闇鍋VRMMOのお話 作:塩谷あれる
《灰砂の庭》─────闇鍋狩り
「やっちまえ、手前等!!」
《影鬼》の号令により、シジミーの古巣、《灰砂の庭》のギルドメンバーが襲い掛かる。サーベル、大刀、槍、斧、弓矢。属性多様な攻撃魔法。連携のとれた攻撃を、シジミーは
(敵数は23……あれ、昔よりも人数減ってるな。えーっと…このメンツのステータス構成なら……)
「《
即座に義眼*1で敵の数と配置、使用する武器と攻撃方法を把握。虚空に手をかざした瞬間、シジミーの足元を中心に、暗青色の光が波打つように展開されていく。そして、その光の波に《灰砂》の面々の足が触れたその瞬間。彼らの動きが、まるで全身に重荷を背負ったかのように緩慢になっていった。
下降領域。領域タイプの
シジミーというエンチャンターが《闇鍋の宴》で頭角を現す、その日までは。
「────発射」
その合図と共に、シジミーの周囲を漂う浮遊魔導砲が魔力の弾丸を放つ。狙いは《灰砂》プレイヤー陣の急所ではなく、今にもシジミーに向け振るわれんとしている武器と、こちらに向かっている魔法。遅滞した動きの隙間を縫うように、浮遊砲の魔弾は各々の武器を弾き上げ、魔法を相殺する。
「ッ!!」
「クソ、武器が…!」
スキル発動途中で武器を奪われた《灰砂》の前衛陣は、スキルの発動動作を空回らせながら悪態をつく。パッシブ、アクティブ問わず、基本的には攻撃系スキルの発動や適用には、スキルに対応した種別の武器や魔法が必要になる。それを取り上げられれば、強制失敗が起こるのも必定。
しかし、スキル発動中の前衛職の武器をその手の中から弾き飛ばし、強制失敗を起こすなど、一介のサポート職には到底困難極まる話である。そのスピードが、本人たちが対応できないレベルで減退させられていなければ、の話だが。
「ちィッ………前衛下がって専守防衛。後衛隊、魔法でゴリ押せ。あの武器とスキルが
《影鬼》の言葉とともに魔法職達が一斉に魔法を詠唱。再度シジミーに対して多種多様な魔法の雨あられが襲いかかる────かに、思われたその瞬間。
「《
彼らの魔法は、シジミーに届くことはなく、彼らの眼の前で爆発四散する。間近で自分の魔法を受けた魔法職達は、尽くダメージと対応したデバフ*2を喰らい、動揺。一気に戦線は動揺に満ちる。
「これは…魔法の暴発…!?バカな…!」
「ついてないですね、こんな時に」
そんなことを言いながら、シジミーはその動揺の隙間を縫うように、暴発しなかった魔法を弾丸で相殺、おまけとばかりに魔導砲で魔力の弾雨を浴びせる。
高火力の魔導弾を、
(人数が減った分陣形維持能力は上がってるな…さて)
攻撃が止んだのを見計らい、シジミーは義眼を使って戦況を観察する。
前衛陣、リタイア者なし。無傷2名、負傷者8名。内武器喪失者4名、重傷者3名。このままAGI低下の領域を継続してかけ続ければ完封可能。
後衛陣、リタイア者1名(魔法の暴発+即死のデバフによる死亡)。無傷5名、負傷者6名、内重傷者2名。このまま
──────一人、足りない。
咄嗟にシジミーはレーダーの「深度」を上昇。「それ」の所在を探知する。即座に対応するも、シジミーの
「…、あっぶな」
「………ケッ、あー、そうだな、手前はそれがあったか」
金属同士が強く衝突する音が響く。攻撃を食らったシジミーは、僅かに驚いたような様子を見せつつも、その鉄面皮*3を変わらず貫き通し、対する攻撃を行った側──《影鬼》は、忌々しげにシジミーを睨みつける。
《オリハルコンの装甲》。
「はん、しかしまぁ小賢しくなったじゃねぇかシジミー。まさか詠唱ごまかして複数のデバフを撒くたァなぁ」
「……へぇ、気づいてたんですか」
