「色々あるんだなぁ………みんな」
あれから真姫の家を後にした花陽は、帰り道でそっとそう呟いた。
親友の星空凛
先程会った西木野真姫
そして………………自分自身だ。
――――星空凛
花陽は先ほどの教室での出来事を思い出す。幼馴染であり、親友である星空凛に自分と一緒にスクールアイドルに入って欲しいとお願いした。
………いや、我儘を言った。
しかし、帰って来た言葉は無理と言う拒否の言葉。
我儘を言ったものの、正直……帰ってくるであろう返事は聞かずとも分かっていた。
彼女は自分が女の子っぽくないとよく言っている。だから、女の子っぽい事の代表と言ってもいいアイドルになろうという誘いに、彼女が首を縦に振るわけがなかった。
何故、彼女が自分の事を女の子っぽくないなんて思っているのか。
それは、小学校の頃に男子達から………
『スカートだぁ!』
『いつもズボンなのに!』
『スカート持ってたんだぁ~』
などと言われたのが原因だ。昔から運動が好きだった彼女は女の子より男子と混ざって遊ぶことの方が多かった。だから、スカートを履いたりすると揶揄われることがあった。
それが原因で、彼女は自分を女の子っぽくないとよく言っている。自分が可愛い洋服を彼女に進めても、そう言って断ることがほとんどだ。
花陽は自分の事だけ考えて凛をスクールアイドルに誘ったわけではない。親友に過去のトラウマを克服して欲しいという願いを込めて、彼女を誘ったのだが……
――――西木野真姫
いつも自信なさげにオドオドしている自分なんかとは違い……堂々としていて、綺麗で、歌も上手い人。
しかも、ただのクラスメイトでしかない自分の事を応援するとまで言ってくれた人格者。
彼女自身、μ'sに興味を抱いているのは間違いない。μ'sのポスター見てたし。
彼女がスクールアイドルになればきっと人気が出る。スクールアイドルが大好きな花陽がそう言うほど、彼女は魅力に溢れた人間だった。
だが…………彼女は医学部に進学することが決まってるらしい。しかも、将来は親の病院を継がないといけない。
………その言葉だけで花陽は理解した。自信が無くて入るのを迷っている自分とは全然違う。
彼女は音楽を辞めたんじゃない。辞めなきゃいけなかったんだ。そんな彼女にこれ以上、スクールアイドルを進めることは
――――小泉花陽
………………やってみたい
………………憧れる
………………なりたい
正直、スクールアイドルに対してそう言った想いはある。だけど………だからやってみよう!と行動に移せるほど私は強くない。
でも…………憧憬を捨てる事も出来ない。
自分でもフラフラしてしっかりしてない事は分かっている。でも、どうしても勇気が湧かない。それで、あの少年……優木白羽君に何度も相談しようとした。あの少年なら、きっと親身になって相談に乗ってくれるだろう。
だけど………結局それも出来なかった。
そして先程、真姫が白羽にスクールアイドルに入って欲しいと誘われていたと聞いた時………少しだけ、ショックだった。
………………分かっている。
真姫に入って欲しいという白羽の気持ちはよく分かっている。自分が真姫と比べて劣っているという事も分かっている。自分に自信を持って無いからこそ、白羽が自分を誘わないのも当然だと分かっている。
それでも…………自分には誘いの言葉をかけてくれない。
そのことが…………ほんの少しだけ悲しかった。
そんな事を考えながら歩いていると、和菓子屋の『穂むら』というお店が見てきた。
「お母さんにお土産買って行こうかな………」
ネガティブな事を考えているときは何か美味しいものを食べるといい。食べる事が大好きな彼女は気分転換も含めて和菓子を買いに行くことにした。
和菓子屋の引き戸をカラカラッと乾いた音を立てて開ける。そして………
「「あ、いらっしゃいませー!!」」
店内には元気のよい二つの掛け声が響く。しかし、その二つの声はどちらとも花陽にとって聞き覚えのあるものだった。
「あっ………先輩………優木くん………」
そこには、スクールアイドルμ'sのセンターである高坂穂乃果と先程まで一緒にいた優木白羽が割烹着姿で立っていた。
それから、口をポカンと開けて惚けていた花陽は穂乃果から『せっかくだから上がって行って!』と言われてしまい、何故かお邪魔することになった。
「いらっしゃい♪」
「お、お邪魔します………」
「小泉さん……さっきぶりですね。ちゃんと渡せました?」
「う……うん。ちゃんと渡せたよ」
「そうですか!よかったです」
「うん………今日はありがとう」
(優木くん、割烹着似合ってるなぁ)
ちなみに、白羽が割烹着を着ている理由は、店番を一人でしていた穂乃果が大変そうということで『手伝います』っと言ったからだ。その為、雪穂の割烹着を穂乃果が勝手に貸した。
