―不変、変わりゆく者―   作:Atisamay.Wiseman

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―不変、変わりゆく者― 『転』

 それなりに忙しいが、激務という訳ではない任務の日々。

 最初の1ヶ月は宿営地等の陣地構築や初めての海外任務ということで、疲労はあったが充実感があり、不慣れなせいもあって勤務に対しても深く考えたことはなかった。

 でも少し考えれば簡単だ。

 戦術機の小隊は一個中隊につき3つ。

 A(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)とあり、特に戦力に偏りはない。

 

――言葉のまんまだ少尉。『戦術機の扱い方』を教えてもらえ

 

 それは決定的な経験値不足。

 

――今のままではまるで使えないどころか

 

 “新人(ルーキー”を抱えてなお揺るがない編成。

 

――小隊のお荷物だ

 

 2ヶ月目に入ると、任務は単調になった。現在派遣されている戦術機部隊は大隊規模で、任務は各中隊のローテーションで回している。同行警備、宿営地警備や周囲の治安維持、最後の一つの中隊が他2つの中隊のQRFや、宿営地の設営、拡張、工兵支援というのが大体の流れ。

 その任務の中、振り当てられた小隊の配置があまりにも偏っていた。

 明らかに危険個所(レッドゾーン)に配置されたA小隊。それに続くのがB小隊。

 今日の中隊の要人(パッケージ)警護は、どぶさらいした道を直衛(プロテクション)がA小隊、先行(アドヴァンス)をB小隊が固め、自分のC小隊は戦線の遥か反対側(グリーンゾーン)に配置さていた。

 完全な戦力外(ゲスト)扱い。

 それは詰まるところ、小隊で『古参』『熟練』『後援』を除く『自分』のことに他ならなかった。

 

「、クショウ!」

 

あの時、少佐から言われた言葉が頭から離れない。

 

「チクショウ、チクショウ!」

 

――熊野中尉から戦術機の扱い方を学べ

 

 熊野中尉の戦術機操作。それは少佐に言われた翌日、山さんに呼ばれて教わった。

 

「おう、柏木。これは、この前あったフェイズ検査中のデータを機上電子員(ラジオ)に頼んで出してもらったもんなんだが。俺も中即に来る前は撃震とか触ってたせいで、ついついおざなりになっちまう情報統制やら制御やらのデータリンクの記録(ログ)だが、見てみろ」

 

 そこには膨大な量の電算処理されたアビオニクスデータが各機体にリンクされていた。

 

「これが答えってわけじゃねえが、訓練だろうが実戦だろうがチームワークは変わらない。もちろん一見戦闘とは関係無いようなドカタ作業でもな?少佐が言いてえのは“そういうこと”なんだろうよ」

 

 小隊全体を考えた、フォローしあう統合的操縦。

 

 自分の考える効率的で合理的な独断操縦とはある種の真逆だった。

 

「納得、できるかよ……」

 

 納得できなかった。

 いや、納得する訳にはいかなかった。

 

 それは『柏木 太一』の衛士たる根源。

 

 

 あの日、突然告げられた事実。

 

 

「あなた方の御家族である、国連軍少尉、柏木 晴子氏の死因は――」

 

褐色の肌で長身の外国人、極東国連軍基地の司令官だという男は答える。

 

「――ある極秘の任務の中、隊の指揮官を救助に行き、BETAとの戦闘で戦死された」

 

 一拍の間。

 それは思考を空白にする、永遠に等しい一瞬。

 

 意味が分からなかった。

 

 到底、理解しえなかった。

 

 納得できる訳がなかった。

 

 何故、姉は死ななくてはならなかったのか。優秀であったといわれる姉が、どうして命を落とすようなことになったのか。

 

 技量や素質は十分にあった。

 

 ならば原因は他にある。

 

 それは窮地に陥った指揮官にあったのではないか。

 

 支援を有効に行っていなかった他の衛士や友軍にあったのではないか。

 

 事実のみを告げに来た男が去った後、柏木 太一は決意を胸にする。

 

――必ず、姉(ハルー)の仇をとる――

 

 たとえ、この命が尽きようとも。

 

 己がひとり。

 

 単騎で幾千、幾万のBETAを駆逐する。

 

 それが柏木 晴子の弟、柏木 太一の衛士たる根源であった。

 

 

 就寝の点呼まであと少し。

 

 宿営地とはいえ、大陸の風は季節に反して冷たく、幕舎の外には人影もまばらで、少し行った格納庫あたりには人ひとりいなかった。

 

「おや、こんな寒空の中どうしたのかな?」

 

 誰もない偽装された格納庫の脇、なぜか今一番会いたくない人物が自分の前に現れた。

 

「……いえ、何でもありませんよ熊野中尉」

 

 早くこの場を立ち去りたい。

 

 何よりも、今目の前にいる人物に、この感情の起伏を抑えられる自信が-

 

「何でもないことないって。何か悩みがあるならお姉さんに言ってみな、タイチ?」

 

――っ!!

