しかし、絶対正義を掲げる男は、大勢の民間人を危険にさらすような真似を当然許すわけもなく…
林田は数日前、ロストロギア輸送中に起きた事故を、何者かによって引き起こされた次元震を原因とする事件として扱い、失ったロストロギアの回収の任務を任された次元航行部隊に半ば無理やり参加するのだった。
それも本当の目的が別にある林田は、次元震もそれっぽくつじつま合わせをし、事件調査もあくまで建前としてとある場所を目指す。
次元航行船アースラはロストロギアの反応を追い、歪んだ次元を漂流していた。
その艦長室にて、アースラの最高責任者であるリンディ、その執務官であるクロノ、通信主任兼執務官補佐を務めるエイミィ、そして林田が集まっていた。理由は、林田が今後の行動についての意見具申をするためであった。
「ロストロギアの反応が断片的とはいえ確認されており、徐々にそれは第97管理外世界、それも私の故郷とほぼ同じ、太陽系第3惑星の『地球』に近づいており、時間の経過から既に流れ着いたと予想できる」
淡々とそう述べる彼だが、故郷である「地球」を言おうとした瞬間、微かに息を呑んだ。
彼の生い立ちを知る三人は、表情には出さないよう努めるが、気分は沈むばかり。その気分を払拭するためにも、クロノは林田に尋ねた。
「情報はそこまで正確なものではないぞ。そうまで言い切れるのに理由はあるのか?」
林田はUSBと酷似した、小型のデバイスを取り出し、自前の情報端末に差し込んで、画面に出ているフォルダを開く。
するとそこにはずらりと、確認されている管理、および管理外世界の「地球」限る数十のデータを見せた。
「管理世界、管理外世界問わず、地名の他、歴史上の権力者及びその家系に関してはどこの地球も同様であった。これは、すべての地球で同じ歴史をたどっているということがわかる。しかし…」
次にフォルダを開くと、そこには3つの地球が表示された。
「今回の第97管理外世界の地球、私の故郷である第78管理外世界の地球、そして第55管理外世界の地球には、他にはない地名がある」
そして表示したのは3つの地球の地名を表示した。
驚くことに、どれも同じ日本を示し、さらに全く同じ地を指していた。
「私の故郷では『
「…つまり…」
エイミィは、地球とは厳密に呼べない惑星出身であり、詳しいことはわからないが、彼の説明を聞くうちに悟るのだった。
「本来歴史上ありえないことが起きてしまった世界では、私や今回のように何かが必ず起きる」
淀みなく不確定なことを言い切った林田に、リンディは問う。
「では今回も、何か起こるかもしれないから…この地球に向かうべきだということかしら?」
「ロストロギアの反応だけでも、およそ地球に向かっているのがわかるため調査対象になります。しかし、こうして存在しないはずの地名を列挙したのは、ただ気をつけてほしいだけです…」
暗に「必ず大きな、それも良くない事態が引き起こされる」と示す言い方に、リンディらはつい先日起きたジュエルシード事件のこともあり、表情は険しかった。
林田はそれだけ言って、最後にその地球に向かうよう念押しすると、扉の方へ引き返す。
「待て」
林田は親友の声に振り向くことはないが、立ち止まった。
「そうまでしてその地球に向かうのは、何か別な目的…それこそ君の『正義』を実行するためなのか?」
ジュエルシードの回収、またはそれを狙う者たちの逮捕なら本来、「海」だけで事足りるものだ。
しかし、そこへ特殊戦略作戦室の林田が出張っているのだ。まるで
林田はクロノの問に答えはしないが、拳を固く握り、部屋を出ていった。
その様子に、三人は漠然と不安を覚えるのみだ。
林田は艦長室を出ると、休憩スペースにて熱いコーヒーを淹れると、グッと一口飲み込んだ。
喉元を熱さがすぎ、腹の底からじんわりと温かくなってゆく感覚に、満足そうに息を吐くと、カップの中の黒い水面が揺れた。
その得に意味のない様子に、そこはかとない幸福を覚えていたが、水面がまた黒い鏡のようになった時である。
自分の今している疲れた顔、生気のない隈ができた目に、無性に腹が立つ。
(なぜ私はこんな顔をしている…)