シジミーの反応に、《影鬼》はにやり、と笑いながら続ける。腐っても中堅の攻略ギルド。どうやら《灰砂》の中にも既に勘づいていた者が何人かはいたらしい。
そう、シジミーは、最初の領域作成の際、2つのステータスを下げる下降領域を作成していたのである。下げたステータスは、
シジミーはAGIの下降領域の詠唱文を、
「まぁ、伊達に闇鍋で揉まれてないんで」
「は…ッ、手前もすっかりバケモノに染まってやがるみてぇだな。それより良いのか、オイ」
そう言いながら《影鬼》は自分の足元を指差す。そこにあるのは、《影鬼》の足元まで、異様に伸びたシジミーの影。
「影、踏んだぜ」
直後。シジミーの視界が暗転。同時に身体に硬直が走る。しまった。そうシジミーが思うよりも早く、シジミーの身体を無数のデバフが、その身体を足から這い寄る黒い手の形を取って蝕み始める。
これは、対象の影を踏み、行動を制限する《影踏み》から始まる《灰砂》時代の《影鬼》の黄金コンボ。行動不可に視界不良化、更にランダムなデバフで相手を縛り、じわじわと嵌め殺すスタイル。軽鎧類の装備で盗賊系のビルドに見せかけたゴリゴリの呪術系魔法ジョブなスタイルは、依然変わりないらしい。
(しかし、厄介な奴引いたな…)
そう考えるシジミーが引いたデバフは、猛毒*4と沈黙*5。魔法適性を下げられた上で、追加ダメージを受け続けることになるということは、「領域で盤面を作り魔導砲と高耐久で押し勝つ」というシジミーの単騎戦術とはめっぽう相性が悪いと言えるだろう。
おまけに《影踏み》で行動と視界を制限されている現状では、回避行動や魔導砲による
(マズいな、今すぐ状況の打破を)
即座にシジミーは領域作成を開始しようとするも────
「《
「たたみかけろ」
その暇を許す《影鬼》ではない。自身は《影踏み》でシジミーを拘束しつつ、自陣に指揮を飛ばし陣形を形成。読んで字のごとく一転攻勢を叩きつける。
物理、魔法問わない大量の攻撃が、シジミーの全身めがけて襲いかかる。領域によりAGIとLUCが下がっているとは言え、身動きを取ることが殆どままならないシジミーでは、最低限の回避行動や出鱈目な魔法攻撃による相殺がうまくはまれば儲け物、と言った程度であり、この状況での反撃は見込めない。《オリハルコンの装甲》による防御能力上昇も虚しく、防戦一方のシジミーはじりじりとHPを削られていく。
(結構ヤバいな…このままじゃ磨り潰される)
「オイオイどうした、さっきまでの余裕が嘘みてぇだな?」
余裕綽々、と言った具合で《影鬼》はシジミーに笑みを向ける。そして、シジミーの影を踏んだ状態でゆっくりと*6その近くまで寄っていき、そしてその首筋にナイフを突きつけた。
「もう一度だけ確認してやるよ、シジミー。《闇鍋》捨てて《
お前じゃ俺達には敵わねぇのも、手前なら十分理解できたろ?そんな言葉を付け加えながら、《影鬼》はシジミーに問いかける。身体は動かず、視界は断絶。猛毒による度重なるHP減少と今の負傷で、既にHPはオレンジゾーンとレッドゾーンの境に突入しかけている。見る人が見れば思うだろう。「詰み」だと。
「元々手前はウチのギルメンだ、黙って出てったことはまぁ、水に流してやるさ。手前が使えるって分かった時点で凡そチャラだ」
「………」
シジミーは答えない。まるで、これが答えだとでも言わんばかりに。沈黙は肯定。しかし、ことこの状況。明確にアドバンテージを奪われている現在の時点における完全な沈黙は、それ即ち拒絶。一切の交渉に応じないという、鋼の如き拒絶の表明。
「……あぁそうかよ。使えるコマになったと思ってたが、結局はなんも変わんねぇか。そういうことならもういい」
《影鬼》は、そう言いながら手に持ったナイフを振りかぶる。《影鬼》は、盗賊系ジョブに見せかけた呪術型魔法職。しかし、接近戦に対応するべく積んだSTRと、影の上、という
