もし、刺されたのがアクアだったら 作:八秒で泣くオタク
死亡ルート第三話です
─────アクアが、せんせが亡くなってから一週間が経った。
アクアの最期の言葉が頭から離れない。
有り得ない、そんなはずないと何度も何度も何度も否定しても現実は変わらない。
どれだけ感情で否定しても頭の中の冷静な部分がこの現実を受け入れてしまう。
「(···········アクアがせんせだったなんて)」
信じられない。
あのせんせが、いつも優しい目を向けてくれていたせんせが死んでたなんて信じたくない。
頭がぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚。アクアの死が受け入れられなくて、せんせの死が信じられなくて。
今になって思えばアクアとせんせには似た雰囲気があったかもしれない。
優しくて、温かくて、それでいてどこか寂しげで、時折見せる影のある表情。
元々、アクアの中身が自分よりもかなり年上であるのはなんとなく察していた。
それでも双子として、唯一互いが転生者と知っている者として私たちは良好な関係を築けていると思っていた。
お互いに奥の奥のところは踏み込まずにあくまでも今世の兄弟として仲良く出来ていれば十分だと思ってた。
せんせが亡くなっていたことも、私のように転生していたことも何もかも信じたくない。
アクアの血の臭いが脳裏にこびりついて離れない。思い返すだけで動悸が激しくなる、呼吸が荒くなる。
まるで自分の身体が自分のものではないかのように自由が利かない。
アイを庇ってストーカーの男に刺されてから死ぬまでの光景がフラッシュバックする。
「·············せんせ」
せんせは既に死んでいて、アクアが実はせんせで、アクアはもういない。理解できない、理解したくない、理解したら私は壊れてしまう。
アイの娘として、せんせの妹として生まれ変わるなんて本当だったらあまりにも都合の良い夢物語。
あるいは酷かった前世の揺り返しのように神様が与えてくれたプレゼントなんじゃないかとさえ思える奇跡。
───これから、これからだった。
父親こそいないけれど不器用だけどめいいっぱい愛してくれる母親と思うところはあったけれど秘密が共有できて頼れる兄の三人で幸せな家庭を築けるはずだったのに。
本当の意味で私を愛してくれる家族に巡り合えるはずだったのに。
どうして、どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
誰か、誰でもいいから答えて欲しい。
何がいけなかったの? どこで間違えてしまったの? 私が悪いの? アイが悪いことをしたの?
アクアが、せんせが殺されるようなことをしたの?
ねぇ、教えてよ。
お願いだから私にわかるように説明してよ。やっと前世のことを忘れて新しい人生が始まったと思った矢先に。
こんなのあんまりだ。
こんなのひどすぎる。
死後、新しい命として生まれ変わるお話はいくらでも読んだことがあるけれどそんなことが現実に起きるなんて思ってもいなかったし、実際転生してしばらくの間は今際の際の夢か幻なんじゃないかと疑ったくらいだ。
それも推しの娘に転生するなんて余りにも都合が良すぎる。甘い夢のようだった。
私の、天童寺さりなの人生の大半はそのほとんどが病室の中で終わった。
立つことすらままならなくて一日の九割以上をベッドの上で過ごさなければならならず、学校に行くことも出来ずに友達もできたことがない。
生まれてきた意味すら見出せない地獄のような日々、でもそれが当たり前なんだと思っていた。
先はなくて、ただ終わるだけの人生。
普通の子が学校によって行って勉強とか恋とかをしている時に私は一人ぼっちで病院の天井を見つめるだけの毎日。
私にはそんな生き方しか出来ないんだろうなって漠然と思っていたし、それを受け入れていた。
誰かが見舞いに来てくれるなんてこともなくパパとママでさえ仕事が忙しいとかそれらしい理由をつけて
会いに来ることは滅多に無かった。
─────私は誰にも愛されていない。
誰に言われるまでもなく薄々ながらそう感じていた。それでも認めてしまったら本当の意味で生きる希望が無くなってしまう気がして必死に気づかないフリをしていた。
