とあるモノに憧憬の念を抱く、一人の少女がいた
少女の名前は小泉花陽。音ノ木坂学院に通う1年生。
―――彼女には小さい頃から叶えたい夢があった。
それは………………アイドルになること。
アイドルに憧れ、子供の頃はおもちゃのマイクを持って両親の前でよくアイドルの真似事をしていた。プロのアイドルの歌を歌ったり、ダンスの振り付けを完璧に覚えたり。
しかし、彼女は自分に自信がなく、自分なんかがアイドルになれるわけがないと思い、その夢を追うことを諦めてしまう。
人間が夢を追わなくなる理由はほとんどがそれだ。
―――自信の欠如
努力する者。夢を追う者。目標に向かって進む者。そんな人間はごまんといるが、その全ての人間が夢を叶えられるわけではない。むしろ、叶えられる人間の方が少ないだろう。
現実が厳しいことは皆知っている。知っているからこそ、自信や勇気を持てず、夢を追うことすら出来ない人は決して少なくない。
……………彼女もその一人であった。
そんな彼女は、音ノ木坂学院に新しくできたスクールアイドル……μ'sのファーストライブを見て心が震えた。
―――なりたい
―――私も…………あんな風に!!
しかし、そう思ってもすべての人間が行動できるわけでは無い。自分に自信のない人間が最初の一歩を踏み出すのは簡単じゃない。
「じゃあ、また明日」
「「「「「「は~い」」」」」」
今日の授業が終わり、小泉花陽は教科書をカバンに入れて帰りの準備をしていた。
「か~よちん♪」
そうしていると、突然後ろから誰かに声をかけられる。誰かとは言ったが、花陽は振り向く前から誰か分かっている。自分の事を『かよちん』何て呼び方をするのは一人しか居ない。
「……………凛ちゃん」
「決まった?部活。今日までに決めるって昨日言ってたよ」
「えっ………そ、そうだっけ?」
………嘘だ
とぼけてはいるが、確かに昨日そう言った事は花陽も覚えている。入りたい部活が無いから誤魔化しているわけでは無い。むしろ逆。入りたい部活はあるが、自分に自信が無く一歩踏み出せないでいる。
だから、彼女はまた……………
「あ、明日………決めようかな………」
自分のやりたい事………
「そろそろ決めないと……みんな部活始めてるよ」
「う、うん。え、えっと……凛ちゃんはどこ入るの?」
「凛は陸上部かな~~♪」
花陽は少しだけ………ほんの少しだけ期待した。
凛はμ'sの手伝いをしている白羽と仲が良いので、もしかしたら凛もスクールアイドルに入る気持ちがあるのではないかと。もし凛が一緒であれば、これほど心強い事は無い。
「……………………陸上……かぁ」
分かっていたことではあるが、帰って来た言葉に花陽は分かりやすく顔を沈めた。その姿を見て、凛は昨日聞けなかった質問を口にする。
「あっ!もしかして………スクールアイドルに入ろうと思ってたり?」
「えっ!?!そ、そんなこと……ない……」
そう言って、花陽は自分の両手を繋ぎ合わせ、人差し指を合わせる。これは昔から花陽が嘘をついた時に出る癖であった。その癖を見た瞬間、彼女がスクールアイドルになりたい事を確信して、凜はそっと微笑む。
「ふ~ん、やっぱりそうだったんだね~」
「そんなこと!………んッ」
図星をつかれ、すぐさま凛の言葉を否定しようとしたが、花陽の口は凛の人差し指で遮られてしまう。
「ダメだよかよちん。嘘つく時、必ず指合わせるからすぐわかっちゃうよ~♪」
「……………………」
「一緒に行ってあげるから、先輩達の所に行こっ!!なんなら優木君の所でもいいと思うよ!」
「えぇっ!!?ち、違うの!ほ、ホントに!」
凛は花陽のそばまで寄り、彼女の腕を掴んで立たせようとする。しかし、花陽はそれを拒むように抵抗する。
「私じゃ………ア、アイドルなんて………」
「かよちんそんなに可愛いんだよ?人気出るよ。それに優木君も昨日………」
―――小泉さんはすっっごく可愛い女の子なの!!
