賢者の贈り物   作:Hakaristi

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たった二人の反攻作戦

 ガンシップが墜落してから七日目。停滞していた雪雲がようやく居所を移す気になったのか、降り続いた雪も止み、頭上には灰色の曇り空が広がっていた。今日は墜落直後に救命コクーンに収容された夢結、二水、雨嘉の3人を守るコクーンの展開期限の日であり、梅の救援要請が上手くいっていれば救助が現れるはずの日だ。

 拠点を守る梨璃と鶴紗の二人は、雪によってその姿を完全に隠したガンシップの上で各人のCHARMを手入れしていた。出入り口すらも完全に塞がれ、多少の植生で擬装を施したガンシップは、すっかり山林の風景に溶け込んでおり、視覚的な発見はまったく不可能そうに見えた。

 しかしながら、視覚的には隠れているとはいえ、リリィ二人の発するマギは隠しきれないのか、HUGEの襲撃はひっきりなしだった。その結果として、周囲にはつい先ほどまでこちらへ襲いかかっていたHUGEたちが、青黒い体液をそこかしこにまき散らして無残な屍を晒している。

 死骸の一部は既にマギを失って崩壊を始めており、有機物が分解するとき特有の不快な臭いと硝煙の香りが辺りを支配していた。時折吹く凍えるような風ですら、薄めることはできても散らすことのできない匂いの濃さが、激しい戦闘があったことを示している。

 

「もう少し、休めそうだね」

「あと1時間くらいは休みたいところだけど……」

 

 向かい側の山の稜線に見え隠れする細長いシルエットは、明らかにこちらを伺っている。恐らくはこの辺りを縄張りにしているラージ級HUGEだろう。ここまで執拗に、手下とみられるスモール級やミドル級を(けしか)けてきているところを見ると、戦術に長けた、知能の高い個体であるに違いなかった。

 

「あとどのくらいいけそう?」

 

 整備が終わったところを見計らって、鶴紗の簡潔な質問に、梨璃が答える。

 

「エネルギーカードリッジはあと20発分、(ブレード)は二水ちゃんのグングニルと交換したから新品同然だし、マギはラプラスがあるからヒュージがいればいつでも万全だよ。体力が……ちょっと心配かな」

 

 これまでの戦闘でCHARMの射撃に用いるリソースが心許なくなっていること、体力がそろそろ限界に近いことを梨璃は鶴紗に共有した。

 実際のところ、鉛のように重くなった腕はCHARMの手入れのために上げ下げするだけでも一苦労だった。手に力が入らず、刀身を交換するための工具を取り落としかけたことも、一度ならずあった。最後に残ったなけなしの気持ちで、心配をかけまいと少しだけ見栄を張った言葉だったが、そんなことはお見通しとばかりに、鶴紗の優しげな声が帰ってくる。

 

「私の方も、射撃はもうダメかもしれない。ティルフィングは銃身が焼け付いてるし、ブリューナクも弾切れ。媽祖聖札(マソレリック)の弾はまだ残ってるけど、5秒分くらいしかないと思う。ティルフィングの(ブレード)も痛みが来てるけど、いざとなったら強化スキル(アルケミートレース)でなんとかなる。ラプラスで分けてもらってるからマギは十分だし、リジェネレーターを使えば体力は問題ない。またヒュージが襲ってきたら起こすから、梨璃は少しでも休んで」

「……でも、」

「その時が来たら嫌でも働いてもらうことになるから。梨璃のラプラスでマギを回復できることだけが頼みの綱なの。ラプラスでマギは回復できるけど体力は戻らないなら、マギを使えば体力を回復できる私が警戒につくのは当然じゃない」

「……。じゃあ少し休むね。ヒュージに動きがあったら必ず起こしてね。蹴飛ばしてもいいから」

 

 また鶴紗に負担をかけてしまう申し訳なさから、交代で休むことを提案しようとする梨璃だったが、その機先を制するように鶴紗の声が戻ってきた。

 消耗しきった体力ではまともな反論も考えつかず、せめて最後に冗談を飛ばすと、梨璃は体を横たえ目を閉じた。

 

 

 

 

「梨璃! 起きて!」

 

 完全に気を緩めることのない、緊張しながらの睡眠を破ったのは鶴紗の鋭い声と射撃音だった。梨璃の体内時計は入眠してから1時間ほどだと告げているが、太陽の位置からするともう少し長く眠っていたのかもしれない。

