もし、刺されたのがアクアだったら   作:八秒で泣くオタク

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不備があったので再投稿です




8-斎藤ミヤコ、星野ルビー

 

 

 

 

 

 

 

 

四年前、あの時のことを思い返してみればアイの身籠った子供の世話をしろと言われてふざけるなと頭にきたものだ。

 

自慢ではないが当時の私は既婚者としては年若く見た目もそこらのアイドルは負けないという自負があるし、実際男に不自由したことはなかった。

 

そんな自分が三十路の、飾らない言い方をしたらおっさんである斎藤壱護と結婚したのは打算的な理由が大きかった。

 

現在の規模は小さいとはいえ急進中の芸能事務所の社長であり、与し易い彼との結婚は玉の輿とまでは言わなくともかなりおいしい話だった。

 

何より美少年と一緒に仕事できる環境に釣られた部分もある。

 

けれど実際に結婚して蓋を開けてみれば与えられた仕事は16歳アイドルの子供のお世話という闇深案件で正直頭を抱えたくなった。

 

いや、まぁね?

 

確かにこの業界は至る所に闇の深い部分が転がっているし、甘い蜜を吸いながらもいかにその当事者にならないかがこの業界で長生きしていくコツだと理解していたけれども。

 

流石に現在売り出し中のアイドルに隠し子がいてその世話をさせられるなんて思わなかった。

 

母親が16歳の現役アイドル、それも父親不明の片親とか闇が深すぎて逃げだしてしまいたかった。

 

今でこそ不満を持っていないがそれでも当時の私がベビーシッターをやりに嫁入りしたわけじゃねえ、と半ばキレたのも仕方のないことだろう。

 

仮にも新妻だというのに夫の義理の娘みたいなアイドルの隠し子を預かるとか胃痛しかない。

 

不幸中の幸いと言って良いか、2人とも赤子とは思えないほど聞き分けがよく手がかからないのが救いだったが。

 

それでも育児ノイローゼになりそうな時はあったし、何度も実家に帰ろうとしたことはあった。

 

しまいにはこの特級の不祥事を週刊誌にリークしてそのお金で高飛びでもしてやろうかとすら考えた。

 

というか母子手帳を撮影するとこまではした、してしまった。

 

『哀れな娘よ、貴様の心の渇きはシャンパンでは癒えぬ···········』

 

 そんな時、高い未成熟な子供の声で私を制す言葉が聞こえてきた。

 

振り返ればそこにはテーブルの上で偉そうにふんぞり返る双子が揃って腕を組みながらこちらを見下ろしていた。

 

とても生まれたばかりの新生児とは思えない謎の貫禄とふてぶてしてさえいそうな顔つきで、それはもう腹立たしいくらいに堂々としている姿。

 

いきなり赤子が喋ったということ自体、意味がわからないというのにそれに加えて謎に尊大なその姿は意味がわからなすぎて驚愕すら置き去りにするほどだった。

 

いや、本当に意味がわからなかった。

 

本来ハイハイすらおぼつかないはずの赤子が自分を神の使いだとかなんとか宣って普通に会話をしているのだもの。

 

ドッキリか何かだと疑ったけれどルビーのあまりの貫禄にもしかしてマジで神降ろせちゃう系の子なのかしらと割りと本気めに考えてしまったのも無理はないと思う。

 

だって明らかに生後数か月の赤ちゃんじゃないんだもん。

 

そんな動揺に動揺を重ねている状況で雑に扱ったら罰で死ぬだとか脅されて挙句の果てにはイケメン俳優との再婚をチラつかせられては育児ノイローゼで半分馬鹿になってる頭ではどうしようもなかった。

 

ただでさえ子育て経験のない私は自分の子供を授かったことなんてないし、ましてや双子の子供なんて手に負えないと最初は思っていたが餌をぶら下げられてしまえば人間素直なもので。

 

二人のことをよく知った今になって考えてみれば賢い二人が私がやらかすのを察知して演技をしていたのかもと思うけれど当時はまさかそこまで計算された行動だとは思わず本気で神の声を聞いているのかと思っていた。

 

うまく使われてるような気がしないでもなかったけど何にせよ結局は双子の世話をする生活を続けているうちに段々と愛着が湧いてきてしまって。

 

