正義の執行者   作:イテマエ

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おまたて


第七話 あなたは生きて

 林田、権藤は転送スペースへ向かう途中、医務室を抜け出そうとするフェイトと出会うのだった。

 

 彼女は言う。

 自分を認めてくれた友人のため戦いたいと。

 

 彼女は涙する。

 何もできない自分に。

 

 彼女は前へ進んだ。

 自分の意思で。

 

 今、フェイトは確かに自分の思いで、自分の足でここまでやって来た。

 命令をこなすだけの人形ではなく、為さねばならないことを見出し、果たすためここにやって来たのだ。

 

 だからこそ、林田は忠告せねばならない。

 

「ジュエルシードが暴走すれば、ここだけではなく、他の次元世界まで影響を及ぼすかもしれない。最善の努力はする、時間もギリギリまで待つが、説得が無理だと判断した時点で最終手段を取る」

 

 林田は仕事として、この危機を乗り越える必要がある。

 故に努めて冷徹に振る舞う。

 

 万が一は、君の母親をその場で殺めるだろう。

 決定されれば、フェイトの決意に関係なく、確実に息の根を止めるため作戦を遂行する。

 

 一個人の情動に流されないためにも。非情な男を装い振る舞う。

 

 

 フェイトは目の前の男を真っ直ぐ捉えていた。

 その男は、自分と向き合うために、立ち膝となってこちらと目を合わせた。

 

 そして、その男の冷徹な表情と声色の裏に、炎も生ぬるいほど燃えたぎる感情の渦を見た。

 

 これからお前の母親を殺すかもしれない。

 

 娘にそう言っているようなものだ。

 そして揺れる炎の瞳が静かに訴えていた。

 

 それを言うためどんな葛藤があっただろうか。

 いろんな迷いも苦労もあるはずだ。

 

 故にフェイトは力強く頷いて答えた。

 

「私は限界まで自分を通すだけです」

 

 

 その意志の強さが林田にとっては眩しかった。

 

 悩んでばかりの自分と違い、彼女は迷いも絶望も振り切ったのだ。

 その奇跡を目の当たりにした彼は、冷静さを失う前に、転送装置を起動しようと試みる。

 目の前が光に包まれる瞬間、幼いながら、凛として芯のある声が届く。

 

「対等に向き合ってくれて…ありがとう、ございます」

 

 

 白飛びする視界が、鮮明に色づき始める。

 まず飛び込んできたのは、数人程度の管理局員が、必死に傀儡兵を相手にしているところだった。

 そしてその背後では、重症を負っている局員がいた。

 

 戦力比は1:10またはそれ以上。

 かなりの実力者を選り抜いて編成したはずだが、やはり止め処なく送られる傀儡兵のあまりの数の多さに手を焼いている。

 敵は増援があるが、対する管理局側は現状前線に出られるのはここにいる者たちのみで、さらには魔力を使う度に体力を消耗する。

 

「ちっ、面倒だなこりゃ…こっちは限界だって言うのに、あの玩具どもはプレシアがいる限りほぼ無限に湧いてきやがる」

 

 権藤はぼやきながら、懐から試験管を取り出した。中には何やら、無色透明の液体が入っていた。

 

「まあ良い。怪我人の転送まで時間を稼ぐ」

 

 林田も権藤同様に謎の液体が入った試験管を取り出すと、二人はそれを飲んだ。

 

「カァーッ!やっぱクスリは注射より飲むのに限るな!」

 

 何やら権藤は誤解を招きかねないことを言っているが、林田は無視してフェイトに指示した。

 

「フェイト・テスタロッサ。これからこいつらを吹き飛ばし、一時的に道を作る。そこを君の自慢のスピードで駆け抜けろ」

 

 フェイトはその言葉に素直に頷いた。

 頷くしかできなかった。

 

 そこにはフェイトにとって、あまりにも大きく、凄みのある背中があったのだ。

 

 

 手始めに林田、権藤は常人には到底できない瞬発力で、力任せに傀儡兵に体当たりをする。

 フェイトはその敢行に驚く。

 敵は魔力で動く戦闘マシンのようなもの。質量や出力は普通の人間のそれを遥かに凌駕する上、魔力で更に諸々がパワーアップされている。

 通常ならばその攻撃は無謀だ。

 

 そしてフェイトは再び驚いた。

 傀儡兵の、あの重々しい体が大きくのけ反ったのだ。

 そして隙が生まれたところへ、権藤は喧嘩の如くの型のない拳を、林田はプロレスラーのようなチョップを、傀儡兵の頭に叩き込む。

 

 硬いものがぶつかり合う際に鳴る、特有の高い音が響くと同時に、傀儡兵の頭は吹っ飛んでいった。

 制御部分を失った傀儡兵は機関停止、再起動のため魔力供給を受けているところに、権藤が歩み寄る。

 

「おい、これ借りてくぞ?」

 

 そして彼は、ブレードのような大剣を奪った。

 わざわざ、頭のないただの案山子になった機械に断りを入れてだ。

 