林田は魔法を嫌っていながらも、魔導士として管理局に身を置いているのも、保護してくれたグレアムやリーゼ姉妹の手伝いになれたら、それを通して、魔法によって振り回される自分のような弱者を救えたらと、綺麗で純粋な目標を抱いていた。
次第にその思いは廃れていき、魔法に苦しむ者を魔法を嫌う自分がそれを使って助けていることに、「ずれ」を感じ始めていたところだった。
追い打ちをかけるように、上層部が抱える魔法至上主義で民間人だけでなく、局員の者達も苦しんでいることを知った林田だが、より多くの者達を救うため、今の地位にいては何も変えられないと、悔しさ、憤りを全て噛み殺し、次々舞い込んでくる仕事をこなしていった。
何かを振り切りたい一心で、上層部の意向に応え続けた。
絶望させられたはずの、自分にとっては呪いを、弱者のためではなく、忌み嫌う者を満足させるために使った。
自分が何をしているのかすらわからなくなった林田は、気がつけばそれなりの地位を友人のクロノと共に得ていた。
(片や亡き父に憧れて掴んだ栄光を手にし、片や魔法に狂わされ、流され続けた果てに栄光を握らされた…)
望んだ地位を手に入れるものの結局何一つ変えられず、上層部にいいように扱われるだけの日々を過ごし、今に至った。
魔導士として夢を突き進む友人を眩しく思いつつ、誰かのために魔法を正しく使える彼を羨ましく思うばかりである。
(反対に自分は、魔法を使うことを極力避けようとした結果、恩人や友人ですら欺くような下衆になりさがった)
自分を戒めるつもりで、自分自身を追い詰めた。
そして、そうする度、自分がしてきた過去のことを思い出し、顔を悲しみに歪めた。
(悲しみだと…なぜ自分はこんな顔をできる!?)
自分の顔をこれ以上見ないため、コーヒーを飲み干した林田。
好きな匂いにもはや満足なんてできず、こみあげてくるものを抑えつけようと、暴力的な熱さを体内に流し込んだ。
「ままならんな…」
林田の直上には青空が広がっていた。
海が近いのか、潮の香りと、穏やかな波の音が彼の耳に届く。
ガードレールから身を乗り出し、地平線の彼方まで青く輝く景色を眺めていると、背後から何者かが近づいてきた。
「久しぶりの地球…感傷に浸るのはいいが、あくまでも我々は観光目的に訪れたわけではないのだぞ」
「わっかているさクロノ。あと数分この景色を目に焼き付けた後、ロストロギアの調査に当たる。ま、君さえいれば、アースラに残った連中と協力し、すぐ望みのものを見つけ出せるだろうな」
アースラは特に問題なく、第97管理外世界の太陽系第三惑星、地球のある宇宙に到着。そして、転送によってクロノと林田を送った。
基本的に異なる次元での事件に介入する次元航行部隊のクロノは言うまでもない。
林田は陸上部隊ながら次元航行が認められたのは、陸に主に身を置きながらも、幅広く事件・事故・災害に対応できる局員、「特佐」の地位を持つためであった。
そろそろ形だけでも調査に出ようと、伸びを一つし、振り向いた時である。
ここで初めて、クロノの方を見た林田は驚いた。
「まさか…その格好で調査に出向くのか?」
その格好は、黒いコートを身にまとった、ほとんどコスプレのような衣装だった。
これはバリアジャケットと言い、これを着ている魔道士を保護する役目があるのだが…
言ってしまえば、クロノの格好は年頃の男の子がよく、「俺は他とは違うぜ!」と、少しばかり共感羞恥を刺激する発作からくるものに近い。
そのような格好で魔法を使う時、「強大な力にこの腕が疼いてしまう」と、試しに言ってみて欲しいと思った林田だが、友の名誉のために、死んでも言わないと心に誓う。
「僕は君と違って空からの偵察が可能だし、結界探知も容易だ。表を堂々と歩くわけないじゃないか。君こそ、白ワイシャツに黒のズボン、そして革靴なんて、万が一のことがあったらどうする?」
友はそんな気遣いなど当然知らず、林田の格好を指摘してくる。
林田は、普通の格好に言及してくるクロノに、少し揶揄ってやろうかと思うが…
「完全に溶け込めているのだから問題ないだろう…まあ…君の格好はそのなんだ…」
