クロノと権藤を見送った林田は、諸星と共に医務室へ足早に向かった。
そして、諸星がいつものメガネをかけたところで、林田は口を開く。
「諸星」
「わかっている」
呼ばれただけで、林田が言いたいことを全て把握している諸星。それだけ互いを理解し、信頼していることが伝わってくる。
しかし、その雰囲気は張り詰めていた。
「医務室は既に人払いを済ませてあるし、君の
つらつらと語られるのは、林田の極秘調査のための工作だった。
記録として残さないため、機器の掌握、調査文書・アリバイの偽造、そのための人員確保、そしてそれの登用など、計画的なものだった。
「事がまさかジュエルシード以上に重大だったとはな…しかし良かったのか?」
諸星は林田に問う。
「君がこれからやろうとすることは、大勢の人を裏切ることだ。鼻に付くあの管理局の連中はともかく、君の大切な友人や恩人も裏切るのかもしれんのだぞ?」
「それは私に加担する君もそうだろう」
「私の心配はせんでいい。むしろ、そんな管理局にも交流のある君だからこそ言ってるんだ」
諸星は犯罪に加担することに憂いはない。
心配なのは、林田が育んできた大切なものが崩れ去らないか、であった。
友人は、林田の容態を気にし、故に「バイタルチェック」を疑うことはなかった。
恩を感じた者は、協力する建前、自身が上からの目を欺き、地球で活動するために利用させてもらった。
「確かに…私は様々な期待を裏切ることになる。そして、自身の命の恩人すらも裏切ることになるだろう」
林田は機械のような表情で語る。
ここから心情を察するのは難しいが、諸星は長い付き合い故にある程度読み取ることはできる。
しかし、こうして真っ直ぐに疑問をぶつけ、自ら声に出して答えてくれるのを待つ。
心が揺れ動いている彼に、自分の中で踏ん切りをつけさせるための配慮だろう。
「それでも…虚偽を貫いてでも、成し得たいことがある」
目を閉じると、一人の車椅子の少女が涙を流していた。
この映像が、目の裏にずっといる。
「我が儘になるが、私がこの世界に足を踏み入れてから、初めて本気で守りたいと思えたんだ」
「…そうか…」
その力のこもった林田の言葉に、諸星は呆れながらも満足そうに頷くのだった。
『残念だが、兄さん。ここまでが限界だった』
モニターの先では、堀の深いハーフ系の男が、力及ばず悔しそうに顔を歪めながら謝っていた。
彼の名はジャック。林田との付き合いはかなり長く、クセの強い権藤や諸星たちの仲介役であったり、時に悪ノリしたりするが、何かと面倒見が良く、信頼の厚い男である。
『どれもこれも、以前から兄さんが調べていたこととほぼ同じことしか書かれていない。どんなものかはわかっても、その負の連鎖を断ち切る方法はどこにも…』
林田はやや俯く。
現実は非常だ。
ことがうまく運ばないことの方が多い。
この魔法が蔓延る世界なら尚更だ。
それでも僅かな希望に縋った。
信頼できる仲間に未来を託した。
そして、最も信頼を寄せる男の言葉に、微かな希望は打ち砕かれた。
林田の悲壮感が伝わったのか、ジャックも気まずそうに目を逸らす。
「林田…」
諸星は今は何もできない。
普段軽く言い合える仲だが、今だけはどんな言葉をかけてやれば良いか、正解が見つからなかった。
暫く沈黙が流れていると、ジャックの後ろから背が高く、顔に幼さが残る男子がやってきた。
『兄さん』
「…タロウか」
ヌッとモニターの前に来たのは、林田が信頼を寄せる者の一人。
吾妻タロウ。若いながらも、仕事に対する姿勢や普段の態度が丁寧で、よく年上から可愛がられているが、実力は本物で近接を得意とする。
そんな彼が思い空気の中を切り裂くように現れた。空気が読めないほど疎いわけではないが、どうしたものか。
『その『夜天の魔導書』は、使用者が自己防衛プログラムを組み込んだことで、『闇の書』として言われたのですよね?』