「私達、店番あるから上でちょっと待ってて」
「は、はい………」
彼女に言われた通り、花陽は階段で二階へと上がっていく。二階に着くと、そこには二つの引き戸があり、花陽はどちらが穂乃果の部屋なのか分からず混乱してしまう。
「え~っと………」
悩んだ末に花陽が選んだのは手前にあった引き戸。間違ってたら気まずいし、この部屋の人にも悪いので、どうか合ってて欲しい。そんな想いで引き戸を開けると……………
「ぐぬぬぬ~………こ、これくらいになれれば!」
きゅうりパックをしながら体にバスタオルを巻いて、胸を両手で必死に寄せる少女の姿があった。
「………ッ!!?」
それを見た瞬間、花陽は部屋を間違えた事と見ちゃいけないモノを見た事を理解する。そして次の瞬間、すぐさまその部屋の引き戸をスパンッ!と閉めた。
「…………………」
女の子ならではの健気な努力を目撃した花陽は、罪悪感を感じながらもう一つの部屋に意識を向ける。さっきの部屋が違うと分かった今、もう一つの部屋は間違いなく穂乃果の部屋だ。
さっき見たものはあの子の為にも忘れたほうがいい。
(う、うん………忘れよう。忘れてあげよう)
『ら~らら~らら~ん♪らららら~ん♪』
「………………ふぇっ!?」
先ほど見た光景を忘れようと決意していると、何故か奥の部屋からノリノリで歌を口ずさむような声が聞こえてきた。此処に居てもしょうがないので、花陽は先ほどと同じように意を決してもう一つの引き戸をそ~っと覗き込む。
そこにいたのは…………
「じゃ~~ん!ありがと~~!!」
おもちゃのマイクを握りしめ、ノリノリでポーズを決めた後、壁に向かって手を振る少女の姿があった。おそらく、満員の観客の前で歌った時のシミュレーション?妄想?をしているのだろう。
「……………………」
またもや見てはいけないものを見てしまったと感じた花陽は、引き戸をそ~っと静かに閉めた。
「ど、どうしよう…………」
この先どうすればいいのか困っていると、閉めた引き戸の奥からダダダダッ!!!と迫ってくるような足音が響く。
そして、ダンッ!と勢いよく二つの引き戸が同時に開かれた。
「……………ヒッ!?!」
「「………………見ました?」」
「……………うぅぅ」
――――地獄
花陽にとってこの状況はまさに地獄としか言えない。恥ずかしい光景を見られて、怒り狂っている般若が二人。その二人に挟まれて、怖い目で睨まれている。
もう言い逃れできない。そう理解した花陽はすぐに頭を下げて謝ろうとする。
しかし、次の瞬間…………
「小泉さ~ん♪」
地獄と化しているこの状況に、全く似合っていないと言わしめるほど、可愛いらしく花陽を呼ぶ声がその場に響いた。
「「「……………」」」
三人共そちらに視線を向けると、壁から顔を覗かせ、こちらに笑顔を向ける優木白羽がいた。
「すいません。そういえば、どっちが穂乃果さんの……部屋………か」
「「「……………………」」」
「……………………え~っと」
状況を整理しよう。白羽の目に映ったのは、何故か花陽が海未と雪穂の二人に責められているような光景だった。しかし白羽は何があったかは一旦置いておくことにした。何故なら、一番に考えなきゃいけないのは………
「え~っと………あの、その………」
あわあわしている小泉花陽ではなく………
「ゆ、雪穂?お、落ち着いてください………」
心配そうに苦笑いをしている園田海未の事でもなく………
「し、白羽………君………??」
きゅうりパックをしながらバスタオル姿で、恥ずかしさと怒りで顔を赤くし、こちらを睨みつけている高坂雪穂の事だからだ。
「え~っとですね………あの………」
気まずそうに下を向きながら、浮かない表情を見せる白羽。そして………
「……………………」
「大変………申し訳ありませんでした」
白羽は両手を体の前で重ね、大人もビックリするほど丁寧に頭を下げた。数秒後、白羽は頭を上げると同時に花陽達の方に一切視線を向けずに、静かに下へと降りて行った。
白羽が去った後、羞恥心のこもった『イヤァァァ!』という一人の少女の絶叫が、高坂家に響いたことは言うまでもないだろう。
「「ご、ごめんなさい………」」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする花陽と白羽。花陽はともかく、白羽に至っては謝るべき相手がここにいないので謝る必要はないのだが、謝らずにはいられなかった。
「ううん、いいの。こっちこそごめん。でも海未ちゃんがポーズの練習してたなんて~」
「ほ、穂乃果と白羽が店番で居なくなるからです!」
