闇鍋VRMMOのお話 作:塩谷あれる
ぐちゃり。柔らかいものが潰れたような音を立てて、銀色の液体のような何かが爆ぜる。爆ぜた液体は光の粒となり、すぐに最初から何もなかったかのように消え失せた。
その直後、ファンファーレのような音がどこからともなく鳴り響く。
「…お、レベル上がった」
銀色の液体を、手に持った大楯で叩き潰した張本人。緑色の鎧甲冑に身を纏った蟹人である塩宮るれあは、聞こえてきたファンファーレに、貫き続けていた沈黙からようやくのこと脱した。兜の中の目はいつにも増してどんよりと光を失っており、その所作もどこか生気がない。
「やーっと1レベル上がった。…やっぱキッツいなぁレベリング」
「随分かかってたね。一時間くらい?」
溜息混じりの言葉に返すように、塩宮の背後から何者かが話しかける。塩宮が振り返るとそこには、銀色の髪にフードを被せた、
「久し振りだね、るれあ」
「…白金か。ここら辺に来るの珍しいな」
ドスン、と片手の盾を地面に置き、塩宮は目の前の少女───
「今レベルいくつ?」
「ぴったり70。いやぁ、極振りはレベリングが難しいからいけないよね」
「まだリビルドしてなかったのか…てかその称号」
そう言って白金は塩宮の頭のやや右上、宙に浮かぶステータスウインドウを見る。その称号欄には、《不落城》の三文字が強い光を放ち存在していた。
「ん?あぁこれ?最近取得したんだよね。レベリングがてらちょうどいいなと思って」
「じゃあこの前のエネミー大量消失騒動はやっぱりお前か…エネミーが綺麗サッパリ消えてリポップもしないなんておかしいと思ったんだ」
「やっぱり持つべきは
ぐっ、と翡翠色の指をサムズアップする塩宮に、馬鹿じゃないの、とジト目を向ける白金。
「それで?意味もなく人に顔出すお前じゃないし、私になんか用でもあるんでしょ。何事?」
「まぁね。るれあ、最近出たアップデート情報見た?」
「…ま、そりゃあね」
彼らがプレイしているMMORPG『百鬼夜行:Your True Identity』の、第三期大型アップデート。その内容は、今までにない大型ダンジョンとレイドボスの開放である。今まで以上の難易度、今まで以上の冒険、今まで以上に広がる世界観。このアップデート内容に、多くのプレイヤー達が大きく湧いた。
「で、それがどしたん?」
「ま、レイドともなれば流石に攻略にも頭数が必要になるからね。その人数集めの一環で、今ギルドを作ってるんだよ」
「へぇ、今んとこのメンバーは?」
「るれあが知ってる人だとマキナさん。あとは…称号だけなら、《天邪鬼》とか《修羅》、《狩人の眼》は知ってるかな?」
指折りで数えながら言う白金に、塩宮はうへぇ、という声を上げ、肩を竦める。
「どいつもこいつもビッグネームじゃん…相変わらず人脈が凄い事で。…それで、なんで私んとこに来るわけさ」
「鈍いなるれあ。お前を引き抜きにきたんだよ」
はぁ、という気の抜けた声を塩宮が上げる。
「正気か?タンク雇うにしてももっとまともなやつ選べよ。私戦闘以外じゃ役立たずもいいとこよ?」
「別にいいよ。私が知り合った中で一番硬い盾がお前だったから誘ってるだけだからね」
「そう言われると悪い気はしないな。最硬の盾か。うん、いいね」
ふむ、と顎に手を当て、しばらく考えた後、塩宮はわかった、と一言呟く様に言った。
「うん、白金のギルドに入るよ。…ただ一つ、条件というか、頼みがあってさ」
「条件?」
「うん。白金は覚えてるかな。β時代にあった特大ダンジョン、その名も《十二宮神殿》」
