―不変、変わりゆく者― 作:Atisamay.Wiseman
――翌日、
「あ、あはははは……」
「え、えへへへへ……」
すごく気まずかった。
冷静に考えて、いや冷静に考えなくてもこれは恥ずかしかった。
昨日の今日だ。
なるべく視線を合わさない様にしていたが、同じ小隊内では限界がある。
戦術機内の通信映像で、表情を伺った際見事に視線が合ってしまい、どちらともなく照れ笑いをしてしまった。
「こいつら、まるでお見合いの時の対面みてーだな……」
「いや、林田(リンダ)さん。こりゃあ、初夜明けの新郎新婦が顔合わせた場面だわ」
――あ~~、もう!何も聞こえねぇ、何も聞こえねぇ!
林田大尉と香椎中尉の通信で更に恥ずかしさが増す。
「もう、林田さんも香椎さんも違いますよ!」
――おう!?
さすが、美佳子。自分より上級者のことはある。ここはピシャリとこの流れを止め、
「抱きしめ合うとこまではしましたけど、お互いを確かめ合う様な行為はまだ―」
「あ゛ぁーーーーー!!」
ダメだ!
余計に話しがややっこしいことに成る!
「で、結局どこまでしたんだい?」
「だからタイチとはっ」
「うがぁぁぁっーーーーー!」
……………
………
…
「と、冗~談はさておき、だ」
林田大尉の声色が変わる。
「今朝のブリーフィングでもあった通り、本日の任務は来るべき次の大陸反攻作戦に備えた北方限界線の強化。残存BETA等がいる場合は速やかにこれを排除する。なお本任務は他中隊はもちろん、“大東亜連合軍”ならびに“統一中華戦線軍”とも合同で行われる大規模な任務であり、不足の事態に備え――」
小隊長の命令下達。
簡単な話しが鉄原周辺の安全地帯(グリーンゾーン)化の徹底。難しい話しが各国のハイヴ掌握権争い。
国連、米国、豪州、大東亜連、統一中華、そして日本帝国も。無傷で手に入れた甲20号ハイヴを自ら管理したい……ってことなんだな。
政治の難しい話はオレもよく知らないけど。
「――我がC小隊は、後方警戒及び基地後方の施設警備である」
「「「了ッ!」」」
「各員何か質問はあるか?」
「「「無し!」」」
「よぉし、各機配置につけぃ!」」
まあ、自分の小隊はいつもの通りだ。
ふと、映像越しに心配そうな視線。
「あ、その、あの……」
慌てて取り繕う美佳子。
「大丈夫だって。もう無茶はしない」
其処に憤る必要はないと、昨日教わったからな。
「よかった。えっと……」
言いよどむ。
どうしたのだろう?
昨日のことでオレと美佳子の相違や蟠りは解消したと思ってたんだけど……
――あ、昨日のことか!
「もしかして、なんて呼んだらいいか分からない、とか?」
「え!あ……、うん」
やっぱり。
「別に、いつも通り呼んでもいいよ。確かに姉ちゃんにも“タイチ”って呼ばれていて特別な思い入れがあるけど、そんな理由で仲間を邪険に扱うなんて、オレがバカみたいだし……」
もちろん、今言ったことも理由のうちではある。
あの時はああ言ったが、名前で呼ぶこと事態にさしたることはない。ただ美佳子に限っては、微妙に姉の姿と重なるという理由で名前呼びを嫌っていた訳なのだが、便宜上はそういうことにしておこう。
美佳子の顔が、パッと晴れる。
「うん、ありがとねタイチ」
――!?
「や、やっぱり今のはなし、なしです!ちゃんと階級氏名で呼んで下さい!」
えーなんでよー、という声が聞こえてくるが一切無視する。
今の笑顔は、なんというか、反則だ。
依然と聞こえてくる抗議の通信を断ち切りポジショニングする。
「C01からC04!オレの小隊は私語を容認してるが、準備いいのか送れ!」
「C04、準備よし」
「C01、こちらC02、こっちの分隊も準備よしですぜ」
続いて02、03も配置に付く。
「おぉし、小隊全機配置についたな。2機編成(エレメント)で所定の巡回経路の監視および警備だ。編成はオレと柏木、香椎と熊野だ。気ぃ引き締めてやれ!」
経験値的にも妥当な編成で宿営地周辺を決められた経路で回る。
正直、少し離れてはいるが左右を大東亜連合と統一中華戦線の基地が固め、後方には連合軍の基地も控えているから、周辺警備を行う意味はあまりないと思うんだけど。
「柏木ぃ、任務にゃあ上も下もねーぞ」
林田大尉から、まるで心を見透かしたような通信が入る。
だがな、と小隊長は続き、
「疑問に思うことは善いことだ。その問う姿勢は貴様をさらなる高みに引っ張ってくれるだろうよ」
「それは、」
――まるで、問うことを諦めてしまったような言いぐさだ。
とは、さすがに言えず口をつぐんだ。
「でもな、忘れんじゃねぇぞ。その傍らには常に誰かが必要だってことを」
その言葉は妙に重さを持ち。
心に残った。
「と、語らってる場合じゃねえ。システムチェック!しっかり周囲を注意しろ!」
「C04、了」
――語り出したのは大尉からです。
心の中でしっかりと注意した。
「ん?」
今、一瞬だけ周辺地図(センサーマップ)に変な点が映ったような?