 

「名前で呼ぶなって、何度も言ってるだろっ!」

 

 許容の埒外だ。

 他人が、気安く自分の名前を呼ぶこともだが、

 

「オレの姉はお前じゃない!」

 

 その名で呼ぶハルーはもう、

 

「オレの姉は“柏木 晴子”だけだ!」

 

「太一の、お姉さん……」

 

 今のやりとりで大方の予想がついたのだろう、軽率な発言に悔いる熊野中尉の表情にほんの少しの罪悪感を覚えたが、止まらない。

 

「馴れ馴れしいんだよ!なにも知らないくせに!」

 

 留まらない感情。

 

 せきとめていた想いが流れ出る。

 

 それは記憶を伴っていた。

 

 

 もう、遥か遠い記憶。

 

 それは最初からあったもの。

 はじめから自分(ソコ)に在った家族(モノ)。

 

 温かな家族。

 

 そこにはいつもオレら弟を気にとめ、想い、手を引いてくれた姉がいた。

 

 自分勝手に振る舞っているフリをして、いつも自分たちを気遣ってくれた。

 

 分かっていた。

 

 知っていた。

 

 でも、分かろうとしなかった。

 

 知ろうとしなかった。

 

 当たり前のように思っていたんだ。

 

 いなくなるなんて、考えたこともなかったんだ。

 

 ひどいこともたくさん言った。

 我が儘もたくさんやった。

 

 それなのに「ありがとう」の一言も、結局伝えることができなかった。

 

 最期の日。

 

 あの時浮かべた曖昧な笑みですら、未だに答えが出せずに。

 

 

 だから……

 

 だからせめて自分の命を引き替えにしてもでも、多くのBETAを道ずれにする。

 

 

「ほっといてくれっ!」

 

「ほっとけるわけないじゃないっ!」

 

 ポロポロと涙が伝い、落ちる。

 

「ほっとけるわけ、ないよっ」

 

 そこには涙で顔中を濡らす熊野 美佳子の姿があった。

 

「なんでだよ」

 

 なんで、あんたが泣いてんだよ?

 

 なんでそんなに必死なんだよ?

 

「ほっとけ、ないん、だからっ……!」

 

 そして、熊野は堰を切ったように泣いた。

 つられる様に、オレの頬にも熱い何かが流れ、そして止まらなかった。

 

 涙で揺らめく視線の中、熊野の手が背中にまわる。

 

 そして、優しく抱きしめられた。

 

 温かい。

 

 鼓動が聞こえる。

 

「私は、絶対、あなたを死なせない」

 

 耳元で聞こえる声。

 

 それでも…

 

「それでもオレは、」

 

 姉への報い。

 

 もう「ありがとう」を伝えられない自分にはそうするしか、

 

「あなたのお姉さんは、決してあなたに死んでもらうために衛士になったんじゃないっ!」

 

――っ!

 

 

 嬉しい様な、困った様な、悲しい様な。

 

 『変わり者』と言われた姉が残した笑み。

 

 手元には今まで努力した彼女の結果。

 

 ありとあらゆる物事が刻(とき)と共に変わっていく。

 

 でも、常に変わらないものが在った。

 

 

「弔いのために、死んだわけじゃない!」

 

 まわされた手に力を感じた。

 

「あなたに生きて欲しかったから」

 

 美佳子の鼓動を感じた。

 

「生き続けて欲しかったから、衛士になって、そして戦った。死んでもその想いはきっと変わらない」

 

 しゃくりをあげながら。

 

「私には分かるんだから」

 

 そう漏らすと、美佳子は再び泣き出した。

 オレは空いた両手をその小さく細い肩にまわし、抱きしめた。

 

 オレも美佳子もお互いの胸に顔を埋めると、今までに増して涙を流した。

 まわされた美佳子の手に力を感じ、自分も応えるように強く抱きしめ返した。

 

 

 吹き付ける冷たい風。

 

 でもそれ以上に温かなぬくもりが、オレらを覆い、包んでいた。

 

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