闇鍋VRMMOのお話   作:塩谷あれる

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不可避の死と不壊の盾、ついでに不敵な大魔導士

 鳴り響く砲声と金属音。立ち込める血煙と硝煙の匂い。VRMMORPG《Your Truth Identity》内で行われた、人間種VS人外種の大規模多人数制デュエルシステム「人魔戦争」は、既に佳境へと達していた。

 

(……ちょっと、ダメージを負いすぎたかしら)

 

 そんな戦地の一点にて。鎌使いのハーフエルフ、蒼星乙女はこの戦争で負った傷を癒やすため、ひっそりとその身を潜めていた。

 人間軍の援軍としてスカウトされ、八面六臂の活躍をした彼女。しかし、いかに隠密に特化したビルドをしていても、相応の手傷は避けられないものだったようで、既に彼女のHPはオレンジゾーンへと達していていた。

 蒼星は、懐から緑色の液体が入った瓶を取り出し中身を飲み干す。同色の光が彼女を包み、その傷が癒やされていく。

 

(…さて、折角報酬も貰ってるんだし、一応の仕事はしましょうか)

 

 蒼星はフィールドマップを開き、敵の主力を確認する。現状、一番近い位置にいるのは…

 

(……あの人か)

 

 《魔導極めし者》と《月からの使者》。取得条件がかなりの高難易度で知られるその2つの称号をネームタグに引っ提げた、不敵な笑みの顔見知り、月詠マキナ。その近くには、数人の人外軍側のアイコンがある。恐らく彼を守るタンクだろう。…これでは、狙いに行ったところで仕留めることは難しい。

 せめて一人、動いてくれれば。そう蒼星が考えていると、アイコンのうち一つがものすごい勢いで人間側の軍勢の方向へ直進していく。

 

(……これは、好機)

 

 この機を逃す暗殺者はいない。蒼星は鎌を握りしめ、再び認識阻害を強める。目指すは月詠マキナ。彼を殺すことができれば、戦況はかなり人間軍側に傾くだろう。レベル90後半台、そうでなくとも、ステータスカンスト勢というのはそれだけで一大戦力だ。広範囲殲滅能力と機動力に長けた彼の敗死は双方にとってとても大きい。

 全速力でポイントまで蒼星は駆ける。標的を視認。やはり、周りに数人の護衛役らしきプレイヤーが見える。一人はオートマタ、もう一人は…鎧で種族の特定は難しいが、両手の大楯から見るに明らかにタンクだろう。しかし、どんなに壁の厚いタンクだろうが、蒼星にとっては関係ない。認識されないのなら、それはいないのと同じなのだから。

 蒼星はスキルを発動する。《暗殺術(姿を隠し)》、《鎌魔(武器を強化し)》、《天眼(狙いを定め)》、《天歩(獲物へ駆け寄る)》。いつも通りの、洗練された殺しの動作。

 

(()った───ッ!!)

 

 蒼星の鎌が月詠の首に届く、かと思われたその瞬間。その鎌は、分厚い鋼の壁によって阻まれた。

 

「ッ!?」

「困るんですよねぇ、うちの大魔導師殿に手を出されちゃ」

 

 すんでの所で後退した蒼星は、声の主を視認する。そこに居たのは、常磐色の大楯を地面に叩き下ろした、先の全身鎧のタンク──塩宮るれあだった。

 

「おやおや…何かが来ているとはわかっていましたが…貴方でしたか。乙女さん」

「えぇ、久し振りね。情報屋さん」

 

 敵陣に向けて無数の死閃を放っていた月詠だったが、こちらを一瞥すると、にこりと蒼星に笑いかける。その口調はどこまでも隣人を歓迎する者のそれだが、しかしてその反面、その所作、立ち振る舞いからは、そういった感情は一切読み取れない。不可解、不自然、不透明。どこまでも推し量ることのできない貌の無き男。それが月詠マキナだ。

 

