海円歴1476年 サカズキ11歳 ハクレン10歳
「1億♪1億♪1億♪」
「ご機嫌じゃのう、ハクレン」
「そりゃあ、一億だよ。ご機嫌にもなるって」
簡素な木製の机の上には札束が転がっている。総額1億ベリー。慎ましく生きれば一生を働かずに暮らせる金額で、普通の人間にはまず御目にかかることは無いだろう額だ。その上に顔を埋めるハクレンは実に幸せそうである。
「あげーな雑魚に1億も出すなんて世界観政府も太っ腹じゃのう」
「いや、雑魚ってほど雑魚でもなかったけどね。見聞色も武装色も使えたし、グランドライン前半の海とは言え流石は名の通った海賊なだけはあったよ」
「じゃけん、所詮ロックスに見初められなかった雑魚だ。本当にヤバイ奴は今あの海賊団にいる」
「ロックスは新世界で活動してるから出会う心配が殆んど無いのが救いだよ」
そんな話をしていると扉を開き、男が入ってきた。その手には真新しいニュース・クーの新聞が握られている。
男もハクレンを信望する信徒の一人だった。ハクレンを神話に語られる英雄のごとく盲目的に信じている。しかし、札束の上に顔を埋める情けないハクレンの姿を見て、ようやっと自分の目が曇っていたことを理解し、真実の目でハクレンを見始める……事はなかった。男は普段以上の薄着のハクレンを見て、まるで間違えて女子風呂に入ってしまったように顔を赤らめる。一応念の為に言っておくがハクレンは男である。パッと見美少女にしか見えないが男である。
「どうかしたの?」とノロノロと顔を上げるハクレン。肌けた胸元にさらに顔を赤くさせる。何度も言うがハクレンは男である。しかし、そう分かっていても直視を躊躇わせる美貌があり、男は尊敬するハクレンを汚さぬために頭を下げて、視線を逸らして、新聞を献上した。
「今日の朝刊です。とんでもない記事が載っていたので是非ご確認を!」
促されて新聞を受け取ったハクレンは見出しの記事を見て「うへー!」と顔をしかめる。
「どうかしたんか?」
「これ見てみなよ。カイドウがロックス海賊団に入団だってさ。最悪だよ」
「カイドウまで入ったんか。ますますロックスが増長しそうじゃのお。ほんにどうなっちゃまうんじゃ、この世界は?」
「ロックスが世界の王とか絶対に嫌だよ」
「それだけは世界の共通認識だろうな。天竜人も屑じゃが、ロックスも大概じゃけぇ」
「だね。天竜人は近づかなければ問題ないけど、ロックスは向こうからやって来る。あいつが王になったらそれこそ世界は地獄絵図だよ」
「世界政府がロックスを殺してくれるなら良いんじゃがのう」
「今はそれを祈るしかないね。ま、無理たった時を考えて計画を早める必要があるけど」
「完璧に平和な国を作るってあれか?未だに夢物語にしか聞こえんがのう」
「失敬な。これでもちゃんと考えはあるんだよ」
「その考えってやつを教えて欲しいんじゃがのう」
「それは秘密。海軍に入るって言ってる人には教えられないよ。どうしても知りたいなら本当に僕の協力者か部下になってくれないとね」
「やれやれじゃ」
サカズキは肩を竦めた。
「ところで、昨日捕まえた海賊達は地下に繋いである?」
「はい!」
「それじゃ、地下に行こうか。彼等にも計画の為に役立って貰わないと」
ハクレンは天使のような笑顔で言った。しかし、元来天使とは人の善悪の外にいる存在である。天使が行うことが必ずしも人にとって善行とは限らないのだった。
△△△△