「ありがとよ」

 

 そう言うと同時に略奪した獲物を振り下ろすと、傀儡兵はアッサリと真っ二つになった。

 信じられないようなものを見たフェイトは、しきりに瞬きをして驚きを隠せない様子だった。

 傀儡は呆れるほどの堅牢な胴体を持つ上、魔法で障壁を展開しているため、底上げされた防御力は他の追随を許さないものだ。

 それを奪った獲物で、いとも簡単に叩き切ってみせたのだ。

 

「身体強化…いや、そんなんじゃあれを斬るどころか、ぶつかった時にはこっちが潰れる…」

 

 思考が垂れ流されるほど呆れたフェイトは、別な方向からする金属が叩き潰される音で現実に戻された。

 急ぎそちらの方を見た彼女は、目を大きく見開くこととなる。

 

 そこには数多くの傀儡兵がいた。

 いずれもどこか、欠損した状態で地に伏せられていた。

 

 そして、奥の方で男が一人で戦っていた。

 斬りかかってくる傀儡兵どもを、特徴的なやや前傾姿勢となって油断なく見極める。

 我先にと来た愚か者の斬撃を最小限の動作で躱し、ガラ空きとなった胴に鋭く重い水平チョップを叩き込む。

 怯んだところへ大剣を持つ腕を拘束し、そのまま曲がらないはずの方向へ曲げ、簡単にへし折ってみせた。

 次に来る傀儡兵は、勢いそのまま背負われて投げられ、次の傀儡兵は攻撃を躱された直後に膝蹴りをもらい、また他の者は瓦礫となった仲間を投擲され、そこを品のない前借りで吹き飛ばされた。

 決して不利にならないよう、一対一の状況を作り、隙をみては確実に、そして最小限の労力で沈めていく。

 

 初めはただ身体能力を向上させる魔法を使ったのだと思っていた。

 

 しかし、それにしてはあまりにも単調で、あまりにも強力すぎた。

 

 身体強化の魔法など生温い、もっと恐ろしい何かが彼らを強くしていた。

 強すぎる力が、まるで二人の生命を削りとろうとしている。

 もし、自分がその力を使おうものなら、暴走する得体の知れない力に耐えられずに爆ぜるか、意識を吸われ、力も命も尽きるまで暴れるだろう。

 

「権藤!」

 

 かなり片付いたところで、林田は珍しく声を荒げた。

 

「おうよ!」

 

 権藤は「待ってました」と言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべ、地面に勢いよく拳を突き刺した。

 そして目を閉じ、そっと突き刺した拳に力を込めると、赤黒い地面がひび割れていき、隙間から青い光が漏れ出した。

 

「おもちゃを散らかしたら、片付けねぇとな!」

 

 そう息巻くと同時に、地面を上方へ殴り抜くと、その方向へ爆炎が噴き上げ、凄まじい熱エネルギーが傀儡兵を襲った。

 その熱量で装甲は溶け、その衝撃で屈強な体躯はバラバラに吹き飛んだ。

 

「じゃなきゃ、怖いママに怒られちまう」

 

 悪い笑みを浮かべ、フェイトの方を見る。

 道は大きく開いた。

 入り口の壁も貫いた。

 

 あとは駆けるだけだ。

 

「行け、フェイト」

 

「飛べ、フェイト!」

 

 二人の言葉に後押しされた彼女は、大きく飛び出した。

 その歩みを止める者はどこにもいない。

 彼女の意思は、流星の如く突き抜ける。

 

 

 フェイトが飛び出してから暫く経ったころ。

 

「ふー…こんなもんか?」

 

 手を叩いて、あたかも「仕事は終わりました」感を出す権藤だが、その少し離れたところでは、林田が相変わらず敵を薙ぎ払い無双していた。

 

「無駄口を叩けるほど余裕があるなら手伝って欲しいところだ」

 

「特佐こそ、その返しができるってことは、それまた随分と敵さんを舐めてかかってんじゃ?」

 

 権藤は林田にいつもの皮肉を返し、すぐ後ろまで迫っていた敵を振り向きながらエルボーをくらわせ、その場に叩き伏せた。

 それが最後の敵、と言うわけではないが、敵の方もどうやら二人を只者じゃないと認識したそうで、考えなしに突っ込んでくることはなくなった。

 

「ちっ…機械のくせして一丁前にビビりやがって」

 

「まあ、権藤。こちらとしても体力を無駄にせずに済む」

 

 権藤は今にも噛み付かんと、猛獣を思わせる眼光と、威圧感を与える笑顔を向けると、傀儡兵はガシャッと重々しい音を立て後退する。

 林田は構えを続けたままだが、いたずらに攻めてこなくなったことで、一呼吸置くことができた。

 

 一見二人はまだまだ健在に思えるが、一度も立ち止まって休むことなく戦い続け、疲労感は隠せないでいた。

 幸い傀儡兵にはまだ悟られていないのか、はたまたただ機会を伺っているだけなのかわからないが、攻めてこないので、今のうちに疲労回復に専念しようとした時であった。

 