歴代の資料によると、闇の書の自己防衛システムを司る「管制人格」が、最終的に使用者の行動権限他生命を奪い、自身の存命と次の依代の選定、そして新たな魔法の習得を学習する。
「ああ」
『なら、夜天の魔導書の本質自体は変化していない…と言うことは、主人が闇の書ではなく、夜天の魔導書の管制人格にアクセスできれば、闇の書としての自己防衛システムの破壊、除去が見込めるのでは?』
タロウの言うことは最もだ。
闇の書のプログラムは元は人間が組み込んだもので、その力の行使は夜天の魔導書に由来する。
魔導書へ直接アクセスできれば、それに由来する闇の書も停止させることはできるかもしれない。
しかし問題もある。
「闇の書は人の手によって扱われやすく工夫されたものだ。夜天の魔導書をいちいち紐解いて扱うより、簡易化された闇の書の方が使いやすいだろう?」
簡単に言うと、集約接続に近い。
膨大な情報量から求める情報を閲覧するには時間も労力も浪費する。加えて、その情報の真偽は定かでないし、危険なものもある。
そこで、一度一つのところで情報を集約させ、使用者は必要最低限にされた情報のみ閲覧可能となる。
集約接続ではボトルネックとなる部分が指摘されるが、闇の書の場合はただの簡易化。
要はデメリットなしの集約接続と考えれば良い。
「そして、簡単になればなるほど、人は深層心理で楽な方へ…つまり、本質の魔導書は目を逸らし、扱いやすい闇の書を使用してしまう」
林田の説明に、タロウは頭を抱えた。
『せっかく北斗姉さんと一緒に考えた打開策なのに〜!もう頭がパンクしそうです!』
普段真面目な彼がここまで壊れてしまった。
このままではダイナマイトのごとく吹っ飛びかねないので、調査はここで打ち切りとさせた。
モニターを切った林田は、いつも以上に機械的な無表情となり、医務室を出た。
諸星はため息をひとつ吐き、いつも通りの環境に戻すのだった。
…
医務室を立ち去った林田は、ため息混じりに自動販売機の前に立った。
気が沈む理由はわかっている。
このジュエルシード事件の背景で、闇の書——夜天の魔導書の反応があった地球にて調査を任された林田は、もちろんその危険性をよく知っている。
いつ上から「排除」の命令が下されようと、いつも通り無感情のままやり遂げるつもりでいた。
願わくば、主人が極悪人でありますように。
その願いは叶わなかった。
主人は力に溺れる愚か者ではなかった。
ただただ普通な平和を享受したい、自分よりもずっと幼い少女だった。
少女の名は八神はやて。
足が不自由なだけの、普通の女の子であった。
林田は、初めは純粋な興味だった。
主人自身に危険はないと判断すると、その主人であるはやてに近づいた。
少女はどのようなタイミングで魔導書を起動させ、願いを叶えようとするのか、何がトリガーとなり得るのか気になったのだ。
しかし、彼女は穏やかだった。
そして、自身に優しさをわけていた。
その善意からくる行動が、正義で動く林田の心に揺さぶりをかけていた。
そして、たまたま見てしまった涙。
きっと今まで一人なために、他人に見せなかったであろう涙を、ただの他人の林田に見せた。
そんな彼女を、魔導書ごと封印できるか。
林田の正義はその瞬間に崩れた。
彼女を守りたい。
その思いで、魔導書の対処を必死に考えた。
しかし、その努力がすべて無駄に終わろうとしていた。
ジュエルシード事件は最終局面を迎えており、間も無くこの地球を離れる。
もし次があるとするなら、闇の書の暴走の鎮圧のための出動だろう。
その時、自身の手で彼女の命を奪わなければならない。
それで全てが終わるのならそうしたい。だが、闇の書は次の憑代を見つけ、また悲劇を生むだろう。
「『こんなはずじゃない』か…」
「我々
改めて魔法の世界の理不尽を嘆くと、別の男の声がした。
その声の主の方を林田は特に見向きもせず、缶コーヒーを買うため財布を弄る。
男はすぐ隣の自販機でコーヒーを買い、一口飲んでから呟く。
