権藤吾郎は、不思議な男であった。
基本的に物事を斜に構え、大事件が起きたとしても所詮は他人事でしかないと捉え、不謹慎な発言は度々指摘されてきた。
加えて、長期任務にも関わらず、パチンコや競馬など娯楽に現を抜かすこともあり、酷い時にはバックレることもあった。
この性格、言動が、当然周囲と不和を生ずるのは言うまでもなく、彼を真っ当に評価する者はほとんどいなかった。
「ほとんど」と言うのは、ただ彼が仕事に対して不真面目であるだけではないのだ。
林田が室長を務める特殊災害対策本部戦略作戦室のNo.2であり、陸軍で見ても19歳という若さで一等陸尉でもある。
そして、その仰々しい肩書きに裏打ちされた実力は確かに華々しいものがあったのだ。
何百人規模の犯罪魔導士の暴動を、僅か30人ほどの部隊を率いて鎮圧した他、AAA級、S級など超格上の魔導犯罪者、魔物の確保・撃退を達成するなど、個の実力もさることながら、リーダーシップを発揮しての統率力もあり、なんやかんや身内からは絶大な信頼を寄せていた。
…
「…と、ここまでダラダラと長く適当な管理局体制と魔導士資格の適齢引き下げとか説明をしてきたわけだが、なんでここまで人材を求めるのかって言われるとだな」
権藤は不慣れな教育に内心嫌がりつつも、形になるよう言葉を選んでいたが、途中から面倒になったのか、授業者にあるまじき態度で頭を掻きながら言うのだった。
「まぁ…端的に言えば『慢性的な人材不足』ってところだ。ただでさえ危ねぇ仕事にも関わらず、俺たち前線に出る奴は怪我だの病気だの向いてないだので離職していくばかりだ。
逆に偉く立派な奴らはただの高給取りで、安全なお家でふんぞり返ってんだろうよ。んで、俺らみたいな下請けの前線に出る奴らに欠員が出るならそれを補填するだけだ」
「…だから…私みたいな犯罪者にも、奉仕活動の名目のもと、監視付きで嘱託魔導士として挽回のチャンスを…」
「俺の言い方が悪かった。頼むからそうそう卑下すんな」
権藤はため息一つつき切り替えると、再び口を開いた。
「んじゃ、次に俺の講義なんだが…俺は魔法の才能がなくてな、ここじゃ魔導士としての闘い方なんて教えねぇ、と言うか教えられねえんだ。そういうの知りたきゃ、クロスケなりその番にでも聞いておけ」
「おい」
入り口でこの講話の様子を伺っていたクロノは、自分とガールフレンドの関係ついて指摘され、思わず声が漏れてしまった。
権藤はと言うと悪びれもせず、むしろニヤニヤと笑っていたため、クロノは青筋を浮かべることとなる。
一通り満足したのか、また気分を切り替え、こちらを真っ直ぐと見つめる少女の自然と合わせた。
「だから俺が教えるのは、『魔導士としての戦い方』じゃねえ、『戦場での生き残り方』だ」
「生き残り方…」
少女は真剣な表情を一転、緊張が迸り、ごくりと唾を飲み込んだ。
そんな彼女を、権藤は柔らかく笑って、
「別に俺みてえに戦えなんて言わねえよ。いや、俺の戦い方は絶対参考にするなよ」
そして、少女の視線に合わせて屈んで言うのだ。
「お前らしく『生きろ』」
今日はいつにも増して、真剣な表情で教壇に立ち、一人の女子生徒に向かって論じていた。この男の普段を知る者がこれを見れば、新鮮さやおもしろさを感じる前に三度見して驚くだろう。
と言っても、表情は真面目なそれだが、時折口調から見える悪態はもはや隠そうとしていないが。
「よし、んじゃ終わりだ。次から本格的に講義と訓練やってくからよ」
権藤はそう締めくくると、少女はすぐ立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。
「はい、ありがとうございました」
…
権藤は講義を終えると、すぐに『アースラ』の艦長・リンディから呼び出しがかかったのだ。
大体上に呼ばれる時とは、前述した態度であったり、仕事に関する苦言であるので、今回も十分当てはまることがあったので覚悟を決めて赴くのだった。
「まずは、フェイトの指導を受け持ってくれてありがとうございます」
故に和室に通され、説教ではなく、感謝の言葉と深い礼をもらった時には、あの権藤も呆けて驚いていた。
「どうかしましたか?」
「いや、私はてっきり何か譴責されるんじゃないかと」
「それはそれとして、まずあの子についてです」
「あ、やっぱり?」
…
