このように息が上がる日は3日続くのだった。
3日、疲労と痛みでご飯も喉を通らなくなったのだが、その度に権藤が…
「お前さん、成長期なんだからちゃんと食わねえとな」
と、備え付けの食堂で彼女のトレーに次々と料理をのせていくのだった。
当然、「あなたがこうしたのでしょう」と言えるわけもなく、また、フェイトが食べ終わるまで席を立たなかったので、気力でかき込んだのだった。
そして体重計に乗って、その増量値に戦慄するフェイトに、多少心配しつつも、しっかりと年頃の子らしい感情が芽生えたことに嬉しく思うリンディであった。
因みに、ただ筋肉量が増加しただけで、見た目はそう変化ない。(最も、女性のデリケートな内容故詮索は控えるが、彼女はどうやら見た目が全てではないらしい)
そして、日にちを重ねるごとに、フェイトの動きはよくなっていった。
無理に切り込みに行くのではなく、自慢のスピードで相手を翻弄し、時に牽制のジャブ攻撃を入れて相手の出方を分析するようになった。
単調な攻めと守りではなく、攻撃に緩急をつけては、ここぞのタイミングで最速で最高の一撃を入れるようになった。
防御に関して、ジャブなら反射で躱すようになり、喰らってはいけない攻撃だけバリアジャケットで防ぐようになった。
攻守において、驚異的な成長を見せていく彼女は、未だ限界は見えてこない。
…
「いいな。初日に比べりゃ格段にいい。まだ粗さはあるが、それは経験でこれから良くなっていくだろうが」
「はい、ありがとうございます」
さらに数日後、形になってきたフェイトに、権藤は総評を出した。
かけた言葉は少ないが、フェイトには伝わったのか、満更でもなさそうな嬉しそうな笑みを見せた。
そして、彼女の個人練習を権藤は眺めていた。
最小の動きと、最低限の労力で、仮想の敵を最速かつ効率的に倒していった。
「似てきたな…」
権藤は、未だどこを彷徨っているかわからない、リーダーであり相棒の姿を彼女に重ねた。
…
多忙な日々はあっという間に過ぎ、気付けばフェイトは嘱託魔導士の試験に望んでいた。
実戦形式では権藤が担当しただけあって問題なく、座学の方も、クロノが見てやったこともあり、ほぼほぼ回答でき、手応えは十分なようだった。
トラブルらしいトラブルはなかったのだが、唯一挙げるとするならば…
「権藤、なぜここは教本通りに教えない?このデバイスに関する分野は基本を抑えないといけないし、法に関してはデタラメを教えたそうだな?」
「おっと、人聞きの悪いことおっしゃりますまい。デバイスはともかく、法なんて一部あってねえようなもんだろ?それに範囲も馬鹿みたいに広い。だったら取れるとこ取る勉強法を教えたのさ」
「合格すればいい精神か?」
「当然。必要になりゃ、俺よか教本に頼る方が早え。今回の嘱託魔導士試験に関しちゃ、主に技能だ。そこは問題ねえよ、クロスケ君」
「クロスケ言うな」
と、このように教導の立場の者の間で軽いいざこざがあったが、お陰でフェイトは自分なりの効率のいい学習法を身につけられたそうだ。
…
試験も終わり、フェイトは自室で休憩していると、アルフがやってきた。
「フェイト、講義室で権藤さんが呼んでるよ」
試験の結果だろうか。
フェイトはやや緊張した面持ちながら、自分の中で「大丈夫」と言い聞かせながら部屋を出て行った。
「あれ…みんな、どうして…」
彼女が部屋に入るなり、権藤だけでなく、クロノやランディ、さらにはエイミィまでも揃っていたことに少し驚くのだった。
権藤に席に着くよう催促され、ようやく彼女は落ち着きを取り戻したのだ。
「うし、じゃあまずフェイト」
「…はい!」
コンマ単位で返事が遅れたために、やや上擦った調子となった。
少々頬を赤らめる彼女に、リンディは微笑ましいものを見るかのように柔らかく笑った。
「落ち着けよ?それじゃあ今日この日を持って、お前さんは嘱託魔導士に正式になったわけだが…」
「随分とアッサリといくんだな。フェイトがついていけてないぞ」
「俺が格式張った任命ができると思うか?」
また口喧嘩を始めそうなところで、リンディが一つ咳払いをして場を引き締めると、権藤はフェイトを真っ直ぐと見た。
「よくやった。おめでとさん」
この真っ直ぐな言葉が、スッと緊張していた心に入ってきた。
フェイトは自然と目頭が熱くなり、静かに大きな雫が頬をつたった。
「おいおい、まだ泣くのは早いんだがな…ま、そこまで喜んでもらえたら、半端とはいえ教育者だったからな。冥利に尽きるってもんだ」
「待て待て権藤、君は勘違いしているぞ。ようやくフェイトは、君の地獄のような扱きから解放されるとホッとしてるんだ」
「おうクロスケ。言っていいことと悪いことがあるんだわ。俺だって真面目にやったんだからよ」
「だといいがな」
いつもの権藤とクロノの言い合いだが、そこに棘はなく、所々表情が綻んでおり、和気藹々とした空気が流れた。
