逆行TSはよわくてニューゲームか? 作:ハムスターの尻尾
無言で廊下を進む。
どうせ、スズカケが居る場所はわかっている。客人が通される部屋なんて100%応接室──
「シレネ、そっちじゃない」
「…………」
急ブレーキ。
「……じゃあどこに?」
「談話室だ」
談話室……まあ、確かに気の良いスズカケが考えそうなことではあるけれど。
というか、ほぼ入れ違いだったらしい。何なんだよ。
「はあ……」
応接室と談話室は逆方向なので、今度は普通にタツナミの背中を追いかける形になる。
タツナミ──あんな野郎をファーストネームで呼ぶなんて、こちらとしても出来れば避けたい事態だが。他ならぬ今の俺を筆頭として、俺の周りには成島姓が多すぎる。苗字がわからない子供は名誉院長の意向により大体“成島”の姓が与えられるため、この孤児院にはあと5人くらい成島がいる。
まさか、あの成島スズカケと憎っくきタツナミの苗字が同じであることに、こんなカラクリがあったなんて。
まさか隠し子か、と悩んでいた当時の俺の時間を返してほしい。
「おう、2人とも!」
タツナミが扉を開けた先。
弾ける笑顔に迎えられた。……まあ、相手は短髪に髭面の30代なので、ときめくとかそういうのはない。ただ、少し元気は貰えた気もする。
「しばらくぶりだなぁ!」
行儀悪く椅子に腰掛けていたのが、大股でこちらに近寄ってくる。
見た目だけで言えば、特に可もなく不可もなく。着込んだ隊服を除けば、どこにでもいそうなガタイと気の良いおじさん、といった風情の男である。
「お久しぶりです、スズカケさん」
「おいおい、そう固くなるなって」
ばしばし肩を叩かれるタツナミ。こいつはいつでも誰にでもこんなふうだが、成島スズカケといえば、対策部隊を目指す者なら知っていて当然のトップ層だ。萎縮しても不自然ではない。
ただ、当の本人は異様に人懐っこく、バイタリティに溢れている訳だが。
それはいいのだが、このままだと話が進まなそうなので、
「今日は……どうしたんですか?」
忙しい合間を縫ってくるくらいだから、何か重要な用事なのだろう。期待でも重圧でもないそんな心構えを裏に忍ばせて、ボールを投げてみる。
「ああ……そうだ、今日はちょっとやってもらいたいことがあってな」
「やってもらいたいこと?」
そこで、スズカケは背後を振り返り。控えていた作業服姿の若い男女2人を手招いてみせた。彼の勢いに圧されて気づいていなかったが、同伴者がいたらしい。
男の方は、何やら頑丈そうなアタッシュケースを両手で持っていた。いや、質感からしてジュラルミンケースというやつだろうか。
明らかに厳重な雰囲気漂うケースの蓋を、女が恭しく開ける。
そこに収まっていたのは、
「……これ……」
緩衝材に包まれた、手のひらサイズの黒い球体。艶のある表面には細かい文字がびっしり書き連ねられている。
見覚えがあった。
そう、これは、
「“
──“陽力”。
物理攻撃の効かないクリプティッドに対して、人類が持つ唯一の攻撃手段である。
霊感があるとかないとか、そういう話はたまにあるだろう。陽力自体も、元はそういう扱いのものだった。
オカルトじみた存在に対抗するための、オカルトじみた力。クリプティッドが公に認められるまでは、陽力の強いごく少数の人間がひっそり徒党を組んで、討伐に動いていたらしい。
ただ、災害として公的に認定された以上、公的な対策手段も必要になる。
陽力は研究対象となり、その結果、(多少の増幅も込みだが)それなりに力を持った人間がいることがわかり、今に至る、という訳だ。
「…………」
この力の大小は、後天的にどうにかなるものではない。この世に生まれついた時点で、全てが決まってしまう。
かつての俺は、この試験でそれなりに高い数値を叩き出した。
ならば、今の俺は。
無言で測定器を見つめる俺の仕草は、不安の発露と取られたのか。
「まあ、痛いことはしねーから、心配しなくていい」
スズカケが優しく呼びかけてくる。
