もし、刺されたのがアクアだったら 作:八秒で泣くオタク
「···········そんな、わけない」
そんな事なんてある筈が、あっていいはずがない。
どんな人物かは知らないけれど、どんなにひどい人だとしてもそんなことは有り得ないって信じたい。
まだ誰に明言されたわけでもない可能性の話だと導き出してしまった正体を必死で否定しようと頭を振る。
アイの出産日を知っている人物が限られていた以上、アイの知り合いでその日に出産に立ち会おうとしていたのは社長だけなはず。
病院外で出産のことを知っているのは社長以外にはいないはずだ、それこそアイ自らが伝えない限りは。
アイに親族がいないのはわかりきっているし、連絡先すら知らないはず。
B小町の他のメンバーに関してもそこまで仲が良いわけではなさそうだし、それこそ告発を考えれば伝えるはずもない。
なら、天涯孤独のアイが出産日を伝える相手は他に誰がいるだろうか。
─────ダメだ、いくら考えても答えは変わらない。
アイが出産した日に、病院の付近にいた人間で社長以外唯一、アイと深い繋がりのある人物。
アイドルとしてのリスクを鑑みても自身の出産を伝える相手。
親代わりのようなものである社長以外に親しい人がいなくて友好関係もアイドルとしての事務的なものを除けばほとんどなきに等しかったであろう当時のアイにとっての例外。
その条件に当てはまり、アイと親しい間柄の人間はきっと一人しかいない。
「················っ」
息が乱れる、嫌な汗が止まらない。どくん、どくんと心臓が脈打つ度に脳裏に蘇るあの惨劇。
あの日の光景が、苦しみが蘇ってくる。あの金物臭い血の匂いとアイの絶叫のような悲鳴。
ここ最近、毎日夢に見るあの数刻の光景。三人の日常が終わった日の記憶がフラッシュバックする。
忘れることなどできない、一生背負っていくしかない痛み。アイの輝きを、私の大切な人を二度も奪った犯人を許すことなぞできるわけがない。
許せるものか、絶対に殺してやる、と殺意の炎が燃え上がって視界が真っ赤に染まるほどの激情は今もグツグツと煮えたぎっている。
犯人が誰であろうと誓った復讐を違えることはない。
でも、それでも···········。
条件は揃っている、黒幕の正体の候補は限られていて何よりアイ自身に聞けばすぐにわかってしまうことで。
現実逃避しようにもどうしたって考えてしまう。もしも、本当にそうならアクアは············。
アイが自身の出産日を教えた相手こそがアクアの仇であり、私の復讐相手。
その相手は·············。
「·············もしかして私達の父親、なの?」
何度も巡った思考をもう一度繰り返す。もし、黒幕が私達の父親であるなら全てが合致してしまう。
アイが妊娠していたことを教える相手なんて生まれてくる子供の父親、私達の父親くらいしかいない。
アイと私達の父親がどんな関係なのかは知らないけれど今まで父親の話が一切なかったことからある程度は察せられる。
頑なに社長にも一切話さずにいた私達の父親。アイの交流の狭さや妊娠したであろう年齢の事を考えるとその相手は限られる。
一般人はまず有り得ない、芸能界関係者かもしくはそれに近い業界人。
日常的にアイと関わっていたであろう相手、確たることはアイに聞いてみなければわからないけれど恐らくこの結論は間違っていないはずだ。
私達の父親は、私の復讐相手は芸能界にいる。
アクアをあんな目に合わせたやつが芸能界にいる。
復讐相手の正体が絞られたことはかなり大きな近道だ。
─────あぁ、でも。
「なら、アクアは実の父親に殺されたって言うの?」
元はといえばアイを殺すつもりだったのかもしれないがどちらにせよ意味はさして変わらない。
父親がアイとどんな関係だったのかを知らないけれど、たとえどんな経緯や理由があっても実の父親が息子を殺すなんてあって良いはずがない。
そんな救われないことが、許されるはずがない。
私は、私にはそんなの認められない。
だって。
「─────心の底では絶対、親は子供を愛するものなんじゃないの?」
それを認めてしまったら私を構成する前提が崩れてしまうような気がするから。
「········っ、うぐっ」
胸になにかせり上がろうとする感覚を覚え、思わず口元を押さえた。
胃液が逆流するような嘔吐感、この世全てがドロドロと溶けて消えていくかのような気持ち悪さに吐きそうになる。
アイのことも、自分の存在さえもわからなくなりそうなほど頭が痛む。
まるで自分が自分でなくなってしまうかのように恐怖を覚える。
心が壊れてしまいそうだ、いっそこのまま狂ってしまった方が楽になれるんじゃないかと思えてしまう。
それほどまでに不安定で、歪な私という人格。あの病室で先生とアイがいたからこそかろうじて保っていられた私の心が音を立てて崩れていきそうだ。
「··········································································································································································································お母さん」
ふと、思考が散った。
あの家の住所は分かっている、いざという時の電話代として持っているお金で行ける距離と場所。
その気になれば今日、今からでも園を抜け出して"お母さん"に会いに行ける。
なんで今になってあの人に会いたいと思ったのかは分からない。
あるいは親子というものの儚さを突きつけられたような気がしてそれを否定してもらいたかったからかもしれない。
なによりアイには今、会えない·············会いたくない。
生まれ変わってから何度も考えた。
せんせとの再会を願ったように今なら"お母さん"とまた会えるんじゃないかって。
死に目にすら来なかった人に会ってどうすると頭の中の冷静の部分が否定して行動に移すことはなかったけれど。
それでも心の中で期待していたのかもしれない。
"お母さん"が生まれ変わった私を見ても"私"だとわかってくれるんじゃないかって。
「どう、なのかな」
固まって動かない思考とは裏腹に体は勝手に園から忍んで出ていこうと動き出す。
誰かに見つかれば怒られてしまうだろうけど今は叱られることよりもアイに会うことの方が怖く、何よりもこのまま何もしないでいるのがつらかった。
バスを使って、電車を使って記憶を頼りにあの家を目指せばいい。
連絡用に渡されている携帯を使えば地図も確認できるし道に迷うことはないだろう。
目的地まで行くことができれば後はインターホンを押して出てくるのを待つだけ。
そうすればきっと、きっと私がさりなだって··········。
「··············お母さんは私に気づいてくれるのかな」
何年も一緒にいてアクアがせんせだって気づくこともできなかった私の母親にわかるはずがないのに。