「…………って言ってたでしょ?」
「~~~~~っ!?!?」
花陽は昨日の生徒会室での事を思い出したのか、顔を赤く染め、デフォルメの煙を出した。それでもお構いなしと言わんばかりに凛は花陽をまた立たせようと腕を引っ張る。
「ね?だから行こっ?」
「でも待って!ま、待って!!」
「……………………ん?」
「あのね…………わがまま……言ってもいい?」
「しょうがないな~、なに?」
花陽の言葉を聞いて、凛は引っ張るのを辞めて耳を傾ける。
「も、もしね………私が……あ、アイドルやるって言ったら、一緒にやってくれる?」
1人では不安だが、家族や友達………誰かと一緒であれば勇気が出る。そういう人は決して少なくないだろう。花陽もその一人。自分一人ではアイドルになるなんて出来ない。だが、先ほども言った通り、凛が一緒であればこれほど心強い事は無い。だから、花陽はそういう願いを込めて、凜にわがままを言った。
「ん?凛が……??」
「………………うん」
「………………」
凛は親友のわがままを聞いて、一瞬だが………悲しそうな顔を浮かべた。
「ムリムリムリムリ!凛はアイドルなんて似合わないよ〜」
「そ、そんなこと………」
「ほらっ!凛は女の子っぽく―――」
―――星空凛さんは可愛い女の子ですよ
「うにゃあああああ!?!?」
「り、凛ちゃん!!!??!」
『女の子っぽくないし』そう言おうとした瞬間、凛は白羽に言われた言葉を思い出す。
恥ずかしくなったのか、凛は顔を赤くしながら頭をブンブン振り始めた。当然そんな奇妙な行動を起こしているので、花陽や周りのクラスメイトから不審な目を向けられている。
「ハァ………ハァ………」
「り、凛ちゃん?だ、大丈夫……??」
「ダ、ダイジョウブにゃ………」
(全然大丈夫には見えないよ??)
「やっぱり………凛はアイドルとかは無理だよ。だって髪だってこんなに―――」
―――髪は短いですけど、サラサラツヤツヤで綺麗な髪ですよ
「×%~#〇♨$@△@&¥」
「り、凛ちゃん!!?」
また白羽の言葉を思い出した凛。
今度は何語かわからない奇声を発しながら、教室から猛ダッシュで出て行ってしまった。取り残された花陽は口をポカンと開けながら首を傾げている。
「……………………か、帰ろうかな」
凛の奇行は心配だが、何となく今日はそっとしておいた方が良いと判断し、花陽はカバンを持ち教室を出る。しかし、廊下に出ようとすると、ある人物の姿が目に入った。
「ん?………西木野さん?」
花陽は真姫の姿を見た瞬間に何となく身を隠した。真姫は廊下にあった机から一枚の紙を取り、真剣な眼差しでそれを凝視している。しばらくその姿を眺めていると、真姫は周りに誰もいないことを確認するかの様に首を振った後、静かにその場を離れて行った。
「今の………」
何となく、何を見ていたのか気になった花陽は真姫が手に取った紙が置いてあった机の前まで移動する。そこにあったのはμ'sのポスターであった。
「これって……………ん?」
なぜこれを真姫が見ていたのか疑問を抱くのと同時に、花陽は下に生徒手帳が落ちていることに気が付いた。誰のモノか確認するために花陽は少し申し訳ない気持ちで手帳を開く。そこには西木野真姫と言う名前と真姫の写真が載っていた。
(と、届けなきゃ……………)
花陽はそう思いながら、手帳をカバンに入れようとすると………
「小泉さ~~ん♪」
「ひゃっ!!?」
……………突然、後ろから誰かに名を呼ばれた。
突然呼ばれた事でビックリした花陽は変な声を上げた後、そっと後ろを振り返る。そこには、笑顔でこちらを見つめてくる優木白羽の姿があった。
「何やってるんですか??」
「あ………いや……あの………ま、またねっ!!」
「えっ!!?!?」