「………………はぁぁぁ~~」
「白羽君??」
「あの~、穂乃果さん。雪穂さん………怒ってました?」
「う、ううん。大丈夫大丈夫……」
(『死にたい。死んじゃいたい』って言ってたけど………)
「そ、そうですか?でも、悪い事しちゃいましたよね。どうしましょう、これで嫌われたら………」
「白羽………大丈夫です。後で一緒に謝りに行きましょう。きっと雪穂なら許してくれます」
もしかしたら雪穂に嫌われたかもしれない。そう不安になったのか、体育座りで顔を埋めている白羽。そんな白羽を海未が慰めていると、部屋の引き戸が開き、南ことりが入って来た。
「お邪魔しま~す♪………ん?」
「お、お邪魔してます………」
ことりは花陽と目が合うと、テンションを上げて彼女のそばに駆け寄った。
「えっ!もしかして、本当にアイドルに!?」
「たまたまお店に来たから、ご馳走しようと思って。穂むら名物『穂むらまんじゅう』。略して『ほむまん』美味しいよ♪」
穂乃果のほむまんPRが終わると、白羽はほむまんを一つ貰い、プルプルと震えながら口へと運んだ。
「おいひい。ほむまん、凄く……おいひいよ~」
よっぽど雪穂に嫌われることが怖いようだ。
「白羽………」
そんな白羽を、海未は背中をさすりながら慰めている。そんな光景に、今来たことりは状況が理解できず、頭の上に???を浮かべた。
「穂乃果ちゃん………シロ君どうしたの?」
「ア、アハハ………ちょっとね………」
「あっ!そうだ。穂乃果ちゃん、パソコン持ってきたよ」
「ありがとう!肝心な時にいつも壊れちゃうんだぁ~」
ことりが穂乃果とそんな会話をしながら、カバンからパソコンを取り出そうとする。そのことに気づいた花陽は、テーブルの上にあったお饅頭やらお菓子やらをどかせる。
「あ、ごめん」
「い、いえ……」
「それで、ありましたか?動画は」
「まだ確かめてないけど、多分ココに……」
ことりがカチカチっとパソコンを操作し、穂乃果がしばらく画面を眺めていると………
「あったぁ!!」
「本当ですか!?」
つい先日、4人で行ったファーストライブ。その映像が画面に流れてきた。それを見て………
「誰が撮ってくれたのかしら?」
「すごい再生数ですね………」
「こんなに見てもらったんだぁ~」
穂乃果、海未、ことり。μ'sの3人は各人各様の反応を見せる。それと同時に、画面を見やすいように花陽と白羽もことりのそばまで寄っていく。
「ことりちゃんの言う通り、誰が撮ってくれたんだろう?白羽君は知ってる??」
「……………………知らないです」
………………嘘だ。
(コレ……絶対亜里沙さんの持ってた動画だよね。だとすると、これを投稿したのは…………)
以前、これとほとんど同じような動画を見たことがある白羽は、誰が投稿したのか検討がついていた。しかし、理由は分からないが間違いなく前向きな理由じゃないので、白羽は誤魔化すことにした。
「そっか~。あっ!ここの所、綺麗にいったよねぇ!!」
「何度も練習してたところだったから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃったぁ~」
「うんうん!ここ何度も失敗して白羽君に怒られてたもんね~」
「お、怒ってません!!」
「え~~、嘘だ~!白羽君、私が失敗すると『あ~、またか~』みたいな目してたもん!」
「し、してませんよ!」
「私、すっごく怖かったんだから~」
「ふふっ♪私も、シロ君ちょっと怖かったかも♪」
「ふふっ、そうですね。私もあの時は、少し怖かったです」
「えぇぇ~!?」
「「「ふふっ、あははは!!」」」
白羽があわあわしながら困っている様子を3人は楽しそうな笑顔で眺めている。もちろん、白羽が怖かったというのは嘘。穂乃果の悪ふざけにことりと海未が乗っかって、白羽を揶揄っているだけである。
「もう3人共!揶揄うなんてひどいです!小泉さんもそう…………小泉さん??」
「……………………」
白羽が花陽を味方につけようと彼女に視線を向ける。しかし、花陽は4人の会話など耳に入らないほど動画に釘付けになっていた。
「あ、ごめん花陽ちゃん。そこじゃ見づらくない?」
「……………………」
「「「「………………ふふっ」」」」
穂乃果の言葉にも反応しないほど画面に集中している彼女を見て、4人は目を合わせる。そして、そっと微笑んだ後……
「小泉さん!」
「は、はい!!」
花陽は慌ててパソコンの画面から穂乃果達の方に視線を移す。
「スクールアイドル、本気でやってみない?」
「えぇっ!!?」
そして、穂乃果の口から出てきたのは、μ'sへの勧誘の言葉であった。
「で、でも私………向いてないですから………」
―――やりたい!