フェイトは権藤の講義から戻ると、すぐ嘱託魔導士試験に向けた勉強をしようと、やや厚めの参考書を開く。
早く友達に並んで戦えるように、守りたいものを守るために。
その思いで、一心に教本を読みながらペンを走らせる彼女は、目次で言うところの戦闘編のところで、そのペンはピタリと止まった。
———お前らしく『生きろ』———
———君は…生きろ…———
頭の中で、この「生きろ」という言葉が離れない。
フェイトはペンを置き、机に突っ伏した。
「…私らしく…生きる…」
…
「…今のフェイトは、『あの時自分のせいで特佐を』って、どこか自棄になろうとしていたのはありますな」
権藤はリンディに面と向かって、養子として保護するフェイトのことについて話す。
自棄になっている。
実の母親も、恩人も、同時に失った彼女は、その日一日中泣いた。
そして翌日、慰めようとリンディがフェイトの元へ行くと、そこには涙を流さず、どこか覚悟を決めた彼女がいたのだ。
声をかけるも、「大丈夫だから」の一点張りであった。
リンディは、このままではいつか取り返しのつかないようなことをするのでは、と思い、嘱託魔導士の勉強の講師として、権藤を抜擢してのだ。
ミスチョイスに見えなくもないが、選んだ理由として彼のノウハウは間違いなく本物であって、学べるものは実際驚くほど多い。
また、大勢の隊員を率いる人望もあり、何より砕けた口調が彼女の気休めになるのでは、と言うことらしい。
「しかし、あのお嬢ちゃんは賢いですから、『生きることの意味』を蔑ろに考えないはずです。いずれ自分なりに答えを出すでしょうよ」
「そう…私としては、あの子にも年相応に遊んでほしいのだけど…」
「それはまあ、俺も同感です。ですから、お嬢ちゃんが全てを投げ打ってでも管理局員となって、悪いやつを懲らしめるってなれば…」
権藤は一度間を置き、用意されたお茶をゴクッと飲み干し、湯呑みを少々強めに叩き置く。
「俺はフェイトの顧問はやらん」
キッと鋭い視線に、一瞬たじろぐリンディだが、権藤は続けた。
「キツい言い方すれば、フェイトはアリシアの模造品だ。だが、間違いなくあの事件を超えたことで、確固たる自我を築き、一人の人間として生を歩んでいくはずだ。それについては大いに結構、俺も大賛成だ。
しかし、それで戦いに身を置こうだなんて結論出した時には全力で阻止させてもらう。何が好きで、修羅に堕ちるところなんて見たいかよ」
権藤の眉は少し下がりつつも、瞳はどこか悲しみと怒りが入り混じっていた。
まだ20にも満たない者がしていい目ではなかった。
亡き夫もここまで憔悴した瞳をしなかったため、彼女はその目から発せられるプレッシャーに何も言えなかった。
「…こんなこと聞くのも酷だけど、本当に彼は…進悟君は…」
リンディが気にかけるのはフェイトだけではない。
自分の息子の親友である林田進悟についてでもある。
報告書では、身を投げ打ってまでフェイトを助け、最後は次元断層に落ちていったそうだ。
通常、魔法が一切発動しない虚数空間である次元断層に巻き込まれることは、死を意味することと同義である。
生存は絶望的。
場所が場所故に、調査のしようもない。
「ま、特佐は生きてると思いますがね」
「…随分と自信があるようね」
「生憎、実際この目で見ないと判断できない頑固者って、自覚はあるんでね。それに…」
「『それに』?」
「俺も特佐と
…
自分であって、自分でない意識の中であった。
感覚として、地に足がついていないような、不安定な意識に、強烈な稲妻が走った。
フェイトはその大きな目を、まんまるにさせて驚いていた。
自分の目の前に広がる光景に、声が出なかった。
「あら、フェイトどうしたの?こっちへいらっしゃい?」
「フェイト〜勉強終わったの?遊ぼー!」
大人の女性が柔和な笑みを浮かべ、包み込まれるような温かい声で自分を呼んでおり、もう一人の少女、幾許か幼く思える同じ金髪の子が、元気よく走り回った後自分に催促してくる。
それでも尚呆然と立ち尽くすフェイトに、快活な少女は人懐っこい笑みを浮かべながら走ってゆくと、ギュッと手を握ってきた。
「行こう!」
フェイトはようやく我に返り、生返事をした後に引っ張られていった。
自身の手を引く少女はたいそう楽しそうで、奥で待つ女性は微笑ましい様子に温かい眼差しを向けていた。
フェイト!