自警団本部はこの国を支配していた海賊のアジトをそのまま転用し、作られた。そのため、軽い改装や模様替えなどをしたため外装こそ大きく異なるが、内装の大筋は同じである。中には巨大な金庫、武器庫、火薬庫、やり部屋まであり、当然拷問部屋など表に出来ない部屋もある。それが地下室。陰鬱とした牢舎のような空間。薄暗い裸電球が鉄管のむき出した天井に等間隔に灯っており、中には壊れかけの電球もある。バシリ、バシリと赤い光が点滅を繰り返す。空気は淀んでおり、カビや湿気などに混じってこびりついた血と鉄の臭いが鼻に突く。
何度来ても憂鬱な気分になる場所だ。
ハクレンは顔をしかめながら錆び付いた鉄扉を開け、格子で囲われた箱の前に立つ。中には鎖で繋がれた男が四人。茶髭海賊団の元クルーで、サカズキの大噴火を切り抜けた腕と咄嗟の判断力を持った海賊団きっての腕利き達である。
「やあやあやあ!ご機嫌如何かな。海賊の諸君」
おどけた口調で近付くハクレンを海賊達は殺意と怒気の溢れた目で睨み付ける。その視線は気の弱い者なら鎖に繋がれていると知っていても思わず体を震わせ尻餅をついてしまう程の圧力だ。しかし、ハクレンはこの程度でビビるほと柔ではない。幾度も死線を潜り抜けた本物の猛者だ。
「テメエ!此処から出しやがれ!ぶっ殺すぞ!」
「船長はどうしたんだ!ぶっ殺すぞ!」
「船長はどこ行った?ぶっ殺すぞ!」
「あはは、言いたい事は色々あるみたいだけど、答えるつもりはないよ。ま、従順にしてるなら船長の居場所くらい教えてあげても良いけど」
「うるせえ!あんな奴知るか!」
「どうでもいいんだよ!んなことは!」
「そんな事より俺を解放しやがれ!」
「あれ?船長のこと聞いてたのに、思ったより人望無い?海賊って皆こうなの?」
一瞬で掌を返した男達にキョトンとした顔をする。それを見て男達は更に騒ぐ。口々に犯すだの殺すだの覚えてろだの口煩い限りだ。しかし、今迄黙っていた四人目の海賊が「黙れ」と一言発すると他三人は借りてきた猫のように静かになった。上下関係が見えるやり取りである。
「確か君は茶髭海賊団戦闘総隊長 鬼人のアン」
茶髭海賊団の実質上のNo.2であり、船員からも冷酷非道の女と恐れられていると聞く。懸賞金は1200万ベリーで、船長共々海軍に売り渡すつもりだったが1億円が入ってきた事と少し骨のある奴で実験がしたかったと言う理由から今牢に繋がれている。
「船長は何処にいんだ?」
「君の態度次第だね」
「何をさせたい?」
「少し僕の実験に付き合ってくれればいい」
ハクレンは腰のポーチから蓋が付いた試験官を三本取り出す。中にはそれぞれ赤、黄色、紫の気体が入っている。
「毒か?それとも、薬か?それで拷問でもしようってか?」
「これは毒でも薬でもない、香りだ」
「香りだと?」
「そう。僕はパフュパフュの実を食べた香り人間。君達には僕の能力の実験体になってもらう。ちなみに、右から痛みのパフューム、悪夢のパフューム、幸福のパフュームだ」
「ち、拷問と大して変わらねえじゃねえか」
アンは舌打ちをしながらも拒否するつもり無いようだ。しかし、他三人の海賊達は口々に罵声を上げた。「ふざけんな!何で俺があんな奴のために!」「茶髭がどうなろうがどうでもいいんだよ!」「そうだ!知ったことじゃねえ!」
まあ、拒否しようがしまいがやることは変わらないんだが。
「まずは痛みのパフューム」
「「「ぐあー!イテエー!」」」
「次は悪夢のパフューム!」
「「「うわあ!来るなー!化け物!」」」
「そして、幸福のパフューム!」
「「「お!おおおお!!」」」
思った以上に恐ろしい能力だ。鼻栓をすると言う簡単な対処で無効化出きるから戦闘では当てに出来ないが、拷問用としてはこれ以上の能力は中々ない。
「ふむ、なるほどね。やはり意思力である程度抵抗できるみたいだ。それに香りを嗅がせる位置も重要と。中々良いデータだ。次はパフュームの保存安定性の確認でもしてみるか」
