正義の執行者   作:イテマエ

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 時間で言えば、アルフがアリサに保護され、なのはとフェイトが本気でぶつかり合うあたりです。



第四話 救いと殺しの正義

 ムラマツが構えるコーヒー店は、海鳴駅から歩いて5分のところにある、規模はそれほど大きくない店だ。

 店内は足を運んだ者を優しく受け入れるような温かさがあった。決して特別感はないものの、色に深みが出たチークの床の傷ついた感じや、壁掛け時計のふりこが錆びた感じ、装飾が施された照明がぼんやり光る様子などが、回顧的なオレンジ色の空気を演出していた。

 そしてこの昭和な雰囲気によく合っている男・ムラマツは、パイプ煙草を咥え、林田から受け取った資料を見ていた。

 資料をめくりながら渋い顔で煙を吐く姿はなんとも様になっていたが、ムラマツ自身はかなり深刻なようだ。

 

「まさか…あのグレアムさんがずっと追っていたものが、こんな長閑な町に降りてくるとはね…」

 

 一通り読み終えたムラマツは、体に妙な重さを感じ、疲れたように椅子へ腰掛けた。

 

「私も…所有者がどれだけ凶悪な輩であったら、と思いましたよ」

 

 林田も、もてなしとして出されたコーヒーをほとんど飲めないほど気分が沈んでおり、珍しく弱気に呟いた。

 

 初めて彼女とコンタクトをとった時、優しさと儚さの裏に胸騒ぎするものを感じたのだ。

 直後、ジュエルシードをめぐる魔法少女たちの戦いが起こったため、意識をそちらに割くことになったが、その後の調査でわかってしまった。

 

 

「本格的な監視はいつになるのかね?」

 

「早ければ夏頃ですから間もなくですね。しかし私が本格的に行動するのは、今現在の最優先事項であるジュエルシード事件を解決してからになります」

 

 淡々とそう答える林田に、ムラマツはため息をつき、まるで愛おしい息子に教え諭すような柔らかい声でとうとう言った。

 

「林田君。君は本来もっと幸せに…いや、もっと普通な生活を送ってもいいんだ。学生らしく勉学に励み、友情を築くような、学生にとってありきたりかつ健康な生活を送るべきなんだ」

 

 遠回しに「任務を辞退してくれ」というその言葉を送られ、林田は一瞬瞳が揺らぐが、無表情を貫く。

 そして一度ごくりと唾を飲み込み、抑揚のない声で答えた。

 

「…私は…今まで大勢の者を滅した」

 

 彼は特殊災害対策本部戦略作戦室(以後『特殊戦略作戦室』)の責任者を任されてからまだ日は浅いが、それまでの間地上部隊で経験と技術を磨いていた。

 

 そこでは忌み嫌う魔法を使い、魔法による事件に巻き込まれた人々を助けていくことに疑問が生まれていった。

 

 使いたくない思いと、使わなければならない思いのジレンマに苛まれ、その苦痛から逃げるように仕事をこなした。

 事務的な仕事は徹夜してまでも打ち込み、実戦では敵の魔導士を一人残さず殺していった。

 

「いくら悪人と言え、人の命を奪うことは決して正当化されてはならない。生まれた時から悪人はいないように、命を奪われるべき人など、最初からいない」

 

 殺しの行為を否定し、生命の尊さを語る林田。しかし、それでも彼は犯罪者を殺した。途中で過ちに気づいて命乞いする者、無理やり加担された哀れな者にも、等しく「死」を叩きつけた。

 そこに決して驕りなどはない。だが彼はまるで、生と死を司るタナトスにでもなったのかと、とことん自分に気持ち悪さを覚えるのだった。

 そして、その「殺し」を正義と言い張る林田に、ムラマツは厳しい鋭い視線を向けた。

 

「君のその正義はいずれ破綻し、自分自身の身を滅ぼすことになるかもしれんぞ」

 