花陽は白羽の顔を見るとまた頬を染め上げると同時に、走ってこの場を去ろうとした。昨日言われたことが頭の中にあるようで、まだ白羽の顔を見るのは恥ずかしいようだ。しかし、逃げようとする花陽の腕を白羽は掴んで離さない。
「ちょ、ちょっと待ってください!!なんで逃げるんですか!?」
「……………………に、逃げてないよ!!」
「いや噓つかないでください!誰がどう見ても逃げてますよ!?」
白羽は話しかけただけなのに何故逃げられるのか分からず首を傾げる。若干泣きそうになりながら。
「な、何なんですかさっきからぁ~!!?さっき星空さんにも逃げられたんですよぉぉ!!」
実は先ほど、凛ともすれ違ったのだが、声をかけて挨拶してもそっぽ向かれて逃げられていた。昨日の出来事で、さらに仲良くなれたと思っていた白羽はさすがにショックを受けた。
「……………………」
「えっ?な、なんですか突然?」
突然、花陽は逃げるのを辞めて、後ろに振り向き白羽の方にジト目の視線を向けた。その顔はようやく謎が解けたとでも言いたげな表情だった。
(あ、凛ちゃんが今日なにかおかしかったのって、優木君が何か言ったんだね)
※大正解
花陽も最近、優木白羽がどういう人間なのかを理解してきたようで、楽々回答を導き出した。そして、凛の気持ちが痛い程分かる彼女は今パンクしそうになっているであろう親友に同情の念を送る。
「それで、何してたんですか?」
「え~っと…………コ、コレなんだけど………」
「ん?西木野さんの生徒手帳じゃないですか?なんで小泉さんが?」
「え~っと………ここに落ちてたの」
そう言って花陽の指差したμ'sのポスターを見た白羽は驚いた表情を一瞬浮かべたかと思えば、その顔はすぐに微笑みへと変わった。
(へぇ~~………ここで、ねぇ~)
手を口元に当てながらニヤニヤした表情浮かべる白羽を見た花陽は、疑問の表情を浮かべると同時にある考えが頭に浮かんだ。
「あ、あの………優木君って西木野さんと仲が良いよね?」
「えっ?まぁ………はい」
(何で知ってるんだろう……??)
「なら……これ、西木野さんに渡してもらっていいかな?」
花陽は手に持っていた生徒手帳を白羽に差し出す。
花陽の考えとは白羽に真姫の生徒手帳を渡してもらうというものだった。本来なら拾った自分が届けるべきなのだろう。だが、自分は真姫とあまり話したことが無い。なら、真姫と仲が良い白羽の方が適任なのではと考えた。
(あれ………なんか、ちょっと図々しい……かな?)
頼んだ後に、これはもしかしてパシリと同じではないか?っと不安になり始めた花陽だったが、白羽はそんなこと全く気にしてない表情で手帳を受け取る。
「はい!もちろん……………」
いつもの白羽なら答えは当然YES…………なのだが。
この時………先ほどの花陽と同じように白羽の頭の中にある考えが浮かんだ。
そして………………
「あ、やっぱりすみません!小泉さんが届けてあげてください!」
…………白羽は受け取った手帳を再び花陽へと戻す。
「……………えっ!?」
「大丈夫です。西木野さんの家は知ってますから、途中まで案内しますよ!」
「で、でも………」
「さ、行きましょ行きましょ!!」
「……………えっ!?ちょ、ちょっと待って……」
白羽は花陽の静止を呼び掛ける声に耳を傾けずに、彼女の背中を押しながら西木野真姫の家へと向かっていった。
「ふん♪ふん♪ふ~ん♪」
「……………………」
あれから花陽はしばらくの間抵抗していたのだが、白羽の『一緒に行きましょう♪』アピールに負けて、あきらめたような表情で鼻歌を奏でる白羽の隣を歩いている。まぁ、もともと白羽がこなければ自分1人で届けに行くつもりだったので、嫌と言うことはない。
だが、何故となりを歩いている少年はこんなにも楽しそうなのか?