やはり林田は決して言えなかった。14歳の男の子のわりに小学生3年生ほどしかない身長で、その格好をしていても特に怪しい目で見られたりせず、温かい目を向けられるだろうと。
「何か失礼なこと考えていないか?」
「大丈夫だ。問題ない」
「答えになっていないぞ…君が大丈夫か?」
そして、二人はそれぞれ別の方向へ歩いていく。
『君は調査に向ったんじゃないのか?』
「だから私は現在進行形で調査にあたっている」
林田に、やや怒気を含んだクロノの念話が届く。しかし、彼は涼しい顔をしながら、ペラペラとページをめくっていく。
『まずどこにいる』
「冷房が効いた市民図書館」
『何をしている』
「海鳴観光案内と郷土資料を読んでいる」
『全く君は…よくもまあサボりを堂々と言えるものだな』
「誤解するなクロノ。未知の土地ではなるべく現地の情報を集め、準備を整えてから調査にあたるものだと判断する。それに、町の現状を知るにも観光案内は役立つ。海鳴カレーなんてものもあるぞ」
『…君はいいかげ…』
「辛さも自由に選べるぞ、これなら君も安心だろう」
『……調査を終えたら寄るとしよう』
林田の鉄仮面のような表情が、心なしか和らいだようだ。
彼は言わずもがなカレーが大の好物であり、彼と彼の仲間の影響を受けたクロノもカレーの虜となっていた。
こうしてカレーを持ち掛ければ、大人しくなるあたりまだまだ子どもである。
「そろそろ念話を切っていいか?私のリンカーコアが震え出している」
『わかった。調査の方をしっかり頼むぞ』
そうして念話による通信が終了すると、林田はドッと疲れが押し寄せたような感覚となった。
額には嫌な汗をかき、熱っぽさを感じつつも、首には寒気を感じるなど、明らかに体に異常を来していた。
(こればっかりは慣れんな…)
通信に使っていたインカムのようなデバイスを机に置き、息を一つ吐く。
時間が経つにつれ頭痛も酷くなっていき、目頭を軽くつまんで目を閉じた。
魔導士ならば誰でも使える念話だが、林田はとある体質により、念話をするにあたっても、デバイスを介する必要がある。
魔法の負担を減らす役目のあるデバイスだが、それでも尚こうして強い倦怠感に襲われるのだ。
故に展開しているだけで自身の魔力を食っていくバリアジャケットや、魔導器具などのデバイスなど持ち歩けるわけがなく、今来ている服は全て地球産の、全くもって魔法による強化が施されていないものである。
林田は、汗で服が吸い付くような不快感と、立ちたくもなくなるような倦怠感にため息が漏れるのだった。
しばし休憩していると、林田に近づいてくるキャスターの音がする。
林田は目だけを動かしそちらを見ると、車椅子に座った小学生ほどの女の子がいた。
「あの…大丈夫ですか…?」
少女は恐る恐る、しかし放ってはおけないといった様子で尋ねてきた。
「ああ…大丈夫だ。すまない、ここをすぐ立ち去る」
「いえ、別に無理せんでもいいんですよ」
少女は関西弁混じりの言葉で林田に気を遣い、軽い会釈をした後、自分が読む本を選びに車椅子をこぐ。
林田は特に考えなしに、車椅子の少女を見ていた。
自分よりも幼い女の子、それも一人で図書館にいる。
いくらバリアフリーが徹底されている図書館とは言え、保護者などの付添人の一人も見当たらないのは不自然に思っていた時だ。
車椅子の少女は、やや高いところにある本に手を伸ばすが、惜しくもギリギリ届かない様子だ。
「これでいいのか?」
「あ、すんませんお兄さん。助かります」
本を受け取った女の子は、林田の方をまっすぐ見た後、申し訳なさそうな笑顔で礼を言った。
「いや、気にすることでもない」
「いえいえ、この体ですからとても助かるんです。ほんまありがとうございます」
関西特有のイントネーションで礼を言われた林田は、暫し目の前の少女を見下ろしていた。
そして、少女も林田を見上げていた。
時間にしてそこまで経っていないようだが、二人にとっては長く、そして心地の良い沈黙が続いたのだった。
「あ、すまない。まじまじと」
「あら、お兄さん。ひょっとしてうちの容姿に見惚れてしまっとったんですか?」
少し慌てた林田がおもしろかったのか、少女はやんわりと揶揄い、くすくすと微笑んだ。
