もし、刺されたのがアクアだったら 作:八秒で泣くオタク
日間ランキング1位ありがとうございます
長くなりすぎたので半分に割りました、溜め話です
舞台を包み込むように輝いている色とりどりの光の束。まるでオーロラのように揺れる光粒。
軽快でありながら重厚なリズムに合わせてゆっくりと揺らめいている。
その光が、この空間が、ステージが、このライブが、目の前で立っている彼女達───否、彼女を、アイだけを彩るように照らす。
少しずつ光量が上がっていく照明に少しずつ高まっていく場の熱気。観客達のボルテージも最高潮に達していく。
誰もが黙しながらも今か今かと待ちわびている。光の束が頂点に達した瞬間彼女の口が開かれることを。
そして───
♪〜〜〜〜!!!!!!
イントロと共にステージ上に爆発したかのように広がった七色の閃光。それは一瞬にして会場中を埋め尽くし、視界を白く染め上げる。
『─────♪♪』
彼女が歌い出した瞬間、全てが
止まったかのような錯覚。まるで時間が止まってしまったかのようだった。
彼女の歌声と彼女を飾る物以外の全てが音も、動きも、何もかも消え去っている。
世界には彼女しか存在していないような感覚。彼女だけがこの世界で取り残されたかのような錯覚。
全てを吸い付け、奪ってしまうほどの圧倒的な存在感。
彼女以外の歌声など耳に入ってこない。
彼女以外が踊る姿など目に映らない。
彼女自体が引力を持った巨星であるかのように引き寄せられていく。それほどまでに圧倒的であまりにも美しい光。
透き通るような透明感のある声。だが決して無機質ではない。感情が込められた心の奥底にまで響くような美しい玉音。
服や装飾にまで神経が通っていて、それらまでが彼女を引き立てるためだけに存在する身体の一部であるかのような錯覚に陥る。
繊細かつ大胆なステップワーク。激しく動く度に靡く長い髪はキラキラと輝きながら宙を舞い、彼女の周りには星屑のような煌めきを振り撒いていく。
一挙手一投足が完成された芸術品のように美しくて見る者全てを魅了する。
目が離せない。瞬きすら忘れてしまう程に引き込まれていく。
現実と幻の境界さえも曖昧になるほどに彼女は神秘的で美しい。
この場全ての視線が彼女へと向けられる。
絶世の光輝、天上の美姫。それこそが今の彼女の姿を形容するのに最も適した言葉なのだろう。
否、いかなる形容も彼女には相応しくはない。そんな言葉すら吐けずにただただ見惚れ、圧倒され、虜になってしまうのみだ。
太陽よりも遥かに強く輝く一番星。
あまりに強い光の前で人はただ焦がされるだけでしかない。その眩しさの前には全ての理屈も論理も意味を成さない。
火に群がる蛾の如く人々は彼女へ引き寄せられていく。ただそこにいるというだけで人の心を掴んでしまう。
羽が焼け落ちるとわかっていてもなお彼女に惹かれてしまう。
『♪〜〜、〜〜〜』
サビに入り、更に加速していく魅力という名の暴力。
歌えば歌うほどにどんどんとその深みを増していく光、より一層研ぎ澄まされていく美。
一秒前よりもより強く輝き、一分前よりもさらに艶やかになっていく。
もう既にこの空間には彼女しか存在しないのではないかと思うほどに観客の心は完全に彼女に支配されていた。
アイという女神に信奉するように皆一様に陶酔しきった表情を浮かべている。
どうしようもなく魅力的でどうしようもなく人を惹き付ける。それは最早洗脳に近いものだと言えるかもしれない。
それほどまでの絶対的なカリスマ。
あの"事件"から一ヶ月。
殺された子供が所属事務所の社長夫妻の子供ということもあって公演を間近に控えていたドームは当然ながら中止。
自分を狙った犯人による犯行、それもごく身近で子供が殺されるというショッキングな事件に彼女自身も心に深い傷を負った筈なのだが────
それでも彼女は再び舞台に立ち笑顔を見せた。
心の傷というものは簡単に癒えるものではない。ましてや自分を狙ったストーカーによって何も悪くない子供が亡くなったのだ。
彼女が心に負ったダメージは計り知れないだろう。
だが、そんなことを感じさせないくらいに彼女は力強く、そして綺麗だった。
とはいえ世間の声は勝手だ。
彼女自体は何も悪くないとはいえ間接的に彼女のせいで子供が死んだのに、と彼女の復帰を薄情だと蔑む声も少なからず存在する。
彼女を貶すような心無い言葉はそのいずれもがネット上を中心に広まっており、今となってはファンの間でも意見の分かれる話題となっている。
だが───────
『どうだって良い』
今まさに彼女の姿を見ている者たちにとってはもはやそんなことは思慮の彼方である。
ただ、純粋に、素直に見惚れる。
それが彼らにできる精一杯であり、それ以上もそれ以下もない。彼女がどんな思いを抱えているのか、彼女が何を想っているのかなんて関係ない。
アイという篝火に集う無知蒙昧な羽虫に成り下がっていたとしても、それで構わない。
今はただ、目の前にいるこの彼女の姿を見つめることしかできない。死を前にしたとしても目を逸らすことなどできはしない。
ライブが始まるまで様々な場所や様々な考え方のもと錯綜していた事件への考察ももはや何の役にも立たない。
