賢者の贈り物   作:Hakaristi

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一柳隊の凱歌

――10分ほど前、一柳隊墜落地点付近、高度一万二千メートル、百合ヶ丘女学院所属ガンシップ機内

 

 

 

「降下予定地点まで後5分ね。もう一度確認しておきましょう。私たちは梅のマギクリスタルコアのログにあった墜落地点に向けて自由降下するわ。陥落指定地域への降下だから、射的の(まと)にされたくなければ開傘高度は50メートル以下を厳守しなさい。降下後は直ちに周囲のヒュージを掃討にかかるけれど、風に流されたりした場合は合流を優先すること。ヒュージの排除はランディングゾーン確保のための手段だから、あまりそればかりにかまけすぎないで。負傷者の救出がメインだからガンシップの着陸は必須よ」

 

 自由降下の準備を整え、後はランプドアが開かれ空中に飛び出すのを待つばかりとなった機内で、救出作戦に志願したレギオンの司令塔が最後の確認を行っていた。

 これから降下するレギオンメンバーたちは、突貫で立てられた作戦とも呼べないような作戦を成功させられるだけの技量を備えている。そんなリリィにあっても、確認はいくらしてもしすぎるということは無い。幾人かのメンバーはガンシップに乗り込む前のブリーフィングからこちら、耳にタコができるほど聞かされている話にウンザリしたような顔をしていたが、だからといって司令塔の話を聞いていないリリィは一人も居なかった。

 

「やっぱり梅も一緒に行きたいけど……、ダメか?」

 

 キャビンの隅で未だ座席に腰掛けていた吉村・thi・梅が恐る恐る、といった様子で喋りかける。

 

「気持ちは分かるけど、あなたはバックアップ要員としてついてきたのでしょう。怪我人は百合ヶ丘で待っていてもらうのが当たり前だってことを忘れないように。戦闘もあるでしょうし、機内で待機していて。あなたの役目は一柳隊の皆を出迎える事よ」

「……分かった」

「そんな顔しないで。あなたはもう自分の役目をきちんとこなしたのよ。救命コクーンの展開期限まではまだ少し時間があるじゃない。私たちに任せておいて」

 

 やはり自らの手で助けに行きたいのだろう。だが、骨折した腕はギプスで固められ、それを三角巾で吊っている姿からは到底戦闘に参加可能には見えない。本人もそれを分かっているが、しかし、だからといって全てを任せておけるほど心は枯れていない。その葛藤の表れが先ほどの発言だった。

 だが、救助機に同行するだけでも相当やり合って、押し問答の末に認められたのだ。これ以上救助に動いてくれた友人たちに迷惑をかけるわけにもいかない、という理性が梅を再び座席へと座らせていた。

 

 そんなやりとりをしているうちに降下地点が近づいたのか、警告音とともにガンシップ後部のランプドアが開いていく。暖房が効いたキャビンの空気が吸い出され、高空の薄く、冷たい大気が場を支配する。常人であればたちまち意識を失ってしまうような低酸素環境をリリィの耐久力のみで耐えながら、次々と虚空へ躍り出ていくリリィたちを、梅は見送った。

 

 「無事で頼むぞ……」

 

 ランプドアが閉じ、気圧の戻った空間に一人になった梅の祈りが溶けて消える。泣いても笑っても後は任せるしかない。結果を受け止めるために覚悟を決めるだけ。そんなことを考えた時だった。無線の受信音が機内に響く。

 

《降下予定地点から北に10キロくらいのところで戦闘を確認! リリィが一人、いや、二人いる! 相手はラージ級? ギガント級かもしれない!》

《こんな陥落指定地域の真ん中にその辺のリリィがいるわけない! 一柳隊の二人だ!》

《雲に隠れて見えなかった! この高度からじゃあそこまで届かないよ!》

《落ち着きなさい! 私たちはこのまま予定通り降下するわ。合流後に隊を割って二人の支援に向かいます》

《二人は消耗してるはずだろう! 私たちが到着するまで持たないかもしれないじゃない!》

《分かってる! 梅! 無線は聞こえてるわね! バックアップ要員の出番よ。私たちが行くまで時間を稼いで!》

 

『目標地点までなるべく寄せますが、風が変わってます! 位置の修正は自力でお願いします』

 

 パイロットも阿吽の呼吸で緊急性を理解したのか、ガンシップは既に旋回し、情報にあった場所へ降下できるように動いていた。先ほど降下していったメンバーの時とは異なり、降下に対して十全なアプローチとは言いがたい。

 

「基礎訓練は受けてるし、いざとなったら縮地でなんとかするさ」

 