「この世界の魔法はファンタジーと言うより、科学の発展のことを言う。ま、我々からしてみれば、行きすぎた科学は魔法となんら遜色ないがな」
自嘲気味に笑った後、またコーヒーを一口。
隣では林田が未だ小銭を探しながら問う。
「処理の方は?」
「問題ない。特佐たちの会話履歴、その他諸々の使用履歴の消去は完了。管制室の本体機種の方も改竄はできた。また私の伝手に頼んで、情報局の方でも諸措置にあたらせ、先程終了との連絡があった」
「そうか。上の意向はそちらには?」
「ああ。それも伝手を介して私の耳に既に届いている。そろそろ上とグレアムの爺さんが足並みを揃える頃だろう。そうすると、本格的に君の滞在が危うくなる。今から正式な手続きを経て便宜を図ったとしても、君が活動しやすくなるためには時間が足りんな」
「そこでだ…」
林田は自身の考えを伝えると、男は小さく笑みを浮かべた。
「かなり無茶苦茶だが、それが例の少女に近づける優良な手段かもしれん」
「すまんな。自分でも正気を疑うほど逸脱した考えだと思っている」
「その無茶のお膳立てをするため、私は仕事しているのさ」
男はコーヒーを飲み終えると、林田に新品のコーヒーを渡した。
「私は君の神の如き力に賭けさせてもらう」
林田はコーヒーを受け取ると、歩き去る男にため息混じりに呟く。
「例えこの力を持ってしても、届かぬものもあるさ…」
少しばかり寄り道し、そろそろ管制室で事の行先を見届けようと、貰ったばかりのコーヒーを飲み干した。
喉元を熱さが過ぎるとともに、自身の心につっかえていたものを流し込む。
いくらか気分を切り替えられたところで管制室へ歩み始めると、何やら多くの人がいた。
「君たち、そこで何をしている?」
林田は呼びかけると、みんな揃ってビクッと反応し振り向く。
少しばかり目を見開いているのは、高町なのはとユーノ・スクライア。あからさまに怯えを見せたのはフェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフだ。
固まったままの四人に、林田はファースト・コンタクトの時のことを思い出す。
「安心してくれ。そちらに敵意がないとわかっている。当然そちらから何かしてこない限り、私はそちらに危害を加えることはない」
なんとか緊張を解こうとするが、いつも通りの感情の起伏のない鉄仮面な所為で、余計な不安を駆り立ててしまっていた。
「だからそんな真顔で言われたところで、受け取る側は不気味としか思えんのだぞ?」
背後の扉が開き、そこからクロノがやれやれといった感じで現れ、その場にいる者を入るよう催促した。
この時、なのはたちは心の中でひたすらクロノに感謝するのだった。
…
管制室に入ると、大きなモニターが林田たちの目に飛び込んできた。
そして、そのモニターの中では、槍のような武器を構え、慎重かつ迅速に敵地の中心へ向かう管理局員がいた。
「状況は?」
林田はクロノの隣に並び立つと、モニターを見ながら問う。
「つい先ほど首謀者プレシア・テスタロッサの居場所を特定。あらかじめ編成した突撃班を向かわせた。そして今回は彼女の身柄の拘束を最優先とする」
林田はクロノの言葉に、緊張した面持ちで黙ったままだ。
それを見かねた権藤が林田に耳打ちする。
「いつもなら戦闘を想定したものなんだがな…」
「ああ。あれほどの力を持つ者だ。まともに拘束できるとは思えん」
プレシアは病に蝕まれている身とはいえ、大魔導士の異名を持つほど魔法に長けた存在である。
いくら優秀な管理局員をぶつけたとしても、こちらは一般的に見て優秀なだけで、魔導士の中でも特に強力なプレシアに勝てるはずもない。
映像の中では順調にプレシアの元へ近づいている管理局員。
しかし、林田・権藤には、あまりにも順調に進みすぎていることに違和感を覚えた。
(ここまで行手を拒む障害なし。やはり…誘われているのか?)