彼女はそれがずっと気になって気になって仕方がなかった。
「ゆ、優木君…………」
「はい?なんですか?」
「う、ううん。なんでもない………」
「?? そ、そうですか?」
この子は普段から笑顔を絶やさない子だし、別に珍しいものでもないと結論付けて、花陽は言葉を飲み込んだ。
そんな花陽を白羽は目を細めながら疑問の表情を浮かべている。
(う~~ん………まだ
そんなことを考えながら白羽は目を細めながらじぃぃっと花陽を見つめている。
「ね、ねぇ……どうして西木野さんの家の場所知ってるの?」
「えっ?」
その視線に耐えられなくなったのか、花陽は全く違う疑問を白羽にぶつける。手帳の中には住所が書かれていたのだが、白羽はそれを見なくとも家の場所を知っていた。その事が花陽はずっと疑問だった。
「ああ!この前、西木野さんとデートしたんですよ。その時、家に行ったんです!」
「へぇ~、デート……………デート!??!」
「はい!デートです!」
白羽と真姫の仲が良い事は知っていたが、まさかそんな関係だとは思わなかった花陽は驚きの表情を浮かべる。
……そして、白羽の伝え方が最悪すぎた。
(西木野さんと優木君が……お、
あくまで白羽は真姫を家に送り届けただけであって、真姫の家に遊びに行ったわけではない。だが、動揺した花陽は頭を混乱させて勘違いしてしまった。まぁ、デートしたって本人から聞けばそう勘違いしてもおかしくは無いのだが
(お、大人だ………!!)
高校生の自分より全然進んでいる中学生に尊敬というか驚きというかなんというか……そういう類の感情がこもった視線を向けた。
「す、すごいね…………優木君」
「ん?ありがとうございます(??)」
もし2人が付き合ってるのであれば、家に行ったのもそういうことをする為に行った可能性がある。
(つ、つまり………二人は………)
それに気づいた花陽は顔を赤くしたが、頭を振ってその可能性をすぐに捨てた。
(ううん!そんなはずないよ!だって優木君だもん!)
まだ決めつけるには早すぎる。こんな純朴で純粋な良い子がそんな事をしているとはどうにも信じられない。家に行った(※行ってない)と言っても普通に遊んだだけかもしれない。
そう考えた花陽は詳しい内容を聞いてみようと質問をぶつける。
「その………ど、どんな事したの??」
「ちょっと身体動かしたりしましたよ。でも僕、ちょっとはしゃぎ過ぎたのか、すっごい汗かいちゃって」
「あ、汗!?!?」
「あはは、ちょっとやり過ぎました………西木野さんもぐったりしてましたし」
「ヤ、ヤリ過ぎた!?!ぐったり!?!」
※ダンスゲームです
「はい。あと、西木野さんも僕も声出しすぎて、次の日は喉枯れちゃって………反省してます」
「こ、ここここ声!?!?」
「はい、僕が西木野さんに綺麗な声(※歌声)もっと聴かせてくださいって言ったら、恥ずかしそうに頷いてくれました!」
※カラオケです
(僕ほどじゃないけど、西木野さんも翌日ちょっと声枯れてたんだよな~。流石に歌わせすぎたから反省しなきゃ……)
言うまでもないが白羽のこの紛らわしい言い方はわざとじゃない。わざとではないのだが、一番大事な部分を抜いて説明する白羽の言葉を聞き、花陽は頭から煙を出し脳がショートしかけていた。
(優木君ってまだ中学生だよね!?そんなことシちゃっていいの!?)
こんな純粋そうな瞳をしている少年が、そんなことしているとは信じられない。だが、今の説明を聞いて、もう花陽の頭の中では二人がそういう関係で、もう行くところまで行っちゃってるという確信を得てしまった。
………間違ってるけど
「………………お、お幸せに」
「えっ?何か言いました?」
「……………………」
「あれ?小泉さん?」
「……………………」
それから、花陽は白羽と目線を合わせず、ただ黙々と白羽の後ろをついていくだけだった。声をかけても何故か花陽に無視され続けた白羽は困惑の表情を浮かべたのは言うまでもないだろう。
(西木野さんって………ショタコンなのかな?)
