もし、刺されたのがアクアだったら 作:八秒で泣くオタク
「4年前、出産を控えた星野アイは人目に触れることを厭うて自分の顔があまり知られてない宮崎の田舎の病院で極秘出産を行った」
烏の鳴き声がうるさい。頭の中がガンガンと割れそうなくらいに痛み出す。目の前の少女の言葉が脳内で反響して上手く処理できない。
滔々と語る少女の瞳はまるで影だ。こちらの考えを見透かし、心の奥底にまで入り込もうとしてくる。脊髄を氷で撫でられているような錯覚に陥る。
────宮崎の病院。
それを聞いて思い浮かべてしまうのはやはり、天童寺さりなとしての闘病の日々。天童寺さりなとして死んで星野ルビーとして産まれた病院。
私にとって因縁浅からぬ場所。
「星野アイの担当医だったお医者さんは星野アイが子供を、君達を産んだ日に突然音信不通になった」
私を囲む烏達の瞳は全てが真っ黒に染まっている。まるで私を呑み込むように闇が私を包んでくる。
「彼は星野アイのファンでね、それはもう親身になって彼女の出産を手伝おうとしていた」
「そのお医者さんの名前は言わなくてもわかるよね?」
────言うまでもなくゴローせんせだ。
確証はなかったけれどアクアの最後の言葉や場所を考えると私の中ではその答えしか出てこなかった。
せんせが担当医としてアイの出産を手伝おうとしていた。
その出産日を境に消息を絶った。
それが意味することはただ一つしかない。
「そんな大事な日にいなくなるなんて怪しいよね?でも怪しいのはそれだけじゃなくてその日の病院の周りにずっと不審な男が居たんだ。当時、大学生位の男と中学生位の男の子がね」
────困惑と恐怖がより強い感情に塗りつぶされていく。
ふつふつと少しずつ湧き上がる黒い情動。疫病神じみた少女が語る過去が、半ばわかっていたことだけど改めてそれを他者に明確にされることで今まで曖昧になっていた憎悪が溢れてくる。
瞳が熱い、黒々とした炎が燃えているかのように視界が揺れる。怒りを上回る絶望で鈍っていた感覚が蘇ってくる。
心臓の鼓動が激しくなる、呼吸が荒くなる。全身が燃えるように熱くて寒気が止まらない。
怒りの矛先は眼の前の少女に向いていない。アイの輝きを、私の大切な人の命を二度も奪ったであろう存在への激しい憎しみ。
ドクンドクンと血液が脈打つ度に心拍数が上がる。視界が赤黒く染まっていく思考。
「大学生の方は数年後に誰か分かった。他でもない星野アクアを刺し殺した熱狂的なファン··········ストーカーだね」
「(············そこまでは察してた)」
せんせを、アクアを二度に渡って殺したやつが同一人物だということはアクアの口ぶりから薄々察しがついていた。
重要なのはそいつは実行犯というだけで黒幕が他に居るということ。
一世を風靡するアイドルであるアイの住所は私たちという子供の存在もあって普通の芸能人とは比べ物にならない精度で隠されているはずだった。
それこそ知っているのは社長たちくらいのものでただのストーカーが調べられるものじゃない。
何らかの手段で知って漏らした誰かがいるはずだとアクアも言っていた。
「··············もう一人は?」
自分の声が低くなっているのがわかる。ぐつぐつと煮え立つような激情を必死に抑えながら絞り出したような声で問い掛ける。
私の質問に少女は口角を上げて答える。それはまるで私の反応を見てくつくつと笑いを堪えるように肩を震わせる。
ストーカーの男と出産の日に一緒にいたということはそういうこと、なんだろう。
中学生くらいという年が気になるがもしそうなら知ったことじゃない。
「さあね、それを捜すのが君の役目じゃない?············まぁ、でも星野アイの出産日なんて知っている人は限られていると思うけどね」
その言葉を最後に大量の烏の群れが彼女を覆い隠すようにして消えていく。
最後の最後まで烏たちは私に視線を向けていたが私は目を合わせることもできず、ただ烏達が消えた空を眺めていた。
白昼夢のようだった。烏が消えると同時に私の意識は現実に引き戻される。汗だくになった身体と乱れた呼吸。
頭の中にはまだ先程の光景と会話が残っている。吐き気すら催すが、それよりも今は───。
アイドルとして子供を妊娠していること自体ギリギリまで隠していたであろうアイの出産予定日を知っていたであろう人物は限られてくる。
本人とせんせの他には社長くらいなはず。
せんせや社長が他言するわけはないし、偶然どこからか漏れた可能性を考えないのであればアイ自身が教えた相手がいるということ。
実際、黒幕の正体についてアイには心当たりがあるんじゃないかと前々から思ってはいたが聞くことはできなかった。
そう多くはないはず、妊娠していることが世間にバレたらアイドルとして致命傷になる。
そんなリスクを負ってでも出産日を教える相手なんて────
「───────ぁ」
ぞくり、と背筋を悪寒が駆け抜ける。まさか、そんな訳はないと否定しようとする心ともしかしてと納得してしまう心が同時に存在している。
ピースとピースが嵌る音が聞こえる。パズルが完成するように全てを理解してしまう。
「でも、そんなことって··········っ」
もし、"そう"ならあらゆる面で合点がいく。アイが仮に黒幕について 察していたとしてももしそうならばギリギリまでそうじゃないはずだと考えてしまうはずだ。
最も可能性は高いけどそうであってはならないと願う。だってそうだとしたらアクアは───
「·············もしかして私達の父親、なの?」
────実の父親の差し金によって殺されたことになってしまう。