賢者の贈り物   作:Hakaristi

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一柳隊、遭難

 

「皆さん! 無事ですか!」

 

 しんしんと音もなく、だが切れ目なく降り続ける白い薄暗闇の雪景色を割って駆けてきたのは一柳隊隊長、一柳梨璃だった。頭を始め、手足のそこかしこに巻かれた包帯が痛々しさをますます強調している。巨大な円柱――百合ヶ丘女学院で運用されているガンシップのキャビンだ――へと駆け込んだ彼女は、残りのメンバーが欠けることなく揃っていることに安堵の表情を浮かべると、体力を使い果たしたのかその場へと座り込んだ。

 

 その後を追って屋根の下へ入ってきたのは安藤鶴紗。梨璃や墜落したガンシップの中に待機していた面々とは異なり、その身体には傷一つない。強化スキルのおかげでほぼ万全な身体とは対照的に、暗い表情を浮かべながら鶴紗が報告する。

 

「周囲のヒュージは何とか全滅させられたと思う。でも操縦席は見つからなかった。やっぱり完全に吹き飛んだみたい。通信で救助を呼ぶのは望み薄かもしれない……」

 

 人里からはほど遠い、深い深い山の中。飛行中のガンシップを撃墜され、雪の降りしきる山中に孤立した一柳隊の状況は絶望的だった。満足に戦闘をこなすことができるのは梨璃と鶴紗の二人のみ。普段司令部と交信するのに使用している中距離用の無線機は、もう一方のキャビンごと地面と激しいハグを交わした衝撃で、プラスチックと電線の寄せ集めに転生してしまっている。ガンシップ備え付けの無線機も、搭載していた操縦席がケイブと正面衝突し、空間の矛盾に耐えきれず素粒子の霧と化したため、この世に存在した証拠さえも残ってはいなかった。唯一の救いは、ミリアムを名目上の機長とし完全な自動操縦で飛行していたため、今のところは死者が出ていない事だろうか。

 それなりに標高のある山中のこの場で、零下10度を下回る気温が体温を容赦なく奪い去っていく。前線が停滞しつつあるという出発時の天気予報が当たるなら、しばらくはこの雪雲が居座ったままになるはずだった。すなわち、上空からの捜索は非常に困難であり、救助を待っていては到着がいつになるか分からないということだ。

 

「……何か、策を講じる必要が、ありますわね……」

 

 傷の痛みに耐え、荒い息をつきながら楓・J・ヌーベルが呟く。救命コクーンを展開させ停滞状態で救助を待つように、と説得する仲間たちの声を振り切って知恵を出そうと頑張ってはいたものの、重傷を負った今のコンディションでは頭は普段の半分も働かない。

 その脇で、折れた脚を庇いながら座る郭神琳が、改めて声に出して現状を確認していく。

 

「現状では救助を呼ぶことは困難……。捜索もこの天気では上空からの発見は期待できません……。周囲のヒュージを掃討したとはいえ、マギインテンシティは高いままです。ヒュージの生息密度が高いようであればいつまた襲ってくるかも分からない……。雨嘉さんたちも救命コクーンに入っているとはいえ、天候の回復を待ってから救助を呼ぶとなると間に合わない可能性も……」

 

 光明の見えない状況に、神琳は強く唇をかみしめる。マギの強力な供給源たるHUGEを梨璃たちが相当数撃破した一方で、空間のマギインテンシティは低下の兆しも見せてはいなかった。この場所がちょうど龍穴――龍脈におけるマギの噴出点にあたる――であれば回復の一助となろうものであるが、もう一つの可能性、すなわちこのあたりのHUGEの生息密度が単純に高いだけ、という方が確率としては高い。そして後者であれば、すぐに空白になった縄張りを埋めるべく新たなHUGEがやってくることは想像に難くなかった。

