逆行TSはよわくてニューゲームか?   作:ハムスターの尻尾

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02. 宿命の男

 無言で廊下を進む。

 どうせ、スズカケが居る場所はわかっている。客人が通される部屋なんて100%応接室──

 

「シレネ、そっちじゃない」

「…………」

 

 急ブレーキ。

 

「……じゃあどこに?」

「談話室だ」

 

 談話室……まあ、確かに気の良いスズカケが考えそうなことではあるけれど。

 というか、ほぼ入れ違いだったらしい。何なんだよ。

 

「はあ……」

 

 応接室と談話室は逆方向なので、今度は普通にタツナミの背中を追いかける形になる。

 タツナミ──あんな野郎をファーストネームで呼ぶなんて、こちらとしても出来れば避けたい事態だが。他ならぬ今の俺を筆頭として、俺の周りには成島姓が多すぎる。苗字がわからない子供は名誉院長の意向により大体“成島”の姓が与えられるため、この孤児院にはあと5人くらい成島がいる。

 まさか、あの成島スズカケと憎っくきタツナミの苗字が同じであることに、こんなカラクリがあったなんて。

 まさか隠し子か、と悩んでいた当時の俺の時間を返してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、2人とも!」

 

 タツナミが扉を開けた先。

 弾ける笑顔に迎えられた。……まあ、相手は短髪に髭面の30代なので、ときめくとかそういうのはない。ただ、少し元気は貰えた気もする。

 

「しばらくぶりだなぁ!」

 

 行儀悪く椅子に腰掛けていたのが、大股でこちらに近寄ってくる。

 見た目だけで言えば、特に可もなく不可もなく。着込んだ隊服を除けば、どこにでもいそうなガタイと気の良いおじさん、といった風情の男である。

 

「お久しぶりです、スズカケさん」

「おいおい、そう固くなるなって」

 

 ばしばし肩を叩かれるタツナミ。こいつはいつでも誰にでもこんなふうだが、成島スズカケといえば、対策部隊を目指す者なら知っていて当然のトップ層だ。萎縮しても不自然ではない。

 ただ、当の本人は異様に人懐っこく、バイタリティに溢れている訳だが。

 それはいいのだが、このままだと話が進まなそうなので、

 

「今日は……どうしたんですか?」

 

 忙しい合間を縫ってくるくらいだから、何か重要な用事なのだろう。期待でも重圧でもないそんな心構えを裏に忍ばせて、ボールを投げてみる。

 

「ああ……そうだ、今日はちょっとやってもらいたいことがあってな」

「やってもらいたいこと?」

 

 そこで、スズカケは背後を振り返り。控えていた作業服姿の若い男女2人を手招いてみせた。彼の勢いに圧されて気づいていなかったが、同伴者がいたらしい。

 男の方は、何やら頑丈そうなアタッシュケースを両手で持っていた。いや、質感からしてジュラルミンケースというやつだろうか。

 明らかに厳重な雰囲気漂うケースの蓋を、女が恭しく開ける。

 そこに収まっていたのは、

 

「……これ……」

 

 緩衝材に包まれた、手のひらサイズの黒い球体。艶のある表面には細かい文字がびっしり書き連ねられている。

 見覚えがあった。

 そう、これは、

 

「“陽力(ようりょく)”の測定器だ」

 

 ──“陽力”。

 物理攻撃の効かないクリプティッドに対して、人類が持つ唯一の攻撃手段である。

 

 霊感があるとかないとか、そういう話はたまにあるだろう。陽力自体も、元はそういう扱いのものだった。

 オカルトじみた存在に対抗するための、オカルトじみた力。クリプティッドが公に認められるまでは、陽力の強いごく少数の人間がひっそり徒党を組んで、討伐に動いていたらしい。

 ただ、災害として公的に認定された以上、公的な対策手段も必要になる。

 陽力は研究対象となり、その結果、(多少の増幅も込みだが)それなりに力を持った人間がいることがわかり、今に至る、という訳だ。

 

「…………」

 

 この力の大小は、後天的にどうにかなるものではない。この世に生まれついた時点で、全てが決まってしまう。

 かつての俺は、この試験でそれなりに高い数値を叩き出した。

 ならば、今の俺は。

 無言で測定器を見つめる俺の仕草は、不安の発露と取られたのか。

 