それでも泥のように積もった孤独感だけはどうしようもなかった。
もはや死にたくないとすら思えないほどに心が死んでいたのだと思う。
そんな私に生きる理由をくれたのがアイで死にたくないと思わせてくれたのがせんせだった。
「···········やだ、なんで、なんで···!」
ずっとせんせに会いたかった。せんせには苦しんでる姿しか見せられなかった。
天童寺さりなとして何もできずに死んでしまったのは残念だけど今の私は推しのアイドルの娘なんだよって自慢したかった。
今は走ったり跳んだり踊ったり出来るんだよと伝えたかった。
身近で見るアイは画面越しで見るよりもずっと綺麗で眩しくて輝いているんだよって教えてあげたかった。
ずっと私のことを思ってくれてありがとうって言いたかった。
大好きだよ、って今度こそちゃんと言いたかった。
でも、そんな願いは叶わない。
もう
一番近くにいたのに私はアクアがせんせだってことに気がつかなかった。
誰よりも近くにいて、誰よりもよく見ていたはずなのに。
どうして、どうして、どうして。
私がもっと早くに気づいていれば。
後悔しても遅いのに何度も同じことを考えてしまう。
後悔してももう遅い。
アクアはもう帰ってこない。
せんせはもうこの世にいない。
涙が止まらない。
泣きすぎて頭が痛い。こんな気持ちになるのは初めてだった。
自分が死ぬ時だってこんなに悲しくなかったのに。
だって最期まで私にはせんせが付いてくれてたから。
「·······っ、うぅ······あ、ぁ·········」
後悔というには余りにも重たい感情が心を蝕む。苦しい、息ができない。いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思う。
呪いのようだった。せんせがまだ生きている私を呪っているみたいだとせんせがそんなことをするはずがないのに思わず考えてしまう。
せんせは死んで、アイは泣いている。
アイが泣く姿をはじめて見た。
いつだってキラキラしていて笑顔を絶やすことのないアイが初めて見せた表情。
その事実が余計に
泣いたのは
けどその笑顔が
強く振る舞って、私やミヤコさんを元気付けているけれどふとした瞬間に見せる弱々しい横顔が私の胸を締め付ける。
あんなアイの姿は見たくなかった。
真っ白で星のようにキラキラとしていたアイの瞳が悲しみに濁っていくのが辛くて仕方がなかった。
黒く淀んだ暗闇をかき混ぜて凝縮したような黒い輝きが代わりに宿ってアイの魂が汚れていくようで嫌だった。
社長やミヤコさんもアイの瞳が変わったのを薄々ながら感じ取っているはずだけど何もできやしない。
それは私もそうで自分のことばかりでアイに寄り添うことなんて到底できない。
それはアイ自身も同じはずなのに。
それでもアイは私たちに笑顔を見せてくれる。痛々しくて儚げで見ているこちらの胸が張り裂けそうになるような作り物の笑みで。
母親として誰よりも辛いはずなのにアイは私たちの前では決して弱い姿を見せようとしない。
強くて綺麗で···········だからこそ、その姿を見る度に私の心には暗い影が落ちていく。
「(········せんせなら、アクアならアイを励ませられたのかな)」
もし、もしも、なんて考えるだけ無駄なのはわかっているけれどどうしてもそんなことを考えてしまう。
アクアならアイを幸せにしてあげられたのに。
せんせならアイを救えたのに。
···········こんなことを考えるのは
「(────死んだのが
そうしたらアイはここまで悲しい思いをせずに済んだんじゃないか。
そんなことをつい考えてしまう。
死にたい、死んじゃいたい。
ひとりぼっちの病室で何度考えたかわからない想いが蘇ってくる。
ダメだって分かっているのに後を追いたくなってしまう。
世界から色が失われていくように視界がモノクロに染まる。
もう何もかもどうでもいい。
このまま死んでしまえばいいのに。
死んでしまいたい。
生きたくない。
生きていたくない。
分かっているのにドロドロとした汚泥のような負の感情が次々溢れ出してくる。
闇色に塗りつぶされた思考回路では正常な判断も出来ないし正しい行動も取れない。
そもそもなんでせんせは死んでしまったんだろう。
病気?