フェイト…
二人から自身の名を呼ばれ、ブワッと涙が溢れた。
心配そうにこちらを覗き込む二人を直視できず、目に手を押し当てて声を上げて泣いた。
そこで意識が途端にハッキリしだした。
目の前の母娘が涙でボヤけて、いつしか自分を呼ぶ声も聞こえなくなってきた。
唯一鮮明に感じられたのは、頬を伝う涙が随分と冷たかったことである。
肩に軽い衝撃を感じたことで、フェイトは意識を覚醒させた。
「大丈夫か?」
心配そうに声をかけてきたのはクロノ・ハラオウン。つい最近、自身の兄となった人物だ。
フェイトはふと時計に目をやると、既に夜9時半を過ぎており、既にご飯は食べ終え、寝る準備をする刻限であった。
「…ごめん、迷惑かけたよね…今すぐ寝る準備するから…」
フラフラとおぼつかない足取りで洗面台に向かおうとしていたのを、クロノは待ったをかけた。
「…何かあったのか?」
クロノは赤く腫らした目元を見て、放っておくという選択肢はなかった。
「…これは、その、大丈夫だから…」
彼女の反応から、何か特別な感情を押し殺しているのは明らかであった。
現に、そう言う彼女の目から、大きな雫が流れていた。
「あれ…あれ?」と困惑するフェイトに、クロノは一つ息を吐いて、言葉をかけてやった。
「…一人で背負いきれなくなったら、僕たちにも言ってくれ。寄り添うことはできるかもしれないから…」
クロノは元来、よく話すような人間ではない。気の許せる友人は、口数の少ない林田くらいだった彼は、こういったケースで何を話していいかわからなかった。
できるだけ当たり障りのない言葉を選んだつもりだったが、今更になってお節介と気持ち悪さに取られてもおかしくないと感じ、少々自分が嫌になり始めた頃、フェイトがボソッと呟いた。
「…いいの…?迷惑かけるかも…しれないよ…?」
恐る恐るといった言葉が合うだろうか、瞳が揺れる彼女が消え入りそうな声で尋ねてきた。
「ああ、いいさ。僕たちは『家族』なんだからな。それに、君にもいるだろ?頼れる大親友が」
その言葉を聞き、フェイトは止め処なく涙を流し、声を上げて泣いた。
すると、目の前いっぱいに温かいものが広がった。
この温かさに、今は甘えよう。
どれだけ泣いても、今は受け止めてくれる人がいる。
この涙は熱かった。
…
人々が寝静まるであろう時間に、権藤はコーヒーを飲み、タバコをふかしてある人物を待っていた。
時折腕時計をチラチラと見ては、足を組み直したりと、徐々に苛立ちが現れ始めている。
「この野郎…ただでさえ仕事の皺寄せがきて眠いのによお…」
ソファに大きく腰をかけ、天井をあおいで独り呟いた。
険しくなる目元が、彼の眠気と疲労度を物語っているが…
「管理局ってのは変わらんな…どこまでも腐りやがって…」
どうやら彼は、ただ待たされていることに苛立っているだけでなく、別なものに怒っているようだった。
愚痴ていると、ようやく扉が開いた。
「ようやくお出ましか、ジジイ」
タバコを灰皿に押し潰し、敵対的、獰猛な笑みを露にしながら、一人と二匹を睨んだ。
「待たせて悪かった、権藤君」
入ってきたのは、グレアムと使い魔の姉妹だった。
「おう、そうだな。あんたが呼び出したにも関わらず、1時間の遅刻たあいくらなんでもあんまりだな。こっちは連日指導と今回の事件の処理に追われてんのによ」
権藤は目の前に座ったグレアムに不機嫌さを全面に出して、おちょくるような態度をとってきた。
「はぁ…ろくに権限も行使できねえ一介のジジイになんで特佐は…」
いつもの皮肉に、痛烈に批判がのせられた。
そして、その通りなのかグレアムは黙り込んで、静かに権藤の言葉を噛み締めた。
当然、彼の使い魔はその言い分に怒らないことはない。
「ちょ、ちょっと、その言い方は流石に度がすぎるわよ…!」
「そろそろ我慢ならないね…いい加減にしないとただじゃ済まさんぞ!」
見るものが見れば、その圧倒的なプレッシャーに当てられ平静を保てなくなりそうだが、権藤は冷や汗ひとつ流さず、大きくため息を一つつく。
「ま、俺も言い過ぎましたね。あまり寝れてないもんでついついイライラしちまった。悪かった悪かった」