 日頃の訓練は、体を覚醒状態へと一気に持って行く。抱えていたグングニルの柄を掴み、被っていた毛布を引き剥がして上体を起こしながら膝をついて膝射(しっしゃ)の姿勢を取る。

 鶴紗が媽祖聖札(マソレリック)を撃ち込んでいるのは30mほど先の茂みだった。ガンシップの周囲の木を切り倒して作った10mほどの空間と山林を隔てる目に見えない境界線の奥、常緑樹の葉が覆い隠し視線が通らなくなっているそこは、明らかに弾丸以外の物理作用を受けて揺れていた。

 

「梨璃! 1時と2時! 2体ずつ、弾切れの2秒後に飛び出してくる!」

 

 弾丸を叩き込んでいる場所とは異なる場所から飛び出してくるHUGEをレアスキル(ファンタズム)で未来視し、鶴紗は梨璃に指示を飛ばす。

 梨璃の返事を待たずして、媽祖聖札(マソレリック)から最後の弾丸が吐き出される。耳を聾する発砲音の代わりに惰性で回転する銃身からの静かな音が一呼吸だけ場を支配した後で、グングニルの引き金が引かれる硬質な音がきっちり4度響いた。

 銃撃が止まったのを好機とみたのか、飛び出そうとしたスモール級――毒を持つ蛙タイプだ――だったが、綺麗に4体とも頭を貫かれ、着地に失敗した身体がべちゃりと無様に地面に崩れ落ちる。

 

「団体さんのおでましみたい」

 

 得物を媽祖聖札(マソレリック)からティルフィングに持ち替えた鶴紗が、HUGEの多さを端的に揶揄する。木立に視線を遮られていても、耳障りなHUGEの鳴き声がその規模を示していた。

 

「打ち合わせ通りに!」

 

 梨璃の声に合わせて二人ともが飛び出していく。

 もはや弾薬は尽きかけ、これまでのような”HUGEを寄せ付けない“戦闘を行うには火力がまったく不足していた。一人が切り込んでいる間にもう一方が援護射撃を行う戦術は、射撃自体が封じられたことで変更を余儀なくされていた。

 昨晩、弾薬の残量について話し合ったときに達した結論は、二人でHUGEを引きつけながらガンシップからなるべく遠くで持久するしかない、というものだった。

 

 降り続いた雪と、二人の必死の努力によってその姿を完全に雪に隠しているガンシップであったが、貫通力に乏しいHUGEの熱線はともかく、HUGEの体当たりでも食らおうものならたちまちにその姿を(あば)かれてしまうだろう。

 そうなればすぐさまHUGEに(つど)られ、中で停滞状態にある6人は、その毒牙にかかって命を落とすことになるはずだった。

 最悪の事態を避けるためにはガンシップ近傍での近接戦闘などもってのほかであり、速やかに流れ弾の届かない遠くへと戦場を移す必要があった。

 

 並んで走る二人の振るう刃が、進路を塞ぐHUGEを両断する。強力に展開されるレアスキル(ラプラス)によってマギを剥ぎ取られ、HUGEの頑強な体表装甲は豆腐のように脆くなっていた。

 

「こっちにこい!」

 

 駆け抜ける勢いを振り抜くCHARMに乗せ、すれ違いざまに手足を切り飛ばしていく。HUGEの群れをガンシップから少しでも遠くに引き離すためには、二人でなるべく注意を引きつけなければならない。

 HUGEが言語を理解するはずもないが、挑発的な態度は伝わったのだろう。あるいは、生きのいい獲物に本能を刺激されたか、少なくとも排除に値する脅威と認識されたか。いずれにせよ、梨璃と鶴紗の策は成功しつつあった。両生類譲りの回復力で失った部位を再生したHUGEが、目論見通り追いかけてくる。

 

「右から、2! 合図でかがんで! 3,2,1,今っ!」

 

 鶴紗の指示に従い、走りながら上半身を屈め低い姿勢を取った途端。右の藪から飛び出してきた蛙型HUGEを、斜め後方から伸びてきた舌が強烈に打ちのめす。

 二人の上半身めがけて飛びかかった二体のHUGEは、同じく二人を狙ったHUGEの攻撃を受けて情けない鳴き声をあげた。

 

「やぁっ!」

 

 自らの間合いのうちで、姿勢を崩したHUGEを見逃すリリィはいない。裂帛(れっぱく)の気合いとともに、梨璃のレアスキル(ラプラス)の出力が急上昇する。HUGEのマギを奪い、自らのマギを回復させ仲間に分け与えるスキルによって敵の弱体化と味方の回復を同時にこなした梨璃が、体勢を崩しながらもCHARMを振り抜く。