「ちょぉっと握るだけ。ちょっとだけ。それだけだから。な?」
「…………はい」
フォローのつもりなのだろうがむしろ犯罪臭がする。
「まあ、お試しみたいなもんだ。選択肢ってのは多い方がいいだろ?」
……多いほうがいい、か。
こんなものと出会わなければ、俺は叶わぬ夢を見ることはなかったかもしれないのに。苦しみが増えるだけの選択肢なら、最初から無いほうがマシだ。
「特にこいつは民間で簡単に受けられる試験じゃねーからな。とりあえず、全員に一度は受けてもらってる」
微笑むスズカケの目を、無言で見返す。……彼自身、命の危険があるから大っぴらには勧められないが、才能があるなら隊員になってほしい、と思っている節があるのだろう。
そのために孤児院を、とまで言うのは下衆の勘繰りだが、そういう期待があったこと自体は事実のはずだ。
まあ、責める気にはなれない。
どうせ、誰かがやらなければならないことだ。死んで悲しむ身内が少ない人間のほうが、何かと効率的だろう。
「君たちを除けばもうほとんどが経験してる……って聞いて、安心したか? さあて、どっちが最初にやる?」
「……俺が」
何にせよ、先んじて名乗りをあげておく。
どうせ、こういう場面でタツナミが自主性を見せることはないのだろうし。不毛な泥沼になるよりは良い。
「おっ、積極的だねえ。良いことだな!」
にこにこ顔のスズカケの後ろでは、2人がバタバタとPCやら謎の装置やらを弄っている。下っ端は大変ですね。
「……準備できたみたいだな」
ややあって、彼が無造作に測定器を差し出してくる。運命を決める分水嶺を。
唾液を、飲み込む。
「…………」
緊張──しているのだろうか。
今さら、一丁前に。
当時の気持ちを思い返そうとして、何も浮かんでこなかった。
どうでもいいことだ。
そうだろう?
勢いづけて、スズカケの手から引ったくるように球を握りしめる。
力を込めて。一瞬、ぴりっとした痺れが手のひらから伝わってきた。
それだけだった。
「…………」
……数値は?
「────!!」
息を呑む音がした。
無意識のうちに瞑っていた瞼を片方だけ開けて、PCのディスプレイを薄目で窺う。記憶が正しければ、測定数値はそこに表示されるはずだ。
最低値は0.00で、1.00に数値が近づくほど高いとされている。
そして、肝心の記録は──0.89。
「…………す、」
す?
「すごいぞ!!」
「うわっ」
「シレナちゃん!!」
「シレネです」
「こんな数値、久しぶりに見た!!」
脇に控えていたスズカケに、飛びつかれた。むしろそっちで心臓が止まるかと思った。自分の年齢と体格を考えてほしい。
感極まった結果なのか、がっちり掴まれた両手が上下にぶんぶんシェイクされて、色んな意味で不快。
「あと……手は離してください」
「おお、すまんすまん」
……0.89。
当時の俺の数値は──忘れる訳もない、0.90だった。
今ここにいる俺は、どうやら本当に“俺”らしい。そんな、退屈な確信が得られただけだった。
何も変わらない。
何も。
「…………」
測定器を、きつく握りしめる。数値が動くことはない。きっと、永遠に。
「むッ」
その瞬間、談話室に鳴り響く無機質なベルの音に、はっと我に返る。
見れば、スズカケが懐から携帯端末を取り出しているところだった。音の出所はそれらしい。
「悪いな、呼び出しだ!」
休日だったのか、仕事中に抜け出してきたのか。何にせよ、隊服を着込んで緊急事態への備えはばっちりらしいスズカケは、言うなりダッシュで談話室の外に駆け出して行って──
「記録は後でちゃんと見るからなぁ!!」
「あっはい」
一瞬だけにゅっと顔を出し、それだけ言い残して、また走り去っていった。
忙しい人だ。色んな意味で。
「……ん」
とりあえず、役目を終えた測定器を、タツナミに突き出す。
受け取った彼は、なぜか俺を見ている。さっさと測定に移ればいいのに、
「何だよ」
「おめでとう」
……一瞬、何を言われたのかわからなかった。
おめでとう?
