野外活動サークル都市伝説調査班∴   作:ドラ麦茶

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樹海 #4

 なでしこが目を覚ましたのは正午過ぎだった。

 超が付くほど怖がりのなでしこだが、ハイパーが付くほどポジティブでもある。

 嫌なことがあっても一晩寝ればけろっと忘れる性格だし、寝起きが悪いから朝は頭が働かないので、寝る前のなんとも言えない不安な気持ちはすっかり忘れ、部屋を出てキッチンに行った。

 

「お母さーん、おはよー。朝ご飯なにー?」

 

 半分眠りながら言うなでしこに、母は「あんた、もうお昼すぎてるわよ」と呆れる。

 

「うん。だから、いまから朝ご飯食べて、三時にお昼ご飯食べて、五時におやつ食べて、七時にお夕飯食べて、八時にデザート食べて、十時に……」

 

「それよりなでしこ、()()、なにか知らない?」

 

 ねぼけ(まなこ)で話すなでしこを制し、母はテーブルの上を指さした。

 

「んん……?」

 

 重い瞼をこすりつつテーブルの上を見ると、縦長の紙が一枚置いてあった。

 縦二十センチ横十センチほどの大きさで、ミミズがのた打ち回ったような黒い文字が書かれてある。

 

 徐々に脳が覚醒していき、なでしこは、ようやくそれが、神社やお寺などで貰うお(ふだ)だと理解した。

 

「これがどうしたの?」

 

 なでしこが訊くと、母は「それがねぇ――」と言って頬に手を当てた。

「今朝外に出たら、玄関のドアに貼ってあったのよ」

 

「誰が貼ったの?」

 

「それが判らないの。お父さんもお姉ちゃんも知らないって言うし、なでしこでもないなら、誰かのイタズラかしら……?」

 

 なでしこはお札を見る。

 かなり崩された文字で書かれてあるのでなんて書いてあるのか正確には読めないが、『魔』『妖』『呪』『除』『退』『散』などの文字があるように思う。

 

 不意に。

 

 ――お札も貰いに行かないと。

 

 樹海近くの飲食店で、千明とあおいが神妙な面持ちで話していたのを思い出した。

 

 あの時、あおいがお札を貰いに行くと言っていた。

 キャンプを中止して駅まで戻ってきたあおいは、家とは逆の方向へ帰って行った。

 その夜、あおいのケータイに電話すると、家のすぐそばであおいと同じ着信音が鳴った。

 そして、朝、玄関のドアに謎のお札が貼ってある。

 

 何かが繋がるような気がする。

 だが、それを繋げたところで証拠はないし、何を意味するのかも判らない。

 

「――それとね」

 母は、さらに困ったような顔で続けた。

「家の前の道に、変な足跡があったの」

 

「足跡?」

 

「そう。泥まみれの足跡。なんか、どしゃ降りの日に泥道を通って来たような感じ。それが、家の前を、何度も何度も往復してるのよ」

 

 そう言った後、母は肩をすくめ、

「まるで、家の中に入りたいけど、入れなくてウロウロしてるような感じだったわ」

と言った。

 

 なでしこの胸に、忘れかけていた不安がよみがえる。

 昨日、樹海の帰り道からずっと続いている不安。

 

「なんかそれ、怖いね。どうする? 警察に届ける……?」

 

 なでしこは恐る恐る訊いてみた。

 

 母は、「うーん」と唸った。

「それはちょっと大げさな気がするのよね。うちの敷地内ならともかく、前の道路だし……きっと、酔っ払いが帰る家を間違えただけよね」

 

「でも、お札は?」

 

「これも判断が難しいわよねぇ。お札って、別に悪いものじゃないから、勝手に貼られたからって、なにかの嫌がらせとも限らないし」

 

 母はテーブルの上のお札を取ると、引き出しの中からクリアファイルを取り出して中に入れた。

 

「夕飯の買い物ついでに、近くの神社に行って、どうすればいいか相談してみるわ」

 

 クリアファイルをハンドバッグに入れた母は、「お昼ご飯は冷蔵庫にあるから、チンして食べなさい」と言って、キッチンを出て行った。

 

 言われた通り冷蔵庫を開けると、オムライスが入っていた。

 電子レンジで温め、ケチャップをたっぷりかけて食べる。

 なでしこは、眠ることと同様に食べることでも嫌なことを忘れることができるが、その日胸に湧きあがった不安は消えることはなかった。

 ただ、結局それ以上は何も起きることはなく、日曜は静かに過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 日付は変わり、月曜。

 

 不安はぬぐいきれないままだが、いつも通り朝起きてご飯を食べて学校へ登校してお菓子を食べてお昼休みにお弁当を食べたなでしこは、リンが受付をしている図書室へ向かった。

 

「リンちゃんリンちゃーん」

 