 視界の端に四つの肉塊となって着地したHUGEを捉えつつ、鶴紗は差し出された梨璃の手を取ってその体を引き戻した。

 鶴紗がいなければ梨璃の身体が倒れ込んでいたであろう場所を恐ろしく太い鞭のような舌が叩き、虚しく雪と土を飛び散らせる。

 

「ありがとう」

「無茶しないで」

「ふふっ。今はそもそも無茶な状況だもん。もう少しくらい無茶が重なっても変わらないよ。それに鶴紗さんも助けてくれるって分かってるから」

「もう。梨璃ったら」

 

 再び疾駆する体勢に戻った梨璃が鶴紗にお礼を言った。返事で梨璃の行動を咎める鶴紗だったが、息も切らさない程度の余裕を持った攻防だったおかげか、それも形だけのものだ。そして梨璃は冗談を飛ばし、僅かでも士気の維持に努める。

 交戦距離の優位を失った今、足を止め、腰を据えて戦おうとすれば、たちまち数の暴力で押しつぶされてしまう。それ故に、雪が深く積もり、足場の悪い森の中を駆け抜けながら少しずつ敵を削っていくしかなかった。

 そんな中で抵抗する意志を失ってしまえばそれは即、落命に繋がる。ましてや、いつになるか分からない救助が来るまで、孤立無援の状況で持ちこたえなければいけないのだ。ほんの僅かであるとは言え、生き残る可能性を上げておくに越したことはなかった。

 

 

 進路を邪魔するHUGEを切り捨てるたびに、耳を(つんざ)く不快な鳴き声が辺りに響き渡る。これらHUGEの基になったはずの蛙には声帯がないはずだが、HUGE化する過程で身につけた能力かもしれなかった。

 

 新雪を蹴り上げ、大音声(だいおんじょう)でHUGEを威嚇し引きつけながら進む二人は、まもなく谷底へとたどり着いた。一刻も早くガンシップから遠ざかるべく、速度を最大限に出すために尾根を下ることを選択したが、ここからは登りながらHUGEと戦っていかねばならない。

 

 暖かくなれば滔々(とうとう)と雪解け水が流れるであろう涸れ谷を踏み越え、登りの斜面を二、三歩駆け上がった途端、前方から大型車のタイヤが何本か転がり落ちてくる。

 否、大の男を優に超える体長をタイヤのように丸め、文字通り林立する立木を器用に避けながら、二人に向かって変則的な軌道で突っ込んできたのはミドル級HUGEだった。

 衝突コースに乗っていたHUGEを、鶴紗は隙間を掻い潜り、梨璃はCHARMで弾き飛ばし躱す。体当たりしそこねたミドル級は、急停止することもできず、大量の運動エネルギーを保持したまま、二人の引き連れていたスモール級HUGEの群れへと向かっていく。

 ミドル級が突っ込むたびに五、六匹のスモール級が弾き飛ばされ、その周囲のスモール級が抗議するようにいっそう大きな鳴き声をあげた。

 

「どうする? 梨璃」

 

 スモール級だけならばなんとでもなるが、複数のミドル級と連携を取られれば話は別だった。

 

「一旦下りてHUGEの数を減らそう。あの突進力のHUGEに上り坂で挟まれるのは危ないから」

 

 目標を外したHUGEの体当たりは、少女たちの腰ほどもある太さの木を易々とへし折っていた。高さを大幅に減じた木を見やりながら、梨璃は方針を決める。稜線から駆け下りてきた位置エネルギーの寄与が大きいとしても、林の中を高速で駆け回ることのできる機動力は放置しておくことのできるものではなかった。

 

「まったく。ナメクジなら大人しく這いずり回っていればいいのに」

 

 突撃体勢を解き、丸まった体を伸ばしながら頭部から突き出た二つの目玉でこちらを伺うのは、まさに巨大な蛞蝓(ナメクジ)だった。

 梨璃の右手にあるグングニルには、ミドル級HUGEの体当たりを捌いた時に、その体表を覆う粘液がべっとりと付着していた。

 

「真っ二つにするつもりで振ったんだけどな」

 

 ラプラスに対する抵抗力もスモール級とミドル級では異なるが、相対速度を考慮すれば、HUGEを弾いた一撃は十分に仕留めることのできる威力になるはずだった。しかしながら、粘液で刃筋を逸らされ威力を削がれては、一撃必殺の技もHUGEの体表を貫くことはできない。CHARMの刀身を覆う汚らしい粘つきを立木にこすりつけながら梨璃が言った。