 そうなれば残った面々は白井夢結、王雨嘉、二川二水の入った救命コクーンを守るために負傷の身を押して戦わねばならない。内部の空間が魔術的な時間停止状態にあるとは言っても、救命コクーンそのものはそれほど強度が高くなかった。ヒュ-ジの放つ熱線どころか、単なる体当たりにも耐えられないだろう。応急処置だけを済ませ、その身から命が流れ出していくことを停止させることで命脈を保っている3人にとって、それは文字通り致命的なものになる。また、救命コクーンは後方からの支援が前提で運用されている物だ。その展開限界は1週間と、すぐに設備の整った医療施設やレアスキルによる治療を受けることのできる常ならばともかく、この場にあってはまったく心許ない期間でしかなかった。

 

「完成じゃ!」

 

 暗く沈みかけた雰囲気を吹き飛ばすように、ミリアムの声が上がる。応急手当を終えた先ほどからずっと、外から拾ってきた何かの残骸を相手に格闘していた彼女が久しぶりに発した声だ。その声と同時に、身を凍らせようとする外気とは異なる空気が一柳隊を覆った。

 

「なあ、ミリミリ。そのあったかいの何なんだ?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたのじゃ」

 

 折れた側の腕に適当な金属板を巻き、添え木代わりにした吉村・thi・梅が、深刻そうな顔をわずかに緩めて尋ねる。隊のムードメーカーである自覚のある彼女ですら渋面を隠すことができないこの事態において、熱源の確保は初めての吉報と言えた。

 

 エンジンの残骸から取り出した熱源ユニットを改造して――

 対象空間を燃焼室からキャビン全体まで拡大した代わりに出力を落とし――

 エンジンだったときと同様、大気中のマギを駆動力に――

 マギによる分子への運動エネルギー直接付与が――

 ミリアム・ヒルデガルド・v・グロピウス。かの才媛、真島百由の薫陶を受ける彼女もまた、天才と呼ばれるに相応しい才能を有している。

 

 風がない分外よりは生き延びる時間が長い、程度の室温が、氷がやっと溶けるほどまで上昇するのにさほど時間はかからなかった。なにもないときよりもほんの少しだけ、暖かく感じることができるようになったのを確認すると、梅はミリアムの長広舌を遮って声をかけた。

 

「ミリミリ。そのヒーター、今くらいの温度を保つようにできないか?」

「なんじゃい梅様。もちろん可能じゃが、まだ快適と言えるほどの気温じゃないと思うがの?」

「いや、あんまり暖かくしすぎるとヒュージに熱でこっちの位置を悟られる。今は雪が降って隠してくれてるけど暖かくしすぎない方がいい」

「おおぅ。確かにそうじゃな。承知したぞい。資材もないしオンオフ動作でやるしかなかろう……センサーは二水のマギクリスタルコアを拝借して……」

 

 後半は独り言の音量で呟き、粗製ヒーターのスイッチを切って再び作業に没頭しはじめたミリアムを優しい顔で少しの間見つめると、梅は意を決した表情で告げた。

 

「梅が助けを呼んでくるぞ」

「ッ! 梅様……それは……」

 

 楓が弱々しく反応し、神琳は苦々しげに顔を歪め(かぶり)を振る。梨璃は目を(つぶ)ったまま考え込むように座席の残骸へと体を預け、鶴紗はひどい衝撃を受けたような顔をして下唇を噛み込んだ。

 単独で雪の吹きすさぶHUGEの支配領域を横断し、通信手段を確保して救援を呼ぶ。飛行経路から大まかな現在地は分かっているとしても、人里へ出るまでの距離は直線距離にして優に50kmはあるだろう。市町村道はおろか、3桁国道の整備すら放棄されて久しい現状では、その全行程で道なき道を行くことになる。悪天候で地勢の把握も容易ではなく、ランドマークも何もない山の中。道に迷って余計な時間を使い、途中でHUGEと交戦することにでもなれば、戦闘音に誘われて集まってきたHUGEの餌食になってしまうことは間違いがなかった。

 

「弱気になるな! 楓も神琳も分かってるだろ! 救命コクーンはこの人数で運べるような大きさじゃない。怪我人の方が多い今の状況で、全員で脱出するのは無理なんだ! ……だったら一番可能性の高い梅が行く」