※違う
なんて失礼な事を花陽は考えながら、気まずそうな雰囲気を漂わせる。そして、2人は終始無言で真姫の家へと向かって行くのであった。
そうして、2人は真姫の家にやって来た。
「ここが西木野さん
「ふ、ふぇぇ~…………す、すごいな~」
花陽は目に映る豪邸を見て、驚きと言うか信じられないというか、そういった声を出す。それを見た白羽は『わかる!』とでも言いたげな表情でコクコクっと首を縦に振っている。
「じゃあ、僕はこれで失礼します」
「へっ!?き、来てくれないの?」
「ん?ついてきて欲しいんですか??」
「そ、そういう……わけじゃないけど……」
ここまで来たのだから、てっきり渡しに行くのも着いてきてくれると思っていた花陽は困惑した表情を見せる。
普段であればついて行くのだが………今回、白羽はついて行くつもりは微塵もなかった。
「ふふっ、すいません。イジワルな聞き方でしたね。でも、渡すならやっぱり拾った小泉さんが渡した方が良いと思うんです」
「で、でも………」
言っている事は最もだ。むしろここまで着いて来てもらっただけでも有り難い事なのだろう。
「それじゃあ小泉さん!また学校で!」
「えっ!ちょ、ちょっと待って!」
花陽が声を出して呼び止めても白羽は足を止めずに走っていく。
花陽の言葉を無視するのは心苦しいが、白羽は振り返らず今日の集合場所である『穂むら』へと向かっていく。白羽は決してめんどくさいとか、着いていきたくないとか思っているわけでは無い。
ただ………自分は居ない方が良い。そう考えているだけだ。
互いの姿が見えなくなるところまで走った白羽は、ゆっくりと動きを止めて振り返り………
「さて………上手くいくかな?」
………優しい笑みを浮かべ、小さくそう呟いた。
「………よ、よし!」
白羽が去って行くのを呆然と立ち尽くして見送った花陽は、気持ちを切り替えてインターホンを鳴らす。正直、入るのに躊躇するが、ずっとこうしていても仕方ない。
『………はい?』
数秒後、インターホンからは綺麗な女性の声が聞こえて来た。花陽は少しビクッとした後、直ぐに自己紹介をする。
「あ、あの………真姫さんと同じクラスメイトの、小泉……です」
『あら~♪ちょっと待っててね♪』
そう言うと何故か少し嬉しそうな声色の返事が返って来た。何故?っと思っていると突然、家の門が開いた。全開になるとインターホンから『入って♪』と言われて、花陽は家の中へと入って行った。
「お……お邪魔します」
「いらっしゃ~い♪」
玄関の扉を開けると、先ほどの綺麗な声の持ち主であろう女性が出迎えてくれた。
―――間違いない。西木野さんのお母さんだ。
その姿を見て、花陽は確信した。綺麗な赤みがかった髪。親子そろって抜群のプロポーションと綺麗な声。とても高校生の娘がいる母親とは思えない若々しいルックス。一瞬、お姉さん?と思ったほどだ。
「どうぞ、遠慮なく上がって」
「い、いえ!あの……わ、私、落とし物を届けに来ただけで………」
「あら……そうなの?でもごめんなさい。あの娘、まだ帰ってきてないのよ」
「そ、そうですか…………」
「えぇ、もうすぐ帰ってくると思うから、上がって待っててくれる?」
「は、はい…………」
家に居ないなら、この人に渡そうかなと考えていた矢先、上がって欲しいという言葉につい了承してしまった。
真姫の母親に案内された部屋にはピアノのコンクールでのトロフィーや賞状などが沢山飾られており、やはり西木野真姫はすごい人物なのだと花陽は再認識する。
「ちょっと待ってて。病院の方に顔出してるところだから」
「……………病院?」
「ああ、うち病院を経営していて、あの娘が継ぐことになっているの」
「そう………なんですか」
凄すぎない?花陽の頭はその言葉でいっぱいになった。音楽で生きていけそうな技術があって、家は病院を経営しているお金持ち。しかも将来継ぐことになってる。驚きのあまり、花陽は少しポカンとした表情で言葉を返す。
「よかったわ~。高校に入ってから友達一人遊びに来ないから、ちょっと心配してて………」
先程、なんで自分が来てあんなに嬉しそうな声を出していたのか不思議だった花陽は、今のを聞いてようやく理解できた。
「だ、大丈夫……です。西木野さん、友達いますよ。それもすごく良い子の」
「あら♪ホント?どんな子なのかしら?」
「え~っと……優しくて、可愛くて、いつも笑顔な子……です」
「へぇ~、そんな女の子が友達なんて、あの娘は幸運ね♪」
「あ、あの………男の子……です」
「男の子??」
「あ、え〜っと……共学化のテスト生の子なんです」
「………ああ!そういう事ね」
(さっき『可愛い』って言ってなかったかしら?)