 

「鶴紗さん。やっぱりあのミドル級は切れないって考えた方がよさそう。さっきの手応えだと、打撃も効果が低いみたい」

 

 タイヤのように丸まって走り回るためか、ミドル級HUGEの粘液で覆われた表皮は、なめし革のように硬く柔軟性を備えていた。ガンシップを襲ってきた群れに紛れていた際には、遠距離からマギレーザーで焼き払っていたため分からなかった特性だった。

 

「私が射撃で仕留めるから、鶴紗さんは陽動をお願い」

 

 貴重なリソースだったが、近接戦闘でダメージを与えることが難しい以上、出し惜しみをしている場合ではない。接近戦でこのミドル級HUGEの防御力を突破するには、相応の武器が必要だった。刺突に主眼を置いたスパイク状のCHARMであれば突き刺さるだろうし、より打撃に特化したCHARMであれば衝撃を内部まで響かせ、ダメージを与えることができるだろう。恐ろしく切れ味の鋭い刃があれば、刃筋を立てることができなくても少しずつ肉を削いでいけたかもしれない。

 しかしながら、梨璃のグングニルも、鶴紗のティルフィングも、打撃を主として使うことは言うに及ばず、刀身も大型の刃物の例に漏れず切れ味自体は(なまくら)もいいところであり、刺突についてもほとんど考慮されていないような刀身形状をしていた。

 

「背中は任せるよ」

 

 同士討ちの混乱から立ち直りつつあるHUGEの群れに鶴紗が切り込む。愚かにも単身突出してきた獲物を絡め取ろうと、何本かの舌が伸びるが、それらはことごとく空を切った。曲芸的な動きで攻撃を躱し、あまつさえ手近な数匹の首を飛ばした鶴紗は、周囲を囲まれる前に正面のHUGEの頭を足場に小さく跳躍し、一体のミドル級の前へと躍り出る。

 輪郭の定かではない口の奥におろし金のような歯舌を備え、四本の触角をバラバラに揺らしながら機を覗っていたミドル級が、好機とみたのか、体当たりを仕掛けてくる。体を引き絞り、上方ではなく水平に跳躍することで、近距離での初速を獲得したHUGEの体当たりは、食らえばそのまま組み付かれ、少女を粘液の海へ沈めることになっただろう。しかし、直後に辺りに響き渡ったのは、聞くに堪えないHUGEの鳴き声だった。

 

「これを探してるの? でも残念」

 

 鶴紗がティルフィングを地面に向け一振りすると、CHARMの腹に付着していたHUGEの目玉がグチャリ、と音を立てて地面に落ちた。未来視によって身を躱すと同時に、HUGEの体当たりの相対速度を使って、触角の先の目玉を切り取っていた。

 片目を失った痛みで怒っているのか、触角の先端についたもう片方の目玉を背後の鶴紗に向けながら向き直ろうとするミドル級HUGEの脳天を光が貫く。メガワット級の威力を持つマギレーザーが粘液を焼き切り、HUGEの小さな脳を沸騰させる。二メートル半はあろうかという巨体が力を失い、地に伏せるまではあっという間だった。

 

 HUGEが絶命するのを見届けることなく、鶴紗は次の標的に向かって駆けだしている。鶴紗が足を止めるのを見たスモール級が群れをなして飛びかかってきていたが、既にそこに少女はいない。

 再び体を丸め、突撃体勢を取ろうとするミドル級に肉薄する。狙うのは先ほどと同じ、触角の先端についた眼球だ。大きく突き出すことで広い視界を得るのは、回転しながらの高速機動に適応した結果であろうが、それは弱点をむき出しにすることとトレードオフだった。

 今にも転がり出そうとしたHUGEの機先を制し、CHARMを振り抜く。水っぽい音とともにミドル級の目玉が破裂し、辺りに体液をまき散らす。視覚を半分奪われバランスがとれなくなったのか、その場に横倒しになった巨体をマギレーザーが襲う。水分の蒸発する音と、硫黄とアミンの混ざった不快臭が辺りに漂い、ミドル級がまた一体絶命した。

 

 遠間からの攻撃では(らち)が明かないと悟ったのか、CHARMを振り抜いた反動で僅かに姿勢を崩した鶴紗めがけて大蛙が殺到する。大量のHUGEが獲物を押し潰さんと上から横から飛びかかってくる。