一年、二年、三年とそんな生活を続けていくうちに我が子のように感じてしまっている自分がいた。

 

アクアは中身にアラサーのおっさんが入ってるんじゃないかと思うほど達観したようなことばかり言うし、ルビーはルビーで生意気なことばかり言って人の神経を逆撫でするような言動が多かった。

 

それでも二人とも根っこの部分はとても優しくて、たまに見せてくれる笑顔なんかは天使みたいで可愛いし。

 

いやってほど大人びているくせにどこか抜けていて危なっかしくて放っておけないところもあって。

 

アイの事が二人とも大好きでそしてアイもまたそんな二人を愛していることが傍から見ていてもよくわかった。

 

いつのまにか二人とアイの世話をするのが私の当たり前の日常の一部になっていた。

 

あいつがアイを娘のように思ってるのと同じように私もなんだかんだ言ってアイのことを娘か妹のように思っていたのかもしれない。

 

これでもかってぐらい明るくてアイドルとしても芸能人としても天性のものを持っているのにどこか影のある彼女に惹かれていた部分もあった。

 

妙なところで核心をつくことがあると思えば普通なら誰でも知っている常識に欠けているところがあって。

 

まるで外側だけが成長した子供のようなアンバランスさ。ある意味で子供達とは正反対な存在。

 

そんな彼女達を近くで見守るのは大変だけど楽しかった。

 

危なっかしくて手がかかってそれでも一生懸命生きている三人を見てると不思議と元気が出た。

 

二人が成長していくのと同じようにアイドルとして駆け上がっていくように成長していくアイの姿は眩しかった。

 

だから、だからこそ。

 

あの日、私は自分の耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせは、私のこと覚えてたのかな···········」

 

 あれからというもの幼稚園にも行かずに一人でふさぎ込んで部屋に閉じこもっていた。

 

アイとも何度か会話したけれど努めて明るく接してくれるアイに対して私はちゃんと向き合えずにいた。

 

心配そうにこちらを見つめるアイに罪悪感を覚えつつもどうしてもその瞳を見ることが出来なかった。

 

アイの顔が見れない、声を聞くのが怖い。アイと話す度にあの惨状を思い出してしまう、アイに見られる度に後ろめたさが募っていく。

 

アクアがアイを庇って死んだこと、残った子供がアクアではなく自分なこと、様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って心の中が真っ黒になっていく。

 

自分でもよくわからなかった。

 

どうしてこんな気持ちになっているのか、どうしてアイと話すのが怖いのかわからない。

 

────アイを恨んでいる?

 

そんなわけはない、不用意だったとか庇われただとかどう理屈をこねくり回したところでアイは被害者で悪いのは犯人だということは何も変わらない。

 

それなのに、どうしてこんなにアイと目を合わせるのが怖くて、声を聞くのが嫌なのかわからない。

 

まるで自分がアイのことを嫌いになってしまったみたいで胸が痛くなる。

 

アイのことが大好きで大切で、いつも一緒にいたかったはずなのに。

 

どうしてこんな気持ちになってしまっているのかわからない。ぞりぞりとした得体の知れない何かが心の中に渦巻いている。

 

自分の中にこんなに汚い部分があったなんて知りたくもなかった。

 

誰もそんなことは考えていないことは分かっているのにアクアではなく自分が死ねばよかったという後ろめたさを感じてしまう自分の心の卑しさが憎らしくてしょうがない。

 

アイが何も悪くないことは分かっているのにアクアが死んだ理由をアイに探してしまう浅ましさに吐き気がする。

 

何の解決にもならない自己満足のための罪悪感と結果などないのに理由を探してしまう愚劣。

 

復讐を誓ったくせにそのために何をすればいいのか、どんなやつが黒幕 なのかとか頭が全然働かなくてただただ現実を直視出来ない自分に嫌悪感が湧き上がる。

 

アイのことを傷つけたくないのに傷つけるような言動ばかりをしてしまう愚かさ。

自分の全てが醜くて吐き気が止まらない。

 

気晴らしのように久しぶりに行った 幼稚園ではみんなに心配されて先生達には腫れ物を扱うように話しかけられてしまった。

 

そんな風に気を遣われるのが余計に申し訳なくなって運動の時間も庭の片隅で膝を抱えて座り込んでいた。

 