 

 

 

 

 ドオオオォォォ…

 

 

 

 

 

『進悟!プレシアとアリシアを発見した!だが、プレシアがジュエルシードを起動させたんだ!』

 

 

 

 

 

 クロノの焦る怒号が来ると、地面を押し上げるような強烈な振動が二人を襲った。

 

「ちっ!おい、クロスケ!そこに高町の嬢ちゃんとフェイトの嬢ちゃんはいるか!」

 

 権藤が語気を荒げて問う。

 しかし、次第に通信にノイズが入り、まともに聞き取れなくなっていく。

 

「権藤、中心部で何があった?」

 

 林田に対し、権藤は苦い顔を浮かべたのだった。

 

「プレシアがジュエルシードを起動させやがった…体力も衰えた若くねぇ体に、あの不治の病だ。もう長くねえだろう…」

 

「…奴も覚悟を決めたか…」

 

 お互い追い詰められたのは間違いなかった。

 権藤は苛立ちのあまり瓦礫を一つ蹴飛ばし、「畜生!」と吐き捨てた。

 林田も沈黙しているが、やるせない背中とは裏腹に、瞳には怒りの炎が燃え盛っていた。

 

「死んでどうにかなるってのか…?」

 

 「諦め」と言う感情は人を大きく突き動かす。

 あらゆる機能を停止させるか、全てにおいてのタガを外してしまう。

 彼女の暴挙は何の感情が齎したかはわからないが、一つ言えるのは…

 

 

 

「もう後戻りはできないか…」

 

 林田は権藤を連れ、その場を放棄する。

 そして、元凶の女のところへ走る。

 

 そこになんの躊躇いもない。

 

 次元崩壊まで、残り僅かとなった。

 

 

 ドォォォォォォン………

 

 ドオオオォォォン………

 

 ドオオオォォォ………

 

 ドオオオォォォ…

 

 中心部へと近づくたび、空気を揺らす轟音が大きくなっていく。

 先行したクロノたちは無事だろうか。

 高町らは無事だろうか。

 フェイトはたどり着けただろうか。

 

 林田の頭に、自分よりもずっと若い者たちの鬼気迫る表情が思い浮かぶ。

 皆、目の前の崩壊を止めようと足掻いている。

 少しでも残された可能性に賭けて、全力を注ぎ込んでいる。

 

 皆、自分にできる精一杯のことをしている。

 

(これから私がすることは…)

 

 自分は全て終わらせなければならない。

 自分は全て欺かなくてはならない。

 自分は命を奪わなければならない。

 

 生きて抗う者たちに、残酷を突きつけ、いち早く事態の収束へ向かわねばならない。

 

 決意を固めた者たちの前で、義務を果たさねば。

 

 気付くと、一際大きなホールへやって来た。

 そこには今まで対戦してきたものとは、一線を画すほどの存在感を放つ傀儡兵と、それと対峙するうら若き少女、少年がいた。

 

「あの装甲を一人で破るのは難しい…」

 

「そうだね…」

 

 フェイトが冷静に敵を分析し、彼女たちと傀儡兵一体との間にある差を見抜く。いくら才能がある彼女たちでも、いくら力がある彼女たちでもわかっていた。

 高町も冷や汗流し、相葉である魔法の杖のデバイス、レイジングハートを握りしめた。

 

 前に立ちはだかる敵は、巨大な壁となって立ち塞がっていた。

 

「だから二人で、力を合わせよう」

 

 故に、彼女は提案する。

 困難に当たった時、一人でどうにもならない時、支え合える仲間と共に越えるのだ。

 憑き物が取れたような清々しいフェイトに、高町は満足そうに、それでいてずっと待っていたその言葉に目を潤ませながら何度も頷いた。

 

 この世に、最も若く、そして最も強いタッグが誕生した。

 手始めにユーノ、アルフが傀儡兵の周囲を縦横無尽に駆け巡り、注意を惹きつけると同時に結界を構築していく。

 知らぬ間に拘束された傀儡兵は、なす術なく、呆気なく身動きを封じられたのだ。

 しかし、そこは余りあるパワーで強引に結界を破る。

 

 その一瞬の時間ができれば良かった。

 

「今だ!なのは!」

 

「やっちゃえ!フェイト!」

 

 ずっと見守ってきた異種族の相棒が託した。

 お膳立てはできた。

 この絶好のチャンスを繋いだ。

 

「行け…」

 

 その美しい流れるような連携に目を奪われていた林田は、唾をゴクリと飲み込んで呟いた。

 

 そしてあたりは光に包まれた。

 一つは優しき少女の桃色の光。

 もう一つは希望を見出した金色の光。

 

「「せーの!」」

 

 敵も背中から伸びる砲門から、禍々しく光らせるビームを撃つが、二人の今を生きる力の前には、ただの蠟燭に灯るか弱い火である。

 撃ち合いとまでいかず、敵は二色の人の光に包まれた。

 