音ノ木坂は女子校、しかも『可愛い』何て言われたら女の子だと勘違いしても無理はない。しかし、娘の友達が男の子だと理解して、ある可能性が頭をよぎる。
(あらあら♡ もしかして、この前デートしてた男の子って………)
「……………………フフフッ♪」
「????」
自分の娘がそんな良い子、しかも男の子の友達が出来て嬉しくなり、真姫の母親はそっと笑みをこぼす。そんな彼女を花陽は首を傾げ、困惑の表情で眺めている。
「あら、ごめんなさい。それで、その男の子の名前はなんていうのかしら?」
「え~っと……優木君って名前なんですけど」
「…………………………優木、君?」
「え?………は、はい。優木白羽君……です」
「……………………………」
真姫の母親は、白羽の名前が出た瞬間……………明らかに動揺した表情を見せる。
「………あ……あの」
「ッ!! ご、ごめんなさい。それで……その子は、真姫と……
「?? は、はい……出来てる、と思います」
「…………………………そう」
何故そんな事を?質問の内容に違和感を感じ、花陽がそう思った瞬間………2人の耳に玄関の扉がガチャンと開いた音が聞こえてきた。
「ただいま~」
「…………あら、帰って来たみたい」
真姫の母親は反射的に笑顔でそちらに視線を向ける。
「……………誰か来てるの?」
玄関に見覚えのない靴が一足あり、真姫はお客さんでも来ているのかと思い、母のいる方へと近づいていく。
「……………ッ!?」
「こ……こんにちは……」
そこには、あまり面識のないクラスメイトがいたものだから、多少驚いた表情を見せる。まぁ、真姫はほとんどのクラスメイトと面識などないのだが。
「……………お茶淹れてくるわね」
そう言うと、真姫の母親は部屋を出て行った。しかし、出て行く直前………どこか
(…………………………ママ?)
一体どうしたのかと思ったが、うちの両親は娘に友達が出来たと知れば凄い喜びそうな性格だ。なので、自分に友達が出来て喜んでると考え、真姫は若干呆れたような表情を見せる。
―――だがこの時、扉の反対側では………
自分の母親が肩を抱きながら、頬を伝わらせて、温かい涙を流している事を………
………真姫は知る由もなかった。
「ご、ごめんなさい……急に……」
「………何の用?」
そう言いながら、真姫は花陽のテーブルを挟んで正面にあるソファーに座る。
「コレ……落ちてたから。西木野さんの……だよね?」
花陽は持っていた生徒手帳を真姫に差し出し、彼女はそれを困惑の表情で受け取った。
「な、なんで貴女が……?」
「ご……ごめんなさい……」
「なんで謝るのよ??………あ、ありがとう」
ただ聞いただけなのに謝られてしまい、ついツッコミを入れてしまう真姫。でも、届けてくれたので真姫はすぐに笑顔を浮かべてお礼を言う。
「μ'sのポスター……見てたよね?」
「わ、私が!?知らないわ!人違いじゃないの?」
嘘だ。見てた。だがそれを見ていたと認めるのはなんか恥ずかしかったので、つい真姫は否定してしまう。
「でも………手帳も、そこに落ちてたし………」
そう言いながら、花陽はμ'sのポスターが少しはみ出している真姫のカバンへと視線を向けた。そのことに気が付いた真姫は慌てて誤魔化そうとする。
「ち、違うの!!違ッ――イッタ!?~~ッ!?」
勢いよく立ち上がったせいで、真姫は膝を机の角にぶつけてしまい痛みで悶絶した。その勢いで今度は後ろにソファーを巻き込みながら倒れてしまう。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気よ。まったく!変な事言うから!!」
