「どうしたお前ら。夜はまだまだこれからだぞ? ほら、シャキッとしろ、意識を保て」
夜も更けた冬のキャンプ場で、野クル部長の大垣千明はみんなの士気を高めるべくパンパンと手を叩いて檄を飛ばした。
しかし、それに応じる声はない。
今日は、野クルメンバーの他に、リンと恵那も加えた五人でのキャンプだ。
長い夜に備え、サブスクで動画を観られるようにとタブレットとポケットWI-FIを持参し、家中のモバイルバッテリーも総動員して準備万端だったのだが、映画を二本観ただけで、みな夢の世界へ旅立とうとしていた。
「もう二時前やでー。さすがに限界やわー」
夢うつつの状態で言うあおい。
その横ではなでしこがうつらうつらと舟をこぎ始めていた。
「情けねぇ……お前らそれでも野クルが誇る精鋭メンバーか。リンや恵那にグループキャンプの楽しさを教えなければならねぇってのに、なんというザマだ」
「いっぱい写真撮ったしご飯も食べたしおしゃべりもしたし映画も観たし、もう充分やろ。なあ、恵那ちゃん」
あおいに言われ、恵那も半分目を閉じながら
「うん、すっごく楽しかったよ」
と答える。
「いや、まだだ。まだあたしは楽しみ足りないぞ」
皆のテンションが睡魔に駆逐されつつある中、千明だけは睡魔の攻撃をカウンター攻撃で撃退しているかのごとくハイテンションを保っている。
今日の夜更かしを楽しむため、カフェイン入りドリンクや強刺激のガムなどの対策アイテムを使いまくったのだ。
「結局自分が楽しみたいだけやないか」
呆れ声で言い、あおいは大きくあくびをした。
なでしこはもう千明の声に反応することはなく、完全に眠りに落ちている。
「ふっふっふ。そんなたるみまくったお前らのために、一発で目が覚める、とっておきの番組を観ることにしよう」
千明はタブレットを操作すると、ホラーのカテゴリからノンフィクションのジャンルを選び、『ホントにあったかもしれない呪いのビデオやらなんやらいや知らんけど』という番組をタップした。
視聴者から送られてきた恐怖映像を紹介する心霊番組だ。
「……そんなん夜中のキャンプ場で見るモンちゃうやろ。幽霊の話すると幽霊を呼び寄せるって、よく言うやん」
あおいの言葉に、完全に夢の世界にいたはずのなでしこが敏感に反応し、ぱちっと目を開けた。
「アキちゃん! あたし先に寝るね! みんなも夜更かしはほどほどにね! じゃ、おやすみー!!」
なでしこは愛用のブランケットを抱えると、光の速さでテントに飛び込んで入口のファスナーを下ろした。
「まあ、なでしこちゃんにこの時間から心霊番組はムチャな話やろな」
あおいはもう一度あくびをすると、千明を見た。
「ウチも今からホラーはさすがにキツイわ。ほなおやすみ」
あおいは片手をあげると、テントへ入った。
「ゴメンねアキちゃん。あたしも、もう眠いから寝るね」
恵那もおやすみと言って、自分のテントに向かう。
「なんだよ、みんな付き合いワリーな」
千明は腕を組んで鼻をフンと鳴らし、残ったリンを見た。
「リンは、こういうのイケるクチだろ? 一緒に観ようぜ」
「ん……まあいいけど」
「そうこなくちゃ」
千明はニカっと笑うと、動画の再生ボタンを押した。
その番組は、映像の撮影がまだデジタルではなくフィルムだった頃から続く老舗のホラー番組だ。
最初に、『本作をご覧になり発生したいかなる不可解な現象も一切責任は負いかねますので、自己責任でご覧ください』というテロップが表示され、その後、「これは、都内のマンションに住む独り暮らしの男性から送られてきた映像である」とナレーションが入って、映像がスタートする。
引っ越しを終えたばかりの部屋をスマホのカメラで撮影したもので、クローゼットやカラーボックス、テレビやテーブルなどが映っている。
一見するとなんでもない映像だが、不意に「おわかりいただけただろうか……」と恐ろしげな声のナレーションが入った。
それに合わせるように映像がリプレイされ、「テレビの画面に注目」というナレーションが入る。
よく見ると、そこに白いドレスを着た女性らしき姿が映り込んでいた。
ナレーションは「男性は独り暮らしで、この部屋に家族や恋人などはいない」と言い、さらに、昔この部屋で自殺した女性がいるらしいと付け加えた。
番組は一度暗転し、今度はどこかの廃ビルの中を歩く映像に切り替わる。
男女数人の若者が近所の心霊スポットに肝試しに行き、そのとき撮影した映像だそうだ。
荒れまくった部屋をいくつか探索した後、ふたたび「おわかりいただけただろうか……」の定番のセリフが入って、リプレイ映像になる。
今度はホントになにも映っていなかったが、「音声をよーくお聞きいただきたい」というので、耳を澄ますと、「……帰れ……」と、しわがれた老婆のような声が聞こえた。
撮影者は大学の友人同士で、メンバーの中に老婆などいない、と捕捉される。
「にひひ。あたし、こういう胡散くさいヤツ、大好きなんだよね」
なでしこなら気絶してしまいそうな恐怖映像だが、千明は楽しそうに笑いながら言った。
「まあ、『男性が独り暮らし』とか『メンバーに老婆はいない』とか、全部ナレーションが言ってるだけで、ホントかどうかなんて判らないもんな」
リンも特に怖がった様子も無く言う。
「お? リンは、こういうの信じないタイプか」