「偶然崩れ落ちた瓦礫か何かか?」
システムチェックをした瞬間にだけ、ちょうど何かが反応したらしい。ほかの機体には何も反応はなかったようだ。
まあ、宿営地のかなり後方だし、何かあれば近くの国連軍基地から通報なり要請があるだろう。
―全機通信―
「!!?」
網膜に投影されるHUDが緊急警報を訴える。
直後、騒然とした雑音と共に緊張したCP(コマンド・ポスト)将校の音声が響く。
「CPより各機、CODE:991発生!CODE:991発生!繰り返す、CODE:991――」
「なっ!?」
「落ち着けや柏木!」
聞こえるのは林田大尉の一喝。
真っ白になった頭が、徐々に機能を取り戻していく。
「今の入電は前戦の奴らのだ。北方限界線付近でクソ虫共(BETA)と接敵したらしい。C小隊全機、油断するな!」
操縦桿(サイドスティック)を握る手が汗で湿る。
それと同時に自分が緊張していることを自覚する。
――大丈夫だ、ここは前戦より遥か後方だ。
自分に言い聞かすように、現状を把握する。
そう思った矢先。
突如、追い討ちを掛けるように日本帝国軍宿営地から爆発が生じた。
――まさか!?
BETAがこんな所まで攻めて来たってのか!?
同じ位置で立て続けに起こる爆発の方角や位置的に、弾薬集積所の辺りから黒煙が上がっている。
「なんだって宿営地から……!? CP、こちらC01!」
小隊長は作戦本部(HQ)に確認を求めるが、何故か雑音ばかりでCPからの応答が無い。
他小隊や他中隊、中隊長にも連絡を試みるが、まったく通じない。
「くそ!C01からC小隊全機! ……おい香椎、熊野!……なんだこりゃあ、通信障害だぁ!?」
ここから東へ少し離れた位置にいる香椎、熊野両機の通信は砂嵐のように乱れていた。かろうじて声が聞こえはするが内容まで判別できない。
「ちぃ、中継もとれねーか!……ちょっくらあいつら探して宿営地の様子を見てくる。柏木はここで全方位警戒しつつオレが戻るまで待機。任務を継続だ!センサーから目を放すんじゃねぇぞ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
言うが早いか、林田大尉の機体は一気にフルスロットルで跳躍(ブースト)し、見えなくなった。
――バディ無しの単機での作戦行動。
衛士訓練校や一般部隊では愚の骨頂な禁忌(タブー)ではあるが、中即連の衛士に要求される生存自活(サバイバル)の主要演練項目にはそれが有り、十分過ぎる程の訓練だってしてきた。正直気乗りはしないが、小隊が全滅した訳ではない。やってみせる!
「そういえばさっきの反応……」
先ほどから気になっていた、点のような影はなぜかシステムチェックするたびに一瞬映り、
「少しずつ近づいている?」
最後に捕らえたのは、ここから距離にしておよそ5キロ南下した場所。
「そのまま直進すれば、国連管轄の変電所だ」
立て続けに起こる実状況。
何か、悪い予感がする。
――正体だけでも、確認しよう。
誤解の類であれば、それでよし。何か危険であるならば即座に退避して林田大尉に報告する。
たかが5キロの距離は跳躍ユニットであれば目と鼻の先だ。
変電所前に着く。金網で囲まれた簡易な鉄筋ビル。その一棟の右脇へ再び跳躍。
施設棟を横切る瞬間、黒い死神を見た。
「あ――」
視界の中は減速された世界。
黒い死神に見えたのは、見たこともないデジタル処理を施された迷彩パターンを纏う戦術機であり、その手中で鈍い光を放つ得物は鎌でなく、近接戦闘用短刀(ナイフ)であった。
――来る!
こちらの動きに合わせる様な、水平移動からの直突き。
今更鳴り響く被射撃警告音(ロックオンアラーム)。
機体を急旋回させるために操縦桿を右いっぱいに倒しているが、
――間に合わない!?
すでに間合いは必殺の内に入っており、避けることはできない。
――だったら!
今の機動をキャンセルして操縦桿を思いっきり引き、逆噴射制動(スラストリバース)をかける。
機体は前傾姿勢から後傾へ。
大気の壁を上半身で受けた機体は、空気抵抗の衝撃と引き換えに急激な減体を得た。
「ぐぅぅぅ!!」
死の一閃が目の前を通過する。
だが、終わらない。
目の前の戦術機は懐で逆手に握らせていた近接戦闘用短刀(ナイフ)を、神掛かった速さで順手に持ち替え、そのままこちらに向き直る勢いで下からの居合い斬りを放ってくる。
突きからの連撃。
自分の機体は先程のエアブレーキの負荷で、身動きがとれない。
――殺られるっ!
火花が咲いた。
――!?
相手の右肩部が爆ぜたのだ。