「クスッ………フフッ………フフフッ」
「笑わない!!!」
完全に自分の言葉に動揺したのが丸見えで、花陽はついつい笑ってしまった。もちろんバカにしたわけでは無い。だが、そんな笑っている彼女を見て、ムスッと拗ねた表情を浮かべる真姫であった。
それから、2人は倒れてしまったソファーを元通りに直していると、真姫の母親がお茶を持って部屋に戻って来た。用事も終わったので帰ろうとしていた花陽だったが、せっかくなのでご馳走になることにした。
「私がスクールアイドルに……??」
そうしてしばらく話していると、花陽は突然、真姫に対してスクールアイドルの話を切り出した。まるで、さきほど親友に断られた時の様に。
「うん。私……放課後いつも音楽室の近くに行ってたの。西木野さんの歌……聴きたくて」
「………私の?」
「うん。ずっと聴いていたいくらい好きで。特に、優木君と一緒に歌っている時が………」
最近はほぼ毎日、μ'sの練習が始まるまで音楽室で真姫と一緒に歌っている白羽。花陽はそのことを知っている。
何故、花陽が二人の仲が良い事を知っていたのか。
それは、今言ったように、放課後に音楽室へ行った時、2人の演奏を聴いていたからだ。
白羽と一緒に歌っている時の真姫の声は明らかに生き生きとしており、2人の仲が良いことはそれだけで理解できた。真姫の歌を聴きに来ていた花陽もいつの間にか、
―――それ程までに、2人の歌声は美しいモノだった
「えっ?あなた……あの子の事知ってるの?」
「う、うん。友達だよ。あっ!でも、手を出したりしないから……心配しないで」
「……………………はい?」
「……………………えっ?」
「な、なんで私がそんな心配するのよ??」
真姫の立場からすれば当然の反応だ。なぜ自分に『手は出さない』などと言ってきたのか?そういう事はあの先輩達に言うべき言葉だと思い、真姫は彼女の言葉に疑問で返す。
「え?だ……だって、付き合ってるんだよね?優木君と西木野さん」
「ブッフゥ~~~!!!」
花陽の言葉に、真姫は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
「ゲホッ!……ゲホッゲホ!……は、はぁ!?!?」
「えっ?……ち、違うの?」
「ち、違うわよ!!付き合ってないわよ!だ、大体、何で私が!?」
真姫は顔を真っ赤にしながら勢いよく花陽に詰め寄った。その勢いに気圧されたのか、花陽はなぜそういう考えに至ったのか説明する
「だ、だって………西木野さんと優木君、いつも音楽室で一緒に歌ってるし。それに優木君が西木野さんとデートしたって言ってて………」
「ち、違うの!!あ、あれはデートじゃなくて………その、何ていうか、あの子デートの意味を理解してないのよ」
「……………………えっ?」
「多分……遊びに行ったり、出かけたりするのと感覚は変わらないと思うわよ」
「………………そ、そうなんだ……」
「それに、デートと言っても………ゲームセンターで一緒に踊ったり………カラオケ行ったぐらいだし」
(…………………………あ!!)
真姫の言葉を聞いてようやく自分の勘違いに気づいた花陽。汗をかいた運動と言うのはダンス。声を出したというのはカラオケの事。それを理解して、花陽は自分がとんでもなく恥ずかしい勘違いをしていたことに気が付き、顔を少し赤らめて恥ずかしそうな表情を浮かべる。
だが、そんな表情を浮かべながら………………
(あれ?………二人っきりでゲームセンターで遊んで、カラオケにも行ったんだよね)
……………などと考えて。
(西木野さん………それって、デートだと思うよ?)