 先ほどまでと違って、やや語調を強めて忠告するが、林田は無表情のまま淡々と答えた。

 

「正義とは、各個人に宿る思想であると理解している。故にこれが絶対的な善であるとは一度たりとも思ったことはない。しかし、殺しは紛れもなく悪だ。その殺しで成り立つ正義はすでに破綻したも同然、ならば私は全ての責任を背負い込み、私の掲げる正義で殺した悪人以上の尊い生命を救う…」

 

 そしてやや震える声を抑えるように言う。

 

「私はもう…穏やかな日々を送ってはならないんです…」

 

 再び林田に敬語が戻り、ムラマツは考え込むように目を閉じ、煙を吐いた。

 まだ熱が残るコーヒーを、こみあげるものを抑え込むためか、勢いよく飲み干す彼の顔は、華ある男子高校生の年齢ではできないような疲れた表情をしていた。

 

 

 

 調査のため、一度外出した林田を見送ったムラマツは、古い額縁に飾られた写真を見つめていた。

 そこには今よりも若い自分と、小学6年生ほどの笑顔の子、そしてそれを囲むようにカメラに向かって明るい表情を向ける大人たちがいた。

 そっと手に取り、優しく埃を払ってやるムラマツ。彼が向ける目は、故人を偲ぶ寂しいものだった。

 

「今も生きているのは…私とあの子だけになってしまったよ」

 

 写真に写る仲間たちに、つい昔のように話しかけてしまった。しかし、おちゃらけた明るい声も、騒がしくも楽しい声も聞こえなかった。

 

(私たちも…林田君も…まんまと掌で躍らせられた…そして私は今や彼に協力してやることしかできない…しかし…)

 

 ムラマツは拳を強く握った。

 

(未だに彼は苦しみ続けている。それを私は…どうしてやることもできない)

 

 ムラマツは自分の無力さを呪った。

 かつて管理局員として働いた実績があり、林田には仕事上のアドバイスを送れるが、彼の苦しみを取り除いてやることはできない。

 

 彼を一番に苦しめているもの…それは…

 

 

 

 

 

(「殺すことしかできないほどの強い能力」…か…)

 

 

 

 

 

 魔法には非殺傷と殺傷とがあり、基本管理局員が身につけるのは前者の方である。余程の有事でない限り、殺傷魔法を使うことはないのだが…

 

(今の管理局が抱える問題の一つに、殺傷能力に特化した者や、レアスキル所有者に対し、凶悪犯逮捕もしくはその場での処理の任務が多く課せられていることがあげられる…)

 

 林田も林田で、管理局のいい駒だった。

 

 あまり表に出さないものの、管理局での魔法至上主義の考えは発足以来続いている。

 優秀な魔導士の待遇は向上されてきたが、そうでない一般局員にはブラック企業のような重労働が課せられることがしばしばあった。

 

 林田も功績はあげているが、魔法を思うまま扱えず、携帯武器と体術を利用し勝利にこだわる戦い方をするため、上層部からはあまり評判は良くない。

 魔導士としては外道な戦い方をしつつも、危険極まりない現場を何度も潜り抜ける手腕、何があっても決して動じない精神力、窮地の際に打開できる機転の良さ、それら全てが「不気味」に受け取られていた。

 

 そして、彼には非殺傷魔法がなく、どれも物理的ダメージを与えてしまうものばかりであり、唯一普段から使用許可が出ている「身体強化」ですら、その気になれば、敵を素手で嬲り殺しにできてしまう。

 

 そんな「厄介者」または「はみだし者」の評価を与えられた林田は、上からの酷な命令を次々と、感情のない機械のようにこなしていく。管理局はこの得体のしれない男を都合のいい道具として扱い、いずれ自ら壊れていくか、戦いの果てに壊れるかを待っているのだろう。

 

「彼はもう限界だよ…」

 