「知り合いですか…相っ変わらず顔広いですね月詠さん」

「この方は少々我々の『人脈』の中でも特殊な例ですがね。強いお方ですよ。ともすれば貴方よりもね、るれあさん」

「うちの大半がそうじゃんそれ…荷が重〜い…」

 

 塩宮はため息を吐き、それでもなお一対の盾を構え直す。どうやら月詠の警護を任されるだけあって、腕は利くらしい。と蒼星は判断した。

 

「───さて、客人は快く歓迎して差し上げないとですね。るれあさん、サポートをお願いできますか」

「はいはい…ジミーさん、全戦線に連絡(メッセ)頼みます」

 

 塩宮が隣のオートマタに指示を飛ばすために視線を反らした一瞬。それが開戦の合図、蒼星の認識阻害が始まる瞬間だった。

 

「ッ!」

「っとォ…油断も隙もねぇなこの人」

 

 一閃。同時に散る一つの火花。蒼星の鎌はまたも塩宮の盾に阻まれる。本来であれば視認どころか認識さえ叶わないはずの深度の認識阻害を、容易く突破しあまつさえ攻撃を受け切る塩宮の防御能力に、蒼星は眉を顰めた。この男、何をしている?

 

「最初っから私を相手にする気のない攻撃しかしてない時点でカバーリングが容易いんですよ、貴方の攻撃は」

「!」

 

 蒼星の疑問に応えるかのように、塩宮は語る。確かに蒼星は、邪魔な塩宮を避け、標的である月詠を狙って攻撃していた。塩宮は、蒼星の姿が見えていたわけではなく、蒼星の狙う先が見えていた、ということか。

 

「そのままで居てくれた方が楽ではあるんですが、そうも無視されると流石に腹が立つのでね…さっさとその余裕は断っときましょう」

 

 その瞬間、蒼星の目に映る塩宮の姿が、怪物か何かのように大きく歪んだ。塩宮のスキル、《逆賊の舌》である。過ぎたる威圧は時に人に恐怖と憎悪を錯覚させるもの。蒼星の塩宮に対する敵意が膨れ上がり、その意識を彼へと集中させる。

 

「おや、全力じゃないですかるれあさん」

「私はいつも全力です。あ、月詠さん。これカルマ値の管理キツイんで手早く終わらせて頂けると」

「なるほどね?そういうことなら」

 

 月詠は杖を持っていない左腕を上げ、掌を空に翳す。そして、ゆったりとした動きでその五指を折り曲げていく。まるで、その手の中に、太陽を握り収めてしまうかのように。

 

彼の者は夜を連れ、星を侍らせ闇に坐す

その輝きに空は平伏し、太陽さえも傅くだろう

さぁ人の子よ、頭を垂れて待望せよ

我等が主人、夜の支配者の来訪だ

 

《月からの使者》《5番目の月》

 

 その瞬間、この世界から昼が消えた。太陽は沈むことなく真白の月に塗りつぶされ、青かった空は濡羽色の闇に溶け落ちる。顕れた月はまるで待ち望んでいたかのように一筋の光を放ち、それは巨岩へと変わり、蒼星を含むこの周辺一帯へと迫り来る。

 

(───マズイ)

「させませんよ」

 

 飛来する巨大隕石。広範囲を破壊させるそれを避けるのは蒼星にも至難の業だ。完全に発動する前に月詠を殺そうとする蒼星だが、それを塩宮の双盾と、彼へと集中した殺意が許さない。

 

「───ッ邪、魔!」

 

 殺意のまま放たれた一閃が塩宮の首を掻き斬り、林檎が枝から落ちるかのように、彼の頭が地へ落ちる。一番邪魔な壁が消えた今、狙うは本丸。振り抜いた鎌の遠心力をそのまま使い、弧を描くような軌道で月詠へとその刃を向ける蒼星だったが、その焦りが、普段の彼女であれば気づいたであろう些細な要素を見落とさせた。

 そう、塩宮が死んだはずの今もなお、自分の彼へのヘイト集中が続いているということに。

 

「間一髪、ですかね」

「……ッ」

 