「信じるか信じないかで言えば、信じない方だね。あたしは、心霊番組よりも、心霊現象を科学的に解明するような番組が好きだよ。この番組も、根強い人気ではあるけど、観ている人は、信じてない人がほとんどなんじゃないかな」
番組はドキュメンタリータッチで制作されているが、一般的には疑似ノンフィクション番組とされている。
いわゆる『モキュメンタリー』というジャンルだ。
「まあ、なでしこみたいに幽霊の存在を本気で信じているような人は、逆に怖がって観ないだろうな」
千明が言うと、リンは「だろうね」と同意した。
「大半の視聴者は、あくまでもエンターテインメントとして楽しんでるんだと思う。ほら。遊園地とかで、着ぐるみの中に人が入ってると判ってても、それは言わずに、抱きついたり写真撮ったりするだろ。あれと同じような感覚なんだろうね」
「アイドルはホントに恋愛禁止だと信じたフリをして応援するようなものだな」
「いや、それはよくわからん」
番組はさらに続く。
今度は、子供が近所の公園で遊ぶ姿を撮影したものだ。
男の子が滑り台やブランコで無邪気に遊んでいるのだが、その後ろのかなり離れた場所に、カメラに向かって手を振っている女の人らしき影が映っている。
その後、一瞬カメラが別の方向を向き、もう一度男の子を映すと、すぐ後ろに黒ずくめの不気味な女が立っている、というものだ。
「こういうのってさ、確かに怖いことは怖いんだけど、冷静に考えると、なんか笑えるよな」
と、千明。
「ん? なにが?」
「だってさ、幽霊の方も怖がらせ方を考えてるってことだろ? 今のヤツで言えば『最初は遠くで手を振って、ちょっとカメラが外れた隙に子供の後ろに立ったら、コイツらめっちゃビックリするで!』とか言いながら、事前にちゃんと計画立てから実行したってことじゃね?」
「その姿を想像すると、確かに笑えるな」
「だろ? 幽霊も、なんか人間味があるよな」
「もともとは生きてた人間だしな」
今度はとあるビル内で行われた合コンの様子が映し出された。
参加者が一人ひとり自己紹介をしていく。
何人目かの男性が自己紹介を始めたとき、窓の外に女の人が立っているのが見えた。
しかし、撮影者も含め誰もそれに気づいた様子はなく、やがてカメラがずれ、窓はフレームから外れた。
そして、自己紹介を終えた男性が、「よろしくお願いします」と頭を下げると、すぐ後ろに異様に顔が大きな女の人が立っている、というものだ。
「あとさー、幽霊側にも、怖がらせ方のブームっていうのがあるよな」
千明がさらに言った。
「ブーム?」
「ああ。ひとつ前の、いきなり後ろに立つ女みたいなのがテレビとかで放送されると、同じような怖がらせ方をする幽霊が次々現れるだろ? やっぱ、流行とかあるのかな」
「幽霊にもコミュニティーがあって、驚かせ方の情報交換をしてるのかもな」
そう言った後、リンは大きくあくびをした。
表情もとろんとしたものになっており、さすがに限界が近いのかもしれない。
ナレーションが、死んだ昔の恋人が嫉妬して現れた可能性が高いことを示唆し、画面が暗転する。
「……ん?」
千明は、暗転した画面に違和感を覚えた。
画面には、千明たちの影が反射して映っている。
なでしこもあおいも恵那も寝てしまったから、千明とリンの二人だ。
しかし、その後ろに、もう一つ人影が見えるのだ。
あおいか恵那が起きてきたのだろうか?
千明は振り返ったが、そこには誰もいなかった。
再びタブレットに視線を戻す。
番組は既に次の映像になっていた。
明るくなった画面には、もう人影は見えない。
「リン、いま、なにか見えなかったか?」
「なにかって、なにが……?」
眠そうな声でリンが言う。
その目はもうほとんど閉じており、意識はあちらの世界へ旅立ちそうだ。
「いや、なんでもない」
千明は気のせいだと思い直し、そのまま視聴を続ける。
映像はさっきと同じようなパターンで展開し、最後に幽霊か? と匂わせて暗転する。
「……え?」
暗転した画面には、千明とリンの他に、三人の人影が映っていた。
三人ともうつむいており、顔はよく確認できない。
ただ、三人とも男性であることは判った。
もちろん、どう見てもなでしこたちではない。
そして、振り返っても、やはりそこには誰もいない。
「…………」
番組はさらに次の映像になり、やがてそれも終わり、暗転する。
今度は、十人以上の人影が映っていた。
男の人もいれば、女の人もいる。
若者に年配者、子供の姿も見えた。
全員、黙ってただうつむいている。
今度は、もう振り返ることはできなかった。
画面が明るくなり、人影はまた見えなくなる。
「……リン」
「……ん……?」
「おわかりいただけたか?」
「あ、ゴメン。半分寝てて、よく観てなかった」
「そうか。いや、いいんだ。あたしも眠くなってきたから、そろそろ寝るわ」
「んー。じゃ、あたしも」
「遅くまで付き合ってくれてありがとな。じゃ、おやすみ」
「うぃー」
のろのろとテントへ向かうリンを見送った後、千明も自分のテントへ向かう。
タブレットは点けたままにしておいた。
なんとなくその方が良いと思ったからだ。
千明はテントに入ると、そのまま寝袋にくるまって眠った。
翌朝。
早起きしたなでしこが、流しっぱなしだった恐怖映像を見て卒倒し、千明はあおいに怒られた。