 一度人の温もりに触れてしまえば、揺るぎない意思に亀裂が生じ、崩壊するまではあっという間である。

 

「その上、ようやく心を開けた理解者まで手にかけようとするのだからね…」

 

 ムラマツは視線を落として呟いた。

 ああなった林田は止まらない。

 そして、ああなってしまった林田を救う資格がある者は、少なくとも管理局にはいない。

 

 

 

 翌日。

 林田は海鳴町が誇る美しい海原を眺めていた。

 早朝特有の青い空気と、昇りきらない太陽の光が海を照らし、また違った青さを見せている。

 こんな自然が生み出した絢爛たる景色にも関わらず、林田は何も映さない空虚な目であった。

 こうした自然、こと地球において四季が明確にわかる日本の景色は好きであった。しかし、今の林田の心は、目の前の絶景に心は全く踊らなかった。

 

「まーたぼんやりと呆けてんのか、うちの長はよ」

 

 ザッザと砂浜を歩いてくる男が欠伸を挟み、林田に対してぼやくとそのまま隣に並ぶと、同じように海を眺めた。

 

「何の用だ権藤。君は地上本部で待機命令を出したはずだ。室長の私がいない間は隊を頼んだぞ、と」

 

 林田は権藤の方を一瞥することもなく窘めた。

 しかし、権藤は飄々とした態度で受け流し、ドカッと流木に腰を掛けた。

 

「はいはいそうですね。隊のトップが簡単に持ち場を離れちまうんだからよ、室長補佐の俺なんかもともと手綱のねえ輩なもんで、言って聞かせるだけじゃ、どこにでもほっつき歩いちまうさ」

 

「それでも室長補佐だろう。現時点において君が特殊災害対策本部戦略作戦室の最高責任者だ。大人しく地上本部に戻れ」

 

「なら、地上本部はここにも当てはまるだろ。本部はいろんな管理世界に展開してんだ。例外とは言え、ここも特佐とグレアムの爺とムラマツさんのおかげで臨時の地上本部を設けられたんだ。なら俺も正当な手続きを海の連中と上に出しゃあいけるだろ。これも立派な特殊戦力作戦室の仕事だしな。それに、特佐が自分で言ってたじゃねえか。他は知らんが俺たちの部隊は、次のトップがすぐ決まるってな」

 

「その分、次の者へのしわ寄せが大きくなるがな」

 

 お互いに軽く言い合いをしていたが、その後二人は雰囲気を変え(ふざけていたのはほとんど権藤だったが)、特に理由もなく海を眺めていた。

 うち寄す波の音を聞き、魚がはねた水しぶきが波にさらわれる様を数分ほど見、林田はため息一つの後に尋ねた。

 

「誰に言われて来た…」

 

「爺だ。特佐殿を心配したそうでな」

 

 権藤は懐から封筒を取り出し、ひらひらと林田に見せびらかした。

 

「よかったな…お前には心配してくれる人間がいるんだからよ」

 

 権藤は砕けた言葉遣いのままだったが、先程までとは違い、まるで気の知れた友人が、それとなく気遣う優しさがあった。

 林田は不器用にも小さく微笑み、答えるのだった。

 

「君がいることが余計な心配を煽るのだがな」

 

 権藤は青筋を浮かべ、海に向かって痰を吐き捨てた。

 

 

 

 林田は権藤から封筒を受け取り、その場で封を切った。

 

 中にはおおよそ日本語ではない文字が並んでいた。強いて言うなら英語に近いが、よくよく見ればアルファベットの向きが違う他、一部独語に近い発音のものがあったり、微妙な違いがあった。

 とは言え、一定水準の英語ができれば苦労はしないのだが、そもそもデバイスを介せばどの言語にも対応できるため、必ずしも主な活動場所であるミッドの言葉を話さなければ話さなくてもいい。

 そのため他の管理世界や管理外世界出身の者など、管理局へ広く採用できるようになった。

 