―――皆さんの様になりたい!
心でそう思っていても、彼女からの誘いに遠回しの拒否で返す。本当はこの誘いに乗りたい。でも、やっぱり無理だ。どうしても勇気が出ない。どうしても一歩が踏み出せない。
―――自分は………皆さんとは、違うから………
この人たちと自分は違う。花陽がそんな考えをしていると………
「私だって、人前に出るのは苦手です。向いているとは思えません」
「……………………えっ?」
海未が花陽に向けて、自分の短所である部分を吐いた。
「この前のライブに出れたのも、穂乃果とことり。そして……白羽がいたからです」
「そんなことないですよ。過程はどうあれ、あの場に立ったのも、歌ったのも、勇気を振り絞ったのも海未さんの力ですよ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
海未の言葉を聞いてすぐさま白羽はフォローを入れる。その言葉を聞いた海未は、白羽の頭を嬉しそうな表情で撫でる。
「私も歌を忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ。ダンスの練習の時も、シロ君に何度も同じトコ教えてもらって、迷惑かけちゃってるし」
「そんなことないですよ。ことりさんと一緒に踊るのは楽しいです!」
「シロ君………ありがと~♡」
今度はことりのフォローに入る白羽。その言葉を聞きことりは、白羽に飛びついて少年のほっぺに頬ずりをしている。
「私はすごいおっちょこちょいだよ!!」
「知ってます」
「白羽君!?『そんなことないですよ』は!!?」
「ソンナコトナイデスヨー」
「棒読みヤメテ~!!」
2人の様にフォローしてくれると思っていた穂乃果は、白羽の言葉を聞いてぷんすかと頬を膨らませた。
3人はそれぞれが、自分の短所、苦手、弱点な部分を素直に吐いた。彼女達は自分と違う。そう思っていた花陽にとって、彼女達の言葉はまるで………
『違わないよ!私達とあなたは!』
………そう訴えてくるような気がした。
「でも…………」
「プロのアイドルなら私達はすぐに失格。でも、スクールアイドルなら、やりたいって気持ちを持って、自分達の目標を持って、やってみることは出来る!」
「それがスクールアイドルだと思います」
「だから、やりたいって思ったらやってみようよ!」
「もっとも、練習は厳しいですが」
「海未ちゃん………」
「し、失礼………」
何も違わない。花陽とμ'sの3人は、何も違わないんだ。
向いていない。自信がない。そんな気持ち、彼女たちにも当然あった。だが、それ以上に強かった。やりたいという気持ちが強かった。だから、あのライブを乗り越えることが出来た。
「ゆっくり考えて、答え聞かせて……」
「私たちは、いつでも待ってるから♪」
………やりたい。その気持ちだけで十分だった。彼女達だって、自分に自信があったから、アイドルに向いてるからアイドルをやってるわけじゃない。花陽と同じように、やりたいからやってるんだ。
「…………はい!」
3人の言葉に勇気と暖かさを貰った花陽は、もう少し……もう少しだけ、考えてみようと思い、微笑みを向けて返事をする。
「小泉さん、コレどうぞ」
「ありがとう………」
あれから長居しても悪いと思い、花陽はすぐに母へのお土産を買って帰ることにした。そして、先程穂乃果からおすすめされた『ほむまん』を白羽から受け取る。
「それじゃ………バイバイ」
「あの………小泉さん」
「…………ん?」
「僕に、相談したい事とか、言いたい事とかないですか?」
「…………ッ!!?」
白羽は気づいていた。彼女が自分に相談したいことがあると。そして、その内容にも大方見当がついている。
気づいたうえで……………
花陽も薄々そんな気がしていた。この子には、自分の悩みや考えていることが伝わっているんじゃないかと。
「……………え~っと、あのね……」
「あ、ストップです。言わなくても大丈夫ですよ。自信がないんですよね?自分に。それとスクールアイドルをやる自信が」
「……………………」