 斯くして、傀儡は敗れ去った。

 浮力を失い、重力に従って落ちてゆく。

 

 その遥か頭上では、敵を倒したことよりも、真の友情が芽生えたことに喜び、涙する者たちがいた。

 

「こりゃあ、とんでもねぇのが出てきちまったな…」

 

 権藤は懐からタバコを取り出しながら、歓喜の四人を見た。

 

「ああ…生きて抗う…間違いなく、本物の人間にしかできないことだ」

 

 林田も満足だ。

 心の底から感情を溢れさせるフェイトは、もう人形ではない。

 

 

 

『ハ…ハ、ハ、ハイ…ハイ、ハイジョ。ハイジョ』

 

 

 

 機械の悍ましい声が迫っていた。

 林田、権藤は下を見ると、先程の巨大な傀儡兵が、制御を失い、真っ直ぐ正確に飛べなくとも迫っていた。

 

「まるで意地…執念だな…」

 

 権藤は呟くと同時に、咥えていたタバコを捨て、飛ぶ。

 林田も、懐から直方体の物体を取り出し、飛ぶと同時に傀儡兵へ投げつけた。

 

「お前ら!舌噛むんじゃねえぞ!」

 

 権藤の叫びが四人に届く。

 一斉に視線を移すと、権藤と林田がこちらに向かって飛んできており、その下には先ほどの傀儡兵が、安定しない飛行のまま、壊れかけた砲門をこちらに向けていた。

 

 状況を理解した時には、アルフとユーノは権藤の脇に抱えられており、高町とフェイトはその後から来る林田に抱き抱えられた。

 そして林田は二人を守るように、より強く抱きしめると、手元のスイッチを起動した。

 瞬間、途轍もない熱量と威力の爆風が襲った。

 

 

「うっ…何が…」

 

 高町はゆっくりと瞼を開ける。

 目の前には親友となったフェイトの寝顔があった。

 視線を少し動かせば、そこいらに吹き飛んで散らばる瓦礫が目に入る。

 

 そして徐々に意識が覚醒してゆくと、周囲の惨状と共に、つい先程の記憶が蘇った。

 

 やや痛む体を起こし、隣に倒れていたフェイトに呼びかけた。

 

「フェイトちゃん!フェイトちゃん!」

 

 フェイトは目を開けると、一番に見たのは、こちらを心配そうに見つめる親友だった。

 

「なの…は…?」

 

 無事とわかるや否や、高町は抱きついた。

 

「よかった!無事だったんだね!」

 

「うん…林田さんが守ってくれたから…」

 

 そこで、二人はハッとなった。

 直前に自分たちを、身を挺して守った男がいない。

 

「なのは!」

「フェイト!」

 

 動揺する二人の元に、ユーノとアルフが合流した。

 お互い埃など被って汚れてはいるが、特別大きな怪我などはしていないようで、一先ず安心だが…

 

「そうだ!林田さんがいないの!」

 

「僕たちも、守ってくれた権藤さんを探してるんだけど…」

 

 四人は冷や汗を流し始める。

 嫌な予感がした。

 まさかとは思うが…

 

 自分たちのせいで…

 

 その幼い体にのし掛かるには大きすぎる責任を感じ始めた時だ。

 

 カラッ…

 

 瓦礫の山が少しだけ崩れたではないか。

 そして、そこからニュッと手が伸びると、瓦礫を退かし、二人の男が現れた。

 

「ふー…流石に死んじまうかと思ったぜ…」

 

 頭から血を流す権藤が、至る所なら血を流す林田に肩を貸していた。

 

「林田さん!」

 

 高町とフェイトは命の恩人に駆け寄る。

 本当に酷い傷であった。

 爆風を一身に受け、背中は広く焼け爛れており、身体中打ちつけたような痛々しい痣があり、外も内からも血が流れ出ていた。

 

 自分のせいだ…

 

 慢心してしまったばかりに…

 

 二人は自責の念に苛まれ、目元に涙を溜めてしまう。今にも決壊しそうであった。

 すると、ポンッと優しく、頭に手を置かれた。

 

「心配するな…私は生きている…」

 

 その温かい手は、林田のものだった。

 聞く者に安心感を与える安らかな声に、二人は安堵感と申し訳なさで、とうとう涙を流してしまった。

 

 暫くして二人は泣き止むと、至る所を包帯でぐるぐる巻きにし、権藤の上着を羽織った林田が、これからのことを話す。

 

「先程連絡がとれたのだが、艦長の結界はもう限界だ。このままであれば、保って5分ほどで、この庭は吹き飛び、時空の間に塵となって消えるだろう」

 

 タイムリミットが近づく。

 このままここに止まれば、まず助かりはしない。

 

 その危機迫る事実が、まだ若い四人を焦らす。

 

 特に一人、この場において並々ならぬ決意を持って望んだ者は、グッと何かを堪えた。

 林田は徐に通信機を取り出し、とある人物に連絡を取った。

 

「クロノ、林田だ」

 