「そんなら死ねよ。じゃあなシジミー」
銀色の刃が、シジミーの首筋に迫る。ナイフは真っ直ぐに急所をめがけ、恐るべきスピードでその鋼鉄の皮膚に触れながら──────
「……
─────
「な…ッ、馬鹿な、どうなっていやが」
「あ、もう終わりました?もういい?それなら、はい」
まるでそれが当然であると言わんばかりに、シジミーは口を開き、そして指を鳴らす。
瞬間。ガラスが粉々に砕けた時のような音と共に、周囲の景色が
「これは…!?」
「な、なんだってんだ一体……!」
「手前……シジミィイ!!俺達のギルドに何しやがったァ!!」
突然の出来事に、《灰砂》の面々は誰も彼もが動揺と恐怖に見舞われる。その中で、《影鬼》だけがシジミーを睨みつけ、怒鳴り立てる。それに対しシジミーは、普段通りの無機的な表情で、機械のように淡々と、それに見合う答えを返した。
「このギルドホールには何もしてないですよ。運営による
「あぁ…!?空間…!?ありえねぇ、手前が持ってるスキルは領域作成だろうが!!」
「はい、御存知の通り。自分にできるのは領域作成。でも、これは知ってました?
《影鬼》は、その言葉に目を見張る。領域作成のオプションスキル、《多重領域作成》。これは、複数の領域を同時に作成することのできるスキルであり、領域型エンチャンターの必須スキルと言える。基本的には二つ、ないし三つの領域を同時に展開することで、盤面掌握を行うのが領域型エンチャンターの基本スタイルであり、事実、シジミーの基本スタイルもそういった類のものだ。
しかし、この《多重領域作成》。最も恐ろしい特徴は、同時展開できる領域に限りがない、ということである。かかるMPがその分増えるということもあり、基本的には目を向けられていない、というかその非生産性故に誰も気づかなかった仕様であるが、確かに上限がない。そう、
「まさか、シジミー手前……!!!」
「はい、そちらがガンガン攻めたり、御高説賜ってる間に、ざっと50枚ほど領域作成、準備させて頂きました」
シジミーは語る。つまり、今までの時間の全ては、50枚の同時領域作成の為の準備の時間だったのだと。そして、50枚もの領域が同時に作成されたことによって起こる現象は何か。それは既に、見ての通りである。
「
あとは単純に、
これが、闇鍋が誇るエンチャンター、“
「言ったでしょう。自分に《灰砂》は向いてなかったって。こんな再現性のないトリックに引っかかるのが、全ての答え合わせみたいなものですよ。───多分、闇鍋なら3人も通用しないです。こんなグリッチ」
いや、どうだろう。5人くらいは引っ掛かるかも。そんな緊張感のない言葉を、緊張感と現実改変による空間侵食にまみれたこの領域でほざきながら、シジミーは動き出す。どうやら、空間そのものが塗り替えられたことで影もなくなり、《影踏み》の効果が切れたらしい。
「ま、多分数分でリセットされると思うんで、気長に待ってて下さい。自分は帰ります。なんとなく道分かるんで」
「ふざけんじゃねぇ!!手前、俺が逃がすと────
そう言いながらシジミーに襲いかかる《影鬼》。しかし、その身体は空中で固定され、同時に、その胸に大きく穴が空く。シジミー唯一の武器。魔導式浮遊砲だ。
「逃げられますよ。それが敵うだけの武器は積んでます」
高火力の魔力弾道。そして、90というIntから放たれる魔力砲撃により、《影鬼》は静かにリタイアする。そして残りの《灰砂》の面々も、シジミーが去り、歪みきった空間に取り残されたまま、静かにゆるやかな死を迎えるのであった。
闇鍋狩り、《灰砂の庭》ギルドホールでの一戦。勝者、《闇鍋の宴》シジミー。