図星をつかれて思わず花陽は顔を下に向けてしまう。それを見た白羽は、笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「当たり前ですよ、『自信が無い』なんて」
「………………えっ?」
「本物の自信っていうのは、頑張って、努力して、何かを成し遂げた人間じゃないと持っていません。結局“自信”なんてものは、努力と成功が生み出す副産物でしかないんです」
自分の顔を、真っ直ぐ見つめながらそう言う白羽の銀色の瞳に、花陽は吸い込まれそうになった。
「それに小泉さん、さっき向いてないって言ってましたけど、一番大事なのは自分が『やりたい』と思っているかどうかですよ!」
「……………優木君」
「すみません、いきなりこんな事言っちゃって。僕から言えることはこれだけです。穂乃果さん達も言ってましたが、焦る必要なんてありません。ゆっくり考えてください」
「………………うん。ありがとう」
花陽は一言お礼を言った後、白羽に背中を向け歩いて行く。
そして、5、6歩程歩いた瞬間…………
「………………小泉さん♪」
「…………きゃっ!?」
突然、白羽に背中を押されてしまった。突然の事に驚いた花陽は、つい声を出してしまう。花陽は一瞬押されたと思ったが、押されたというより、背中に両手を優しく添えられたという感じだろう。
―――まるで、彼女の背中を支えるような………
―――まるで、
白羽は今、そんな体勢になっている。
「ゆ、優木君……!?」
「……………………」
花陽は困惑したような声を出しながら、首だけ後ろを振り向かせ、白羽の方に視線を向ける。しかし、白羽は花陽の背中に手を添えた状態から動こうとしない。しばらくしていると、白羽は花陽の背中に自分のおでこを当てた。
「~~~ッ!!??」
その行動に、花陽は困惑と恥ずかしさで顔を赤らめると同時に、首を戻して前を向く。
傍から見れば、男の子が年上のお姉さんに甘えている。そんな状況だ。花陽も『あ、甘えてる……のかな?』などと頭の中で考えていた。実際、白羽は花陽にかなり懐いている。花陽もそれは自覚している。学院で会った時は、めちゃくちゃ嬉しそうな顔するし、自分と目が合うとトテトテとこっちに歩いてくるし。
だが、今までこんなことはされたことなかったので、花陽はどう反応すればよいか分からず、戸惑いの表情を浮かべた。
それから、数秒……数十秒……あるいはもっと……
どれだけ時間が経ったかは、花陽にも白羽にも分からない。だが、ふとした瞬間、白羽は彼女の背から額を離して顔を上げる。そして………
「小泉花陽さん………」
再び、彼女の名前を呼ぶ。その声は、今まで何度も名を呼ばれた時に聞いた、どの声よりも優しかった。花陽はその声に目を見開き、ゆっくりと後ろ振り返る。
「………………頑張れ!」
白羽は上目遣いで花陽の顔を見上げ、精一杯の優しさと暖かさを込めてはにかんだ。
自分の手から………
自分の額から………
自分の言葉から………
そして、自分の笑顔から………
純白の少年は、彼女に勇気を送った。
「あ、白羽君!おかえり~!どうだった?」
「どうだったとは?」
「花陽ちゃんだよ!何か言ったんでしょ?」
「………………別に何も」
「「「えぇぇっ!!??」」」
あれから花陽と別れた白羽は、穂乃果の部屋へと戻って来た。帰ってきた途端、目をキラキラとさせて何かを期待するような視線を向ける穂乃果達に、白羽は冷静にそう返す。
「な、何で!?いつもの白羽君なら……………
『小泉さんは可愛いです、だから自信を持ってください。それでももし、不安な事があれば、僕があなたを支えます。だから、スクールアイドル………始めてみませんか?』キリッ☆
………みたいなこと言うじゃん!!!」
穂乃果は指でへの字を作り、自身の顎まで持っていくと、キリッとした目でそう言った。そして、ことりと海未もコクコクと何度も首を縦に振っている。
(いや、小泉さんは確かに可愛いですけど………)
「言いませんよ。あと喧嘩売ってるなら買いますよ?」