事故?
わからない、私には知る由もない。
そもそもいつ死んだのかさえ············。
『··························前にもこんな事があったけどやっぱりアイの住所がばれたのはおかしい』
ふと、
「(前にもこんな事があった··············?)」
ドクン、と心臓が跳ねる。涙が止まり、代わりに汗が滲んでくる。寒気がして震えが止まらない。
どくんどくんと心臓の鼓動が激しくなっていく。まるで警鐘のようにうるさく鳴り響く。
前にも、前にもせんせは。
─────前にもせんせはアイを狙う誰かに殺された?
視界が黒く染まる。ドクンドクンと激しく脈打つ音が聞こえる。呼吸が荒くなり、吐き気を催す。
全身の血流が早まって身体が熱くなる。悲しみを、苦しみを押し流すほどのナニカが湧き上がっていく。
「はぁ······っ、あぁ······っ!」
これは怒りだ。
黒く黒く黒ずんだ炎が私の心を焼き尽くしていく。呪詛のような激情が私の心を支配していく。
アクアを殺した犯人の男は自殺したらしい。せんせを殺したやつと同じかは分からないけれどせんせが言うには今回のことは裏で誰か手を引いた奴がいる。
実行犯が死んだだけで黒幕は今ものうのうと生きている。
アイを殺そうとした奴。
私の大切な人を、最愛の人を二度も奪った奴がいる。
せんせはアイを守るために二度も殺された。誰よりも優しくて誰よりも幸せになるべき人だったのに。
アクアの身体は灰になって、せんせの身体はまだどこかで一人でいる。
アイも、
許せない、絶対に。
ソイツはアイから輝きを奪って
なんで私は転生なんかしたのか。
星野ルビーに生まれ変わってからの四年間、頭のどこかでずっとその理由をさがしていた。
その理由が今、定まった。
私がこの世界に生まれ変わった理由はたった一つしかない。
それは、復讐のため。
アイからアクアを奪ったやつに報いを受けさせるため。
私からせんせを奪い去ったやつらに報復するため。
例えこの身が朽ち果てても、地獄に堕ちることになっても構わない。
どんな手を使ってでも見つけ出す。
見つけ出して、絶対に。
「絶対に殺してやる」
黒い感情がとめどなく溢れてくる。悲しみも寂しさも全部押し潰してしまうほどの怒り。
───アクア、アイは私が守るよ。
───せんせ、仇は私がとるよ。
───だから安心して眠ってね。
決意は固まった。
必ず見つけて殺す。
そのためだったらどんな嘘でもついてみせる。
そして全部が終わったら
『せんせ好き!結婚して!』
『残念だったな、16歳になったら真面目に考えてやるよ』
あの時は相手にしてもらえなかったけれどそれでもちゃんと言うんだ。
「··············せんせ、私、16歳になったよ」
さりなとして死んだのが12歳で今は4歳だから合わせれば16歳になる。
それでも相手にはしてもらえないと思うけどそれでもちゃんと言うんだ。
だから。
────待ってて、せんせ。
「大好き」
死亡ルートはアイ視点をもう一話書いてその次からは後遺症ルート書きます(原作が進んだら後々死亡ルートの続きを書くかもしれません)。
あと、結構えげつない話なのは自覚していますが誹謗中傷的なメッセージは止めていただけると助かります、低評価予告とかはかなりきついです········。
モチベーションに繋がるので感想や評価のほどよろしくお願いいたします。