………と、心の中でデートじゃないと否定する彼女に呆れたような表情でツッコミを入れる。
「な、なによ?その顔は………」
「う、ううん………ご、ごめんね。変な事言って」
「べ、別に。そ、それより話を戻すけど………私ね、大学は医学部って決まってるの」
「………そうなんだ」
「あの子にも誘われたわ。でも、断ったの。私の音楽は終わってるって言ってね………」
そう言って真姫は以前白羽の前で見せたような悲しそうな表情を浮かべ、花陽から目を逸らす。
「それで………優木君は何て言ってたの?」
「………………別に。特に何も言ってなかったわ」
……………嘘だ。
何故ウソをついたのか。それは真姫自身にも分からない。
あの少年の言葉を思い出し………
これ以上……心を乱されたくなかったのかもしれない。
これ以上……心を揺らしてほしくなかったのかもしれない。
そして、嘘をついて誤魔化す真姫の言葉を聞き、花陽は………
「嘘……だよね?」
「………………えっ?」
一瞬で、そして迷いなく、彼女の嘘を見抜いた。
いや、真姫の嘘を見抜いたわけでは無い。花陽が噓だと思ったのは今の真姫に対して、
自分でも分かる。彼女が音楽を続けたいと思っている事を。でも、大学や将来の事でそれが出来ない状態なのだろう。
本当は、大好きな
でも、それは出来ない。
本当は、辛い思いをしている筈。
本当は、苦しくてたまらない筈。
本当は……涙を流すくらい悲しい筈。
そんな状態の彼女に対して、あの少年が何も言わなかった??
花陽は断言出来た。そんなこと絶対にありえない!
まだ短い付き合いではあるものの、何故か花陽はそんな気持ちが溢れてきた。
「……………………………」
「え~っと………あの、そのね………」
いきなり噓などと言ってしまった花陽は、少しオドオドした様子を見せる。そんな彼女を見て、真姫はつい笑みをこぼす。
「ふふっ。貴女………随分あの子の事理解してるのね」
花陽の言う通り嘘だ。あの時、あの少年からは背中を押すような言葉を掛けられた。そして、あの少年から言われた言葉は真姫の心の中にずっと残っている。
―――終わっていませんよ。人の中で何かが終わる時は、それを辞めた時じゃありません。それを嫌いになった時です
―――貴女がまだ歌いたいと思っているなら、例え貴女が音楽をやめても、貴女の音楽は終わりません
あの少年の言葉を思い出すたびに、心がざわつく
あの少年の言葉を思い出すたびに、心が揺れる
―――沈めた筈の想い……
―――捨てた筈の夢……
―――諦めた筈の望み……
あの少年の笑顔を見るたびに湧いてくる………
『音楽』を続けたいという気持ちが………
「ごめんなさい。本当は言葉を掛けてもらったわ。でも、私はスクールアイドルになる気はないの」
「………………そ、そうなんだ」
「………あなたの方はどうなの?」
「えっ……??」
「アイドル。やりたいんでしょ?この前のライブの時、夢中で見てたじゃない」
「えっ?西木野さんも居たんだ?」
「イ、イヤ!私はたまたま通りかかっただけだけど………やりたいならやればいいじゃない」
「でも………私、優木君に誘われてないんだ」
「………………えっ!?」
意外だった。花陽と白羽が友達であれば、彼女がアイドルをやってみたいという気持ちにあの少年が気が付かない筈がない。
上から目線になってしまうが、この娘はとても良い
見た目だって可愛いし………声も綺麗だし。
………なにより、アイドルになりたいと思っている。
だから、とっくに誘われてるものだと思っていたのだが………
「………そうなの?」
「うん………だからね、やっぱり………」
「何言ってるの?別に関係ないでしょ?」
「………………えっ?」
「誘われるてるか誘われて無いかなんて、別に気にすることじゃないわよ。やりたいならやれば良いじゃない。そしたら………少しは応援、してあげるから」
真姫は少し照れくさそうな表情でそう言う。
その言葉はまるで……あの少年の言葉のようだった
――――力強く、暖かく、人の背中を押す言葉
「…………………ありがとう」
その言葉が、ほんのわずか………
ほんのわずかだけ、彼女に勇気を与えた。