 繋がりはしたが、応答はない。

 辛うじて拾えた音声は、クロノの術を唱える声と、凄まじい効果音だ。

 

「返事はしなくていい」

 

 林田はその場にいる者にも聞こえるように、ハッキリと言うのだった。

 

「時間切れだ。艦長を含め、前線に出ている我々以外の局員は退避。そして今より我々特殊戦略作戦室が指揮を取る」

 

 そして告げられるのだった。

 

 

 

 

 

「これよりプレシア・テスタロッサの生命活動を停止させる」

 

 

 

 

 

 権藤を除く、その場にいた者たちは息を呑んだ。

 

 

 そう告げた林田の横では、権藤が手際よく準備していた。

 手には黒光りする金属製のものがある。

 

「あの…それって…」

 

 ユーノが恐る恐る問う。

 

「こいつか?勿論本物だが」

 

 権藤はいとも容易く、まるで毎朝届く新聞を読むように説明した。

 

「質量兵器は本来、携帯してちゃダメな代物だ。俺らは特別、任務に必要な最低限のモノに限って持ってけるんだよ」

 

 「うしっ」と、権藤は手際よく拳銃のメンテナンスをし、セーフティロックを解除すると、一丁を林田に渡した。

 懐に仕舞われてゆく冷酷な殺し道具を間近で見た高町は、背筋をゾワっと震わせた。

 

(ホンモノの…鉄砲…)

 

 レイジングハートのようなガジェットは、意思があり、自分と心を通わすことで威力を発揮する。まさに相棒である。

 それと対照に、引き金を引くと鉛玉が撃ち出され、肉を食い破るように貫くそれは、冷たく、ただの人を殺す道具である。

 

 少し言葉が出ないほど恐怖していたが、高町は林田に聞かねばならないことがあった。

 

「それで…フェイトちゃんのお母さんを…」

 

 そこから先の言葉は出ない。いや、出せない。

 言わなくともわかる。

 しかし、今林田は気を遣って言葉を選ぶよりも、しっかり言うべきと判断した。

 

「物事はそう簡単に運ぶことはない。これはあくまでも一つの手段だ」

 

「それでも…それでも!フェイトちゃんのお母さんを倒しちゃうことは変わらないんですよね!」

 

「方針を曲げることはない。既に事態は深刻だ。このまま完全にジュエルシードが起動されれば、他の次元にまで影響を及ぼしかねない」

 

「他に方法はないんですか…」

 

「手っ取り早いのは、ジュエルシードと精神的にリンクしたプレシアを殺し、シャットアウトすることだ」

 

「そんな…」

 

 目に見えて高町は落ち込んだ。

 フェイトのためになんとかしようと、ここまで来たのに…

 親友が前を向いて歩いたのに…

 

 不甲斐なく思えた自分は、気付くと涙していた。

 一番辛いのはフェイトであるのに。

 これしきのことで涙が止まらない自分が嫌だった。

 

「保ってあと3分だ」

 

 そう言うと、林田は権藤を連れてその場を去った。

 

 高町は申し訳なさそうに、フェイトの方を見る。

 

「ごめん…フェイトちゃん…」

 

 何もできないからか。

 情けなく泣いているからか。

 

 理由はわからないが、高町ら謝った。

 

 ユーノもアルフも、言葉をかけられず、見守るだけだ。

 そんな中、フェイトは優しく微笑んで、泣きじゃくる高町をそっと抱きしめた。

 

「いいの…なのはが謝ることじゃないから…」

 

 フェイトは高町の頭を、ややぎこちない仕草で撫でた。

 そして、肩を掴んで向き直ると、凛々しい表情を向けた。

 

「それに、まだ終わったわけじゃないよ」

 

 少女は最後まで、運命に抗うのだ。

 

 

 四人は走る。

 残された僅かな希望に賭けて。

 

 道中、行手を阻む者は数知れない。

 

 傀儡兵、崩壊の余波、ジュエルシードの衝撃…

 

 それでも歩みは止めない。

 何としても伝えねばならない。

 

「くっ!また傀儡の残党…」

 

「ユーノ君、ここは私たちで!」

 

「そうだね。と言うわけで、二人は行ってください!」

 

 一人ではできなかった。

 

 でも今は仲間がいる。

 

 頼れる人がいる。

 

「ありがとう、なのは…また後で!」

 

 心残りはない。

 あの二人は絶対大丈夫だから。

 だから後ろは振り返らない。

 

 また会えるんだから。

 

 今のフェイトに恐れるものはない。

 大きく一歩を踏み出し、ついに辿り着くのだった。

 

「お前は…」

 

 忌々しげに、フェイトに睨みを効かせながら呟いたのは…

 

「お母さん…」

 

 フェイトを生み出した天才魔導士であるプレシアだ。

 

 

 母はいつも自分に優しくしてくれた。

 仕事で帰りが遅くなり、どれだけ疲れていても、母は自分にかまってくれた。

 

 そしていつも優しい笑みを向けてくれた。

 暖かい手で、優しく自分を撫でてくれた。

 