なんか変なポーズでかっこつけながらそんな事言うと思われていたことに、若干腹を立てる白羽。
「言っておきますけど、僕……小泉さんをμ'sに誘ってないですよ」
「な……なんで!?だって花陽ちゃんは…!!」
「……………………」
「白羽君が声をかけたら、花陽ちゃんだって絶対ッ!!」
「……………………」
「白羽君は……花陽ちゃんに、μ'sに入って欲しくないの……?」
「………………ッ!」
白羽は穂乃果の言葉に何か言うわけでもなく、ただ黙って聞いているだけだった。花陽がアイドルになりたいと思っている事は、ここにいる全員が気づいている。だから先ほども、彼女が一歩踏み出せるようにと言葉を掛けた。
それなのに………
「穂乃果………」
「穂乃果ちゃん………」
「ッ!!………ご、ごめん……!!」
海未とことりに肩を叩かれて、穂乃果は先ほどの失言を謝罪する。そんなはずない。この子が、そんなこと思ってるわけがない。穂乃果は落ち着きを取り戻し、自分が最低な事を言ってしまったことを後悔する
「いえ、気にしないで下さい。謝るのは僕の方です」
「「「……………えっ?」」」
「すみません。それと、一つだけ言っておきますけど、僕はこの先も小泉さんを勧誘する気はありません」
「「「……………………」」」
『どうして!?』そう聞きたいのを3人はグッと我慢した。自分たちの言葉より、白羽の言葉の方がずっと勇気を与えられる。君が誘いの言葉を掛ければ、
そんな気持ちを三人は抱きながらも、黙って少年の話に耳を傾ける。
「手を差し伸べたらダメなんです」
「「「……………えっ?」」」
「もし、僕が
白羽は分かっている。小泉花陽という少女が心のどこかで自分の
―――でも、
もし、自分が彼女に
「――――と言うわけです」
「「「……………」」」
白羽は、自分が考えている事。何が花陽にとって一番良い事なのかを3人に説明した。
「……………でも……」
白羽の考えを黙って聞いていた穂乃果。白羽の話を聞き終えると、じれったいというか、何処か納得いかないような表情を浮かべている。
「花陽ちゃんに、手を差し伸べちゃ………ダメなのかな?」
「え、ダメじゃないですよ?」
「「「ええぇぇ~~~!?!?」
さっき言ってたことと矛盾している白羽の反応に穂乃果達は声を出して驚く。
「うわっ!?ビックリした!?」
「えっ!?な、なんで!?どういうこと!?だってさっき……」
「僕が言ったのは、
―――白羽は、ようやく気が付いた。
……………………
西木野真姫にも、星空凛にも………
そして、小泉花陽に対しても、自分が
―――それは、
(今思うと……あの時、西木野さんを僕が誘ったのも間違ってたなぁ~。あと、星空さんに誘いの言葉を掛けようとしたのも………)
勘違いしていた。自惚れていた。出しゃばり過ぎた。間違っていた。
―――僕の仕事はいつだって…………
「だから、その時になったら穂乃果さん達が差し伸べてあげてください。小泉さんに」
「でも、何すればいいの?」
「何も?何もしなくていいです。小泉さんが
「そ、それだけ?もっと、なんか……
「いえ、それはいいです!だって―――――
――――それは、“僕の仕事です”」
いつだって………誰かを支えてあげることだ
その日の夜、とある3人の少女が………
迷いや不安、どうすればいいのか分からない。そんな気持ちを抱えながら過ごしていた。
ある少女は、パソコンを開きμ'sのライブ動画を視聴していた。あの少年に頼まれ、μ'sの頑張っている姿に胸打たれて、作曲した歌を聴いている。
あのライブを見て、彼女達の歌を聴いて、自分の中で何かが変わったのを彼女は自覚している。凄かった。魅力的だった。アイドルの歌を軽い、遊んでるみたいと評していた彼女は、そのアイドルの歌に完全に魅せられてしまった。
そして…………揺らいだ。
彼女達の歌を聴いて、音楽を続けたいという気持ちが湧いて来た。だけど、自分は将来親の病院を継がなければならない。勉強もしなくてはならない。だから、その気持ちをまた静めようとした。
だけど、