 

 そのことを理解しているからこそ、そんな状況へたった一人で送り出すことに躊躇(ためら)いを覚える二人を梅が一喝する。自殺行為ではない。全員で助かるために誰かが行わなければならない行為なのだと。

 感情の反発を理屈によって押さえつけることのできる二人は押し黙るしかなかった。梅の提案に反対する理由が、仲間を死地へ送り出し、自分たちは安穏と救助を待つだけの状況から来る罪悪感であると分かっていたから。今ここにいる全員で百合ヶ丘に帰る。その大目標を達成するために最も勝算が高い行動だと理解していたから。

 

 対照的に、強化スキルのおかげで傷一つない鶴紗は冷静では居られなかった。戦闘はおろか移動もままならない状態であった楓や神琳と異なり、彼女は現状の梅よりも明らかに状態が「いい」のだ。

 

「梅様は怪我してるじゃないですか! だったら怪我のない私が!」

「鶴紗が居なかったら残った皆を誰が守るんだッ! かろうじて戦闘をこなせる梨璃だって、万全の状態にはほど遠いんだぞ……。こっちはどうせ戦闘になったら助からない。でもタンキエムと縮地があればヒュージを振り切ることだって簡単だ。梅の怪我は腕が折れただけだ。脚は万全だし、腕だって片方は問題なく動かせる。人里まで行くくらいなんてことないさ」

 

 一つ間違えれば、否、ほとんど成功の見込みがないような任務に対して、自分以上の適任はいないとあくまで主張する梅。彼女の主張は確かに正論ではあったが、だからといって、はいそうですかと素直に頷くことができる(たぐ)いの物ではない。彼女の論に理を感じつつも、感情面で納得がいかない鶴紗は食って掛かる。

 

「梅様が無茶をしなくてもマギクリスタルコアの救助信号を受信してくれるかもしれないじゃないですか! ガンシップがレーダーから消えたんだからすぐに捜索が始まるはず! 梅様が賭けに出る必要なんて……」

「マギクリスタルコアの救難信号の到達距離は精々2,3キロしかないんだ。この悪天候だと雲の上まで届く可能性はほとんどない。それにな、鶴紗。梅だって何も勝算がないのに行くわけじゃない。難しいかもしれないけど、できると思うから行くんだ。……神琳。梅が救助を呼びに行ったとして、どのくらいの確率で失敗すると思ってる?」

 

 話の成り行きを見守っていたところ、唐突に話を振られた神琳は眉間にしわを寄せ、険しい顔を作った。

 

「……人里まで無事にたどり着けるかどうかは五分五分、いえ、7割程度は失敗する可能性があると考えています。たどり着くだけであれば、万全の梅様であれば心配いらないでしょうが、この悪天候……。食糧不足や地形の把握、怪我、救命コクーンの維持限界までのタイムリミット……。これらを踏まえるとそのくらいの可能性になるでしょう」

 

 「梅様。行ってください」

 

 唐突に会話を遮る声がかかった。普段の調子からは考えられないほど厳しく、感情を感じられない声は、発した梨璃自身の様子とは対照的だった。

 

 「これは一柳隊の隊長としての指示です。行動糧食のエナジーバーはここにある分を全部持って行ってください。私と鶴紗さん以外の全員が救命コクーンに入って救助を待ちます。私たち二人は、ヒュージが襲ってきたときに備えて救命コクーンを使わないでこのまま待機します。全員で助かるにはこれが一番可能性が高いです。何か見落としていることはありますか?」

「梨璃!」

「お姉さまもいっていました! レギオンの隊長は感情で受け入れられない決断をしなきゃいけない時が来るってッ! 今が! その時なんです……」

 

 リリィは寒さにも強いというのに、スカートの裾を握りしめたその手を隠しようもないほど震わせていた。ともすれば閉じてしまいそうになる目を必死に見開き、感情を押し殺そうと必死になっている。その鬼気迫る様子に、他人の命を賭け金にする動揺から、あと一歩を踏み出すことのできなかった面々も覚悟を決めた。