林田の中で様々な不安が入り乱れていると、ついにプレシアを視界にとらえたのだった。
その不気味で、強力なオーラを感じさせるプレシアに、管制室の雰囲気は張り詰めた。
「あれがあの大魔導士…」
「プレシア・テスタロッサ…」
誰かが息を呑んだ。
その溢れ出るオーラに当てられ、息を荒くするものもいた。
「母さん…」
フェイトの今にも消えてしまいそうで、か細く、そして縋るような声が通る。
「あれが…フェイトちゃんのお母さん…」
強い心を持つなのはも、自身の住む世界の母親との圧倒的な違いに体を震わせていた。
忙しいながらしっかりと愛情を受けたなのはとは対照に、まるで雑用のように扱われたフェイト。
彼女が言っていた母親像から想像もできないほどの悍ましさに、心臓の鼓動が速くなった。
そんな中でも、林田は冷静だった。
「クロノ。突撃班が他に何か見つけたようだ、映像を切り替えてくれ」
その声でふと現実に戻ったクロノはモニターの映像を切り替えた。
するとそこには…
「おいおいこいつは…」
誰もが唖然とし、あの権藤も冷や汗を垂らし、言葉を失った。
「…アリシア・テスタロッサ…」
林田がかつて報告書で見た少女の名を呟くと同時に、管理局員の悲鳴が響き、映像が乱れた。
林田はその時、一瞬見えたプレシアの瞳に、尋常ならざる怒りと殺意を感じたという。
…
「プレシア…時空管理局法に違反したため逮捕します」
リンディは艦長として威厳を保ち、プレシアに告げた。
『もう時間がないわね…』
だが、彼女はカプセルの中に入った我が娘の亡骸を愛おしく撫でるように触れ、独り言のように呟く。
『折角アリシアの記憶を与えたというのに…結局は何もできない人形…』
その独り言は次第に語気を強め、明確に一人を恨むものへ変わっていった。
自身の母親として、心の底から本当に真っ直ぐな愛を向けていたフェイトは、「人形」という言葉を聞き、心の中でいろいろなものが崩れ去っていく。
全てが明るみに出た以上、秘密にし続けることはないとし、溜め息混じりに執務官補佐のエイミィが、残酷な真実を告げた。
プレシアが行った最後の研究。それは使い魔を超える人造生命の生成であった。
使い魔は、基礎となる生物に魔力を与え、生物として知能を増幅、より人間に近い存在として進化させたようなもの。
それは容易ではないものの、主人となる者の魔力が高く、手順を踏めば生み出すことは可能である。
しかし、主人とのリンクが切れるか、主人の命が途絶える、または使い魔自身の命が尽きるかで、使い魔の役目は終了する。
また、素体が人ではなく、他の生物であるため、基本的に寿命が短い分長く続かない。
そうした問題を解決するため、全く新しい生命を一から作り上げることに焦点を当てた研究が、人造生命であった。
一から作る分、途方もない時間と労力が必要とされるが、魔力に都合のよい生命を造れば、一個体として強力な生命体を作ることが可能だ。
では、一から造るとして、何を基に造れば良いか。
知能があり、寿命が長く、魔力を扱え、そして言語コミュニケーションが可能な生物…
…人間。
しかし、人間を基にするとしても、その人が持つ遺伝情報は、46本の染色体に書き込まれた約30億塩基対のDNA配列として存在する。そして、その中に約2万3,000種類のタンパク質に翻訳される情報が存在する。
それを全て造り、更に優秀な個体の生成のため細かい調整の組み替えで完成体に近づける。
人の一生があったとしても辿り着けるかどうかだが…
「そうして死者蘇生にシフトし、自身の大魔導士としての血が流れる娘を素体にすれば、こうした手間を省ける。そして、その研究で開発された義体のコードネームが『フェイト』…違うか…?」
エイミィに代わり、林田が鋭い瞳をプレシアにぶつけながら問う。
『よく調べたのね…』
プレシアはその後、フェイトの心を残酷にも抉った。
貴女は偽物。
貴女は人形。
貴女は作り物。
貴女は娘じゃない。
子供にとってこれほど残酷なことはない。
なのはは必死に「やめて!」と訴えるが、凍てついた心の壁を破ることはできない。
そして、プレシアは最後に言った。
「私は貴女のことが…
…大嫌いだったのよ」
フェイトの中で、何かが完全に壊れた。
ショックのあまり意識を失った彼女の表情は青白く、涙一滴すら出ていなかった。