 一概にいい策とも言えないが。

 

 林田は内容に目を通していると、徐々に風が強くなり始め、暗雲が立ち込めた。

 しかし二人は特に慌てる素振りはなく、むしろ先ほどまでのような落ち着いた様子であった。

 天気の変わり様や、肌に感じる妙な感覚には目もくれず、書類を見ながら権藤に問う。

 

「結界か…この報告書通りなら、今高町なのはとフェイト・テスタロッサのために次元部隊の者たちが用意したな?」

 

 対して権藤は、未成年にも関わらず煙草に火をつけ、鼻から大きく煙を吐くと、興味無さ気に答えた。

 

「どんな計らいか詳しくはわからんが、海の連中の独断かもな。俺もここに来る前、急に伝えられたしよ。しかし、特佐のデバイスにも恐らくアースラから直接情報が来ているはずだが?」

 

「私はデバイスを起動させたままであれば、文字通り命を削ることになる。よほどの有事でないかぎり、常に私は切ったままだ」

 

「そうだったな。全く苦労かける体だなぁおい」

 

 鼻でこの状況を笑った権藤は、どこか楽しんでいるようだった。

 そんな彼に林田は特に何も言わず、静かに書類を封筒に入れなおし、懐にしまった。

 

 渡された書類に書かれたものは、現在使い魔のアルフが第97管理外世界の住民に保護されたこと、そしてその時近くにいた高町なのはとユーノ・スクライアがフェイトについて情報を聞き出した報告、加えてジュエルシードを集める目的が書き記されていた。

 そして、それらとは別の紙がもう一枚入っており、そこにはミッドの言葉で「行動許可状」と書かれ、長ったらしい文章の後、大きな印章が押されていた。

 長ったらしい文章は、簡単に言えば「特殊戦略作戦室の行動条件を満たしたため、次元航行部隊との連携のもと行動を許可する」とのことだった。

 

 権藤は小さくなったタバコを海に吐き出し、稲妻が迸る黒い空を見ながらぼやいた。

 

「流石にこっちが主導権取るまでとはいかなかったが、やはり大魔導師プレシア・テスタロッサが首謀者だとわかりゃあな」

 

「彼女一人が持つ魔力は、ものによってはロストロギアを上回るものがある。もし並大抵の魔導士ならば、数十人束になったところで敵うまい」

 

「つっても情報によれば、不治の病を患っているそうじゃねえか。年々体を蝕み、今じゃちょっとの魔法行使でかなり危ねえんだろ?」

 

「ああ…だから私に考えがある…」

 

 波が、風が、無理やり捻じ曲げられたような不自然なうねりを見せ、自然の怒りのように恐ろしい轟音を鳴らす中、林田は淡々と権藤に告げた。

 

「相変わらず特佐よ…」

 

 権藤は軽く顔を引き攣らせた。

 しかし、林田は毅然とした態度のまま答えた。

 

「我々の仕事は敵に勝つか負けるかだ。勝てば解決、負ければ自分の死と次元崩壊の危機だ」

 

「故に妥協もできねえ、狡い手も仕方がねえってか」

 

 林田はコクリと頷くと、今頃荒れ狂う自然の中で、お互いに思いの丈をぶつけ合っているだろう空を見つめた後、踵を返してもと来た道を歩いていく。

 権藤は特に止めもせず、大きくため息を吐いて、介入してくる奴を待った。

 

「ったく…お前さんだけが苦労してるじゃねえか…」

 

 自分ではどうすることもできない無力さに、苛立ちを募らせ、頭を強引にゴシゴシと掻くのだった。

 

 

 

 高町なのはとフェイト・テスタロッサが、戦いを繰り広げているところを目の当たりにしていた林田だったが、その場を権藤に任せ、とある場所へ向かった。

 不思議とその足取りは軽い。

 目的地は今回の任務と関係がなく、普段の彼なら仕事を放っておき、私用を優先させることはなかった。

 しかし、現在彼は徐々に現場から離れていき、やや足早に図書館へ向かった。

 

