その夜、千明がなでしこのスマホに電話してきたのは、夜中の二時前だった。
遅くなるとは言っていたが、ここまで遅いとは思わなかった。
しかも、話の内容は、次のキャンプはどうするかとか、欲しいキャンプ用品があるとか、次のテストの範囲とか、バイト先に変な客が来るとか、たわいのない話ばかりだ。
なでしこもおしゃべりは好きだから楽しいといえば楽しいのだが、わざわざ夜中に電話をしてまで話すことではないように思う。
結局、さほど重要とは思えない話を一時間以上続け、三時を回った頃。
≪……もういいかな……≫
千明は、ぼそりと言った。
「ん? アキちゃん、なにがいいの?」
≪いや、なんでもない。あたし、眠くなってきたからそろそろ寝るよ。遅くまで悪かったな≫
「ううん、別にいいんだけど、でも、アキちゃん、大丈夫?」
≪大丈夫って、何がだ?≫
「あおいちゃんもだけど、樹海の帰り道あたりから、なんか変だよ?」
≪んー? そうか? 歩き回って疲れたのかもな。一晩寝れば大丈夫だよ≫
「そう? ならいいけど……アキちゃん、なにか、あたしに隠し事してないよね?」
≪隠し事? なんもしてないぞ?≫
「だよね……ならいいの……じゃあ、おやすみ」
と、なでしこが電話を切ろうとしたら。
≪あ、なでしこ、ちょっと待って≫
千明が、何かを思い出したように言った。
「うん? なに?」
≪あたしたちが電話してる間に、非通知で着信が入ってると思うんだ≫
「え? 非通知で?」
≪ああ。でも、それイヌ子のイタズラだから、気にしないでいいからな≫
「あおいちゃんのイタズラ……それってどういうこと?」
≪とにかく気にするな。じゃあ、おやすみ≫
「うん、おやすみ」
プツリ、と電話は切れてしまう。
なんだかよく判らないが、なでしこはスマホを耳から離し、画面を見た。
通話終了と表示された後、ぶるぶるっと震える。
通話中に着信があった合図だ。
千明が言った通りだ。
なでしこが画面を切り替えて確認すると。
02:59 非通知
02:58 非通知
02:57 非通知
02:56 非通知
02:55 非通知
・
・
・
非通知非通知非通知……と、スクロールしてもスクロールしても、非通知の文字がびっしりと並んでいた。
最初の着信は二時ちょうどで、最後の着信は二時五十九分。
それまで、ほぼ毎分かかってきている。
千明は、あおいのイタズラだと言っていた。
しかし、これは明らかにイタズラの域を超えている。
あおいがそんな悪質なことをするとは思えない。
何か、とてつもない緊急事態なのかもしれない。
千明からは気にするなと言われたが、とても無理だ。なでしこは、あおいに電話をかけた。
すると、家の外から、聞き馴染みのある着信音が鳴った。
「――え?」
耳からスマホを離し、音をよく聞く。
あおいが使っているスマホの着信音と同じだ。
ここからさほど離れてはいないところで鳴っているようだ。
家の前の通りか、あるいは、
あおいちゃんが近くにいる……?
一瞬そう思ったものの、その着信音はスマホの標準機能なので、別にあおい専用というわけではない。
たまたま外を通りかかった人のスマホが、たまたま同じタイミングで流れ始めたのかもしれない。
だが、はたしてそんな偶然があるだろうか。
≪なでしこちゃん? どうしたんや、こんな夜中に?≫
あおいは、あっけらかんとした声で電話に出た。
すると、外から聞こえていた着信音も、同じタイミングで聞こえなくなった。
「あ、うん、えーっと」
どうとらえていいか判らず、なでしこは思わず言葉を継げなくなる。
それでも、なんとか「ごめんね、こんな夜中に」と謝り、「あおいちゃん、いま、どこにいるの?」と訊いた。
≪どこって、家におるで? こんな夜中に出歩いたりせぇへんよ≫
「そう……だよね」
≪なんや? なんかあったんか?≫
「うん。さっきまでアキちゃんと電話してて、切ったら、非通知でいっぱい着信が入ってたの。アキちゃんが、あおいちゃんからの電話だって言ってたから、何かあったのかと思ってかけ直したんだけど……」
≪ああ、あれか。やっぱり電話してきたか……≫
「え? なに?」
≪ううん、なんでもない。そや、ウチや。ちょっと、なでしこちゃんにイタズラしたろ思てな。アレや。『あたし、メリーさん』ってやつ≫
「メリーさん!?」
思わず声を上げてしまうなでしこ。
メリーさんとは、有名な都市伝説のひとつだ。
引っ越しの際に捨てた人形から電話がかかってきて≪いま、ゴミ捨て場にいるの≫と言われて切れる。
しばらくするとまた電話があり≪いま、公園の前にいるの≫≪いま、郵便局の前にいるの≫と、かかって来るたびに自宅へ近づいてくる。
そして、≪いま、玄関の前にいるの≫から≪いま、あなたの後ろにいるの……≫でシメる、定番の怖い話である。
≪アレをマネして電話したら、なでしこちゃんなら怖がると思たんやけど、全然電話に出ぇへんから、つまらんかったわ≫
「いや、別の意味で怖かったけど……」
≪そうか。なら、まあ成功やな≫
イタズラ……本当にそうなのだろうか?
あおいはよくウソをつくが、それは決して誰かを傷つけるようなウソではない。
怖がりのなでしこにそんなイタズラをするとは到底思えない。
まして、時間と回数を考えると、度が過ぎているどころの話ではない。
「……イタズラならいいんだけど、あおいちゃんに何かあったのかって、心配したよ」
≪そうか。確かに、ちょっとムキになってかけ過ぎたかもな。ゴメンゴメン≫
「ところで、あかりちゃんは大丈夫?」
≪あかり? あかりが、どうかした?≫
「どうかしたって、熱を出したって言ってたから」
≪ああ、せやったせやった。うん、大丈夫。もう全然平気や。よう寝とるわ≫
「なら良かった」
≪じゃあ、ウチもそろそろ寝るわ。ホントゴメンな、変なイタズラして≫
「ううん。あおいちゃんとあかりちゃんが無事なら良かったけど……あおいちゃん、なにか、あたしに隠し事してないよね?」
≪隠し事? なんもしてへんよ?≫
「だよね……うん。なら、いいの。じゃあ、おやすみ」
と、なでしこが電話を切ろうとしたら。
≪あ、なでしこちゃん、ちょっと待って≫
あおいが、何か思い出したように止めた。
「うん? なに?」
≪この時間ならもうかかってこんと思うけど、もしまた非通知でかかってきたら、それアキのイタズラやから、出んでもええからな≫
「ええ!? アキちゃんのイタズラ!? それってどういう――」
≪とにかく出たらアカンで? ほな、おやすみー≫
プツリ、と、電話は切れてしまった。
訳が分からなかった。
千明はあおいのイタズラだと言い、今度はあおいがアキのイタズラだと言う。
本当にそうなのだろうか?
どう考えても、二人とも、そんな悪質ないたずらをするとは思えない。
なでしこはその後もしばらく起きていたが、あおいが言う千明からのイタズラ電話はかかって来なかった。
言い知れぬ不安は膨らむばかりだが、眠気には勝てず、そのまま眠ってしまった。