 

「梨璃さん。その方針が一番勝算が高いと思います。わたくしも何かお手伝いしたいところですが……。この脚ではお荷物にしかなりませんから……、後のことはお願いします。梅様。必ず助けを呼んでください。お願いします」

 

 自らの力で状況を打破することのできない悔しさをありありと顔に浮かべながら、神琳が言った。防衛のために残る二人が万が一の時に使用できるよう、媽祖聖札(マソレリック)からマギクリスタルコアを外すと、傍らへとやさしく寝かせた。

 

「わたくしも怪我さえもう少し軽ければ、鶴紗さんを送り出して梨璃さんと二人っきりで過ごせましたのに……」

 

 不甲斐ない自らにやり場のない怒りを抱えながらも、彼女は自らのできる役割を最大限に果たそうとする。息をするのにも痛みが伴うような状態だというのに、楓はよくない雰囲気を吹き飛ばそうと、半分本気のジョークを飛ばした。

 

「冗談言わないで。楓と梨璃を2人っきりになんてできるわけない。それこそ貞操の危機だよ」

 

 頭も冷えたのか、先程までの感情的なそぶりはなりをひそめ、鶴紗が仏頂面(ぶっちょうづら)でその冗談に応じる。そして梅へと向き直ると、いつも通りに静かな、しかし最大限の感情が込められた声で言った。

 

「梅さま。必ず無事に戻ってきてください。もし何かあったら…」

「何かあったら?」

「もう二度とサボりに付き合ってあげません。猫の集会にも一緒に行かないし、隣で昼寝だってしません」

「ハハッ。そりゃ怖いな! これはもっと頑張らなきゃいけない理由ができたぞ」

 

 寒々しいガンシップのキャビンに少しだけ和やかな雰囲気が広がる。作業に没頭していたミリアムも耳だけはこちらへと向けていたのか、梅へと片手に収まる程度の物体を投げて寄越した。

 

「梅様。急いででっちあげた携帯カイロじゃ。少しでも力になれるかの?」

「ありがとな。ミリミリ。寒さはちょっと苦手だから困ってたところだったんだ」

 

 飛んできたものを無事な方の手で危なげなく受け止めると、梅は応える。

 

「ちなみに、安全ピンを引き抜けば十秒後にドカン! といくぞい。威力は…まあ、こけおどし程度じゃがの。その分強烈に光るようになっとるから、いざという時の目眩(めくらま)しくらいにはなるじゃろ」

 

 まさにその安全ピンのリングに指をかけ、手慰みにくるくると振り回そうとしていた梅を見ながら、ニヤリと笑みを浮かべたミリアムが説明した。

 物騒なもの――どことなく手榴弾に似た形状をしている――を軽く渡された梅は、ぎょっとしたような顔をして、慎重な手つきで熱源をポケットへとしまい込む。

 

 「これを持っていってください。」

 

 そう言ってリリが差し出したのは今この場に存在するエナジーバーの全てだった。マギという人外の力を行使するリリィの必要摂取カロリーは、平常時で1日8000キロカロリーと、成人男性の4倍近い。レアスキルを全開にして戦闘を行った日など、食事だけでは消費した熱量(カロリー)の補給が覚束(おぼつか)ないため、エネルギーの補給に特化した飲料を摂取する必要すらあった。

 

「1000キロカロリーが4本あります。半日分にしかなりませんけど、私たちよりも梅様に必要なはずです」

「ありがとう、梨璃。でもわかってるな? 限界を感じる前に…」

「わかっていますッ! なるべく消耗を抑えて、もうだめだ、と思ったら救命コクーンに入って救助を待ちます」

 

 ミリアムさんの作ってくれたストーブで雪も溶かせますし、いざとなったらヒュージだって食べられないわけじゃありません、と言って彼女は無理やり微笑んでみせた。

 

 

 

 

 

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