 再び開いていくランプドアを見つめながら、体中にくくりつけたポーチの固定を確認する。万が一に備える、との名目で持ってきた武装だったが、まさか本当に万が一の事態が発生するとは思っていなかった。だが、CHARMを満足に振るうことができない今のコンディションでは、攪乱用の武器を着地の衝撃で落とすわけにはいかない。最後にタンキエムをしっかりと固定すると、梅は空中へと飛び出した。

 

 風が強く体を叩く。ガンシップの位置がよかったのか、ポツポツ浮かんでいる雲も視界を妨げることはない。そしてHUGEの巨体は遙かな高空からでも見分けることができた。戦っているという二人の姿までは見分けられないが、針の先ほどの大きさのHUGEが暴れているのは分かる。

 だが、あまり位置がよくなかった。このまま重力に任せて落下していっては、HUGEから遠く離れた場所に着地することになってしまう。もっと能動的に着地点を制御する必要があった。

 

「今行くぞ」

 

 梅が呟くと、既に終端速度に達していた体がさらに加速する。レアスキル、縮地。抵抗ベクトルを転換し加速力とするスキルによって、空気抵抗を味方につけた梅は恐ろしい勢いで地面へと向かっていく。だがそれだけではない。頭を下に、両手を左右に突き出した姿勢を保ちながら、その落下軌道は戦闘地点に向かって徐々に近づいていっている。

 

「ちょっとキツイか」

 

 滲み出た汗が風圧を受けて上空へと吹き飛んでいく。梅の呟きの正体は今行っているレアスキル運用にあった。彼女は今、通常ならば全身に均一に作用するはずのレアスキルを、腹側と背中側で強度に差をつけて発動している。これにより体の前後で空気の流れに差が生まれ、揚力を発生させていた。揚力に従って落下の軌道が曲がり、目標地点までの最短距離を進むことに成功しているが、これは危険な行為だった。今の梅はS級にも至る高練度の縮地を以てギリギリのバランスを保っている。だが、欲張って軌道の変化量を大きくしようとしたり、急激な変更を加えたりすれば錐揉みに陥り、遠心力による失神からの墜落も十分にありえる行為だった。

 

 精神を磨り減らすレアスキルの行使によって通常の半分の時間で地面が近づいてくる。

 重力による落下速度に縮地の加速を加えた梅が、音速の半分ほどに達した世界で見たのは、倒れ込む鶴紗と、それをかばって弾き飛ばされる梨璃だった。

 

「今行く!」

 

 最後の千メートルを僅か数秒で駆け抜けた梅が縮地の保有者にだけ許された速度でリップコードを引くと、弾けるような音とともに背中のバッグから勢いよくキャノピーが放出される。

 リリィの空挺降下における落下傘の開傘推奨高度は高度五十メートル。当然ながら落下傘もそれに対応した専用のものになる。十分の一秒で開くように設計された落下傘は、縮地で加速された落下速度というイレギュラーにも耐え、しっかりとその役目を果たした。

 開傘促進用の火薬によりアシストを受けたキャノピーが展開した瞬間、莫大な減速Gが梅を襲う。常人であれば四肢が千切れるような加速度に耐えながら梅は叫んだ。

 

 

「鶴紗!」

「鶴紗さん!」

 

 

 鶴紗に向かって襲いかかる大質量を、上空から逆落としに飛来したタンキエムが地面に縫い止める。減速しきる前に梅が咄嗟に投げつけたそれは、縮地によって加速された速度をまだ十分に残している。肉を貫き、深々と地面に突き刺さったCHARMを見ながら、大蛇は苦悶の声を上げた。

 

 減速したとはいえ、かなりの速度で落下してきた梅を、梨璃が抱き留める。ようやく地面に足をつけ、落下傘の装具を手早く外して、梅は二人の現況を確認する。

 

「二人とも、まだ生きてるな」

「梅様、ありがとうございます。来てもらわなきゃ、危なかったです」

 

 梨璃はレアスキルを無理矢理に行使したことで息を切らせながらも、素直に礼を口にする。その姿とは異なり、ようやく動けるようになった鶴紗は、CHARMに縋りながら立ち上がると服についた土を(はた)きながら軽口を叩いた。

 

「あともう少し遅かったら挽肉になってたかも。まだハンバーグに転職する気はないから助かった」

「鶴紗のハンバーグか。ぞっとしないな」

 

 HUGEが暴れ、無理矢理引き抜いたことで吹き飛ばされて近くに飛んできたタンキエムを拾いながらも、目はHUGEから離さない。とはいえ、手負いになった大蛇も自らの傷を癒やすのに忙しいのか、攻撃らしい攻撃をしてくるようなことはなかった。

 

「もうすぐ救助隊がここに来てくれる。梅たちの仕事はそれまでこいつをここに引きつけておくことだ」

「梅様は骨折してたと思いますけど、撹乱を任せても大丈夫ですか?」

「折れてるのは片方だけだから攪乱ならいけるぞ。そのつもりで発煙弾と閃光弾を持ってきてる」

 