それだけでなく、全く反省の色が見えない平謝りを受けて、ロッテとアリアはもう堪忍袋がはち切れそうになった。
一触即発になりかけた時、グレアムが二人の方を止めた。
「こちらこそ済まない。片付けねばならない仕事があってね。処理に手間取っていたのだよ」
グレアムのその一言で、なんとかその場を収束できたが、使い魔は納得のいかない様子だった。
…
「…つまり、爺さんが俺を呼んだのは、特佐が請け負っていた『闇の書の封印』の任務を、この忙しい俺に引き継がせる手続きをここでしてしまおうってわけだな」
権藤は渡された紙資料をパラパラとめくりながら呟いた。
「そうだ。心苦しい限りだが…」
グレアムはその後の言葉をつっかえさせた。
権藤はそんな彼に問う。
「ちなみに俺の拒否権は?」
「…」
「…ダンマリか。ってことは、アンタの依頼じゃねえわなコレ」
権藤は一層睨みを効かせた。
そのプレッシャーに、直接向けられていないロッテとアリアがたじろぐほどだった。
「…協力してはくれないか」
グレアムの声が、小さな部屋に消えていく。
権藤は何も答えず、ひたすら資料を読み込んだ。
部屋には紙がめくる音が聞こえるだけだ。
そして読み終えた権藤は、資料を机に乱雑に置き、徐にタバコを取り出した。
一度煙を吸い込んで吐き出すと、権藤は口を開いた。
「…以前、調査対象に大量の支援金が送られてきてることがわかってな。特佐から直々に調べてこいと言われてその金のルートを辿った。そしたらアンタの口座から出ていることが判明したんだよ」
グレアムは黙ったままだ。
「要するに、アンタは『闇の書』の存在だけでなく、その主の正体も知っている上で、特佐に対象との接触を促したわけだ」
尚も黙ったままだ。
「特佐は余程のことがない限り効率を優先する男だ。もし事前にアンタが全て打ち明けてくれたら、今頃なんの憂もなくあの対象ごと『闇の書』を凍結できた」
「…そうだな」
「『そうだな』だと?」
権藤はようやく口を開いたグレアムの胸ぐらを掴んで、強引に立ち上がらせた。
「テメェが最初っから全部言ってりゃ、特佐も俺もわざわざ石ころ程度の事件なんざ首を突っ込まなかったんだ!アイツは調査の中、一人の幸薄そうなガキと一緒になったことで他人というわけにはいかなくなった…漸くアイツの理解者が現れるかもしれないと思った矢先にこの仕打ちだと!?」
権藤は年齢も階級も上のグレアムに、敬意をかなぐり捨てて怒鳴り散らかした。
「ご、権藤!私たちにも事情がっ…」
ギロッと、権藤の鷹の目のような鋭い眼光が、ロッテを射抜いた。
使い魔の姉妹は止めようにも、権藤の剣幕に当てられ動けず、そして何よりグレアムが待ったをかけていた。
尚も権藤は続ける。
「アイツは懸命にあのガキを助ける方法を求めていた。そして見つからずに収穫のないまま、終いにはどっかに消えちまっただろうが!」
権藤は頭に血が昇り切ると、グレアムを椅子に叩きつけるように突き放した。
思った以上に強く打ち付けたのか、グレアムから少し声が漏れたが、権藤にとってはお構いなしだ。
そして、受け取った資料をグレアムに叩きつるように投げつけるのだった。
パラパラとそれが散乱する中、権藤は肩で息を整え、先ほどまでと違って切り出した。
「あんたにとって…あんたらにとって特佐は…一体なんなんだ…」
権藤の質問に、グレアムたちは即答しようにもできなかった。
上からの命令を受け、自分たちは特佐———林田に闇の書の主を事実上息の根を止めてでも封印することを命じてしまった。
そして、林田はその少女———八神はやてに出会ってしまって苦しんだ。
戦いの中、彼の魔法を拒む力が、自分自身を苦しめた。
最後は生存が絶望的な次元断層の虚数空間へ飲み込まれた。
そんな扱いで、果たして我々は彼をなんだと思っていたのか。
答えの出ないまま少し時間が経過すると、権藤はその部屋を立ち去る直前に吐き捨てた。
「命令だからやってやらぁ。その『闇の書』の封印をな。だが、全て収まったら、テメェらは覚悟しておけ」