そして、儚い笑みに変わったところで彼女は呟いた。
「すんまへんな、お兄さん。こうやって話して笑ったの久しぶりなんよ」
「そうなのか…」
どうやら彼女には重い事情でもあるのかと、一瞬身構えたが、すぐ後ろの方からの咳払いでふと我に帰った。
「貴方たち、図書館ではお静かに」
二人は素直に頭を下げると、少女は林田の隣に車椅子をつけた。
「すんまへん、巻き込むつもりなかったんです」
「なに、気にすることはない」
そうしてまた、二人の間に沈黙が流れた。
林田は気の利いた言葉一つかけられず、自分自身に苛立ってはいるが。
しかし、今回はすぐ沈黙を破った。
「これも何かの縁だ。私の名は林田進悟、よろしく頼む」
「私の名前は『八神はやて』っていいます。よろしゅうな」
…
その後、体調がいくらか回復した林田は、車椅子の少女こと八神はやてと、他の人の迷惑にならない程度に本についての話題で話していた。
そして不思議と、次第に打ち解けていった。
2時間が経とうとした時、海鳴町についてある程度把握した林田は、凝り固まった首をコキリと鳴らし、対面に座って読書しているはやてを見た。
(こうして打ち解けるなんて思ってもいなかったな)
人付き合いがあまり得意でない林田は、はやてという少女をこう評価する。
曰く、「一緒にいて気持ちが安らぐ」そうだ。
それなりに長い時間を同じ机で読書していたが、全くもって落ち着かないと思うことはなかった。
林田はふと視線を、自身の左手首に送る。
間も無く午後5時となる。小学生は遊びを切り上げ、そろそろ自宅へ戻らねばならない頃だろう。
「八神さん、八神さん」
林田は、本に夢中になっている様子のはやてに申し訳ないと思いつつ声をかけた。
はやては、大きくクリッとした目を彼に向けると、彼は自分の腕時計を見せてきた。
「そろそろ帰らねばならない時間では?」
時間を見てハッとしたはやては、急いで本を閉じ、司書に図書館利用証明書を見せ、借りることにした。
せめて出口までは見送ろうと思っていた林田だが、結局保護者や付添人が、来なかったため、とうとう尋ねることにした。
「失礼を承知で聞く。見ず知らずの他人に言いたくないことならば言わなくていい。君の付添人…保護者は…」
その言葉を発した時、林田は後悔した。
少女は微かに、一瞬だけ暗い表情となったのだ。
「す、すまない。いきなり、それもこんなことを聞いたのは野暮にもほどがあるな…」
「気になさらんでください。うちはこうしてお話しできただけでも、とても楽しかったですから」
そうして、林田の失態をフォローするはやてに、今にも消えてしまいそうな儚い笑顔が貼り付けられているように思え、彼は更なる罪悪感に苛まれた。
林田は基本的に人へ興味を示すことはない。
保護されてからよく知り合っていたクロノは別だが、他の局員は勿論、自身の所属する隊の者たちともある程度の距離を置いている。
そんな彼が、今目の前にいる車椅子の少女を放っておくことができないでいる。
努めて明るく振る舞おうとしているのが見え透いており、心の奥底では何かに苦しんでいる。
そして、林田はその「何か」に心当たりがあった。
空が徐々に茜色へ染まり、カラスの鳴き声がよく聞こえるようになった。
公園や広場は閑散とし、道行く人々も仕事帰りの者が増え始めた。
景色と相まって、帰宅を急ぐ者が足早に横断歩道を渡る様子は1日の終わりを連想させてくれる。
つまり、もうじき自分もここを立ち去る。
そして、この少女とも会わなくなるだろう。
自分にとっては好都合かもしれない、と林田は考えた。先ほどから妙な心臓の鼓動が止まらない。
この子から離れれば、この鼓動も落ち着き、自分の心にかかる靄を晴らさせることができるかもしれないが、そうすればこの子の心を壊してしまうのではないだろうか。
早いところ離れなければ、自分の中でとうに失ったモノが呼び起こされる。
早くこの子から距離を取らねば、自分の中で何かが壊れる。
もう二度と会わないようにしよう。
心が抉られるような苦痛を奥歯で噛み締め、立ち去ろうとするが、足が動いてくれない。
(私はこの、はやてと言う女子に何か、負目でも感じているのか…?)