 体中に巻き付けたポーチから一つ取り出してみせる。

 

「閃光弾! これがあれば楽になります。あのヒュージは後ろ側も見えているみたいなので視覚を潰せるのは大きいです」

 

 発煙弾はやめておいてください、と梨璃は続けた。閃光弾と異なり、継続的に辺りを覆う煙は、こちらの視界も遮ってしまう。そうなれば地面の震動を感知できるあちらが一方的に有利になる可能性があった。

 

「休憩は終わりみたい。どう戦う?」

 

 三人の目の前にして、傷ついた尾からの出血を止め終わったHUGEは、こちらを警戒するように伺っていた。その体には明らかに力が込められており、いつ何時(なんどき)飛びかかってきてもおかしくはない。

 

「さっきまでと同じく私が尾を、鶴紗さんが頭を抑えます。毒の遠距離攻撃に注意しながら、梅様は嫌がらせに徹してください。さっきは小規模なケイブ越しに不意を突かれました。タンキエムのジャマーは切らさないようにお願いします」

 

 梨璃が話し終わった瞬間を見計らったかのように、HUGEが毒液を吐く。だが、一直線に三人めがけて飛んでいった液体は、地面を濡らすにとどまった。

 HUGEが口を開けた瞬間、毒液の噴射であることを見抜き、散開した三人は、そのまま巨体めがけて駆け寄っていく。そして発生するのは先ほどまでとほとんど変わらぬ膠着状態。梨璃と尾が激しい打ち合いを演じ、鶴紗が頭部にハラスメントを仕掛け拘束する。違うのは梅がいることだった。

 

 僅かな間だけ状況を観察すると、折れている腕をかばう素振(そぶ)りも見せずに戦闘へと突っ込んでいく。鶴紗が頭部をティルフィングで受け止め、動きが止まった一瞬。音もなく背後から接近した梅が、背部にあるピット器官の一つをタンキエムで切りつけた。

 強固な生体装甲も、外界を観測するための感覚器を覆うことはできない。水っぽい音とともにHUGEの体液が吹き出し、辺りを汚す。突然の痛みに驚いたのか、怒りも(あら)わに大蛇が首を振り回し背後の厄介者を排除しようとするが、既にそこには誰かがいた痕跡すら残っておらず、虚しく空を切る。

 

「二度は無理だ!」

 

 一旦後方に下がった梅だったが、もう一度仕掛けるにはHUGEから警戒されすぎていた。HUGEの戦い方がつい先ほどまでと異なり、鶴紗、梨璃の両名を消耗させつつも、隙の大きくなるような一撃は避けて、ジワリジワリと削り取るようなものに変化している。

 この状況で攻撃しても、一撃を入れるどころか反応してきたHUGEのカウンターを受けて返り討ちに遭うだろう。

 だが、今の状況も長くは続けることができないのは明らかだった。レアスキルの無茶な使用を重ねている梨璃は言うに及ばず、強化スキル(リジェネレーター)で体力的にはそれほど問題ないはずの鶴紗も、精神的な疲労からか、動きには精彩を欠いている。

 

「梅様! 閃光弾を!」

「いくぞ! 3!」

 

 梨璃の指示に従って、戦況を打開するべく梅が閃光弾を投擲する。

 

「2!」

 

 大蛇の首元めがけて飛んでいく閃光弾を追いかけるように、梅が駆け出す。

 

「1!」

 

 梅のカウントを聞いた鶴紗と梨璃がHUGEの攻撃を避けるために大きく飛びすさり、地面に転がって伏せると、目と耳を塞ぐ。

 大蛇は知識にない閃光弾を石礫か何かと勘違いしたのかもしれなかった。急に距離を取った二人への追撃よりも、投げつけられた小さな(つぶて)を排除するよりも、その後に続いた梅を警戒する素振りを見せていたが、それは間違いだった。

 

 閃光弾が炸裂し、数百万カンデラの閃光と二百デシベルの爆発音が辺りに満ちる。炸裂の一瞬前に縮地で離脱し、距離を取って防御姿勢を取った梅と異なり、それを追撃しようとしたHUGEは、閃光弾の威力を余すところなく食らった。

 知覚に対して強制的に入力された情報が処理をパンクさせ、HUGEの巨体を硬直させる。

 

「今のうちに目を!」

 