そして、言い合っているうち、権藤はフェイトに向かって、
「なぁフェイト、言うのもなんだが、俺の指導はそこまで悪くなかったよなあ?」
「はい………えと、勉強なりました」
と、内心もう受けたくない気持ちが込められた「間」に、権藤は静かに肩を落としたのだった。
「あ、そうそう、今後のお前さんの方針なんだが、詳しくはリンディ艦長から話がある。いいか?心して聞けよ?」
雰囲気を訓練時の鋭いものに変えた権藤に、フェイトは自然と背筋が伸びた。
ただならない雰囲気が流れる中、リンディはやや困り顔で言った。
「これからフェイトには、私たちと一緒に第97管理外世界に行ってもらうわ」
そう告げられ、フェイトは思わず「え…」と、小さく呟くのだった。
そして、驚きの表情のまま権藤の方を見ると、彼は白い歯をニィッと見せていた。
「あんなことがあった先、第97管理外世界も本格的に調査に乗り出さなくちゃいけなくてね、なのはさんのように、突然魔力が発現することもあるし、長期滞在を想定した活動になるの」
「そ、そうなんですか…では…!」
フェイトにクロノは告げた。
「見せに行こう。君が成長した姿を」
今日、初めてフェイトは年相応な喜びを露わにした。
権藤もここは空気を読んで、「調査なんだがな」という言葉を飲み込んだ。
代わりに、こう言葉をかけた。
「そんなわけで、
権藤はフェイトの小さい頭をワシワシと撫でた。
髪は乱れたが、フェイトは非常に嬉しそうに頷くのだった。
「よし、最後に確認だ。ヤバくなって、手に負えなくなったらどうする?」
「自分の命を優先して逃げます」
「そこに友達がいたらどうする?」
「一緒に逃げ延びます。そして生きます」
「上出来だ。んじゃ解散!」
…
フェイトがミッドチルダを出発して数日経った頃、権藤はとある場所を訪れた。
そこは近未来的な大都市圏でも、高層ビル群が所狭しと並んでおり、その隙間を無人モノレールが忙しなく走っていた。
どこか日本の東京に近い街でも、一際目立つ高層ビルに彼は来ていた。
通された部屋からは街が一望できるほど高所にあり、その部屋自体も無駄な装飾のない機能美に溢れた部屋だった。
そんな所でも、彼は程よい硬さのソファーに深く腰掛け、タバコに火をつけていた。
「第97管理外世界は、残念ながら海の管轄になっちまいましてですね、俺ら特殊戦略作戦室はともかく、地上部隊が出張ることはほぼほぼないでしょうな」
一度肺の煙を大きく吐き出して、つらつらと、他人事のように話す彼に、対面に座る初老の男性は、もともと強面なのだが、さらに険しく眉を顰めていた。
誰あろう、彼が現在地上部隊の最高責任者、トップであるレジアス・ゲイズである。
40代の若さに加え、自分は非魔導士であり、就任当初は多くの非難が飛び交ったが、彼の施策が見事にはまっていき、特に非魔導士から支持が高まっている。
「まあ気持ちはわかりますがね、今回のPT事件も今後の調査も、管理外世界のことで、ハッキリ言って我々地上部隊は関係ないんだわな」
「それは私とて同じ考えだ。そもそも、犯罪者でもレアスキル所有によって待遇を変える、管理局そのものの軟化した思想がいかんのだ!」
そんな彼だからこそ、優秀な魔導士ばかりが集い、権力や財力が集中する「海」を嫌っていた。
「まぁまぁ今ここで何か言ったところで、頭の凝り固まった上の連中には届くこともないようで、愚痴はこの辺で」
権藤が年も地位も、実力以外の全てを上回る者を落ち着かせるのは、かえってレジアスの不満を煽るかに思われた。
しかし、彼は思ったよりもすんなりと落ち着いた。
「早速本題に」
権藤は気分を変えるために、煙を吐いて話し始めた。
…
その頃、林田は次元の狭間を漂流していた。
通常いつ死んでも可笑しくないのだが、彼は生きていた。
ふと、スティック状のカプセルを取り出すと、それは強く発行していた。
「よし、『君』も体力が戻ったか」
まるでもう一つ、別の意思がある者のように、カプセルへ語りかけた。
すると、カプセルは返事をするかのようにもっと強く輝いた。
「行くぞ…」
林田は斜め下にカプセルを構え、スイッチを押すと、次元の狭間が照らされるほど強い光を放ち、それが晴れた頃には彼の姿はなくなっていた。
…これでは本編ではなく、まるでスピンオフみたいですね…難しい…
レジアス・ゲイズ
最近地上部隊のトップに任命された。林田、権藤が管理局入りする頃から気にかけており、魔法以外の戦い方、生き残り方を示し続けるところに頼もしさを感じながら、羨望の眼差しを向けていた。
ムラマツが管理局にいる時から、地上部隊の地位向上、待遇改善に奔走しており、努力の甲斐あって特殊災害対策本部戦略作戦室を発足し、陸以上に自由がきく部隊を作った。
管理局と評議会には懐疑的である。武闘派であって、タカ派ではない。