バンッと扉を豪快に閉めると、再び部屋には静寂が訪れた。
…
使い魔たる存在は、例え何があろうとも主人を守らなければならない。
主従関係を結び、魔力を与えてもらい、この形を保つことができるのだから、何があろうと主人の期待に応えねばならない。
しかし、どれだけ魔力運用に優れていても、どれだけ格闘センスがあっても、罪悪感に苛まれ項垂れる主人に、気の利いた言葉をかけてやれるほどのことはできない。
「…私とて…あのいたいけな少女を手にかけてまで、『正義』を貫きたくはないのだよ…」
グレアムは頭を抱え、大きく息を吐きながら力なく呟いた。
知らぬ者は、無知故に自分の愚かさを嘆いていく。
事情を知る者は、残酷にも天秤に命をかけてやらねばならない。
どちらが辛いのか、どちらが幸せなのか。
そんな次元の話ではないのである。
ロッテもアリアも賢しい使い魔だ。
空気を読んで、その場をやり過ごすことしかないことに気付いて、憐憫な眼差しを向けることに徹するのだった。
己の無力さを心の中で叫んでは。
…
今日何度目かわからない一服をしようと権藤は懐を探すが、お気に入りの銘柄は空箱であった。
「チッ…くそだ…」
ガンッと銀の灰皿を叩き、虚しく自身の呟きが消えていった。
一服しにきた者は、唯一の喫煙所に例の大男がおり、さらに期限が悪いときたので足早にそこを立ち去ろうとしていた。
「おい」
不意に呼ばれたので振り返ると、大男が扉を開け、立ち去ろうとする男を呼び止めていた。
「ちょうどいい、一本くれ」
男は何されるかたまったものではないので、大人しくタバコを渡してやった。
権藤は男に軽く礼を言い、少々色目をつけて金を握らせると今度こそ立ち退いてもらった。
「はぁ〜不味い…」
貰っておきながらなんと言うかこの男は。
あまりにも礼節を欠いていたが、幸いにも誰にも聞かれなかった。
しかし、この不味いタバコのおかげで、いくらか彼は冷静さが戻ってきたのである。
そして、先ほどのやり取りを振り返って、改めて自分自身に嫌気がさすのだった。
「…信用してねぇわけじゃねぇが…」
長く相棒として横で戦ってきた男として、一人で突っ走って勝手に消えた林田に少々怒りがわきつつ、また、突然帰ってくるだろうと淡い期待を浮かべつつ、タバコをふかして灰皿に押し当てた。
「ままならんな…だから一人突っ込んじまうんだろうな」
この男も、思うところがないわけではない。
むしろ、こうした身内への甘さが見えるところが、隊の中では絶大な信頼へと繋がったのだろう。
ふと、ブルリと粟立つような気になった。
同時に権藤の中で、凶暴な何かが警笛を鳴らした。
「…そろそろかね…」
…
時同じくして、地球にて。
日中は暑くなり始めたが、夜はよく冷え、人によっては体を震わせていた。
既にあたりは誰もが寝静まり、余計な雑音が感じられない厳かな雰囲気を醸し出していた。
そんな中、幸薄い少女は誕生日である6月4日に思い耽る。
「最近…あの兄さん来ぉへんなあ…」
最後に別れてからも何度か同じ時間に図書館へ向かったが、お目当ての人は来なかった。
見た感じ学生であったので、忙しいのだろうと、自分で自分を納得させていた。
しかし、いくら孤独に慣れているからと言っても、まだ小学生の彼女は流石に寂しさを感じられる。
「またお話ししたいな…」
一度マイナス思考が働けば、ズルズルとマイナスへ引っ張られていく。
女の子はとうとう、ポロッと弱さが漏れてしまった。
「…一人は嫌や…」
「『闇の書』の起動を確認しました……」
「我ら『闇の書』の『蒐集』を行い、主を守る守護騎士でございます……」
「夜天に集いし雲……」
「ヴォルケンリッター……何なりと御命令を……」
そんな少女の願いに応えるかのように、突如目の前に謎の集団が現れた。
皆年齢は若そうであった。
しかし、纏う雰囲気は剣そのもの。
皆確固たる意志で、少女を守ろうという気概は伝わってきた。
しかし、少女は良くも悪くも寛容で大胆であった。
新しい家族が増えたと喜ぶのであった。
終わりの始まりである。
次回から、本格的に本編と絡んでいくかもしれないです。