(私は…楽しみにしているのだろうな…)

 

 以前約束を交わした、車椅子少女のことを思い出した。

 表面上元気を取り繕うが、どうも彼には時折垣間見える暗い表情に見覚えがあった。

 

 自分と同じように、理不尽に親を奪われた者。

 しかし、自分の周りには身近に支えてくれる者がいた。現在は多くの友人に恵まれ、自分を心配してくれることを、お節介に思うことはあっても、同時に嬉しくもあった。

 改めて、自分はひとりではない。

 

 だが、彼女…八神はやては一人であった。

 生活を支える者の、資金による援助はあるが、彼女を支えるものはそれっきりである。

 感情の起伏が激しく、親に思いをぶつけたい気持ちと、甘えたい気持ちが入り乱れる繊細な時期、彼女は一人であった。

 生きるために身の回りのことを、足が不自由ながらも自分だけの力でこなす彼女は、弱音など吐いていられないのだろう。

 

 妙に達観し、年不相応に落着きがある、はやてとの出会い。

 これが大きく林田を変えたことになった。

 

 変な心臓の高鳴りが止まらない。

 

 急激に踏み出す足が重くなり始めた。

 

 しかし、図書館には迷いなく足が向かっている。

 

 止まる気配がない。

 

 様々な感情がぐちゃぐちゃに入り乱れ、変な汗が止まらない林田は、遂に彼女と約束した図書館に来てしまった。

 取っ手を掴み、グッと力を入れて押すと、涼しい空気と共に、本独特の匂いが流れ込んだ。

 

 そこまで大きくない図書館と言っても、住宅地が近くにあるためか、開館直後でもそれなりの人が中にいた。

 静かに本を読む者、快適さに本を開いたままうたた寝する者、教科書を広げて勉強する者、利用の仕方は様々であった。

 

 林田は迷うことなく、大きめな机が置かれた共有スペースへ歩いていく。

 視界にお目当ての人物を捉えると、その者もこちらに気づき、手を振りながら、憑き物が取れたような笑顔をこちらに向けてきた。

 彼は彼女と隣り合う形で席に着き、自分のために用意された本を手に取った。どれもこれも、少女ほどの年齢の子が読むような本ではなく、倫理や道徳に訴えてくる話ばかりだった。

 

 試しに取った本は『魔物使いと少年』と言う題名で、一文字一文字読んではページをめくり、引き込まれる面白さを感じつつ、丁度良いタイミングで、はやてから彼女自身の思いや考えを聞けた。

 その感想を聞く限りやはり達観していることもあるためか、ただ漠然と自分の感情については語られず、じっくり読んだうえで導かれそうな考察を聞くことができた。そのため様々な自身の考えと、彼女の異なる考えと比較しながら、より深いところでの理解ができ、すらすらと内容が頭に入ってきた。

 

 ふと林田は視線を、本から彼女へ移した。

 クリッと大きな目が合い、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 

 このどうしようもないくらいに愛おしい動作に、林田は気が付くと彼女の頭を撫でていた。

 「何をしているんだ」と心の中で自分を咎め、すぐ手を放すと、彼女は名残惜しそうな表情を見せたが、その時自分はどんな表情をしていただろうか。

 はやてはクスッと小さく笑って言った言葉に、林田は心臓が止まる思いをした。

 

 

 

 

 

「笑った顔、とっても優しそうやったよ」

 

 

 

 

 

 優しい…?この私が…?

 そして笑っただと…?