今のこの子の様子から、ついつい少し前の自分を思い出してしまう。
「お兄さんは…帰らへんの…?」
少女が弱々しく、何かに縋るような声色で林田に尋ねた。
「今の君を見ていると、些か放っておけなくてな」
林田は内心驚いた。
自然に自身の口からこぼれ落ちたこの言葉に、なぜ言ってしまったのかわからない。
「あんな…実は…」
林田の真っ直ぐな瞳を見たはやては、ポツリポツリと呟いた。
彼女は既に、自身の両親とは事故で死別しており、幼い頃から独りだと言う。
そしてこの足のせいで、なかなか学校に行くこともままならず、友人もなかなかできなかった。
周りは幸いにも物珍しさに突っかかってくる者はいなかったが、やはり心身ともに未熟な小学生は、お互いに気を遣うことに息苦しさを思い始めていた。
(それ故に孤独…と言うわけか…)
この年齢で、この子もまた自身と同じように孤独の苦しみを味わっている。
そうした、同じ者でなければわからない感情を共有できることにシンパシーを覚えたからこそ、林田は近づけたのだろう。
そして、はやてもまた、林田から自身と同じにおいを感じ、この話を、弱音を吐いた。
はやては一通り話し合えると、困った笑顔を浮かべた。
「こんな話聞いてもろてありがとうございます。ほんで、ごめんな」
そのようにして立ち去る彼女に、林田はただ黙って見送って良いのか疑問を持った。
話を聞いて、彼女は孤独を恐れている。
そして、彼女が自分と話したことで本音を曝け出した。
彼女のSOSではないのか?
「八神はやて」
気がつけば、林田は彼女の名を呼び、
「たまになら、この図書館に来よう。だから君の好きな本を、私にも教えてくれないだろうか」
我ながら彼女を口説いているようで、軽く自分に嫌気が刺したが、今は気にしない。彼女を引き止めるのが優先だ。
すると彼女は目に見えて明るい表情で頷き、帰路に着いたのだった。
林田はこの一連の行動に疑問しか抱かなかった。しかし、後悔をするわけでもなかった。
(最後に見せたあの表情…私はあの表情を見て安心できたのか…)
大きく林田は息を吐く。
あの表情は少なくとも、ここ最近自分ができていないものだった。
まるで縋るところを、頼れる人を見つけた安堵したような笑顔だった。
林田は暫く物思いに耽っていると、別な意味で心臓が跳ね上がるような感覚となった。
「今の反応は…まさか例のロストギアか?」
林田が図書館にて、はやてと言う少女と親睦を深めていた時、クロノは真剣に調査を進めていた。
危うくカレーで釣られかけたが、林田から通信を切ってくれたことで、魅惑の逸品の抗えない感情に飲まれることはなかった。
(しかし、通信程度で魔力を枯渇させるなんて…)
決してクロノは、林田の魔法の才能の無さに失望を抱いているわけではない。
本来、魔道士ならば誰でも簡単に扱える、初歩的な通信手段の「念話」だが、林田がこれを行うためには、負担軽減のデバイスを介する必要がある。
しかし、それでも満足に行えず、軽い電話での相談のようなものでも数分と持たない。
(進悟…君は大丈夫なのか…)
友の心配をしていると、突然強力な魔法がぶつかり合う際に発生する歪みを計測した。
クロノはすぐさま局に連絡を入れた後、槍のようなデバイスを構え、そのぶつかり合うポイントへ向かうのだった。
クロノが向かった先は、コンテナが積まれた港付近である。
陽が沈みかける時間帯、本来ならば作業員一人くらいはいる他、漁から帰ってきた漁師たちの活気あふれる声が聞こえたり、一般道には帰宅する車も見られるはずだった。
しかし、クロノがいるところは、時間の割に幾ばくか暗く、人や動物の気配はこれといって感じなかった。
(それなりに広い結界が張られている…)
恐らく、魔法を外界から気が付きにくくさせる役割があるだろうが、それでも結界外からでもわかる濃い魔力を確かに感じたのだ。
そして、結界の中に入ると、やはりおよそ四つの魔力を感じられ、うち二つはポテンシャルだけで見ると、途轍もないものがある。
(これだけ強ければ、外界まで及んでしまうのも頷ける)
クロノは強大な力にやや振り回されがちで、隠密性に優れないこと、調整がうまくいっていないことなどから考慮し、子どもがロストロギアを巡って争っていると踏む。
(しかし、子どもがなぜあんな危険なものを…)
子どもが魔法を扱うことは珍しくなく、自分だって14で管理局に勤めている。
ではなぜ、そんな危険なものを求めている?