 

「ッ!」

 

 鶴紗の危機を見てとった梨璃はグングニルの引き金を引く。心許ない残弾量だが、使うことを惜しんでいては次の一秒を生き残ることもできない。

 水も漏らさぬ全方位のHUGEの壁に、強烈な光線が突き刺さった。壁の一角が煙を上げて空中で姿勢を乱し、それを見てとった鶴紗は、僅かにできた隙間へと飛び込む。受け身をとり、飛び込んだ勢いのまま一回転して再度駆けだした鶴紗に、大蛞蝓が突っ込んでくる。

 慣性のままに大蛞蝓との衝突コースへ進もうとする体を、地上50センチに作ったマギの足場を蹴りつけることで無理矢理進路変更させる。

 触れるか触れないかの距離でHUGEの巨体を躱し、地面にティルフィングを突き立てて体勢を立て直しながら呟く。

 

「ストライク」

 

 目標を逸れたミドル級HUGEは、一瞬前まで鶴紗が立っていた場所、即ち未だスモール級が山と重なっているところに突っ込み、ボウリングのピンよろしく大蛙たちを派手に吹き飛ばしていた。反動で目を回したのか、動きの鈍くなった大蛞蝓をマギレーザーが射貫き、仕留める。

 

「ッ!」

 

 あっという間に主戦力たるミドル級の数を減らされ余裕がなくなったのか、同士討ちを(いと)わない勢いで鶴紗への攻撃が集中した。大きく飛び上がって体当たりを敢行する個体、舌を用いた強烈な打撃を中距離から放ってくる個体、体表から染み出した毒液を飛ばしてくる個体。

 いかにリリィが一騎当千の戦闘力を持つとしても、こう切れ目なく攻撃が襲ってくれば防戦一方にならざるを得ない。木立の上からは援護射撃の火線が伸びるが、殺到する脅威に対してあまりにもその数は少ない。

 間断なく襲いかかるHUGEの攻撃を捌き、僅かな隙を作り出しては仕留める。ジワジワとHUGEの数を減らしていたが、破綻はすぐにやってきた。

 

(マズい!)

 

 体表から毒液を滴らせた大蛙の体当たりを間一髪で避け、すれ違いざまに息の根を止めた直後だった。レアスキル(ファンタズム)が、視界の外からの大蛙の舌による打撃と、スモール級の作り出す死角に隠れた大蛞蝓の突進をけたたましく警告してくる。梨璃が飛び出してくるが間に合いそうにない。先ほどの射撃が最後の一発だったのは分かっている。自分の筋肉は伸びきっており、重心の変化で体勢を変えて躱せそうなのはどちらか片方だけだった。

 

「鶴紗さん!」

 

 すんでの所で大質量の突進から逃れ、しかしロープのような舌に打ちのめされて吹き飛んだ鶴紗を呼ぶ声が響く。殺到する追撃を弾き飛ばし、切り捨てながら、梨璃が倒れ込んだ鶴紗をかばう位置に立ち塞がった。

 鞭のような大蛙の舌は鶴紗の上腕から肉を大きくえぐり取っていた。痛みと衝撃で視界に星が飛ぶのを幻視しながら、鶴紗はリジェネレーターを起動し傷を治していく。

 梨璃も鶴紗に話しかけるような余裕はない。これまで鶴紗が機動で躱していた攻撃を足を止めて捌いているのだ。会話はおろか、一片の集中力さえも逸らさずに受け流しに集中しなければいけなかった。

 永遠に感じられるような濃密な時間が過ぎた後、攻撃が薄くなる。視界の向こう側では、大蛞蝓がスモール級を弾き飛ばしながら、一直線にこちらへと突っ込んできていた。

 

 ラプラスで獲得したマギのほとんどを防御結界の強化に回し、スモール級の攻撃を無視する。大蛞蝓が突っ込んで来るのに合わせ体ごとグングニルを振り回して、突進の側面へ力の限りに叩き込む。

 僅かに横向きのベクトルを与えられた突進攻撃は、目標から逸れ、あらぬ方向へと走って行った。

 大きな脅威を退けた、と一瞬だけでも気が緩むことを見越していたのか、間髪入れずにもう一匹の大蛞蝓が突進してくる。

 もう一度CHARMを振りかぶる時間はなかった。

 

「梨璃! 打ち上げて!」

 