 樹海のイノシシのごとく猛突進して図書室へ入ったなでしこを、リンはギロリと睨みつけた。

 図書室では静かに、と何度も言われているが、リンに会うときはどうしてもテンションが上がり騒がしくしてしまう。

 図書室を利用している他の生徒や、リンの後ろから髪をいじっている斉藤(さいとう)恵那は、そんななでしこにもう慣れてしまったのか、苦笑いで見つめるだけだ。

 

「リンちゃん! これ、樹海のお土産だよ!」

 

 なでしこは帰りの駅の売店で買っておいた樹海三色団子を渡した。

 樹海の大地と樹々と空をイメージしたお団子で、下から、灰色の胡麻団子、緑色の草団子、そして、水色のハワイアンブルー団子を串に刺したものだ。

 キャンプは中止となり急いで帰ることになったのだが、バスから電車に乗り換える際に少し時間があったので、せめて樹海のことを教えてくれたリンちゃんには、と思い、買ったのだった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 うれしさとはずかしさが入り混じった顔でリンは受け取る。なでしこは満面の笑みを浮かべた後、

「恵那ちゃんも、一緒に食べよう?」

と、受付カウンターにイスを引っ張ってきて座った。

 

「でも、残念だったね、キャンプ中止になって」

 

 お団子を食べながら、リンが声のトーンを落として言った。

 事情はすでに千明から恵那経由で聞いたらしい。

 

「そうなの。でも、樹海は予定通り回れたんだ。リンちゃんの言った通り、全然怖いとこじゃなかった。写真、いっぱい撮ったんだよ? 見て見て」

 

 なでしこはスマホを取り出して写真を見せ、そのときの様子などを、身振り手振りを交えて話した。

 樹海の遊歩道から、洞窟、展望台を回り、帰り道に差し掛かったところで、写真は終わる。

 

「あ、でも――」

と、なでしこも声のトーンを落とす。

「散策を終えてバス停に戻ろうとしたあたりから、アキちゃんとあおいちゃんの様子が、なんだかおかしかったんだ」

 

「おかしい?」

 

「うん。なんか、二人ともあたしに隠し事してるような感じなの。でも、訊いても、何も隠してないって言うし」

 

 なでしこは肩を落とす。

 

 リンは恵那と顔を見合わせた後、

「気のせいじゃない?」

と、慰めるように言った。

「きっと、樹海の散策で疲れたんだよ」

 

「そうね」

と、恵那も頷いた。

「なでしこちゃんと違って、あの二人は体力ないし」

 

「いや、こいつが体力あり余り過ぎてんだ」

 

「まあ、あんまり気にしないでいいと思うよ? さっき二人と話したけど、別に普通だったし」

 

 そう言った後、恵那は「よし、できた!」

と言って、リンの髪を三つのお団子にして束ね、ぽん、と叩いた。

 

「おいやめろ」

 

 リンは怖い声で言った。

 

 いつも通りの図書室の風景に、なでしこは安堵の息を漏らす。

 土日に渡ってずっと胸の中に渦巻いていたもやもやしていた気持ちが、ようやくきれいさっぱり洗い流されたような気がした。

 

「じゃあ、あたし、そろそろ教室に戻るね」

 

 十本のお団子のうち八本を平らげ、満足したなでしこは、イスを戻すと、二人に手を振って図書室を出た。

 

 が、しばらくして。

 

「あ、お土産、もうひとつあったんだ」

 

 ポケットの中に入れておいた樹海くんキーホルダーのことを思い出した。

 お団子を食べるのに夢中になり、すっかり忘れていた。

 

 Uターンをして図書室へ戻ったなでしこは、またリンたちに声をかけようとしたが。

 

「……なでしこちゃん、無事で良かったね、ホント」

 

 恵那が、辺りをはばかるように声をひそめ、ものすごく真剣な表情で話していたので、声をかけそびれてしまう。

 

「そうだね」

 リンも、同じく真剣な顔で話す。

「千明たち、かなり苦労したみたいだけどね」

 

「でも、まさかこの時期に()()が現れるなんて……リンも予想してなかったんじゃない?」

 

「うん。もっとちゃんと調べておくんだった。半分はあたしの責任だよ。千明たちにお礼言わなきゃ」

 

「そうだね」

 

 何のことを話しているのかは判らない。ただ、「無事で良かった」「千明たちが苦労した」「()()が現れる」という言葉が、きれいさっぱり流されたはずの不安を、また呼び戻してくる。

 

 二人は、さらに神妙な表情になって話を続ける。

 

「でもさ、()()()()で良かったよね、ホントに」恵那が視線を落とし、ポツリと言った。

 

「ああ」とリンが頷いた。「もし()()()()だったら、アイツ、絶対ヤバかったよ」

 

 そして、二人は黙り込む。

 その表情が、徐々に青ざめているような気がした。

 それは、考えてはいけないことを考えてしまい、怯えているような表情。

 

 ガマンしきれなくなったなでしこは。

 

「みんな、絶対あたしに何か隠してるよね!?」

 

 目から滝のように涙を流し、学校中に響き渡るような声で言った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 リンと恵那は、そっとなでしこから目を逸らした。

 

 

 

 

 

 

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