「…大丈夫、脈はある。呼吸も安定している」
「そうか…医務室に連れて行くといい」
クロノがフェイトの容態を見て現状問題ないとし、林田は医務室にいる諸星にこのことを伝えると、彼女は二つ返事でベッドを一つ確保してくれた。
「!庭園内に強力な魔力反応を多数検出!いずれもAクラス!」
一息つく間もなく、次々と事態は動いていく。
突然艦内に警報が鳴り響き、管理局員が慌ただしい様子で解析にあたる。すると、庭園のそこら中に傀儡兵が多数出現したという。
「俺も特佐も魔力自体はCクラスなんだがな…」
権藤は頭を怠そうに掻くが、目だけは油断なく傀儡兵を見据えていた。
「怪我人の転送は?」
「完了しました!」
林田は一先ず安堵した。
しかし、庭園は小刻みに振動し、ただならぬ事態を予感させていた。
「!ジュエルシード、9個の発動を確認!」
オペレーターの叫びが事態の逼迫を表していた。
「ちっ…おっ始めやがったか…」
権藤は苛立ちを込めて舌打ちし、管制室を飛び出した。
「特佐!上の許可を!」
去り際に権藤が叫ぶ。林田は携帯型のデバイスを取り出し、耳へ当てがう。
「次元震観測!エネルギー尚も増大!」
「このままですと、次元断層発生の恐れがあります!」
その間にも事態は悪い方へと突き進んでゆく。
「いつでも転送できるよう配備!次元震の影響が少ない所へ向かって!」
リンディは最善の行動を必死に考え、部下に命令。
この状況下でも強く言い出せる者がいることで統制は取れているだろうが、今やいつ次元が崩壊するのかわからない。管理局員は恐怖と闘いながらやれることをやるのだった。
「くそっ!僕はプレシアを止めてくる!」
「クロノ君!?」
クロノも管制室を飛び出そうとした時、林田が待ったをかける。
「クロノ、まさか一人で行くつもりか?」
「ああ」
迷いなく答える友人に、林田はため息をついた。
焦りで視界が狭まっている。
「ならばここに私がリストから選んだ局員の名がある。この者たちと共に向かえ。退路の確保くらいには役立つはずだ」
そう言って、数枚の紙が閉じられたバインダーを渡した。
クロノは流し見すると、最後の一枚を見た時一瞬驚き、そのまま林田を見た。
「彼女の力が必要になるだろう」
その言葉を聞くと、クロノは薄く笑みを浮かべると管制室を出て行った。
「林田特佐、いつの間に?」
エイミィが問うと、林田は答えた。
「ここに来る前、戦闘は避けられないだろうと予感しただけだ」
「…それでこのソースは?」
「情報科の資料室だ。特佐権限でこの問題は事後承諾で処理する」
「要するに、勝手にいろいろやってくれたってわけですね…」
「…すまない」
あれから間もないうちに、アースラ艦長リンディは、戦闘配備を決定。
次元の崩壊及びジュエルシードの暴走を阻止するため、プレシアの逮捕または無力化を目的とした武力鎮圧に変更。
また、林田は上層部に掛け合い、特殊戦略作戦室として正式な「防衛出動」の許可を申請。GOサイン待ちだが、事情からこの先の展開により、ほぼ出動は確定だろう。
「そうですか。わかりました」
林田は携帯型デバイスを閉じ、大きく息を吐いて強引にポケットへ突っ込んだ。
通信終了と同時に疲れがドッと押し寄せ、嫌な汗が全身を濡らす。
首は凍えそうになる程冷え、体を震わせたが、体内は煮えたぎるように熱い。
林田は他の局員に体調を悟られぬよう、平静を装ってこっそりトイレに向かう。
個室に入り、勢いよく扉を閉めると、腹の底から不快が一気に込み上げた。
耐え難いほどの苦痛に、林田はそれを吐き出す他ない。
口の中にほんのり苦味が残っていたため、洗面所に立ち、口を濯いだ。
(酷い…死人のようだな…)
息を荒くしながら顔をなんとか持ち上げ、鏡の中を見ると、自分の嫌うものが同様にこちらを見ていた。
不健康な青白さに対をなす、充血した赤い目、止め処無く流れる汗が、水と一緒に垂れていた。
この顔が心底嫌だ。
そして、この顔で殺しを「正義のため」と謳うことに、腑が煮え繰り返る思いであった。
…
「おう…随分と長いお手洗いじゃねえか」
権藤が待機している部屋に向かうと、既に準備を終えていたそうで、大きな体を椅子にかけ、ふんぞり返っていた。
「思いの外話が長引いてな。許可を出すための余計な御託に付き合わされた」
