もし、刺されたのがアクアだったら   作:八秒で泣くオタク

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12-天童寺さりな、星野アイ

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトンと電車が揺れる音が響く。時間帯のせいか車内はそれほど混み合っていない。

 

座席に座って窓の外を眺めていると移り変わる景色を見ているだけで少しだけ気分が落ち着く。

 

これから向かう先の事を考えないようにしているのもあると思う。思えば生まれ変わってから一人で行動するなんて初めてだ。

 

············いや、生まれ変わる前もずっと病室にいたんだから一人で自由に行動できることなんて無かったか。

 

電車に揺られる度に胸の内に不安が積もっていく。闇中に一人、足を踏み入れるような心地。

 

疎らに乗っている乗客たちの視線が私に向けられていることを感じながら目的の駅に着くのを待つ。

 

見た目から3歳から4歳の幼稚園服を着た子供が一人で電車に乗る姿は珍しいらしく好奇の眼差を向けられているのが分かる。

 

居心地が悪い、早く着かないだろうか。

 

十数分後、ようやく最寄り駅に着き、降りる。

 

改札を出て携帯を取り出してあらかじめ調べておいた道を進んでいく。

 

見覚えのある閑静な住宅街、10年くらい前に何度も歩いた道。懐かしさと悲しさが込み上げてくる。

 

駅から歩いて10分ほどの距離にあるその場所へ向けて歩を進める。記憶にある風景と変わりないのになんだか別世界のように感じる。

 

太陽に照らされた道を歩いていると時折、すれ違う人がこちらを見ている気がする。そんな訳はないのに敵意ある目で睨まれているような錯覚に陥る。

 

目立つ容姿と年齢な自覚はあるけれどここまであからさまに見られると落ち着けるわけがない。

 

歩くペースはどんどんと速くなり、気づけば駆け出していていつの間にか息を切らしながら泣きそうになっていた。

 

近づいているのに何かから逃げているようだった。

 

なにかに駆られるよう、急ぐように、逃げるように。こんなに走ったのは何年ぶりだろう。

 

「はぁっ、はぁ···········っ!」

 

 生まれ変わるより更に前、病気になる前以来かもしれない。ゼェハァと荒い呼吸を繰り返し、膝に手を置いて立ち止まる。

 

肺が酸素を求めて痛む、心臓がバクバクと鼓動する。汗が額から流れ落ちる。そんな状態だというのに。

 

どうして、涙が止まらないのだろう。拭っても、拭っても、次から次に溢れてきて視界が歪んでいく。

 

もうすぐだ、あと数分で"お母さん"がいるあの家に着く。

 

きっと、あそこに行けば私を受け入れてくれるはずなんだ。だから、泣いてちゃダメなんだ。

 

自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟き、なんとか落ち着きを取り戻す。

 

それからまた歩き始め、知らない道から知っている道へ。少しずつ、あの時の記憶と今の風景が重なり始める。

 

知らない建物や新しい公園、変わらないものもあったけれど確実に時は流れている。

 

あの時私と同じ小学校に通ってた子たちはもう大学生になっているだろう、あるいは就職して働いているかもしれない。

 

この世界に、この時間に私は存在している。

 

それなのに、ここに私の居場所は無い。その事実がとても寂しくて、虚しい。

 

ふと道端に落ちていた小石を蹴飛ばすコツンと音をたてて転がるそれをぼんやりと見つめる。

 

ふと、空を見上げると雲一つ無い青空が広がっていた。太陽の光が眩しくて目を細める。

 

あの病室の窓から見る光景はいつも真っ白で無機質で、ただ機械の音だけが響いていた。

 

それが嫌でイヤで、怖くて仕方がなかった。

 

一度だけ調子のいい時にB小町のライブに行くことができたけどあの時も結局は救急車で運ばれた。

 

結局、死ぬまで私はあの白い部屋から抜け出すことはできなかった。

 

アイを知り、せんせに出会わなければ絶望に心まで喰われていたしれない。

 

「··············」

 

 あの角。あの角を曲がった先、そこに私の家がある。今にも逃げ出したくなる衝動を抑え、ゆっくりと足を動かす。

 

そして、ついに辿り着いた。

 

目の前には一軒家が建っていて、表札には"天童寺"と書かれている。間違いなく、ここは私が育った家で私の家族の家。

 

外装や庭先の植物など多少変わってはいるものの記憶通りの姿。何年も来なかった割には変わっていないことに驚くと同時に微かに嬉しさを覚える。

 

門扉に近づき、インターホンに手を伸ばす。

 

指先が震える、緊張と恐怖が入り交じっているのが自分でもよくわかった。それでも、ここで逃げたら私はきっと後悔してしまう。

 

あぁ、でも怖い。

 

もし、拒絶されたらどうしよう。

 

今更、どんな顔して会いに来たんだろう?