 炸裂音が届いた瞬間、先に身を伏せていた二人は跳ね上がって飛び起きると、CHARMの刀身を閃かせて突っ込んでいく。

 大きな隙を晒しているHUGEに左右から襲いかかった刃は狙い(あやま)たず、一時的に盲目となっている二つの眼球に突き立てられた。

 巨大な頭が滅茶苦茶に振られ、二人を振り落とす。混乱した脳に重ねて叩き込まれた痛みは、HUGEに原始的な対応を選択させた。周囲全てを踏み潰すような大暴れが地面を揺らし足場を不安定にする。だが、三人は冷静だった。精緻なやりとりの最中での不意打ちならばともかく、来るとわかりきっているものならば対処も可能。むしろ先ほどまでの駆け引きのない、ただ乱雑なだけの攻撃など、足場が悪くても躱すことは余裕だった。

 

 3人が狙ったのはHUGEの首回りにあるピット器官。外界を捉えるセンサーを先に潰してしまえば、時間を稼ぐことは容易だからだ。だが、激しく動き回る胴体を躱しながら首にあるピット器官を狙うのは相応に体力を消耗する。

 ほとんどのピット器官を潰し終えたとき、梅はともかく、梨璃と鶴紗は息も絶え絶えで立っているのもやっとといったありさまだった。

 

「これで、しばらくは、時間が、稼げる、かな」

 

 地面に突き立てたグングニルを杖代わりに体重を預け、肩で息をしながら、梨璃は鶴紗に話しかけた。

 

「あいつが、リジェネレーターを、持ってないことを、祈ろう」

 

 羽のように軽いはずのCHARMに鉛のような重さを感じながら、鶴紗が答える。二人の目の前では、梅が縮地を駆使して最後のピット器官を潰そうと飛び回っていた。

 

「これで! 最後!」

 

 梅は体ごと回転させ、遠心力を乗せることで片手だけで保持したCHARMを振り抜く。最後のピット器官が潰れ、HUGEが苦悶の声をあげた。

 

 HUGEの五感の一つを完全に封じたことで、戦況は圧倒的にリリィ側に傾いていた。視覚を失った体で、匂いと振動のみで追うにはリリィの速度は速すぎた。大蛇の攻撃はことごとくが空を切り、それとは反対に、CHARMが振るわれるたびにラージ級の体に傷が増えていく。

 決して反撃を許さぬよう、遠間から薄皮を裂くようにダメージを蓄積させる戦術。体力を削り、失血死を誘うためのこれは、本来であればノインヴェルト戦術以前の時代における対ギガント級戦術だった。

 

 感覚器を潰したことでその戦い方がピタリと嵌まったとはいっても、リリィの側も既に体力、気力ともに限界が近い。CHARMを握る手に力が入らず、取り落としそうになるのを何とか堪えながら攻撃を躱すようなありさまだった。もし夢結がこの場にいたならば、その不格好な戦い方に激怒して、地獄の特訓コースへと一直線だったかもしれない。

 だが、時間が梨璃たちの味方であるこの場において、その不格好な戦い方こそが最適解だった。

 

 マギスフィアが飛来したとき、HUGEは接近する新手のリリィに気づいていたのかどうか。既に満身創痍、全身を膾切(なますぎ)りにされ、大量の出血によって動きの鈍くなり始めていたHUGEは、回避する素振りすら見せることができずにマギスフィアを受けると、断末魔の叫びを上げながら消滅した。

 

 

 

 

 

 

 テキパキと動く救助隊によって、一柳隊のメンバーが全員ガンシップに収容される。重体の三人は救命コクーンに入ったまま、比較的負傷の軽いメンバーは一週間ぶりに叩き起こされて。

 

「みんなが復帰したらお祝いパーティーをしましょう。この一週間でいっぱいヒュージを討伐したから予算もたくさんありますよ」

「それ、いいな! せっかくだから盛大に快気祝いだ!」

「まあ! それはいいアイデアですこと。わたくしも微力ながらポケットマネーを出させていただきますわ。楽団でも呼んで……、大道芸人もいいですわね……、手品ショーも……」

「ガーデンに部外者を大量に招くなんてのは、いくらなんでも通らないじゃろが! 無難に美味しいお菓子をたっぷり揃えてじゃな……」

「鶴紗さんも難しい顔はおやめなさいな。三人のことなら、処置が早かったからきっと大丈夫です。鶴紗さんと梨璃さん、それに梅様の頑張りのおかげで、こうしてわたくしたちは生きて帰ることができるんです。今はただ、楽しいことを考えましょう。鶴紗さんもなにかやりたいことはありますか?」

「うん……。私は――」

 

 ひとまず生還したことを噛み締めながら、エンジン音に負けない騒がしさのお喋りを響かせガンシップが飛んでいく。今度は何者とも衝突することなく、軽やかに百合ヶ丘へと向かっていった。

 

 

 

 半月後、百合ヶ丘女学院にて盛大なパーティーが開かれた際に、羽目を外しすぎた何人かが反省文を書くことになったのはまた別のお話。

 

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