「まあ、痛いことはしねーから、心配しなくていい」

 

 スズカケが優しく呼びかけてくる。

 

「ちょぉっと握るだけ。ちょっとだけ。それだけだから。な?」

「…………はい」

 

 フォローのつもりなのだろうがむしろ犯罪臭がする。

 

「まあ、お試しみたいなもんだ。選択肢ってのは多い方がいいだろ?」

 

 ……多いほうがいい、か。

 こんなものと出会わなければ、俺は叶わぬ夢を見ることはなかったかもしれないのに。苦しみが増えるだけの選択肢なら、最初から無いほうがマシだ。

 

「特にこいつは民間で簡単に受けられる試験じゃねーからな。とりあえず、全員に一度は受けてもらってる」

 

 微笑むスズカケの目を、無言で見返す。……彼自身、命の危険があるから大っぴらには勧められないが、才能があるなら隊員になってほしい、と思っている節があるのだろう。

 そのために孤児院を、とまで言うのは下衆の勘繰りだが、そういう期待があったこと自体は事実のはずだ。

 まあ、責める気にはなれない。

 どうせ、誰かがやらなければならないことだ。死んで悲しむ身内が少ない人間のほうが、何かと効率的だろう。

 

「君たちを除けばもうほとんどが経験してる……って聞いて、安心したか? さあて、どっちが最初にやる?」

「……俺が」

 

 何にせよ、先んじて名乗りをあげておく。

 どうせ、こういう場面でタツナミが自主性を見せることはないのだろうし。不毛な泥沼になるよりは良い。

 

「おっ、積極的だねえ。良いことだな!」

 

 にこにこ顔のスズカケの後ろでは、2人がバタバタとPCやら謎の装置やらを弄っている。下っ端は大変ですね。

 

「……準備できたみたいだな」

 

 ややあって、彼が無造作に測定器を差し出してくる。運命を決める分水嶺を。

 唾液を、飲み込む。

 

「…………」

 

 緊張──しているのだろうか。

 今さら、一丁前に。

 当時の気持ちを思い返そうとして、何も浮かんでこなかった。

 どうでもいいことだ。

 そうだろう?

 勢いづけて、スズカケの手から引ったくるように球を握りしめる。

 力を込めて。一瞬、ぴりっとした痺れが手のひらから伝わってきた。

 それだけだった。

 

「…………」

 

 ……数値は?

 

「────!!」

 

 息を呑む音がした。

 無意識のうちに瞑っていた瞼を片方だけ開けて、PCのディスプレイを薄目で窺う。記憶が正しければ、測定数値はそこに表示されるはずだ。

 最低値は0.00で、1.00に数値が近づくほど高いとされている。

 そして、肝心の記録は──0.89。

 

「…………す、」

 

 す?

 

「すごいぞ!!」

「うわっ」

「シレナちゃん!!」

「シレネです」

「こんな数値、久しぶりに見た!!」

 

 脇に控えていたスズカケに、飛びつかれた。むしろそっちで心臓が止まるかと思った。自分の年齢と体格を考えてほしい。

 感極まった結果なのか、がっちり掴まれた両手が上下にぶんぶんシェイクされて、色んな意味で不快。

 

「あと……手は離してください」

「おお、すまんすまん」

 

 ……0.89。

 当時の俺の数値は──忘れる訳もない、0.90だった。

 今ここにいる俺は、どうやら本当に“俺”らしい。そんな、退屈な確信が得られただけだった。

 何も変わらない。

 何も。

 

「…………」

 

 測定器を、きつく握りしめる。数値が動くことはない。きっと、永遠に。

 

「むッ」

 

 その瞬間、談話室に鳴り響く無機質なベルの音に、はっと我に返る。

 見れば、スズカケが懐から携帯端末を取り出しているところだった。音の出所はそれらしい。

 

「悪いな、呼び出しだ!」

 

 休日だったのか、仕事中に抜け出してきたのか。何にせよ、隊服を着込んで緊急事態への備えはばっちりらしいスズカケは、言うなりダッシュで談話室の外に駆け出して行って──

 

「記録は後でちゃんと見るからなぁ!!」

「あっはい」

 

 一瞬だけにゅっと顔を出し、それだけ言い残して、また走り去っていった。

 忙しい人だ。色んな意味で。

 

「……ん」

 

 とりあえず、役目を終えた測定器を、タツナミに突き出す。

 受け取った彼は、なぜか俺を見ている。さっさと測定に移ればいいのに、

 

「何だよ」

「おめでとう」

 

 ……一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 おめでとう?