「ケッ。お偉いさんはいちいち難しい言葉を使わなきゃ話をできんのかね?こっちの室長さんは命懸けだっつーのによ」
「室長とは言え、組織では末端の長だ。下の要求はそうそう通らない」
「だよなぁ。そのくせ面倒ごとになりゃ、期限と条件つけて命令してくんだからよ。無理難題押し付けられて、やっとの思いで遂行すりゃ、やれ遅いだの、もっと効率よくできんのかだの、勿体つけては自分の功績としてあげちまう」
「だから何とかグレアムさん、そして陸長が便宜を図ってくださっている。当初よりはいくらか改善されたさ」
「陸長…あのレジアスの爺がなぁ…しかし特佐よぉ、それはただ『マシになった』ってだけじゃねえの?」
「違いない」
戦闘が控えていながら、権藤は上層部への愚痴を言いながらタバコをふかしており、緊張のかけらもなかった。
しかし、こうした図太さが林田を幾分か楽にさせていた。
張り詰めた場での仕事が多い林田にとって、自然で、対等に、そして自由に語り合える仲間はそういない。
落ち着いてきたところで、気分が少しばかり楽になった。
病は気からと言うべきか、それでも切り替えることができ、林田は権藤の用意した武器を懐に隠すのだった。
そうこうしていると、艦内放送で林田と権藤の名が呼ばれた。
二人は気を引き締めると、その表情は紛う事なき軍人のものへ変わった。
「しかしまあ特佐。あまり無茶して死ぬんじゃねえぞ?」
「それは室長の引き継ぎが面倒だからだろう?」
しかし、待ち構える存在がどれだけ強力だろうと、二人はただの仕事人としてあたるだけ。
そこに余計な思いも憂いもない。
…
「んで、状況は?」
「現在クロノ執務官が編成した武装部隊が傀儡兵の一掃を行なっている。そして執務官は高町なのはとユーノ・スクライアを率いて、中枢の敵と戦闘中。また、次元の維持のため、リンディ艦長が結界を構築し、現状なんとか凌いでいるところだ」
「ほぇーあの艦長直々のお出ましととはな。おまけにあの二人を協力者として戦力投入か。しかしそれでも案外時間がねえんじゃねえの?」
「艦長だけではない。前線に出ている局員たちにも疲労が見えるし、傀儡兵は随時送られている。この状況を維持するにも精一杯だ」
林田は先程決定した武力鎮圧の詳細と、現状を伝える。
話からわかる通り、事態は依然として深刻なままだ。
すると突然、林田のポケットから着信音が鳴った。
手に取ったそれはガラパゴス携帯であり、そこには『7』と表示されていた。
「私だ」
しばらく通話し、ひと段落したところで林田は携帯を仕舞う。
「誰からだ?」
「諸星だ。どうやら先ほどアルフが医務室を飛び出し、高町なのはたちの援護に向かったそうだ」
「おいおい…それ、ちゃんと通ったんだよな?」
「…わからん」
「…報告書にどう書きゃあいいんだよ…『敵だった者に協力を要請しました』ってか?んな厄ネタ担当したくねぇぞ?」
「君も大概面倒だがな」
「そっくり返すぜ、その言葉」
二人はこの事態に加え、勝手な行動をとる者に、大きなため息をつくのだった。
…
「んで、プレシアってよお、大魔導士で推定Sランクは固いだろ?そいつのおもちゃ共も一個一個がAランクって…」
「確かにきつい戦いになるかもしれん。だが、我々には我々なりの戦い方がある」
「…今回ばかりはどうなのかね…」
「なにも魔導士として戦うわけではあるまい。奴は人だ。必ず…」
転送装置までの道すがら、愚痴を挟みながらやや早歩きで向かっていると、医務室から少女が飛び出してきた。
少女は急いでいたようで、林田にトンッとぶつかってしまう。
「大丈夫か?」
「あっ、すみませ…」
少女は誰にぶつかったかわかった途端に、徐々にその顔色を青白くさせていった。
「フェイト・テスタロッサか。もう大丈夫なのか?」
林田は固まったままのフェイトを気にかけ、腰を抜かした彼女に手を差し出した。
「あっはい…ありがとうございます」
出会った当初よりだいぶマシになったのか、フェイトは恐る恐るながらその手を握った。
硬く、ごつごつし、そしてあの高町なのはと同じような温かい手だった。
「?フェイト・テスタロッサ?」
またしても固まった彼女に疑問の林田。彼女は慌てて謝るものだから、まるで自分が悪いようである。
「コイツといい、八神はやてといい、なーに小せえ女子をたぶらかしてんだよ」
「これこそ誤解だろ。はやての件は確かにどうかしていたがな」