その名前に、白金が一瞬だけ眼を見張る。《十二宮神殿》。それは、β時代、運営によって試験的に作成された大規模ダンジョン群の総称だ。十二の神殿型ダンジョン全てを踏破し、各神殿で手に入るアイテム群を揃えてようやく手に入る《鍵》が、このゲームのラストダンジョンである《塔》に挑戦するための切符となる。という設定の元作られたそれらに、β時代多くのプレイヤー達が挑戦し、その度に返り討ちにされてきた、当時における文句なしの最難関ダンジョン達。かくいう白金もまた、かのダンジョンの挑戦者だったことがあり、当然のように苦い思いを経験している。
「……あれがどうかしたの?」
「知ってるだろ?今回のアプデで、例のダンジョンの一部がまた開放されるかもしれない、ってことくらいはさ」
そう言うと塩宮はメッセージウィンドウを開き、白金に向けてあるスクリーンショットを送る。それは、今回のアップデートに際して記録されている、新しく新設する予定のダンジョンの写真だ。その内のいくつかに、確かに白金は見覚えがあった。
金色の装飾、十二星座のシンボルを象った紋様、神々しさすら覚える意匠の数々。確かに、これらはあの《十二宮神殿》の写真だ。
「私はその内の一つ《虚械命宮カルキノス》で手に入るいくつかのアイテムがほしい」
「………正気?β時代、私達が束になっても敵わなかったあのダンジョンに挑もうって?」
「私一人じゃ諦めてたよ。でも、手伝ってくれる目処があるなら挑戦してみたいなってね。それに…」
お互い、あの時の雪辱は晴らしたいだろ。
「折角リベンジの機会が来たんだ。晴らさないでいられるかっての」
「……まぁ、気持ちはわかる」
「でしょ?だから、そのダンジョンの攻略を手伝ってくれ、ってのが私からのお願い。それを聞いてくれるなら、私はお前のギルドに入ることにする。徒党を組むなら、志は高くないとね」
「限度はあるだろうがよ…」
はぁ、と大きな溜息を吐き、白金はガックリと項垂れる。
「……わかった。とりあえずはそれで私は良いよ。他のメンバーにも掛け合ってはみるけど……ま、多分多数決したら可決だろうね」
「ん、後日そっちに伺うよ。沙汰は追って教えて頂戴な」
「はいはい…じゃ、ここに来てね」
そういうと白金はメッセージウィンドウをいじり、塩宮にある地点の
「闇鍋の宴か。こりゃなんともまぁ」
「いいんだよ。どうせ集まるのなんてロクでもない奴ばっかなんだから」
そう言うと白金はバッグから転移用のアイテムを引っ張り出し、魔力を込める。
「じゃ、また後ほど」
「はいな。またね、白金」
その言葉に一度頷いた白金の姿は、転移時に起こる青色の光とともに一瞬で消え失せ、そこには既に塩宮がただ一人残っているだけになった。
「自分で集めといてひっどい言い草だことで…相変わらずだなあの半病人」
そう困ったように笑いながら、塩宮は未だメッセージウィンドウに記載される五文字の言葉を一瞥する。
「まぁでも、楽しくはなりそうだ」
さて、またレベリングだ。と一言呟き、塩宮は再度盾を構え直す。
これからさき、塩宮は《闇鍋》の面々とともに数々の珍事に巻き込まれ、その頑丈さ故に幾度となく死にかけ、何度も胃を傷め続けることになるのだが、その話はまだ、ここより先の、ちょっとだけ遠い未来の話である。
塩宮るれあのステータス(当時段階)
Lv.70
称号Ⅰ:不落城
称号Ⅱ:empty
HP:15400 MP:4000
STR:0 VIT:84
INT:3 MIN:40
AGI:0 TEC:0
LUC:0
スキル
《鎧骨格》、《盾術Ⅸ》、《防衛術Ⅷ》
《逆賊の舌Ⅱ》、《根性Ⅶ》、《支援魔法Ⅵ》
《結界術Ⅲ》、《建築(要塞)Ⅳ》
装備
頭:翡翠鋼の鎧(頭)
胴:翡翠鋼の鎧(胴)
腕:翡翠鋼の鎧(腕)
脚:翡翠鋼の鎧(脚)
他:精霊の指輪
HA○ATAの塩
武器:金剛亀の盾
白銀龍の盾