(直接聞くしかないようだな)
ものがかなり危険であるため、この管理外世界のためにも、一刻も早く時間を解決する必要があるとしたクロノは、戦っている二人の子にやや強引に介入することにした。
「えっ…?」
「な、何?」
少女のうち一人、白いバリアジャケットを身にまとう高町なのはは、戦うことになってしまった目の前のもう一人の女の子、フェイトと言う少女と「お話し」を聞いてもらうため、なんとか行動不能にしようという、無知純粋故の恐ろしさ溢れる考えを持っていた。
フェイトと言う少女は、なのはがそんなことを思っているとは露知らず、ただロストロギア「ジュエルシード」を巡って対立し、こちらを攻撃してくると言う認識だ。
戦いもますますヒートアップしていくと思われた頃、突如二人は両手両足を魔法で拘束されてしまった。
「双方そこまで。時空管理局の者だ。話を聞かせてもらうぞ」
二人の間に割って入り、強引に戦闘を中止させたのはクロノ。
管理局という言葉に、別で戦っていたフェレットもどきと、快活そうな女性が反応を示す。
「管理局だって…!?」
フェレットもどきこと、ユーノ・スクライアは、一瞬静かに驚くが、クロノの雰囲気から話が通じそうだとわかると、少しだけ安心した。
「フェイト!」
主の名を叫んだのは、使い魔である女性、アルフであった。彼女は管理局が出張ってきたことに顔を顰め、次の瞬間には大切な主を拘束されたことに憤りを覚え、クロノとその後ろにいるなのはごと、魔法攻撃の餌食にしようとした。
クロノはなのはの方を一瞥した後、彼女も守るように防御魔法を展開した。
すると、集中力が逸れたためか、拘束魔法「バインド」が弱まり、アルフによって破壊されてしまう。
(いけない!逃げられる!)
アルフはフェイトからジュエルシードを受け取り、このまま二人で逃走を図るようだ。
このままでは、事件の実行犯を取り逃がすだけでなく、危険なロストロギアも敵の手に渡ってしまう。
クロノは槍型のデバイスの先を二人に向けるが…
「待って!」
隣の高町に、縋るような目で止められてしまった。
あれほど激しく戦っていたのに、まるですぐにでも助けてやりたいとでも思っているような顔をされた。
どうやらただの敵ではないらしい。
(聞くことが増えるな…)
クロノは今にも飛び立とうとするフェイトとアルフを見る。
拘束できないことは悔やまれるが、転送魔法を使って逃げることで発生する魔力や歪みで、居場所の特定はできる。
ひとまず重要参考人であるなのはとユーノをアースラに連れ、二人の行方を追うための計画を立てようとした時だった。
「!?」
飛び立とうとするフェイトとアルフめがけて、鉄パイプが物凄いスピードで投げ込まれた。
いち早く気付いたアルフは、フェイトを抱えその場から離れたため、難を逃れたが…
革靴で地面を蹴る音が近づいてくる。
奥から誰かがこちらに向かって走ってくるのがわかった時、アルフは見てしまうのだった。
嫌な冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。
その男の目は恐ろしいほど真っ直ぐ、こちらを射貫かんと睨んでおり、手に持っているどこかで拾ったであろう鉄パイプが、男を更に狂気じみさせた。
フェイトは男と目が合った。
ドス黒い瞳に、意識が持っていかれそうであった。
そこには怒りなどの生温い一切の感情はない。
フェイトは濃厚な、今まで感じたことのない本気の殺意に当てられ、顔を青ざめさせた。
なのはとは違う。
今現れたクロノと言う管理局の者とも違う。
今走ってきている男は、本気でこちらを殺そうとしている。なのに、どうしてそれほどまで無感情な無表情をできようか。
フェイトはアルフの腕の中で震え始める。
ひどい仕打ちは何度か受けたことがあるが、ここまで純粋に恐怖を感じるのは初めてだった。
(殺しに抵抗がない…?)