「どうだかな?特佐殿は案外そういう趣味をお持ちだったんじゃねえの」
「次余計なことを言えば貴様の処遇を考えても良いぞ、権藤」
「へいへい、すみませんでしたね?しかし御安心を。例え特佐殿がそんな趣味をお持ちだとしても、我々特殊戦略作戦室はついて参ります」
「無駄に仰々しい。フォローにもなっておらん。減点」
「こいつは手厳しいね」
馴れ合った者同士の漫才のようなやり取りに、林田の新たな一面を見たフェイトは目を大きく開いた。
一度あれだけの敵意をぶつけられたが、こうして見れば人間らしいところもあるものだ。
呆気に取られる彼女に、権藤は雰囲気を変えて問う。
「さてお嬢さんや。現在のそちらの立場はわかってるんだろうな?」
飄々と、しかしどこにも油断がない佇まいに、フェイトは言葉を発しようにもなかなかできなかった。
そして、権藤の背後では、機械のように無表情で彼女を見る林田がいる。
「あんまり好き勝手されちゃあな。悪いことは言わねえから、医務室に戻んな?」
権藤はフェイトの視線に合わせるように屈む。
目の前の大きな男が圧をかけ、その後ろでは腕を組んだままの男が無言の圧をかけてくる。
しかし、一瞬ビクリと反応するフェイトだが、そこからは一歩もひかなかった。
「私はこのまま終わりたくない…自分を何度も読んでくれた友人が、今まさに戦っている…」
フェイトは視線を上げ、権藤を、そして林田を見た。
「お願いします!私にもう一度、戦わせてください!」
大切な友のため。
過去を終わらせ、新たに歩み始めるため。
彼女の瞳には炎が宿っていた———
———命の輝きが———
林田は彼女に歩み寄る。
「その涙は何がためだ?」
「…悔しさです。でももう後ろは振り向きません」
「そうか…」
林田はその酷く輝く、まっすぐな瞳から視線を外すと、再び歩いた。
「権藤」
「おう」
呼ばれた権藤も歩こうとした時、立ち止まって呆然としたままのフェイトに向かって言う。
「お前さんのお袋に、言いたいこと全部言いにいくぞ」
権藤も歩いていく。
フェイトはその大きな二つの背中を追う。
胸の奥から込み上げる熱い何かを我慢するため、キュッと唇を結びながら。
それでも目から溢れるものは抑えられない。
しかし、彼女の表情は凛々しくいいものに変わっていた。
(これが友の力か…)
そして林田は、そんな彼女の表情が、たまらなく嫌であった。
彼女の希望ひ満ちた瞳が、彼を苦痛に落とす。
林田は逃げるように前を向いた。
前を向き続けるしかなかったのだ。
登場人物紹介
ジャック・シンドー・ヒデキ
誕生日 4月2日
年齢 17歳
身長 184cm
林田、諸星とはそれなりに長い付き合いで、両者からの信頼が厚い。また北斗やタロウの年下組の面倒見もよく、彼らの中では頼れる兄貴的存在。
人の輪を尊重し、権藤やクロノなど顔の幅が広く、言い合いになる時(だいたい権藤が原因)は仲介役を担う。しかし、権藤に悪ノリすることもある。
戦い方は、ブレスレット型のデバイスを様々な武器に変え、臨機応変に対応するオールラウンダー。
モチーフは『帰ってきたウルトラマン』より「郷秀樹」
『ウルトラマングレート』より「ジャック・シンドー」
北斗南
誕生日 4月7日
年齢 16歳
身長 154cm
局員として功績を収めた父と母の間に生まれたハイブリットエリート。ジャックに子供扱いされることが最近のお悩みのお年頃少女。普段は刃物のような鋭い雰囲気を放ち、その口調もどこかきつい。しかしこれは、照れ隠しであり、本当は素直になりたい。
戦い方は敵味方青ざめるギロチンの応酬であり、権藤曰く「ツンデレギロチン」。ちなみに権藤のパシリ役を嫌々引き受けている。
モチーフは『ウルトラマンA』より「北斗星司」、「南夕子」
吾妻タロウ
誕生日 4月6日
年齢 15歳
身長 187cm
人懐っこく優しい性格で、年上、特にマダムから可愛がられる若手のホープ。林田たちからは「手のかからない弟」の扱いで大切にされている。しかし、自分より幼い子にはリーダーシップを発揮するため、管理局の保護下の子どもたちにとっては「近所のお兄ちゃん」的存在。
戦い方はアクロバットかつダイナミックで、近接パワー型。将来性◎
パチンコに入り浸る権藤の連れ戻し役。
モチーフは『ウルトラマンタロウ』より「東光太郎」