 発されるはずのない声に、蒼星は首だけで振り返る。見れば、ぱっくりと断たれた筈の塩宮の首から、ぶくぶくと血色の泡が吹き出ていた。吹き出た泡はばちりと弾け、糸となって地に落ちた塩宮の肉を、骨を、臓物を繋ぐ。繋がれた身体は見る見るうちに再生し、恐らく数秒後には、塩宮は先程と何ら変わりない姿へと戻るだろう。

 蟹の自切、それが本来の在り方を超越した先に生まれた塩宮のパッシヴスキル、《不撓不屈》が発動したのだ。

 

「おぉ、怖い怖い……ちゃんと守ってくださいよ、るれあさん」

いやすんでで止めきっただけ褒めてくれません?まぁお言葉はご尤もですけど…っとと、やっと戻った」

「……ッ、成る程ね…貴方、蟹人だったのか」

 

 蒼星の鎌は、月詠の首までわずか数センチ、といった所で空を切り、その攻撃が届くことはなかった。残った塩宮の全身鎧、その隙間から生え出た六本の副腕によってその身体を押さえつけられ、その動きを完全に封じられたのだ。

 

「正確には機甲殻人(メカニカル)です。…ふぅ、即死持ちかぁ。確かに相性最悪だ」

 

 斬り落とされた首を撫で、塩宮は言う。その掌の下には、未だに赤い傷跡が残っている。完全に蘇生しきらないそれは、彼に「属性:即死」の攻撃が放たれた証左である。即死攻撃は、あらゆる防御を問答無用で貫通する。どれだけ分厚い装甲(VIT)を持っていたとしても、それを捻じ伏せ、対象にただ死のみを与える。現に塩宮も、蘇生札(ガッツ)がなければ死んでいたであろう。

 

「ま、もうすぐ隕石も降り終わりますしこれでチェックメイトですかね。今結界を張ります。あ、ジミーさんそっちでも」

「……名前」

「はい?」

 

 やや離れた所に控えていたオートマタに結界展開の指示を飛ばす塩宮に、蒼星が話しかける。既に彼女に抵抗の意志は無く、完全にこの負けを受け入れたらしい。

 

「名前を、教えてくれるかしら。蟹人さん」

「名前ェ…?冥土の土産的なやつです?すぐに生き返りますけど」

「いいから。ほら、早く。隕石が落ちる前に」

「はぁ…ま、いいですけども。塩宮るれあと言います。闇鍋の盾をやってます」

 

 塩宮、るれあ。その名前を咀嚼するかのように蒼星は何度か呟く。そして、わかったわ。と言葉を切り、再び塩宮へと視線を向けた。その視線は───

 

「名前と顔、覚えたわよ、しお。次会った時は今度こそ殺すから、首洗って待ってなさい」

 

 どこまでも純粋な殺意だけを孕んだ、視るだけで人を殺せそうな、殺戮者のそれだった。

 

ヒェッ…はは…ま、一昨日来やがれと、まぁそう言っておきますよ」

 

 青い顔*1で周囲に結界を展開する塩宮の姿を眼に映し、蒼星の意識は途絶えた。

 


 

 人魔戦争の少し後の《闇鍋》のギルドホールで、「紹介したい人がいる」と珍しく月詠がギルドメンバーを招集した。何事かと集まった面々の前に現れたのは────

 

「蒼星乙女です。よろしくね」

 

 血のような赤髪、長く尖った耳、そして前と比べ、やや禍々しさの増した雰囲気を漂わせる、蒼星乙女の姿だった。

 

「……………ツクヨミサン?」

「いやぁ、本人たっての希望があったので。我々も声かけてましたしね」

「そういうわけだから、よろしくね?しお」

「アッ…ッスー、ハイ…ヨロシクオネガイシマス…」

 

 にこり、と見る人を魅了する笑みを向ける蒼星であったが、それを向けられた塩宮は、白目を剥きながらハンカクカタカナで話すことしかできなくなっていた。

 常に首を狙われるようになった、闇鍋の盾塩宮るれあの明日はどっちだ。多分どこにもない。悲しいね。

*1
見えない

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