あの子の言葉が………背中を押して来る。
今すぐにでも走り出したいこの気持ち。気を抜くと溢れて止まらなくなりそうなこの想いを、後押しされてるような気がしてならない。
彼女は、自分の親や将来。そして自分のやりたい事。それらの事で心がごちゃごちゃになり、もうどうすればいいのか分からないとでも言いたげに、机に顔を伏せる。
ある少女は、部屋を暗くし、姿見の前であの少年に買ってもらったスカートを履いていた。
今日、親友から一緒にスクールアイドルになって欲しいと言われた。当然、彼女はそれを断る。昔から活発で、髪も短い、スカートを履けば異性から揶揄われる。そんな自分が可愛い衣装を着て、可愛らしく歌って踊るアイドルになれるわけがない。
必死にそう言い聞かせるが、彼女もまた、心のどこかで迷っていた。
たとえ、自分自身が女の子っぽくないと評しても、やはり彼女は女の子なのだ。可愛いものには惹かれるし、憧れたりもする。スカートや可愛らしい衣装。そして、アイドルにも。
そんな気持ちを抱きながら、彼女は頬に手を当てる。あの時、あの少年に頬を撫でられた時の優しさを、温もりを思い出そうとする為に。
その少女はあの時、あの少年に言われた言葉を思い出す。正直、今思い出しても身体が沸騰しそうになるほど恥ずかしい。彼の体温がや手の感触が、今でもしっかりと残っている。だけど、恥ずかしいけど、どこか心のモヤや不安が消えていくような気がした。
本音。トラウマ。自身の気持ち。過去。やりたい事。コンプレックス。
彼女もまた、それらの感情に心がごちゃごちゃになりながら、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
ある少女は、家に帰るとすぐに自分のアルバムを眺めていた。
写真を一枚一枚眺めながら、ページをめくっていくと、ある写真が目に留まった。そこに写っていたのは玩具のマイクを右手に持ち、純粋な笑顔を浮かべ、とても楽しそうに踊る小さい頃の自分の姿があった。
この頃は、こんな気持ちじゃなかった。ただ楽しく、迷いもなく、まっすぐにアイドルに憧れていた。
そして………それは今も変わらない。
………大好きだ。アイドルが大好きだ。
やりたい。やってみたい。自分も、ステージで輝くアイドルに!ずっと憧れていたアイドルになりたい!そう思っているから、ここまで悩み、そして不安なのだ。
彼女は、先ほどのμ'sの3人の言葉を思い出す。それは、向いていないと言った自分の背中を押すものだった。励ますものだった。勇気を与えるものだった。
そして、あの少年の言葉もそうだ………
『頑張れ!』
たった一言。それだけでも、勇気が湧いてくる。
ちょっと恥ずかしかったけど、背中に手やおでこを添えられた事を思い出すと、温もりや優しさを感じられる。まるで少年の温もりや勇気が身体に流れ込んできたのかと錯覚するくらいに。その暖かさに、自分の背中が押されてるような気持ちになり………
……どうすればいいのか分からなくなっていた彼女の心を勇気づけた
おまけ
白羽、海未、ことりの3人が帰宅した後の高坂家。
「ゆ~きほ~。大丈夫~??」
「大丈夫じゃないよ!!だって白羽君に……その……」
「あ、あはは…………」
「はぁぁ~~、明日から絶対気まずくなる………」
「でも、裸見られたわけじゃないし………そこはよかったんじゃない?」
「よくないよ!!??」
「まぁまぁ、事故だったんでしょ?なら許してあげれば?」
「別に、怒ってるわけじゃないけど………」
「それに、白羽君は雪穂のバスタオル姿に全然興味なさそうだったよ?悪い事しちゃったっていう罪悪感でいっぱいって感じだったもん」
「……………へぇ~」
(それはそれで………なんか複雑……)
「あ、そうだ!これ返すね!」
「私の割烹着?なんでお姉ちゃんが持ってるの?」
「ちょっと借りちゃった。ダメだった?」
「別にいいけど………」
(お姉ちゃんが使ったのかな……??)
「それじゃあ、おやすみ~!」
「う、うん。おやすみ」
「ん?私の割烹着、なんでこんなイイ匂いするの?」