もう、私の居場所はこの世界にはどこにもない。

 

より正確に言えば自分でその居場所を壊そうとしている。

 

今の私にできるのは過去に思いを馳せてせんせの事を考えることくらいだ。

 

せんせに会いたい。

 

会って謝って、そして抱きしめてほしい。

 

「············忘れちゃってたら悲しいな」

 

 私がせんせによくしてもらってたのはもう8年以上も前のことだ。あれから医者として過ごしていく中で私のような境遇の子なんていくらでも見ただろう。

 

もしかしたらその子達にも私にしてくれたのと同じようにしていたかもしれない。

 

きっとそうだ、せんせは優しいから私以外の子供もたくさん助けたに違いない。

 

せんせにとってそれが当たり前で、別に特別な事じゃなかったとしたらそのうちの一人のことなんていつまでも覚えているはずが────

 

『分かった、ずっと大事にする。ずっとだ··········』

 

「·············最、低」

 

 せんせの言葉すらも疑って、綺麗な思い出を自分から踏みにじろうとする最低な自分。

 

あの時の言葉が嘘じゃないって信じてるくせに、せんせが本当に私のことを想ってくれていたのか不安になる。

 

私のことなんかとうの昔に忘れてしまっていたんじゃないかって。

 

私はずっと、せんせのことだけを想い続けて来たのに。

 

そんな私のことなど忘れていたのではないか、そんな想像をしては勝手に苦しんで落ち込む。

 

答え合わせのない問いに意味はなく、せんせが死んでしまった以上その答えを知る機会は永遠に失われてしまった。

 

会いたいよ、せんせ。

 

せめて最後のあの時私の名前を聞いてくれたと信じるしか無い。そうしないと私はまた同じ過ちを繰り返してしまいそうな気がした。

 

「·············もう一度、生まれ変わってきてくれないかな」

 

 自分本位で自分勝手な願い。それでも願わずにはいられなかった。

 

せんせにもう一度会いたい。

 

そして、今度こそ幸せになりたい。

 

今度こそ身の丈を全て打ち明けたい。

 

あぁ、でも─────

 

「何を考えているのかな?」

 

「···············貴女、誰?」

 

 カァ、と烏の鳴き声がやけに耳につく。いつの間にか太陽は沈みかけており辺りは薄暗くなっていた。

 

そろそろ園内に戻らなきゃいけないけれど動けない。夕暮れ時に私の前に現れたその少女から目を離せない。

 

幾重にも重なる烏の鳴き声の中、不気味に佇むその姿はどこかこの世のものとは思えないほどに美しく、恐ろしかった。

 

「園の子じゃないよね、出ていかないと先生を呼ぶよ」

 

 見た目こそ子供の姿をしているけれど纏う雰囲気は大人のそれに近い。

 

幼い容姿に合わない落ち着いた立ち振る舞い、そしてその顔に浮かぶ表情は妖艶で不気味だった。

 

まるでその瞳はこちらの心を見透かすかのように真っ直ぐに見つめてくる。

 

思わず後ずさりしてしまいそうになるけれどなんとか堪える。

 

明らかに園の子供じゃないのに そんなところまで入ってきて何だというのだろうか。

 

「お願いだから放っておいて············私、すごく機嫌が悪いから」

 

 誰だか知らないけれど今は誰とも話したくない。そう思って拒絶するように睨み付けると彼女は少し悲し気に顔を伏せて首を振った。

 

烏の羽音が一層激しくなる。

 

不気味な鳴き声が鼓膜を震わせる。

 

疫病神という言葉がそのままそっくり似合うような不吉さ。

 

このまま話していたら何か致命的な間違いを起こしてしまうのではないかという危機感を覚える。

 

早くここから離れないと。

 

本能的にそう感じて踵を返そうとした瞬間だった。

 

────彼女の声が耳朶を打つ。

 

「安心しなよ、君の大好きなせんせはきっと世界のどこかで見守ってくれているよ。それこそお星さまになって··········ね」

 

 私は振り向かずにはいられなかった。

 

 

 







あと1話で区切りまで終わる、を繰り返してる気がする······だって書いてる途中に書きたいことが増えてくんだもん


励みになりますので評価とお気に入りのほど本当によろしくお願いいたします!!
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