彼女の姿を、彼女の歌をほんの少しでもその目に焼きつけられてしまったらそんなことを想う余地など微塵もありはしなかった。
光に包まれ、幻想的な美しさを放つ彼女の姿。それを見るだけで他の考えなど頭の中から消し飛んでしまう。
ファンだけでなく他のアイドルやスタッフ、裏方に至るまで全員が等しくそうであった。
アイの純白の輝きを讃えた右目と漆黒の闇を孕んだ左目がこちらに向けられると心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
それだけでもう駄目だった。
どれだけ彼女を心配していても、どれだけ彼女を嫌っていても、この圧倒的な光の前に屈してしまう。
この世のものとは思えないほどに美しく、そして強い輝き。光量が上がるにつれて会場全体を埋め尽くす七色の光粒。
誰もが見惚れ、言葉を失い、ただただ息をすることすら忘れて、ただただその光を浴び続ける。
心が蕩けそうになる。脳が痺れる。
身体中の血が沸騰しそうな程に熱くなる。全身が彼女に奪われていく。
彼女の声が、動きが、全てが───美しい。
事件の前よりもより一層輝きを増し、その色彩を増やした彼女のステージ。
その光が、姿が、歌声が、声援が、熱狂が、歓声が、全てのものが観客達を包み込む。
彼女と共にいる。
彼女と同じ時間を共有している。
それが特級の咒いのように感じられてならない。
彼女と自分が同じ世界に存在する奇跡のような瞬間。
もう二度と訪れはしないとすら思ってしまう至福の時間。
永遠とも思える一瞬、光と音の饗宴が終わりを迎える。
歌が終わり、曲が終わる頃には誰も彼もが陶酔しきっていた。魂を抜かれたかのような虚ろな瞳で放心している。
全てが彼女の色に染まったサイリウムが一斉に揺れ動く。割れんばかりに喝采が巻き起こり、大歓声が会場中に響き渡る。
魅了され、魅入られ、ただただ魅せられていた。
────唯一人、画面越しにその輝きを見る一人の子供を除いて。
「···············しゃーなし、って何?」
「アイドルに関わったら殺されても仕方ないの?!そんなわけないでしょ!!」
スマホに映し出された世間の声に
私は思わず叫んでしまう。だって、こんなのおかしいよ。こんなの間違ってる。
なんで皆はこんな酷いことを言えるんだろう。なんで誰も止めようとしないんだろう。
まるで、アイとアクアが悪者みたい。
「なんでアイが、アクアが悪者になるの?!有名税?知るかよっ、お客様は神様みたいなことを言ってさ、それはお前らが使う言葉じゃねえんだよ!!」
ネットという人の顔も自分の顔も見えない匿名の世界だからこそ、人は好き勝手に物を言う。
だからと言って、言っていいことと悪いことがあるはずだ。人の死をしゃーなしの一言で片付けてあろうことか笑い者にするなんて許せない。
無意識に拳が強く握りしめられ、歯ぎしりの音が喧しい。今すぐこの画面の向こうにいる奴らに怒鳴り散らしたい。でも、そうしたところで何も変わらないことは分かっている。
「傷つけられる側が気持ちを押し込んで自分のことを納得させるための言葉を人を傷つける免罪符に使うな········!!」
意味のない怒り、愚かにすぎる行為だと分かっていても私は言わずにはいられなかった。
わざわざ自分から掃き溜めのような場所を覗いてその汚さに嫌悪するくらいなら最初から見なければ良いのに。
分かっていても行き場のない感情を吐き出さずにはいられない。泥のような醜い感情を垂れ流してしまう。
あんなにも盛り上がったアイのライブは初めてで、あんなにも痛々しいアイの姿も初めてだった。
見てられなかった。
「なんでネットってこうなの·········?」
どれだけ理知的な人間も皮を一枚剥いてしまえばその上っ面の下に詰まってるどろどろとした汚物が溢れ出してくる。
嫌だ、嫌だ。もう沢山だ。
どうして、どうしてこんなことになるんだ。アイが、アクアが何をしたっていうんだ。
ただ、好きなように生きていただけだ。誰にも迷惑をかけず、誰かを傷つけることもなかった。
それなのに、どうして。
「···········きらい」
「嫌い、嫌い、嫌い」
呪詛のように何度も呟く。私の口から出たとは思えないような低い声に自分でも驚くけれど、今はそんなことに構っている余裕はない。
「死をネタとしか思ってないネットもファン失格のキモいオタクも汚くて淀んでる芸能界も·············何もできない私も」
行き場のない、発散の仕方がわからない復讐心だけが胸の奥底で燻っていた。
でも、それが何になるというのか。
復讐すべき相手もわからず、その手立ても不確か極まる状況で一体何をどうすればいいというのだ。
「みんな、大っ嫌い」
アクアなら迷うことなく復讐のために正解を探すことができたんだろうか。
本当はこの一話でアイ視点を書ききるつもりだったのですが長くなりすぎたので上下に分けました。
たくさんのご評価とコメントありがとうございました、続きを書いていくモチベーションにつながりますので今後もよろしくお願いいたします