 大蛞蝓がまた突っ込んでくるのを見た鶴紗が咄嗟に叫ぶ。

 その声に反応した梨璃は、CHARMを振り抜いた勢いのまま、グングニルを肩に担ぐと、HUGEに背を向けしゃがみ込んだ。次の瞬間、地面に接したCHARMの先端にHUGEが乗り上げる。人の身で振り回すには長大なCHARMとはいえ、その長さは精々が身長程度だ。HUGEの突進速度ならば、その距離を詰めるのに瞬きするほどの時間しかかからない。

 僅かでもタイミングが狂えば、そのままHUGEに挽き潰されてしまっただろう。

 

「やぁっ!」

 

 かけ声とともに、背負い投げの要領でグングニルが振り抜かれた。リリィの膂力と、梃子(てこ)の原理の合わせ技によってHUGEの巨体が軽々と宙を舞う。

 

「私がやる!」

 

 負傷を回復させた鶴紗が跳躍する。空中に飛び出した鶴紗が、落下してくる大蛞蝓の巨体と交錯する瞬間、ティルフィングが振り抜かれた。先ほどまでのように露出した弱点を狙い撃ちにする攻撃ではなく、巨体を両断する致命傷を狙った一撃は、確かにHUGEを絶命させていた。

 

「ミドル級は私に任せて。もう射撃は看板なんでしょ?」

「ごめんなさい、お願い。鶴紗さん。私はスモール級に集中するね」

 

 梨璃と鶴紗が背中合わせになりながら声を掛け合う。鶴紗は赤く染まったティルフィングを構えると、すぐ先で突撃体勢を取りつつあるミドル級HUGEを睨み付けた。

 アルケミートレース。鶴紗に植え付けられた二つ目の強化スキル。血液を媒介に擬似的なCHARMを作り出すスキルを、鶴紗は使用していた。通常は血液で一体形成されるはずのアルケミートレースを、ティルフィングの刀身に血液を纏わせながら発動することで消耗を最小限に抑えている。分子レベルまで研ぎ澄まされたアルケミートレースの刃は、連戦ですっかり(なまくら)と化してしまったティルフィングの切れ味を、如何なる名刀にも勝るものへと昇華させていた。

 

「来い!」

 

 鶴紗の気合いの声に呼応するかのように最後の大蛞蝓が突進を開始する。HUGE特有の物理法則を無視した動きにより、0秒でトップスピードに乗った大質量が一直線に二人へと突っ込んでくる。これまでなら鶴紗に回避されて終わりであろう単純な攻撃も、状況が変わった現在では有効だと分かってのもの。鶴紗と背中合わせの梨璃には、スモール級の攻撃が集中しており、それを捌くのに精一杯だった。このまま鶴紗が回避を選べば、そのまま梨璃が挽き潰される軌道を描いて突っ込んでくる。そして、その運動エネルギーは真正面から受け止めるには、いくらリリィといえども無理がある代物だ。

 

 絶死の質量が迫り来る中、ティルフィングを大上段に構えた鶴紗は目を閉じていた。光を見る視界はいらない。その(まぶた)の裏に描き出されるのは数瞬先の未来。

 雪を踏み抜き、凍った地面を割り砕く勢いで踏み込む。同時にティルフィングを唐竹割りに振り下ろす。未来視(ファンタズム)によって最高のタイミングで放たれた一撃は、粘液を切り裂き、厚くしなやかな皮膚を割り裂く。その勢いのまま得物の切っ先を地面に埋めた鶴紗の両脇を、縦に二つに裂かれたHUGEが勢いをそのままに吹き飛んでいった。

 

「梨璃。もう少しだけお願い」

 

 傷を癒やすリジェネレーターに武器を補うアルケミートレース、さらには生来持ち合わせたレアスキルであるファンタズム。優れたリリィである鶴紗にとっても、同時に三つものスキルを発動することはマギの負担が大きく、荒い息を吐きながらその膝を地面へとつける。

 辺りを取り囲むスモール級の群れが好機とばかりに間合いを詰めようと動き出すが、その動きは先ほどまでよりも明らかに鈍い。

 

「させません!」

 

 ラプラス。周囲の負のマギを転換させ我が物とするレアスキルが、HUGEの周りから活力の源となるマギを根こそぎ奪い取っていた。

 急に動かなくなった体が意識について行かなかったHUGEたちがそこかしこで転倒する。

 梨璃は体勢を崩したHUGEの群れへと切り込むと、(あたる)を幸いに片端から切り捨てていく。強力に展開されるラプラスによって僅かにマギを回復した鶴紗も加勢すると、不利を悟ったHUGEたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 

 

 

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