 

考えれば考えるほど悪い想像ばかりが浮かんできてインターホンに触れる勇気が出ない。

 

でも、ここまで来たらもう後戻りはできない。

 

緊張する、心臓がバクバクと脈打ち、呼吸が荒くなっていく。

 

大丈夫、お母さんは私に気づいてくれるはずだ。

 

深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

さぁ、押そう。

 

震えそうになる手を抑えつけてインターホンを押す。

 

ピンポーンと鳴る電子音、簡素なそれが酷く長く感じられた。

 

どくん、と胸が大きく高鳴り、手が震える。ドクンドクンと、うるさいくらいに鼓動が早まる。

 

ドアのあちら側からドタバタと人が出てくる音が聞こえた。

 

いる、ちゃんとお母さんはいる。お父さんかもしれないけれど。

 

早く、出て。お願い。

 

ガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえ、中から誰かが出てくる気配がした。

 

胸が強く跳ね上がる。私は無意識のうちにぎゅっと拳を握りしめ、出てくるであろう人物を待ち構えた。

 

それだけの時間がひどく長いものに感じられる。キィッと軋むような音を立ててゆっくり玄関の戸が開いていく。

 

開いた隙間から見えたのは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社長は大丈夫だと言っているけれどどうやっても最悪の可能性ばかりを考えてしまって不安が拭えない。

 

本当にルビーは無事なのだろうか。

 

なにもかもが心配で仕方ない。震えが止まらず、涙まで出てくる。

 

どうすればいい、どうすれば。

 

思考が散り散りになって纏まらない。どうすればいいの、私は何をすればいいの。分からない、分からない、分かりたくない。

 

あれからしばらくして社長も捜索に出たけれど私は家に残っているように強く言われた。

 

曰く、入れ違いを防ぐためとのことだけどそれよりもアイドルである私が人前で娘を探せば騒ぎになってしまうからだろう。

 

こんな時ですら母親として行動できない自分の立場に苛立ちを覚える。

 

私一人が動いたところで状況がよくなるわけではないと分かってはいるけれどじっとしているのは辛い。

 

自分本位でしかないのは分かっているけどそれでも動けないのが辛い。

 

ただひたすらに祈るような気持ちで時間だけが過ぎていく。

 

中からはともかく外からに関してはちゃんと防犯もされている幼稚園にいたルビーが誰かに誘拐されたなんてことはまずなく、自分の意思でどこかに行ってしまったと考えるのが妥当な線だということだ。

 

でも、だとするとどこに行ったのか見当すらつかない。

 

まだ遠くには行ってないと思うけどそれだって確実とは言えない。

 

まだ4歳のルビーは生まれてから今の今までそんな遠くに行ったことはないはずだ。

 

せいぜい近くの公園か幼稚園ぐらいなはず。それ以外は私の撮影に連れて行ったことが何度かあるくらいで行き先に心当たりはない。

 

「············普通のお母さんならわかるのかな」

 

 ルビーがどこに行ったのかわからないのは自分が普通のお母さんのようにルビーに接してこなかったからなのかなと思ってしまう。

 

ルビーが幼稚園から帰って来てから寝るまでの間、私は仕事でほとんど家にいない。

 

ルビーと一緒にいる時間はあの事件 前も後も少ない。

 

仕事で疲れて帰ってきた時に出迎えてくれるアクアとルビーに癒されてはいたけど寂しい思いをさせていたのは間違いないだろう。

 

親としてちゃんと向き合えていなかったのは自覚している。でも、どうしても忙しくて一緒にいられなかった。

 

せめてもっと話すべきだったんだろう。

 

「············アクア」

 

 アクアならルビーがどこに行ったのか分かったのかな。

 

私にはどこに行ったのかも、何で幼稚園を抜け出したのかもわからない。

 

私はやっぱりダメなお母さんだよ。

 

ごめんね、ルビー、アクア。

 

あなたに謝りたいこともたくさんあるのにもう会えないかもしれない。

 

そう思うと胸が張り裂けそうなほど痛む。ぽたりと落ちた雫は私の頬を濡らす。

 

最悪なことばかりを考えているとどんどん気分が落ち込んでいく。こんなこと考えるべきじゃないとわかってはいても一度思い浮かんでしまったものは中々消えてくれない。

 

そしてその度に嫌な予感が増していき、恐怖と焦燥感が心を蝕んでいく。

 

そうやって負の感情が膨れ上がっていく。

 

「私は二人の"お母さん"になれてたのかな」

 

 私は二人のお母さんになることでずっと知りたかった愛を知ることができた。

 

でももらうばかりで二人になにかを与えていたのだろうか。与えてあげられた自信がない。

 

「·····················っ」

 

 あの時の、アクアの小さな体が私の手の中で少しずつ冷たくなっていく感覚を思い出して思わず身震いし、ぎゅっと手を握る。

 

大丈夫、ルビーは無事だ。

 

きっと帰ってくる。

 

そう信じて待つことしか出来ないのが悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、どうしようもなくて。

 

もう二度とあんな思いはしたくない。ルビーまでいなくなったらどうしよう。

 

「(─────そうなったらもう私は無理だよ)」 

 

 だからお願い、どうか無事でいて。

 

そんなことを考えていると不意に玄関の方から物音がして遅れてインターホンの電子音が鳴る。

 

私は勢いよく立ち上がり、転びそうになりながらドアに駆け寄り、急いで鍵を開ける。

 

ガチャリという音と共に扉が開く、そこには。

 

「─────」

 

 

 

 

 








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