海円歴1479年 サカズキ14歳 ハクレン13歳
あれから三年経った。ロックスは依然元気に活動している。ロックスに触発された海賊共も減ることはなく、襲撃も何度も体験した。まあその度に返り討ちにして、賞金に変えてきたわけだが。お陰で計画資金も順調に溜まり、今では五億を越える資金が金庫に眠っている。
潰した海賊団のクルーの中でも骨のある奴等は地下牢で囚人として飼っている。今では何だかんだで総人数50を越える大所帯。元々が極悪海賊のアジトなだけあり地下牢は大きめに作ってあったのでまだまだスペースに余裕はある。しかし、人数の増加による感染症のリスクや臭いの発生は問題だ。ハクレンはその解決の為に囚人に掃除をさせるようにした。三年前と比べて一番変わったのは地下牢かもしれない。格段に清潔感が増し、血液臭さも消えた。牢屋としては正しいのか分からない変化だが、そもそも罰する為に海賊を牢に捕まえてるわけではないので問題ない。能力の実験と拡充の為に飼っている事を考えれば下手に病気に掛かる方が困る。特に感染症は囚人だけの問題に留まらないからだ。それをクリアすれば地下牢で囚人を飼うことに大きなデメリットはない。農業国なので食料不足を気にする必要も無いし、電気も囚人の人力に変えた。囚人も運動が出来て、電気料金も掛からず、むしろ屋敷の電気も一部賄ってくれて万々歳だ。唯一囚人の監視だけは負担が増えるが、それも囚人の様子を見るに問題にはならないだろう。
なにせ、長く牢屋にいればいるほど、囚人はハクレンに心酔していくからである。これはハクレンの生まれ持ったカリスマ性もあるが、やはりパフュパフュの能力の実験が原因だ。幸福感や快楽と恐怖や痛みを操るハクレンは囚人からしてみれば神や悪魔に見えたことだろう。それがハクレンのカリスマと合いまり、長くいればいるほどハクレンを心酔するようになっていくのだ。ここで言う心酔は部下が上司を心酔するそれではなく、人が神を心酔する原始的な物に近い。実に歪な関係が築かれていた。
そして、今日も新たな囚人が地下牢に入れられる。囚人を引き連れてやって来たハクレンに、地下牢の囚人達は畏怖の混じった祈りを捧げる。
「ハクレン様!」
「ハクレン様!」
「ハクレン様!」
「ハクレン様!」
「ハクレン様!」
「ハクレン様!」
その異様な光景に新たに連れて来られた囚人達はギョッと顔を引き吊らせ、「こいつら何でこんな心酔してんだ?」と気味悪そうに見るのだった。
「しっかし、海賊まで改心させちまうなんて流石ハクレン様だよな」
「し!地下室の海賊についてはあまり口外するなって言われてるでしょ!」
「やべっ!そうだった!」
「あんたねえ」
慌てる男看守に、やれやれと首を振る女看守。ハクレンはそんな二人の見張り番の会話に、大丈夫だよと笑っておく。その笑顔を見た二人は顔を真っ赤にさせ、直立不動で任務に戻った。
「おどれ、何時まで囚人遊びなんてしてるつもりじゃ?海賊なんぞ全部殺すかインペルダウに送ればいいんじゃろが」
「相変わらず厳しいね。でも、彼等にはまだ利用価値があるんだよ」
「わしゃはおどれが釈放するなんて言い出さんか心配しとるだけじゃ」
「それは無いから安心しなよ。所詮海賊は海賊だ」
確かに、中にはかなり使える奴もいる。と言うか、そもそも骨のある奴しか地下牢に入れないので普通の雑兵と比べれば皆強い。しかし、所詮は海賊だ。海賊に故郷を焼かれ、それからも海賊の愚かさを嫌と言うほど見てきたハクレンには、いくら自分に心酔して、かつ有能だからと言って海賊を部下にしようとは思えなかった。
「野放しにする気はないさ」
まさかハクレンもこの海賊達の力を使う日が来るとは今は考えもしなかった。