俺に、言ったのか。成島タツナミが。陽力の数値について。
「……、気持ち悪いからやめろ」
とっさに催した吐き気を堪えて、何とかそれだけを口にした。
何も知らないとはいえ、他でもないお前が、俺にそんなことを言うのか。
反吐が出る。
「さっさとやれよ」
背を向けたまま、吐き捨てる。見るまでもない。最初から、結果は分かりきっているのだ。
成島タツナミは、“天才”である。
彼は、しばらく無言で俺を見ていたようだったが。やがて、装置が動く音が聞こえてきた。測定が始まったらしい。
「え……何これ、」
驚愕に染まった声。
はいはい、どうせ2.00とか出たんだろ、とか思っていた俺が何気なく向けた、その視界に飛び込んできたのは。
「……ええ……?」
普通にめちゃくちゃバグり散らかしているPCの画面。そんなことある?
「何だよ、これ」
「やだ、ウソぉ……」
どうやら、俺が思っていた以上にこの計測システムは脆弱だったらしい。
……何にせよ、期待は良くも悪くも裏切られなかった。このトラブルは、未だかつてない高数値の表れ。そう見るのが自然だろう。
1.00を遥かに超える、未知数の才能の持ち主。
「…………」
──まあ、わかってたけどな。
俺が俺である以上、限界値はどこまで行ってもかつての自分。それを下回ることはあっても、成島タツナミを超えることは、無い。
「……くだらね」
無意味な時間だった。
スズカケもいないし、俺ももう戻っていいだろうか。これ以上ここにいても無駄だ。そう思って、2人をチラ見した先。
「壊れた……? やめてよ、この機械すっごい高いのに……」
「ゼロでいいだろもう」
明らかに面倒臭そう。
こいつらやる気ねえ!
「あーあ……」
脱力。
スズカケが斡旋してきた孤児院の運営メンバーも絶妙にやる気がないというか、そこそこ畜生だし、人を見る目は微妙と言わざるを得ない。
まあ、俺を素直な良い子と褒める程度の観察眼だからな。むべなるかな。
そこまで考えて、ふと。
「……数値が測定できない」
──タツナミは、生まれる時代がもう少し早ければ、件の討伐組織にスカウトされていたタイプの人間だろう。
水晶核が無ければ武装できない俺たちと違って、かつての彼らは、一切の補助なく陽力を使いこなしていた。タツナミもおそらく同じ芸当ができる。
ただ、先ほど彼自身がやらかしたようにあまりに桁が違うので、基本的には勘定に入れられていないのかもしれない。それは単に研究側の技術的怠慢な気もするが。
まあ、
「何でも良いけど」
それに尽きる。
タツナミにまた勝てないことがわかったなら、もうどうでもいい。
俺には関係ない、
「なんて報告しよ、」
「ふざけんなよマジで……」
「…………はあ、」
関係ない、が──耳障りだ。
踵を返して、立ち尽くしたままのタツナミの前まで戻る。
聞いているのかいないのか、効いているのかいないのか。俺は癪に触って仕方がないというのに。
ぼうっと、何もない空間を見つめる瞳を覗き込む。不機嫌そうな女の顔が映っている。
「タツナミ」
彼が、無言で瞬きした。
「あんな奴らの言うこと信じるなよ」
あいつらも。スズカケだって。
何もわかっちゃいない──ああ。
そうだ。
──成島タツナミは完璧で、無敵の存在なのだから。
誰よりも強くて、誰にも負けない。そうなることが決まっている。
宿命なのだ。
「お前は強いんだから」
タツナミは、目が合っても相変わらず呆けた顔をしていたが。
ややあって、小さく顎を引いてみせた。それだけだった。