『何か欲しいものはある?』

 

 母が自分に聞いてきた。

 

 そして自分は答えた。

 

 妹が欲しいと。

 

 母は一瞬恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、いつものように暖かく優しい微笑みを浮かべてくれた。

 いつまでもこの幸せが続けばいいと思った。

 

 それが私の願いだった。

 

 なんの前触れもなく、幸せな時間は消え去った。

 優しかった母親の面影はなく、疲れと怒りと焦りで顔を歪めるばかりだ。

 

 私を世話してくれた使い魔は、気がつくといなくなった。

 

 心にポッカリと穴が空いた気分だった。

 

 思えば、過去の記憶と今の生活に、大きなズレがあると思い始めたのは、優しかった母親が豹変した時からだ。

 

 「アリシア」

 

 優しかった頃の母親が、私を呼ぶときに言っていた名前だ。

 

 今では機械のように、時に烈火の如く怒りながら、私を「フェイト」と呼んだ。

 

 自分はアリシアって名前じゃ…

 私の名前はフェイト。じゃあアリシアって何…

 

 思考を重ねていくと、恐ろしいことを考え始めた。

 嫌だ。

 世界にたった一人の母と離れたくない。

 

 母が喜ぶことはなんでもしよう。

 母が望むことはなんでもやろう。

 

 しかし、母親は振り向いてはくれなかった。

 ずっとここにいない、私以外の誰かに縋っていた。

 

 苦しむ母を見たくない。

 身を粉にしてでも、私は母親の願いを叶えようとした。

 

 でも最後まで振り向いてくれなかった。

 そして、私を捨てた。

 

 

 

「それでも…私にとってのお母さんは貴女だけなんです…」

 

 面と向かい、頭を下げた。

 

「今までありがとう…お母さん…」

 

 私は心からの感謝と、過去と決別するため、言葉を贈った。

 どう思われてもいい。

 作り物、偽物の私が自立し、これから本物の「フェイト」として歩いていくこの瞬間を見て欲しかった。

 

 

 

 お母さんは最後まで私をよく思ってくれなかったようだ。

 面と向かって「嫌い」と言われるのは心にくる。

 でも、自分の思いは全部伝えられた。

 

 涙は我慢できなかった。

 

 

 泣きじゃくるフェイトを支えるアルフ。

 槍のようなデバイスを杖代わりに、何とか立っているクロノ。

 愛しの亡き娘に縋りながら、視線を外さないプレシア。

 

 崩壊してゆく次元に、少女の泣き声が響いているのを見て、林田と権藤は理解した。

 

「よくやったよ…お嬢さん」

 

 権藤は優しげな表情を浮かべ、陰ながら彼女の頑張りを讃えた。

 

「よし、作戦通りにいくぞ」

 

「おう、俺はここで待機でいいんだろ?」

 

「ああ。だが、タイミングを逃すなよ」

 

 最後の確認をした林田は、プレシアの元へ向かう。

 その時、権藤は面白くない顔を浮かべていたが。

 

「…また新手か…」

 

 プレシアはこちらに歩いてくる男を睨んだ。

 大抵の者なら怖気付くような、あの大魔導士の凄みのある睨みだが、その男はこれと言って反応を示したりせず、真っ直ぐ彼女を見据えていた。

 

「特殊戦略作戦室の林田だ。プレシア・テスタロッサ、わかっていると思うが、お前は既に、一々列挙するのが億劫となるほどの重犯罪を犯している」

 

 そして、林田は懐から銃を取り出し、プレシアに向けて構えた。

 

「最後の忠告だ。このまま大人しく身柄を拘束されれば、後ろの亡骸に傷一つつけないことを約束しようう。だが妙な動きがあった時点で、お前を倒す」

 

「…質量兵器…珍しいわね…」

 

「お前ほどの魔導士ならば、この鉛玉が撃ち込まれる前に落とせそうではあるが」

 

「そうね…見たところ、貴方はさっきの子よりも魔力は劣っている…取るに足りないわ…」

 

 するとプレシアはより一層睨みを強くし、「でも」と続けた。

 

「貴方には形容し難い、何か特別なものを感じる…フェイトや、今後ろから来ている子のようなセンスでもなければ…あの男の子ほど何かに秀でているわけでもない…得体の知れない恐ろしさがあるわ…」

 

 プレシアの口から「恐ろしい」と評価され、そこまで言わしめる林田という存在に、その場にいたフェイトたちは勿論、アースラにて待機している他の局員たちも、疑問と驚きだ。

 

「だったらこの私をどうする?」

 

「目障りだから消えてもらおうかしら…」

 

 プレシアは予備動作無しに、林田の方へ魔法を放った。

 雷のような凄まじい威力が、地面を駆け巡る。

 

 林田はすぐ飛び移り、少し距離をとったため、直撃は避けられた。

 しかし、余波で顔に火傷を負い、激しく動いたため、背中の傷が開いた。

 それでも林田の闘志は衰えることはない。

 

 そのまま林田はクロノの方へ駆け、耳元で囁いた。

 