 

 困惑する彼とは違い、はやては楽しそうに、そして頼りにするように、体を預けるように傾けた。

 小さい頭を、今度は自分から撫でてやった。

 彼女はとても安心した笑みを浮かべていた。

 

 彼はこれ以上彼女を見るまいと、本へ視線を向けた。その時、撫でる手は止めなかったが。

 先ほどとは打って変わって、字が滑るように流れていき、内容が全く頭に入らなかった。

 

 ただ彼の心に途方もない罪悪感と責任感が圧し掛かり、体が急に重くなったような感覚となる。

 そして、悔し気に心の中で強く言った。

 

 

 

 

 

(なぜ…こんなにも優しい子が選ばれたんだ)

 

 叫びたい思いをなんとか押し殺し、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(殺されねばならないんだ…!)

 

 それも他でもない、彼女が信用してくれたこの林田によって…




登場人物紹介

村松敏夫(ムラマツ・トシオ)

 海鳴町に小さなコーヒーショップを構える、38歳の男。パイプ煙草が似合ういぶし銀で、店の雰囲気と共に密かなファンが多い。
 グレアムとは知り合いで、20代の頃は管理局に属し、今の特殊災害対策本部戦略作戦室に繋がる組織を率いる隊長で、部下からは親しみと信頼を込めて「キャップ」と呼ばれていた。また、その時まだ幼い林田とよく交流した。
 解体のキッカケとなった「円盤生物第0号事件」で、大勢の隊員を失い、責任を取る形で管理局を辞めさせられた。本人は「自分一人の辞職で、大勢の者たちの責任が取れるものか!私が戦い続けることこそが逝った者たちへの償いであり、責任なのだ!」と上へ詰め寄ったが、汚職や悪事を許さず、摘発に妥協がない彼を退けたい上にしてみれば好都合であり、抗議虚しく村松は辞めさせられ、その日をもって科特隊も解散となった。
 今では林田の活動の力になるよう、ささやかな助言を送っている。
 元ネタは『ウルトラマン』よりムラマツ・トシオ(キャップ)。

権藤吾郎(ゴンドウ・ゴロウ)

 地上部隊所属の19歳。林田とは同期で同僚。特殊災害対策本部戦略作戦室の室長補佐でもある。基本捻くれた思考なので、真っ直ぐなクロノとは度々言い合いになる(言い合いで負けたことはない)。背も大きければ、態度も大きく、基本バレなければOKの精神で、酒やタバコを嗜み、休日はパチンコか競馬場で金が飛ぶスリルを楽しんでいる。
 しかし実力は本物で、林田同様魔法をあまり扱えないが、身体強化でしぶとく生き残り、泥臭く戦う他、上官として隊列を正し、質量兵器を用いた戦法も取るなど、指揮能力も高く、冷静な判断力も持ち合わせる。
 元ネタは『ゴジラvsビオランテ』の権藤一佐。

『魔物使いと少年』

 作・上原昭三郎(ウエハラ・ショウサブロウ)
 画・成田淳(ナリタ・ジュン)

 1971年出版。
 異国からやってきた少年と、魔物を使役できる老齢の魔法使いの話。
 いじめられる少年を、魔物を使って助けてしまったために、魔物使いは村人から恐れられ、とうとう殺されてしまった。それにより暴走した魔物を、国を守る魔導士たちが倒すという物語で、人間の差別意識や未知なるものへの恐怖心、それにより引き起こされる惨劇と、集団心理の恐ろしさを描いた問題作として、賛否両論分かれた。
 成田の、メルヘンチックな背景と共に描いた美しい魔法の柔らかい画風や、いじめる者たちの醜態や、暴走する人々の恐怖する表情の薄暗く不気味な画風など、絵に様々な「顔」を持たせたことが評価された。特に、雨が激しく打ちつける中、慟哭をあげる魔物が文字通り全てを灰塵に帰す様子は、尋常ではない怒りと悲しみが伝わってくる。
 はやてと林田が読んだものは、上原によって書籍化されたもの。
 モチーフは『帰ってきたウルトラマン』より「怪獣使いと少年」
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