 俺に、言ったのか。成島タツナミが。陽力の数値について。

 

「……、気持ち悪いからやめろ」

 

 とっさに催した吐き気を堪えて、何とかそれだけを口にした。

 何も知らないとはいえ、他でもないお前が、俺にそんなことを言うのか。

 反吐が出る。

 

「さっさとやれよ」

 

 背を向けたまま、吐き捨てる。見るまでもない。最初から、結果は分かりきっているのだ。

 成島タツナミは、“天才”である。

 彼は、しばらく無言で俺を見ていたようだったが。やがて、装置が動く音が聞こえてきた。測定が始まったらしい。

 

「え……何これ、」

 

 驚愕に染まった声。

 はいはい、どうせ2.00とか出たんだろ、とか思っていた俺が何気なく向けた、その視界に飛び込んできたのは。

 

「……ええ……?」

 

 普通にめちゃくちゃバグり散らかしているPCの画面。そんなことある?

 

「何だよ、これ」

「やだ、ウソぉ……」

 

 どうやら、俺が思っていた以上にこの計測システムは脆弱だったらしい。

 ……何にせよ、期待は良くも悪くも裏切られなかった。このトラブルは、未だかつてない高数値の表れ。そう見るのが自然だろう。

 1.00を遥かに超える、未知数の才能の持ち主。

 

「…………」

 

 ──まあ、わかってたけどな。

 俺が俺である以上、限界値はどこまで行ってもかつての自分。それを下回ることはあっても、成島タツナミを超えることは、無い。

 

「……くだらね」

 

 無意味な時間だった。

 スズカケもいないし、俺ももう戻っていいだろうか。これ以上ここにいても無駄だ。そう思って、2人をチラ見した先。

 

「壊れた……? やめてよ、この機械すっごい高いのに……」

「ゼロでいいだろもう」

 

 明らかに面倒臭そう。

 こいつらやる気ねえ!

 

「あーあ……」

 

 脱力。

 スズカケが斡旋してきた孤児院の運営メンバーも絶妙にやる気がないというか、そこそこ畜生だし、人を見る目は微妙と言わざるを得ない。

 まあ、俺を素直な良い子と褒める程度の観察眼だからな。むべなるかな。

 そこまで考えて、ふと。

 

「……数値が測定できない」

 

 ──タツナミは、生まれる時代がもう少し早ければ、件の討伐組織にスカウトされていたタイプの人間だろう。

 水晶核が無ければ武装できない俺たちと違って、かつての彼らは、一切の補助なく陽力を使いこなしていた。タツナミもおそらく同じ芸当ができる。

 ただ、先ほど彼自身がやらかしたようにあまりに桁が違うので、基本的には勘定に入れられていないのかもしれない。それは単に研究側の技術的怠慢な気もするが。

 まあ、

 

「何でも良いけど」

 

 それに尽きる。

 タツナミにまた勝てないことがわかったなら、もうどうでもいい。

 俺には関係ない、

 

「なんて報告しよ、」

「ふざけんなよマジで……」

「…………はあ、」

 

 関係ない、が──耳障りだ。

 踵を返して、立ち尽くしたままのタツナミの前まで戻る。

 聞いているのかいないのか、効いているのかいないのか。俺は癪に触って仕方がないというのに。

 ぼうっと、何もない空間を見つめる瞳を覗き込む。不機嫌そうな女の顔が映っている。

 

「タツナミ」

 

 彼が、無言で瞬きした。

 

「あんな奴らの言うこと信じるなよ」

 

 あいつらも。スズカケだって。

 何もわかっちゃいない──ああ。

 そうだ。

 

 ──成島タツナミは完璧で、無敵の存在なのだから。

 

 誰よりも強くて、誰にも負けない。そうなることが決まっている。

 宿命なのだ。

 

「お前は強いんだから」

 

 タツナミは、目が合っても相変わらず呆けた顔をしていたが。

 ややあって、小さく顎を引いてみせた。それだけだった。

 

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