「私が奴の注意を惹きつける。君は奴の周囲凡そ7メートルに炸裂魔法を放て」

 

「何をする気だ?」

 

「少し時間を稼ぎ、一瞬隙を作るだけでいい」

 

「その鉛玉を撃ち込むつもりか?」

 

「俺じゃない」

 

 林田の会話で理解したクロノは、重い体を引き摺るように立ち上がり、呪文を唱えた。

 プレシアは、何もさせまいとクロノへ攻撃を仕掛けようとするが、不意に飛び出し、一気に距離を詰めた林田に意識を割かねばならなくなる。

 

「馬鹿ね」

 

 プレシアは魔法を行使。

 手のひらを林田に翳し、衝撃波のようなものを発生させた。

 

 肺の空気が全て押し出されたようだった。

 そして口から漏れたのは空気だけではなかった。

 無理が重なり、深刻なダメージを受けた内蔵が限界を超えてしまったのだ。

 

「進悟!」

 

 親友が鮮血を吹き出しながら、後方へ吹き飛ばされる様子を見て、クロノは攻撃を止めかけた。

 

「…構わん!やれ、クロノ!」

 

 空気を取り込み、鬼の形相でクロノを一喝すると、再び立ち上がる。

 

「くっ…」

 

 クロノは林田の言うとおり、魔法の攻撃を行った。

 プレシアの周囲は土煙に囲まれ、傍から見ても中心部の様子はわからない。

 

(まだなのか…進悟…)

 

 土煙の中で躍動する影を見て、クロノは杖を握る力を強めた。

 

(進悟…!)

 

 

 

 

 

「今だ!権藤!」

 

 

 

 

 

「許せ」

 

 弾丸は発射された。

 

 銃声の方向は少し離れたところ。

 そこには背丈の大きい男が立ち上がっており、手に構える鉄の筒からは煙が伸びていた。

 

 

 

 そして、その弾丸の向かう先はプレシアではなく、大切にカプセルの中で保管されているアリシアだった。

 

 

 

「ぐっ!」

 

 何よりも大切な娘を傷つけられまいと、その強い思いが彼女を突き動かし、無慈悲な鉛玉の直線上に体を向けた。

 ここに、魔法で撃ち落とそうと考える余裕はなかった。

 いや、あったとしても、恐ろしく丈夫な林田を寄せ付けないため、この男に全ての魔法を集中させる必要があった。

 

 一瞬のうちにこれだけの思考ができたプレシアだが、結局自身に直進してくる鉛玉はどうこうできず、そのまま受け入れるしかなかった。

 

「くっ…この…」

 

 プレシアは最後の力を振り絞り、愛する娘を傷つけようとした権藤を殺さんと、手に魔力を込めた。

 その時だった。

 

 プレシアの銃創から噴水のように血が飛び出し、さらには口からも大量の鮮血を吐いた。

 力なくその場にへたばったプレシアは、顔だけ持ち上げ、林田を睨んだ。

 

「な…にを…した…」

 

 林田は懐から試験管を取り出した。

 

「これは空気中に含まれる、マナの吸収効率を促進する液体だ」

 

 その無色透明の液体に、フェイトは見覚えがあった。

 自分を突破させるため、林田、権藤が囮として戦う直前に服用していたそれである。

 

「そのタフさ、抜け目のなさは、流石特佐だな」

 

 疑問を浮かべるフェイトへ答えるように、権藤が後ろから現れた。

 

「マナの吸収を促す液体をそこら中にばら撒き、クロスケの炸裂魔法で吹き飛ばしながら拡散、気化させ、お前さんのお袋へ大量に浴びせた。そうすりゃ、ただでさえ加齢による衰えで落ちた体力に、不治の病を患っているときた。その状態で、自分の許容を超える魔法を強制に使わせることで、自壊を促した」

 

 その多大な負荷に耐えきれない、衰弱した内蔵や体が限界を迎えたのだ。

 

 権藤の説明に合わせるように、林田は呟いた。

 

「当然、私もあの中で魔法を使おうものなら、今頃タダで済まなかった」

 

「…ならば…ただの…生身で…戦いを…?」

 

 苦し紛れに問うプレシアに、林田はいつもの鉄仮面で答えた。

 

「私だけの力じゃない…それこそ、貴女が感じていた、得体の知れない力の恩恵でもある」

 

 

「はぁはぁ…あれ?権藤さん?」

 

 肩で息をする少女が、色々終わったこの状況に呆けていた。

 

「おう、無事だったか。お前さんもなかなかしぶてえな!だが、少し遅かったな、もう色々終わっちまったぜ!」

 

 権藤は遅れてやってきた高町に、快活に笑い飛ばしながら答え、その小さい頭をワシワシと撫でた。

 髪が乱れるのを嫌がった高町は、「もうっ」とプリプリと怒りながら離れる。

 流石にやりすぎたかと、権藤は「すまんすまん」と軽く謝った。

 そして、後ろから遅れてユーノが来たのを見ると、真面目に、そして優しい雰囲気となって、ポンっと二人の頭に手を乗せた。

 