アルフは身の危険を感じ、フェイトを抱えたまますぐ空高く飛び、逃げていった。
その間、一切振り返って男の方は見なかった。
一瞬でも止まろうものなら、あの男に命を持っていかれる。
その考えが頭から離れず、一心に振り切ろうとしたのだった。
男は一度舌打ちをし、ポケットを乱雑に弄り、何かを取り出そうとした。
恐らくまだ、何か打開するためのものがあったのだろうが、そこはクロノが止めた。
「進悟、やりすぎだ」
「敵は、次元震を引き起こしかねない、極めて危険なロストロギアを所持している。さらに今回は、何か強大な存在が裏であの二人を操り、ロストロギアを集めさせていると考えた。ここは更なる被害を出さないため、そして事件の早期解決のため、早いところ手をうとうとしたまでだ」
「…なぜ裏に誰かいると見抜いた?」
「…先程私は一瞬だけだが、あの二人の目を見た。あれは人を殺したり、傷つけたりすることを禁忌とする者しかできない、優しい目だった」
男は林田であった。異変を感じた彼は、図書館からここまでやって来たが、自分が来た頃にはすでに敵、フェイトとアルフは逃げようとしていたところだったのだ。
そして、視界に二人が入った途端、すぐ行動に出た。
危険極まりないロストロギアを好き勝手にされ、この管理外世界に暗雲を齎し、罪の無い大勢の命が危険に晒されること許さないためであろう。
「そう言う割に、こちらが引くくらいかなり本気だったじゃないか。それに、君があの二人を『操られている』とし、敵の大元が別にいるとするならば、なぜ情報源であるあの二人を…」
林田はクロノの問いに、無表情のまま答えた。
「我々が調査するロストロギアの危険性が、あの二人の命よりも上回っていただけだ。それに、手駒が居ないと気付いた大元は、必ず動き出すはずだ。二人を始末するまではいかずとも、負傷させて誘い出すことも考えていた」
林田の恐ろしい考えに、クロノは難しい顔となり唸った。
かける命を、犯罪者に片棒する二人か、罪のない管理外世界の住人および、今回調査に当てられた次元航行部隊かで言えば、クロノも理屈だけで考えれば、大勢が助かる可能性がある後者を取るだろう。
だが、果たしてそれが最善か。
「確かに早期解決も大事だ。しかしそれで焦った親玉が、まだこの世界に散らばるロストロギアを求め、なりふり構わない手段をとった時、今よりも事態が深刻になるかもしれないのだぞ?それに、あの二人には…個人的に見て弁明の余地があると考えている」
クロノは時間の解決のためならば、犠牲を最小限とは思うものの、やはり敵であっても、命を落とすのは気分がよくないらしく、「全員」が生き残れる道を模索したいらしい。
「甘いな、君は」
「君が苛烈すぎるだけだろ」
お互いに酷評をぶつけるが、そこまで剣呑な様子ではない。
昔からの付き合いの二人だからこそ、お互いの性格を理解し、ブレーキを掛け合う役割を果たせるのだ。
しかし、他者から見れば、林田とクロノに対する印象は雲泥の差である。
クロノは理性的であるが、まだ話をよく聞き、考えを汲み取る道徳的なところがある。
林田は正義のためならば「やむを得ない」こともあると割り切るタイプである。
話を聞いていたなのはとユーノは、二人をそのように評価した。
クロノはまだ、見た目的な幼さからもとっつきやすいが、林田に対してはていこうが見られる。
クロノが転送の手続きをしている間、林田は二人を監視していた。
ただ見ただけだが、二人は「変な動きをしたら…わかっているな?」と捉えてしまい、ユーノは小さな体を震わせ、なのはは背筋が自然と伸び、目に涙を溜めた。
林田は軽くため息を吐くのだった。
簡単な用語解説
第78管理外世界
太陽系が存在する管理外世界。他の次元にも、いくつかの地球が確認されているが、第78管理外世界にのみ『降星町(ふるほし)』が存在する。この町こそ彼の故郷であるが、世間では既に彼は亡き者として扱われている。
また降星町には、巨人が舞い降りたと言う伝説がある。
第55管理外世界
太陽系が存在する管理外世界。ここにも『雀路羅(ジャンジラ)』と呼ばれる一つの地公体がある。
「タイタン」と呼ばれる怪獣の伝説が広く世界中で知られており、「調和を守る秩序の神」や「荒ぶる神」など、様々な宗教にも絡んでおり、それぞれによって解釈は違う模様。