もし、刺されたのがアクアだったら 作:八秒で泣くオタク
手癖で書いたはいいものの本筋から逸れるのでボツにしようかなと思ったんですがもったいないので短いちょっとした間話としてどうぞ
天才子役有馬かなにとって彼、星野アクアの第一印象は目障りな奴だった。
競争率の高いこの業界において同じ子供の役者という時点で敵と言っても過言ではない。
自分の子供を子役として売り出そうと考える親はいくらでもいるが一つの年代に活躍して名を上げる子役は多くても二人から三人。
それ以外はエキストラとして使われれば御の字である。
ただでさえ賞味期限が短い上、現場から求められる母数が少ない子役の競争率は高いのだ。
そんな厳しい世界である子役の世界に同じ年代の子供が新しく入ってきたというだけで邪険にしてしまうのは仕方のない事だろう。
その上、本読みの段階では出番がなかったというのに監督のゴリ押しで急遽役を貰ってたのを媚びるのだけは上手なプロ意識のない目障りな存在と認識するのには十分だ。
───現場でぴいぴい騒ぐコネの子。
幼子ながらに努力と才能によって認められていた自分への自負ゆえにその苛立ちは大きかった。
実力で圧倒してやると息巻いて挑んだ撮影、演技の内容自体はさして難しいものではないし自分の実力であれば完璧以上にこなせるはずだった、自負の通り問題なくこなして見せた。
だが────
『この村に民宿は一つしかありません、一度チェックインしてから村を散策するといいでしょう』
氷柱を脊髄に刺し込まれたかのような感覚が走り抜けた。
つらつらと演技を続けるアクアの横顔を見て思わず叫び出しそうになるのを必死に抑え込んだ。
恐怖にも似た戦慄と焦燥感が胸中を満たす。夏場だというのに鳥肌が立ち足先から冷たくなっていくような錯覚を覚える。
視界が揺さぶられるような衝撃と共に真横に立つ同じ歳か一つ二つ下の少年の演技に引き込まれる。
意識して律さなければ息をすることすら忘れてしまいそうな程の圧倒的な圧力、怖いまでの歪さ、狂気じみた言の音。
それはまるで底なし沼のような、深みにはまったが最後抜け出せない恐ろしさがあった。
何より恐ろしいのは洗練された演技技術でも、纏っている空気感でもない。それを行う星野アクアという人間の異常性だ。
演技ではなく自然体であるかのようなその佇まいはある種、役者として既に完成されているとも取れるほどに様になっていた。
───何よ、それ···········?
声には出さなかったものの内心ではそう叫ばずにはいられなかった。今演じているのは映画の主人公が山奥の村に来て初めて出会う不気味な子供。
急遽、監督がゴリ押しで用意した役とはいえ映画の導入部分に関わる重要な役柄であり決してミスはできない。
だがもし仮に発言の順番が逆で先にアクアの演技を見ていたら自分は何も言えなかっただろうという確信があった。
努力によって積み上げられてきた自負と矜持が音を立てて崩れていった。闇色に染まった泥沼の中へと沈み込んでいくようだった。
同時に彼女の中で今まで感じたことの無いほどの激情が燃え上がった。
嫉妬、羨望、憤怒、そして何よりも敗北感と屈辱。
演技という絶対に負けたくないところで負かされた。
『今のかな···········!!あの子より全然だめだった········!!』
泣いた、カットまで必死になって抑えていた感情が決壊したダムのように溢れ出して止まらなかった。
こんな気持ちになったのは生まれて初めての経験で悔しくて悲しくて惨めで恥ずかしかった。
『やだ!もっかい!!お願いだから!!』
もう一回だけやり直させてと駄々っ子のように泣きじゃくって懇願したが聞き入れてもらえなかった。
『次はもっと上手にやるから!もっかい!ねぇ!』
そこにはもうプライドなんてな
にもなかった、ただ無様に泣いているだけの小さな子供がいただけだった。
結局、それで撮影は終わり、涙が枯れるまでずっと泣き続けた。スタッフや皆が優しく接してくれたおかげでなんとか立ち直れたけどそれでも
しばらくは引きずっていた。
自分が負けたという事実をどうしても認めたくなくて撮影の後も同じシーンを何度も頭の中で繰り返してイメージトレーニングをした。
だが、どれだけ練習しても本番でのアクア以上の演技は出来なかった。
それがまた、余計に悔しかった。
───あれ以来、彼を意識し続けている。
初めて出会った同年代で自分以上の演技が出来る子役。敵わないと思った、負けたと感じた、だけどそれだけじゃない。
憧れたのだ、彼の演技に。
いつかは自分もあんな風に演じられるようになりたいと憧憬を抱いた。
あの時、感じた背筋が凍るような寒気を、心臓を直接鷲掴みにされるような圧迫感を忘れることは無いだろう。
演技の技術だけでは測れない何かを彼は持っていた。その正体が何なのかはまだ分からなかったがいずれ必ず見つけてみせる。
その日から有馬かなの目標は変わった。
星野アクアを超える演技をする。
一方的にではあるがライバルとして、超えるべき壁として定めた。
今はまだ無名でも必ず台頭してくると確信があった。
けれど、そんなかなの決意を裏切るかのように彼女が次にアクアの名を聞いたのは────アクアが亡くなったという訃報だった。
「·················嘘、そんなことって」
たった一度の邂逅ではあったけれどアクアのことを意識しない日はなかった。
だからこそニュースや雑誌で彼の名を見るたびに胸を締め付けられるような思いになった。
いつか泡を吹かせてやると誓った相手が突然亡くなったのだ。ショックでないはずがない。
「勝ち逃げしてんじゃないわよ·············っ!!」
もう、今後永久に有馬かなは星野アクアに勝つことは叶わない。その事実がどうしようもなく辛くて苦しくて痛かった。
今まで以上に演技にのめり込み、記憶の中のアクアを超えようと死に物狂いで努力し、あらゆることを試して吸収し、研鑽を積んだ。
しかし、どんなに頑張っても相手が死んでいる以上勝ち逃げを許してしまったのと同義だ。
そのことがたまらなく悔しくて悲しかった。
──────有馬かなが星野ルビーの誘いを受けるまで後、十二年。
前半は星野家中心のお話ですが後遺症ルートや死亡ルートの後半では重曹やあかねも出そうかなと思っています
たくさんの評価と感想コメントありがとうございました!!
モチベーション維持につながるので高評価、コメントのほどよろしくお願いします!!