「よく生きて帰ってきた…」

 

 

「そうか…」

 

 クロノはアースラとの連絡を終えると、一つ息を吐いた。

 

「艦長たちはなんと?」

 

「ジュエルシードとのリンクは切れたようで、次元断層の心配はないそうだ。だが、この次元は傷つきすぎた。不安定となってしまった今、何が起こるかわからない」

 

「つまり、早急に脱出しろと言うことか?」

 

 クロノは、あちこちボロボロで、意識を保っていられるのが不思議なほどの怪我を負っている林田に、応急処置を施しながら、アースラの意思を伝えた。

 プレシアの暴走をギリギリのところで食い止めたが、依然として揺れは続いている。

 間も無くこの庭が存在する空間は、次元の狭間に落ちるだろう。

 

 それでも、巨大な危機を乗り越えた後だ。

 今は少しだけ勝利の余韻に浸ろうと思う。

 

「しかし…あの子たちはよくやったな…」

 

 林田の視線につられ、クロノもその先を見た。

 フェイトと高町が、勝利の喜びを噛み締めていた。

 そして、それぞれの相棒が、少し離れたところで見守っている。

 

「よし、プレシアの護送準備だ」

 

 幾分か楽になった林田は、プレシアの転送を行おうとした時だ。

 

 突如として、庭は崩壊を早めた。

 今まで以上の揺れが辺りを襲う。

 

 突然のことに思考が止まり、動けない者が多い中、やはり林田だけは元凶を見据えた。

 

「諦めが悪いな…プレシア・テスタロッサ」

 

 林田は再び拳銃を構えた。

 

 銃口の先には、再びジュエルシードを起動させた、満身創痍のプレシアが立っていた。

 

「私は…必ず…アルハザードへ…」

 

 娘のためだけに、その歪んだ一つの信念が、傷だらけで先が長くないプレシアを動かした。

 

「アルハザード…『忘れられし都』のことか…」

 

「…ジュエルシードは願いを叶えるものじゃない…所詮は次元震を引き起こすだけのもの…でも…次元断層に沈んだアルハザードへの航行の鍵になるわ…」

 

(アルハザードは確か、古代ベルカ以上に古い都市で、時を操り、死者すら蘇生する魔法があるとされる架空都市だ)

 

 ここでようやく合点した林田。

 ジュエルシードには次元震を起こすだけの力はあるが、言ってしまえばそれまでだ。

 何か他のエネルギー源として転用できるわけでも、純粋に人の願いを叶えるものでもないことは気付いていたのだ。

 ならば、なぜこれを欲する。

 死んだ娘にどう作用する。

 

 その疑問が今解けた。

 

「プレシア・テスタロッサ…貴女ほど聡明な方が、実在するのかも怪しいアルハザードに縋るのか…?」

 

 彼女は科学者だ。

 憶測だけでこのような、リスクある行動を起こしはしない。

 

「…そうね…実を言うと、私も半信半疑だったわ…」

 

 その呟きに、その場にいる者は驚いた。

 しかし、次にそれ以上の衝撃的な発言をしたのだ。

 

「…貴方の…その…丈夫な体…貴方のものじゃないもの…」

 

「…『起源種』のことか…?」

 

 プレシアは林田の疑問に不気味に微笑むと、よろよろと立ち上がった。

 

「貴方は…実験の成功個体の一つ…その時用いられたのが…」

 

 そこまで言ったところで、プレシアが立つところが崩壊した。

 いち早くフェイトが救出に向かい、プレシアの手を掴む。しかし、アリシアを抱えるプレシアごと引き上げるのは無理があった。

 

「権藤!高町たちを連れて先に行け!」

 

 林田は引き上げようとするフェイトの元へ急ぐ。

 

「クロノ!転送準備だ!」

 

「進悟!?」

 

 林田は最低限の指示を出すと、懐から試験管を取り出し、飲み干した。

 

 その瞬間、フェイトが堪える地面も崩壊し、彼女までもが次元の狭間に堕ちようとした時だ。

 フェイトを死の淵から掬い上げる手があった。

 

「林田さん…?」

 

 

 

 

 

「君は…生きろ…」

 

 

 

 

 

 林田はクロノ向かって、フェイトを投げつけた。

 転送の準備が完了したクロノは、彼女を抱えると同時に発動した。

 

「進悟!」

 

 転送直前、目に入ったのは、親友が次元の狭間へ落ちてゆく瞬間だ。

 

 

 

 

 

「馬鹿ね…貴方も来るなんて…」

 

「私はこのまま死ぬつもりはない。それよりも、貴女に聞かねばならないことがある」

 

 林田はプレシアとアリシアを抱えた。

 虚数空間に突入し、魔法が行使できなくなる直前だ。

 

 徐にスティック状のカプセルを取り出す。

 

 そして腕を伸ばし、自身の頭上でスイッチを押すと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…光が当たりを包み込んだ。

 

 

 

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